第429話 会話の水増しが目に余る

 メオンさんの兄が関与している――――その深刻な表情での証言はまるで黒幕とでも言わんばかりだ。メオンさんは取り乱し、今にもエメアさんに掴みかかろうとしている。余程兄弟仲が良いんだろう。


「バカな! 私の兄が……あの優秀な兄が悪事に荷担していると言うのですか!? そんなバカな……」


「残念だが事実なんだ。メオン、君には黙っていたが……この温泉宿を建てるよう画策したのは、他ならぬ君の兄なのだよ」


「まさか……私の兄が……私をあれだけ可愛がってくれた兄が悪事に荷担しているなんて……信じられません私には!」


「その気持ちは良くわかる。それでもメオン、君には話すしかなかった。こんなタイミングになってしまった事を人生の先輩として深く詫びたい」


「くっ……兄が……あの兄がそのような……そんなバカな……」


「私も心が痛い……しかしもう隠し通せるものでもない……君には真実を知る権利があるのだから」


 もうずっと劇場型のやり取りが続いているけど一向に話が進まねぇ。これいつ終わるんだ?


「おー迫真の演技じゃん。やるねーアイツ等」


 他の面々が辟易している中、唯一ヤメだけは腕を組んで何かわかってる風な顔をしている。女優志望の琴線には触れたらしい。特に意味はないが。


「くそ……くっそぉぉ……私の所為です……私が不甲斐ない弟だから兄が悪事に手を染めてしまったに決まってます……!」


「そんな事はない。メオン、確かに君はまだまだだ。仕事は覚えないしミスも多い。挨拶すら忘れボーッとしている時もある。だがそれと今回の件は無関係だ」


「ですが! 私が完璧な弟であったならば兄の悪行を事前に防げた筈! 私が完全弟にさえなれば!」


「……いや……それは……」


「ちくしょーちくしょー! 完全弟……完全弟にさえなればー!」


「……メオン、君の言う完全弟とやらは、そんなにすごいのか? 」


「それはもう。完全弟にさえなれば兄も…… 」


「ほう、本当に凄くなるんだな?」


「ええ。完全弟にさえなれば私はこの温泉宿をも牛耳る無敵の存在に」


「……」


「ちくしょーちくしょー! 完全弟に……完全弟にさえなればー!」


 ……いったい何を話してるんだ?


「ちくしょーちくしょー! 完全弟に……完全弟にさえなればー!」


「ならば、なってみるがいい。完全弟に」


「なれません!」


「なら話を戻そう」


 えぇぇ……何のやり取りだったんだよ。仮に完全弟ってのになれたとて何がどうなるのか結局何にもわからなったんだけど。時間返せよ。


「皆さんお察しの通り、このアンキエーテは健全な理由で建てられた物ではありません」


 ようやく引き延ばしをやめ、エメアさんはポツポツと温泉宿にまつわる話を始めた。


「あの憎きシャンジュマンの野望を打ち砕く為なのです!」


「……野望?」


「はい。私達の事を話す前に、まずシャンジュマンの悪行について御説明致します」


 どうやら単なる商売敵、って雰囲気じゃなさそうだ。


 コレットの調査にも関わってくる話。それにイリスも泊まっている宿だ。嫌でも緊張が高まってくる。


「先程も話しましたように、彼らは聖噴水の水を利用し自分達の温泉の成分を変えようとしています。聖噴水を少量ずつ盗み、それを自分達の温泉に混ぜていると思われます」


「証拠はあるの?」


 黙って聞いていたシキさんが鋭い口調で問いかける。盗みと聞いた途端関心が強まるのがシーフっぽい。


「いえ。だからこそ温泉宿が必要だったのです。裏を取る為にも」


 ……多少回りくどい気もするけど、確かに内情を知るには同業者にでもならなきゃ難しいだろう。街で聞く噂なんて何の裏付けにもならない。


「温泉宿を開業した事で、我々はこの業界の様々な話を耳にする機会を得ました。その中にシャンジュマンに関する情報があったのです」


「キナ臭い話になってきたね。その宿は一体何をしていたんだい?」


 元冒険者の血が騒いだのか、ディノーが身を乗り出してきた。女装してない時はまだマトモだから助かる。


「シャンジュマンは、聖噴水と混ぜた温泉湯を使用していただけでなく、他の宿に横流ししていたのです」


 何……?


