第265話 私、トモの妹なんかじゃないよ
「――――という訳で、近日中に人捜し用の新アイテムが届く事になったんだけど……」
ギルドに戻って、あらためてロハネルから貰った仕様書に目を通してみたものの、正直良くわからないシロモノだった。
アイテム名は指名手配シリーズ第9弾『プッフォルン』。由来は不明。そして原理も不明。まあ拾ってクン六号もぶっちゃけ良くわかってなかったから、それは別に良い。
問題は外見。ってかサイズだ。
全長2.7メロリア。1メロリアが2メートルだから、約5.4メートルって事になる。
……いやデケえって。ロールスロイスとほぼ同じサイズじゃん。あれ街中で見たらデカ過ぎて、田舎でオニヤンマ見かけた時みたいに脳内がバグるんだよ。
ただし形状は車とは似ても似つかない。っていうか、仕様書に描かれているラフ画を見る限り……金管楽器にしか見えない。トランペットじゃなく、ホルンとかチューバとかそっち系だ。
使い方は簡単。捜している人物の身に付けていた物や装備品に向かって、吹いて音を出すだけで良い。ただし、それでどういう反応が生じるのか、捜している相手の居場所がどんな形でわかるのかは一切書いていない。ロハネルは『これ見ればわかる』と仕様書を手渡してすぐ仕事に戻ったから、口頭での説明は全く受けていない。
「これ、騙されてね?」
現在、ギルドのホールで俺の説明に耳を傾けているギルド員は五名。シキさん、オネットさん、ディノー、サクア、そして今呆れたように呪いの言葉を吐き捨てたヤメだ。
「そんな事して、奴に何の得があんの」
「ギルマタからかって仲間内でバカウケとか?」
幾らなんでもそこまで暇じゃないだろ、職人ギルド。つーかギルマタって呼び方やめろ。ギルティな二股してる奴みたいに思われたらどうすんだ。
「でも本当に、これで人捜し出来るなら、その前にこれ吹ける人を、見つけて来なくちゃいけませんね」
身に付けていた物や装備品の調達は恐らくそう難しくない。冒険者ギルドに行けば何かあるかもしれないし、仮になくても連中が住んでいた場所は全て把握済み。そこにシキさんを連れて行けば(無断で)中に入る事も出来るだろう。非人道的だけど、奴等がやった事に比べれば些事だ。
よって問題は音を出せるかどうか。オネットさんの言うように、吹ける人材が必要になってくる。というのも、金管楽器は音を出す事だけでも難しい。ましてこんなデカいやつとなると、相当な肺活量も必要になってくるだろう。
「誰か金管楽器を吹いた事ある人、この中にいるー?」
ホール全体に聞こえるように叫んでみたものの、返答はない。当然っちゃ当然だ。面接した中に音楽を嗜んでいた奴がいた記憶はない。そもそも芸術肌のギルド員自体が皆無だ。無論、俺も含めて。
「この城下町、楽団とかないの?」
「あります! シャンドレーゼ交響楽団っていう素敵なオーケストラが!」
即答したのは、目をキラキラ輝かせているサクアだった。
「大体10日に1回くらいの頻度でコンサートを開いてるんですけど、凄いんです! 激しくて重厚で、とにかく心が燃えます!」
「そ、そう」
魔法少女に意外な趣味……でもないか。魔法少女とクラシックってやけに相性良いよね。
「よし、それじゃ早速お願いに……」
「あ、でも練習が忙しくて無理かもです。交易祭でもコンサートを開くようですし」
「そんなの、頼んでみなきゃわからないだろ?」
――――ダメでした。
「ぎゃぼー……」
シャンドレーゼ交響楽団は小規模な楽団で、金管楽器の奏者もかなり少なめ。でもそれとは関係なく、余裕の門前払いでした。ガッデム。
「この時期は仕方ないさ。彼等にとって交易祭は、自分達の存在意義を示す最大の機会なんだ。普通の街と違って、芸術に価値を見出す事が難しい所だからね、ここは」
ディノーの言うように、終盤の街であるアインシュレイル城下町は文化人が極端に少ない。娯楽もギャンブルなど、冒険者などの無骨な連中が好むジャンルに偏っている。
それでも、こんな殺伐とした環境で音楽をやりたいって連中だ。相当な信念を持っているのは間違いない。
事情は理解できる。大事な時期に邪魔されたくないってのもわかる。でも……話くらいは聞いてくれたって良いだろ!? あんまりだ!
