第264話 心がんほんほする
進化の種――――
そのモンスター専用アイテムが人間に無効なのは既に実証済みらしい。人体実験を実施した訳じゃなく、とある冒険者が自ら試してみせたそうだ。
よって、人間にメリットがなくモンスターだけが強化される進化の種は、人間にとって邪魔な存在でしかなく、見つけ次第処分もしくは回収するようにとの指示が出ている。当然だが市販はされていない。
ただしレアアイテムではあるものの入手する手段は一応ある。例えば冒険者が回収した進化の種は、一旦商業ギルドが預かって王城の『封印の間』に保管しているそうだ。
「で、メキトがその進化の種を欲しがった理由……なんだと思う?」
真剣な顔で『本日の主役』と書かれているタスキを肩から掛けたバングッフ閣下に、どのツラ下げて真面目な話してんだと思わなくはなかったけど、この話題は極めて重要だ。こっちも切り替えよう。
「まあ、普通に考えたら二つに一つですよね。自身の強化か、仲間の強化」
前者の場合、メキトは人間に化けたモンスターって事になる。実際、奴はこの一年で急成長を遂げている。その成長速度が異常っていう話はディノーからも聞かされているし、辻褄は合う。
後者の場合は仲間にモンスターがいるって解釈に傾く。もしそうなら、ヒーラーだけじゃなく冒険者までモンスターと協力関係を結んでいる事になるけど……絶対にないとも言い切れない。ギルド全体で、って事はないだろうけど、個人が私情でモンスターと癒着しているパターンなら十分あり得る。
「で、答えはどっちなんです?」
「知らん」
おいコラ本日の主役コラ。
「ンな怖い顔すんなって。問い合わせ程度でわざわざ理由まで聞きゃしねーんだよ」
「条件さえ合えば、相手がヒーラーだろうとモンスターだろうと取引をする。それが商業ギルドよ」
ティシエラのその言葉は、既につい先日実践されたばかりだから、俺も当然理解している。商業ギルドにとっての正義は、必ずしも人類にとっての正義とは重ならない。そして、その商業ギルドが五大ギルドに名を連ねている以上、必要悪と見なされているんだろう。ヒーラーと同じだ。
「逆に言えば、問い合わせ止まりだったからこうして漏洩してる訳だけどな」
「メキトとの交渉が決裂したって事?」
「いや。そもそも交渉までいかなかった。行方知れずになって連絡が途絶えちまったからな」
……ん? って事は、進化の種についてメキトが問い合わせたのは、ごく最近なのか。
「ちょっと待って」
バングッフさんと話してた俺を押しのけるようにして、シキさんが割り込んでくる。一度目の恋人繋ぎ以降、シキさんってば当たり前のように俺に触れてくるようになったよね。こっちは女性とのスキンシップに慣れてないから毎回無駄にドキドキすんだけど……
「そのメキトが私達の悪評を流すよう依頼してきたんでしょ? で、鉱山での事件発覚直後からそいつは音信不通。だったら……」
「悪評の依頼を出したのは、事件が起こる前……?」
訝しそうな顔のティシエラがそう問うと、バングッフさんは間髪入れずに頷いた。
つまり、計画的犯行。奴は鉱山事件を起こす前からウチのギルドを陥れる準備をしていたって事になる。
でも待て、おかしい。
俺達が鉱山で奴等と鉢合わせになったのは、単なる偶然だ。なのに、俺達を巻き込む事を前提に事を進めていたって言うのか……?