「聖噴水はあくまでモンスターを近寄らせない為のものですが、だからこそ神秘性の象徴にもなっています。大々的に聖噴水の名を使う宣伝は出来ずとも、飛びつく宿は幾らでもあったようです」


 まあ、例えば人を使って『あの宿の温泉には聖噴水の水が混ぜてある』って噂を流せば客寄せにはなる。領主が温泉に興味なけりゃ取り締まる動きもないだろうし。


「シャンジュマンの主人は当初、好奇心から聖噴水をこっそりと盗み自分の温泉に混ぜたそうです。その結果、温泉に浸かった人間が誰も彼も陶酔状態に陥ったようで、その事を同業者へ自慢げに話していたと言います」


 この話はヤメの任意聴取で既に聞き出している。


 トリップ状態になっている連中の状態を詳しく調べた結果、マギの乖離が認められた。普通はマギが身体から離れただけで快楽だの陶酔だのが生じる事はないんだけど、何故か誰も彼も多幸感に包まれ幻覚を見たらしい。


 要するに『温泉麻薬』。そりゃ需要がない訳がない。


「しかし聖噴水を盗んでいる時点で真っ当な商品にはなり得ません。そこで連中は闇商人を使い取引を行っているのです」 


「そういう事か」 


 ようやく話が一つ繋がった。


 闇商人がシャンジュマンを利用しているって噂は本当だった。聖噴水を混ぜた非合法の温泉湯を取引していた訳か。


 ただ……


「俺が昨日シャンジュマンの温泉に浸った時は、特に何も起こらなかったんだけど」


「……浸かったのですか?」


 あ。余計な事言っちゃった。


「……」


 ギルド員たちの視線が痛い! 『なんでアンキエーテに泊まってる奴が別の宿の温泉に浸かってんの?』って目が訴えている……!


「いや、その……」


「やはり浮気でございますね?」


 何故か真っ先にメオンさんが接近してきた。顔が近い……


「なんという事でしょう。私達アンキエーテというものがありながら、他の宿の温泉などに現を抜かすなど……この不埒者!」


「待って! マスターは悪くないの! 頼んだのは私だから!」


 ここで庇いに来るのやめてイリスさん! 状況が悪化する未来しか見えない!


「なんでそんな事を頼む必要があったんですか?」


 ほら早速アヤメルが食いついてきた。こういう時には絶対詰めてくるからな……こいつ。


「やっぱり本当はデキてたんじゃないですか? 一度は誤魔化されましたけどこれで私の正しさが証明されましたね! コレット先輩、この二人やっぱりデキてますよ!」


 何故コレットに報告する必要が……? いやそもそもデキてねーよ! 何もしてないし!


「……別に良いんじゃない? トモって誰かと結婚してる訳じゃないし、恋人がいたって誰に迷惑かける訳でもないんだから。そもそも私には何の関係もない話題だよね。今する必要あるかな?」


「え? だってトモ先輩にそういう人がいないか暇だったら調べておいてって私に言ったじゃないですか。コレット先輩が」


「そんな事言ってないでしょ!? 『トモが疲れてるみたいだから人間関係で悩んでないかそれとなく探って』みたいな事は言ったけど!」


「それと素行調査とどう違うって言うんですか! 私てっきりコレット先輩がトモ先輩の女性関係気にしてるって思ったから色々頑張ったのに!」


 ああ……だからピロートークとか何とか訳のわからない事言って強引に話をそっち方面に持って行ったのか。


「悪いけどそんなどうでもいい話は後でして。隊長の恋バナとか誰も興味ないから」


「「すみません……」」


 シキさんのご尤もな説教に冒険者二人が平身低頭して身を小さくした。流れ弾を眉間に受けた気分だ。


「疑問の件ですが、聖噴水の成分は温泉と混ぜる事で気化しますので、混ぜてから一定以上期間が経つと効果は薄れるのです。私が掴んだ情報によると、ちょうど昨日が聖噴水補充の日でしたので、効能はもう殆ど消えてしまっているのでしょう」


 成程。確かに昨日、聖噴水の水量が減っていた。あれはシャンジュマンが盗んだからか。それでまだ混ぜていないから効能は残ってなかったんだな。


 それにしてもメオンさん、想像以上に事情に精通してるな。案外、今回の騒動の中心にいるのかもしれない。


「ならば兄は悪事に荷担しているのではなくシャンジュマンの悪事を止めさせる為にアンキエーテを立ち上げたのですね! やった! なんて誇らしい兄なのでしょう! 弟の私も鼻高々でございます!」


「いや違う」


「違うのですか!?」


 そりゃそうだろ……この流れで正義の使者とかだったら逆に怖いわ。


「残念だがアンキエーテは勧善懲悪を目的とした施設ではない。寧ろ逆なのだよ」


 逆?


 って事は……


「入るだけで気持ち良くなれるなんて言う夢のような温泉、シャンジュマンなどに独占させるのは勿体ないではないですか! なので同業者となって同じように聖噴水を盗もうと画策したのですよ! 奴等の好きにはさせません! 『レインカルナティオ本当に行ってよかった温泉地ランキング』1位の座は我々が奪取します! その為には脱法も賄賂も辞さず! フハハ!」