「泣いたってしゃーねーべ。つーかさ、向こうにも何かメリットがないと受けて貰えないんじゃね? プロに手間かけさせるんだしさー」
……確かに、ヤメの言う通りだ。
五大ギルドと懇意にしてる所為でたまに忘れそうになるけど、ウチのギルドは一般人にとってはまだまだ無名。恩を売っても意味がないと思われている事だろう。
なら、俺達の自己紹介や事情を説明するより前に、まず向こうが喜ぶ事、欲してそうな事を提案する形じゃないと、まともに取り合って貰えないって訳か。
どうしたもんかな……
「隊長。そろそろ交易祭の企画書も作らないと」
「う……やる事が多いな……」
仕方ない。人捜しアイテムの件は一旦忘れよう。そろそろフレンデリアに企画書を提出しないと、愛想尽かされちまう。
恋愛面を強化するような企画か……フラワリルもダメだったし、他にこれってアイテムも思い付かない。黒い服ブームも利用できそうにないし……
こうなると、もう一番安直な方法に頼らざるを得ないか?
それは――――有名人同士の熱愛。
生前の世界で話題が恋愛一色になるのは、大型カップル誕生の時くらいだった。ドラマで共演した役者同士の結婚とか。そういうのがあれば、交易祭を恋愛モードで迎える事が出来るかもしれない。
でもなあ……
「この街で一番の有名人って誰?」
「あー、名前の売れた奴の恋愛を特集して、浮かれ気分を伝染させようってハラね。まー良いんじゃね?」
流石ヤメ。腹黒だけあって、こういう小細工への嗅覚は凄まじいものがある。
「そーなー、コレットなんかどうなん?」
コレットか……確かに、レベルの最高記録保持者のコレットは知名度高そうだ。
でも、恋愛となると――――
「それなら相手はトモって事になるな」
……ディノーさん?
「違ったか? 俺が知る限り、彼女と親しい男性冒険者はいなかった。トモがこの街に来てからは、ずっとお前にベッタリって印象だったから、てっきりそういう関係だとばかり……」
「そー言えば、前にウチにいたあの山羊マスクのヤベー奴、コレットだったんだっけ。あれれー? もしかしてアレって、ギルマタが浮気してないかチェックする為に変装して潜入捜査してたん?」
「ンな訳あるか! コレットはただの友達で、なんつーか手の掛かる年の離れた妹とか従妹みたいな――――」
「私が何ー?」
……へ?
「コレット!? 何でいるの!?」
「いちゃ悪い? 一応古巣なんだけどな」
いつの間にギルドの中に入って来ていたのか、コレットはギルマスの威厳が余り感じられない普段着の姿でホールに展示してある防衛勲章をじっと眺めていた。
「さっきギルドにティシエラさん達が来てね。合同チームにここの人達も加わる事になったって教えてくれたから、挨拶しに来たんだケド? 何か問題でも?」
「いや……ないけど」
今の状況で会うと、コレットが冒険者からの信頼を損なうってんで自重してたんだけどな……まあ、ここなら冒険者に見つかる事もないから良いけどさ。正当な理由もある事だし。
とはいえ、コレットに商業ギルドでの件を話すのは抵抗がある。話せば、コレットは多分メキトを犯人と断定するだろう。不器用なこいつの事だ、冒険者ギルドでその事をうっかり口走ったり態度に出したりして、ギルマスとしての信頼を失いかねない。
俺達の損得だけを考えるなら、コレットと密に連携を図って、速やかに解決へ持っていく方が好ましいのは間違いない。全身鎧で冒険者ギルドに乗り込んだ頃とは違い、状況証拠は揃いつつある。
でもなあ……
『甘い男』
ティシエラの言葉が頭の中でやたら反響してくる。実際ティシエラなら、ギルド員の潔白を証明する事を最優先に考えて行動するだろう。それに比べると、俺は甘い。その自覚はある。
それでも、コレットがギルマスになったのは俺の一押しがあったから……ってのは自惚れかもしれないけど、その責任は多少なりともある。何より、コレットはこの世界で初めての友達であり戦友。やっぱり無碍には出来ない。黙っとこう。
「それじゃ改めて。この度はディスパースに新規加入して頂く事になり、冒険者ギルドを代表して御礼申し上げます。一致団結して邪怨霧を晴らす方法を見つけ出しましょう」
随分と他人行儀な挨拶だけど、公私混同しないようにという意思表示なんだろう。真面目な顔で頭を下げるコレットを目にすると、あらためてギルマスらしくなってきたのを実感する。