「メキトって奴が犯人なら私達があの日、鉱山に行くのを知ってたって事になる」
「ああ……でも、そんなの無理だろ。行く日を外部に話したりはしなかったし、そもそもフラワリルを採集するって話自体、俺の思いつきに近いものだったのに」
「その思いつきが誘導されたものだったら?」
シキさんの鋭い目が――――イリスに向けられる。
「フラワリルが採取できるのは、近場ではあの鉱山だけ。だったら、フラワリルの話をすれば、隊長は単純だからすぐ取りに行こうとする。簡単な理屈」
「……イリスを疑ってるの?」
そのシキさんに不快感を示したのは、当の本人じゃなくティシエラ。二人は暫くの間、無言で睨み合っていた。
「ちょっちょっちょっ! 往来でケンカすんなって!」
「ケンカじゃない。確かめるべき事を確かめているだけ」
言葉とは裏腹に喧嘩腰だな……シキさんは濡れ衣を着せられている当事者だから、ピリピリするのもわかるけど。
「フラワリルの話は、イリスとの会話の中で俺の方から『交易祭向けのアイテム、何かない?』って聞いて出て来たものだから、誘導された訳じゃないと思う。少なくとも不自然さは一切なかったし、仮にフラワリルをダシにして俺達をあの鉱山におびき寄せるにしても、行く日程まで合わせるのは無理だろ」
「……そうだね。疑って悪かった」
意外にも、シキさんはすんなり引いてイリスに謝罪した。
この対応を見るに、シキさんも本気で疑っていたんじゃないんだろう。万が一、このアホな隊長がイリスを疑ってギスる事がないよう、先にそこを潰しておいたのかもしれない。
もしそうなら、ちょっと俺に対して過保護じゃないですかね……それとも信用してないだけ? 実際、最近の俺はちょっと迂闊続きだったからな……
「私は全然大丈夫。ティシエラも、ね?」
「ええ」
なんとなく二人も察したみたいだ。ケンカにならなくて良かった。ぶっちゃけ、この二人がバチバチやり合ったら俺じゃ絶対止められない。
「でも、メキトが事前に貴方達をハメようと動いていた謎は残ったままよ」
「そうだな……それに、メキトが何者かもわからない。ただの冒険者なのか、人間に化けているモンスターなのか」
「もし正体がモンスターなら、【気配察知3】を持っている冒険者が気付く筈よ」
ティシエラの言う通りだ。実際にディノーがそのスキルを持っていて、人間に化けていたモンスターの気配を察知していたからな。
そしてディノーは鉱山でメキトと顔を合わせた時、モンスター云々って話は一切してなかった。って事は、普通に考えたらモンスターではあり得ない。でもそれだと、奴の急成長は進化の種と無関係って事になる。
ファッキウ達のようにモンスターと協力関係を築いていて、そいつ等への貢ぎ物として用意していた――――としたら、問い合わせだけに留まったのが良くわからない。
「なんか、真相が明らかになったのに却って謎が増えたな」
一応、マークすべき対象は絞れた。でも単独犯と決まった訳じゃないし、どっちにしても奴等三人を見つけ出すって目的に変更はない。
「メキトの居場所ってわかります? 現在地じゃなくても、根城にしてそうな場所とか」
「さあな。依頼自体、代理を使ってのものだったし、ヒントになるような事も聞いてない」
徹底してるな……この周到さ、やっぱり裏にファッキウがいそうな気がする。メキト達がファッキウの傀儡って事も十分あり得る。もしそうなら、奴等が匿っている可能性が高い。
ファッキウ達の居場所は、ソーサラーギルドの調査でも見つけきれていない。規模の小さな俺達のギルドじゃ到底探しきれないだろう。合同チームに探して貰うようティシエラにはお願いしてるけど、その合同チーム自体、今回の事件が解決しないと中々選抜が進まないというジレンマよ。
つーかこれ、地味に詰んでるんだけど……どうしよう。
「人捜しなら、職人ギルドを頼ったらどうだ?」
途方に暮れていた俺にそう提案して来たのは、本日の主役さんだった。
「前に拾ってクン六号ってのを使った事があっただろ? あれはナノマギの反応を感知して武器を探すアイテムだったけどよ、人捜しも似たような理屈で可能だと思うんだよな。そういうアイテム、職人ギルドなら作れるかもしれねー」
「既存のアイテムの中にはないんですか?」
「指名手配シリーズってのがあるっちゃあるけど、あれ対策が可能なんだよ。本気で身を隠そうとしてる奴相手じゃ意味がない。でも対策方法がまだ確立されてない、未開発の探索アイテムなら話は別だ」
未開発のアイテムか。確かにそれなら、商業ギルドじゃなく職人ギルドの領分だよな。
職人ギルドには五大ギルド会議の時に建物が破壊されて以降、一度も足を運んでなかったけど……行ってみるか。
「色々ありがとうございました」
「おう。ここまで話したんだから、今回の一件は秘密にしてくれよ」
「……?」
「誕生日パーティーの件だよ! ロハネルの野郎に話したらマジ戦だからな!」
どうやら、それを黙っていて欲しい一心でこんな親切にしてくれたらしく、バングッフさんは何度も念を押してギルドへ戻って行った。
誕生日パーティーか……シキさんも近いんだよな、誕生日。彼等を見習って、ウチもサプライズでやってみるか?