「フハハじゃねーよ! 完全に犯罪組織じゃねーか!」


 思ってた以上に最悪だった。俺達はそんな目的で建てた宿に泊まってたのか……


「その企画者がメオンさんのお兄さんなんですね。今は何処で何をしているんですか?」


「確か、アインシュレイル城下町の鑑定ギルドに所属している筈です」


「……鑑定?」


 その言葉に反応した人間は俺も含め例外なく、パトリシエさんの方に視線を向けた。


「わたしですかぁ? 残念、そんな可愛い弟はいませんよぉ」


「私もあのような美しい女性を兄に持った覚えはありません。可能ならば是非持ってみたかったですがねッ!」


 そのアピールに何の意味があるんだよ……会話の水増しが目に余るぞ。もっと要領よく喋ってくれ。


「メオンさん。貴方の兄の名前を教えて下さい」


「はい。ジスケッドと言います」


 なんとなく予想は付いていたけど、やっぱりあいつか。


 鑑定ギルドの自称No.2。シキさんをヘッドハンティングしようとしていたあの癖の強い男だ。最終的に店の店員から凄い剣幕でキレられていたのは記憶に新しい。


 メオンさんも飲食店で大声出してたから、あの時からなんとなく似た雰囲気を感じてはいた。


「自慢の兄です。幼少の頃から常に己を高みへと。そんな人間でした。アインシュレイル城下町での活躍は皆さんの耳にも入っているのでしょう。皆さんには是非兄の背中を追いかけて頂きたく」


 いや、そこまでじゃ……そもそも鑑定ギルド自体そんなに目立つ活動するギルドじゃないし。


「……ん? 待って下さい。この話の流れだとまるで兄が今回の件の黒幕であるかのようではないですか」


「残念だがメオン。大体その通りだ」


「なんですと!? マジでございますか!?」


 勘が悪いな。やっと呑み込めたのか。


 鑑定士のジスケッドなら、聖噴水を混ぜた件についても調査するのは容易いだろうし、そもそも疑いを向けた事にも合点がいく。流石にアンキエーテのオーナーって事実には驚いたけど……鑑定ギルドって儲かるんだな。


「ジスケッドは上昇志向の強い男で、ギルド内のNo.2に甘んじている現状に納得していないようです。自分や鑑定ギルドの地位を向上させる要因となり得るものを常に探しています」


 そう言えば十三穢にも着目しているようだった。自分の力で鑑定ギルドを五大ギルド入りさせて、いずれは城下町を牛耳るつもりなのかもしれない。


「それは素晴らしい。ならば差し詰め兄はダークヒーロー……そういう道を選んだのですね。兄らしい選択です。昔から王道ではなくそこから外れた道を堂々と歩んで結果を出してきました」


 ……この人、完全弟っつーか全肯定弟だよな。確かに弟の完全体かもしれない。悪い意味で。


「確かにジスケッドは天才だねぇ。鑑定できる分野の多さはわたしよりも上だし」


「……そうなんですか?」


「はい。人脈づくりにも長けていますし、鑑定士に必要なものは全て持っていると言っても良いくらいですねぇ」


 鑑定ギルドNo.1の地位にいるパトリシエさんがこれだけ評価するんだ。優秀な人物ってのは本当らしい。店員に平謝りしていたあの姿からは想像もつかないけど……


「だからこそ野心も人一倍なんですよね」


 そう口にしたのは――――意外にもアヤメルだった。


「知り合いだったの?」


「はい、一応。ホラ私ってば優秀じゃないですか。だから当然のように引き抜かれそうになりまして。ぜひ一緒に働いて欲しいって」


 マジかよ。でも確かにアヤメルの準備の良さは助手向きかもしれない。反面、察しの悪さは鑑定士としては致命的だけど。


「けど断ったんだよな?」


「ですね。報酬は今の収入の倍出すって言われて、流石にちょっとグラつきましたけど……っていうか冒険者ギルドって居心地悪いじゃないですか。最悪、転職もって考えていた時期だったんで」


「そんなに居心地悪かった……?」


「あっ違います違います! コレット先輩の所為とかじゃないです! 才能があり過ぎる私みたいな奴って周りから嫉妬されるじゃないですか。そういうのを臆面もなく言葉にして牽制してくる人って何処にだっているんです」


「わかるわー。才能があり過ぎるのって考えもんよな」


 ヤメもソーサラーギルドで大分嫌な目に遭ったらしいから、アヤメルにはシンパシーを感じているんだろう。この二人がすぐ打ち解けたのも納得だ。


「それで話を戻しますと、ジスケッドって人は相当な野心家ですよ。1年以内に鑑定士ギルドを牛耳って、2年以内に五大ギルドに入って、3年以内に城下町を支配して、5年以内に国を動かす人間になるとか言ってましたから」


「随分大きく出たな」


「その為にはどうしても君のように天才的な人材が必要だ、とか言ってましたね。私は天才的とかじゃなくて普通に天才なんで過小評価も甚だしいって断りましたけど」


 こっちはこっちで度を越した自信家だな。俺に次いでレベル低いのに。


「私も似た事言われた」


 シキさんも話に加わってくる。そう言えば収入を倍にするって話を持ちかけられたって言ってたもんな。鑑定士だけあって、人を見る目は確かみたいだ。


「? どうされました? 私の顔に何か?」


「いや……」


 メオンさんを鑑定の仕事に一切関わらせていないあたり、特にそれを強く感じた。





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