「で、さっき私の名前出してたよね。何だったのあれ。ねえ何だったの。ねえ」
……随分鮮やかな切り替えですこと。あっという間に野良コレットに逆戻りか。つーか久々に見たなヤンデレ風コレット。怖いっていうより、最早実家のような安心感さえある。
「それは……」
「あー、さっきのはね、コレットがウチのギルドマスターにとって、どんだけ大事な存在かって話をしてたんよ」
珍し! ヤメが事を荒立てない方向にフォローしとる! 何この激レア展開。信じられないんだけど。
でも、そうか。コレットがウチにいた頃はヤメが一番仲良い女性だった。そんなヤメの友情――――
「……」
あ、違うわ。こいつキレさせるとヤベーから穏便に済ませろよ、ってツラだ。レベル79が不機嫌になるのを恐れてる……と言うより、コレットのメンタルが不安定な時の空気の重さを知ってるから、極力刺激しないようにって配慮だな。
実際、さっきのは失言だった。『手の掛かる』までは良いとしても、『年の離れた』ってのはマズい。少なくともコレットは俺を同年代と認識してる筈だし、なのに子供扱いされてると知れば不機嫌にはなるだろう。
「私が、トモにとって大事な存在……?」
「そそ。やっぱりこのポンコツにはさ、コレットがついてないとダメだねーって。な! な!」
なんか物凄い勢いでウインクしてくる。
ま、ここはヤメに話を合わせておくか――――
「話の主題は二人が恋仲かどうか、だったけどね」
シキさん!? この流れでそれ言う!?
「え? そういう話……?」
場の空気が凍る。一番凍ってるのは斯く言う俺だけど。
これ、どうすりゃ良いんだ……? 普通に『いやいや、俺とコレットはそんな仲じゃないから!』って否定すれば良いの? でもこれ言っちゃうと、今後のフラグすら消滅しそうでちょっと抵抗あるよな……今は自分の恋愛を考える余裕ないけど、未来の可能性まで潰したくはない。コレットは……まあ、可愛い奴だし。
「え、えっと……トモはなんて言ってたの……かな?」
「本人に聞けば?」
何ですかその顔面に向かってトルネードアロースカイウイングシュートぶっかます勢いのパスは! そんなの対処できるか!
シキさん……どういうつもりだ? 俺を試してるのか? 俺が困ってるのを見て喜んでるのか? それとも……
俺とコレットの仲がどんな感じか探ってるとか?
普通なら自意識過剰もいいところ。でも最近のシキさんを見てると、ついそんな発想になってしまう。生前全くモテて来なかったから余計に。
「……」
っと、当のコレットを放置して考え事してちゃダメだ。
でもマジでこれどう答えりゃ良いのさ。なんとなくモテそうなディノーなら正解知ってそうだけど、さっきから完全に見守りモードで言葉を発する気配がない。
……しゃーない。腹を括るか。
「今は恋仲じゃない。今後はわからんけど」
「うわ、つまんね」
おいコラ、ヤメ。急に野次馬に回るな。良いんだよ、こういうのは無難オブ無難で。
「ふーん……」
「……」
コレットもシキさんも無表情でじーっとこっちを見てくる。
なんだろう。プチ修羅場っぽいのがなんか嬉しい。モテてる気分になれる。生まれて初めての快挙じゃないですか。
「ま、いっか。それじゃもう帰るね」
「あ、ああ……気を付けてな」
相当忙しいのか、用事が済んだらコレットはとっととギルドから出て行った。
はぁ……どっと疲れた。なんでもそうだけど、初体験って異常に疲れるよな。
コレットが俺をどう思ってるのかは……正直良くわからん。さっき妹って表現を使ったけど、向こうも俺を兄か従兄のような感覚でいるんじゃないかな。甘えられてはいても艶っぽいやり取りとかは皆無だし、去り際に『私、トモの妹なんかじゃないよ』みたいな呟きも特になかったもんな。正直ちょっと言われてみたかった。
シキさんの方は――――
「隊長って、妹みたいに思ってる相手への恋愛感情を完全否定できないんだ。もしかして変態?」
「ぎゃははは! シキちゃん真顔で酷っでー!」
……ヤキモチにしては言葉の殺傷能力が猛り過ぎる。どうせこっちも好意とか恋愛感情とは全然違うんだろうな。
「ばーか」
とか思ってたら小声でシキさんってば! 俺にしか聞こえない音量の小声マジやめて勘違いするから! いや勘違いじゃないのか!? マジでもうわかんないって!
女心……わかんね……
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