あー、でも交易祭の最中だったか。祭りの警備で忙しいから、人数揃えてパーティー開くのはちょっと無理だ。
ま、何か考えよう。誕生日知っててスルーは普通に感じ悪いもんな。
「マスター」
考え事をしていると、いつの間にかイリスが耳元に顔を寄せていた。
「さっきはありがと、信じてくれて。嬉しかった」
……そう囁いて、こっちの返事も聞かずにスッと離れて行く。
さっきシキさんから詰められた件か。あれは信じる信じないの話じゃなく、客観的に見てあり得ないってだけの話なんだけどな。
それに俺は正直、イリスの事を全面的に信じている訳じゃない。彼女が話してくれた事に疑いを持ってはいないけど、話していない事がまだまだあるのは間違いないし。でも耳元で美人に囁かれるのは嫌いじゃないよ。あぁー心がんほんほするんじゃぁー。
「結局、圧力の件は有耶無耶になったわね。どうしたものかしら」
機嫌良さげなイリスとは対照的に、ティシエラは仏頂面だ。
やっぱりティシエラは、コレットに対して余りプレッシャーをかけたくなさげ。別に今からでもバングッフさんを追いかけて、話つけても良い訳だし。それをしないって事は、有耶無耶になってくれて却って良かったと思ってるんじゃないだろうか。
希望的観測かもしれないけど……もしそうなら、俺に出来る範囲で何とかしたい。既に冒険者ギルドと交渉するのを約束したけど、それだけじゃなく、もっとティシエラが安心できるような事を――――
「ティシエラ。交易祭が終わってもまだ合同チームの編成が纏まってなかったら、ウチからも何人か派遣しようか?」
「……え?」
「レベル60台のディノーや、戦闘力でそのディノーを凌ぐオネットさんなんかは、チームに加わっても遜色ないだろ? 当人達の意思を確認してからの話になるけど」
交易祭が終わる頃には借金の返済も完了している(予定)。無理に仕事を詰め込まなくても良いし、多少ギルド員が減ってもやっていける……筈。
「良いの?」
「ああ。祭りの期間中は無理だけど、終わってからなら大丈夫」
「……是非そうさせて貰うわ」
お、意外と素直。
「だったら、私達は今から冒険者ギルドへ行きましょうか。まだ交渉の余地はあると思うし」
「え? 交渉なら俺が……」
「何でもかんでも貴方に任せる訳にはいかないでしょう? 次善策を提示して貰った以上、さっきの申し出はキャンセル。イリス、悪いけど付き合って」
「あ、うん。マスターまたねー」
一方的に話を終えて、ティシエラはイリスを連れて離れて行った。
ま、確かにアレコレ手を貸そうとし過ぎだったかもしれない。馴れ馴れし過ぎたかな。
でも冒険者ギルドへ向かうティシエラの足取りは、心なしか軽そうに見える。俺のおかげ……と自惚れるつもりはないけど、申し出て良かった。
「……」
な、なんかシキさんの視線を感じる……
「何?」
「私も派遣するつもり?」
意図と感情が読み取れない。実力者の例に自分を出さなかった事への不満? 単純に合同チームに入りたくないだけ?
まあ、どっちだろうと答えは一つだ。
「んにゃ。シキさんには残って貰う」
「向こうが私を指名して来たら?」
「関係ない。シキさんはダメ。出しません」
もしシキさんが長期間ギルドに来られなくなったら、ヤメに闇討ちされそうだから……ってのも全くない訳じゃないけど、一番の理由は個人的に困るからだ。
シキさんは貢献の範囲が広過ぎて、誰も代わりは出来ない。だから一時であっても簡単には手放せない。
「なんで?」
……こんな事、口に出しては言えないけどね。『俺には君が必要なんだ!』って言ってるみたで恥ずい。
「さ、次は貴族に媚びに行くんだったな。嫌な仕事はちゃっちゃと終わらせて、職人ギルドに行こう」
「誤魔化さないでちゃんと答えて」
「あたっ! ちょっ、怪我人を蹴らない!」
――――その後、シキさんの執拗な質問攻めは職人ギルドに着くまで続いた。
「……嘘だろ?」
で、その職人ギルド。なんと既に建て替えが完了していた。
怪盗メアロの仕業で半壊したのが約三ヶ月前。たった三ヶ月で、あのメチャクチャにされたギルドを修復したって言うのか?
いや、そもそも半壊している時点で修復は不可能。一旦取り壊して新しく造り直すのが、少なくとも生前における再建のスタンダードだった。その場合、この規模の建物ならどんなに早くても半年以上は掛かっただろう。
魔法で取り壊せば一瞬だから、そっちには時間が掛からないんだろうけど、三ヶ月で建築なんて普通は無理。やっぱ職人ギルドだけあって、規格外の土木系職人が大勢いるんだろうな。羨ましい。
「よう。随分珍しい客じゃあないか。入りな」
意外にも、ロハネルは上機嫌で歓待してくれた。初対面時にはお互いあんまり印象良くなかったと思うんだけど、五大ギルド会議で顔を合わせている内にカドは大分取れてきたな。
「で、何の用だい? 一緒にランチしたくて来た訳じゃあないんだろう?」
「実は――――」
無駄話して時間を取らせるのも悪いから、用件だけ要約して話す。
バングッフさんと違って、個人的な付き合いは殆どして来てないから、冤罪と言っても果たして信じて貰えるかどうか――――
「ふうん、面白そうじゃあないか。あの傲慢な冒険者共に一泡吹かせる良い機会だ。協力は惜しまないよ」
――――は余り関係なかった。
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