第430話 脳の面構えが違う
ヒーラー温泉以降、ずっと意味不明な事が起こり続けてきたけど……ようやく全容が見え始めてきた気がする。
「話を纏めると、聖噴水と温泉を混ぜて気持ち良くなる温泉湯を生み出したシャンジュマンに肖って、ジスケッドがアンキエーテの開業に着手したって訳か。副業って事になるのか?」
「んーん。そのお話がホントならぁ、鑑定士の血が騒いだんだと思うなぁ」
恐らくこの中で最もジスケッドの能力に詳しいパトリシエさんが朗らかな顔で否定してきた。
「だって聖水と温泉を混ぜてハッピーになれるお湯になるなんて、ちょっと意味わかんないでしょ? どんなメカニズムでその効能が生まれてるのか自分で鑑定したかったのかもぉ」
「成程……」
外部の人間である以上、シャンジュマンの温泉湯を詳しく鑑定する行為には相当なリスクが伴う。日中はいつ他の客やスタッフが来るかわからないし、深夜に行動するのは怪し過ぎる。
かといって自分から鑑定させろなんて売り込みをかけるのも別の意味で怪しい。子供の頃、親の携帯『お宅の要らない貴金属を鑑定させて下さい』って売り込みの電話が掛かってたらしいけどまずまともな商売じゃなかった。そういう印象を持たれた時点でアウト。噂が立てば城下町での顧客を失いかねない。
だから自分達の温泉宿を持つ事で温泉を確保し、それに聖噴水を混ぜるようにした訳か。
これなら、あの浴場に聖噴水入りの温泉湯が溜まっていたのも納得だ。鑑定の為だったら別に厳重に封鎖しておく必要はない。最悪盗まれても、鑑定できるだけの量さえ残っていれば問題ないしな。
さっきエメアさんが言っていたランキング1位どうのこうのって言うのは、彼にやる気を出させる方便だったのかもしれない。
「それで結局、お湯の鑑定はもう終わった?」
「いえ……私にはわからないのです」
エメアさんは余りジスケッドと深く関わっていないらしい。ま、もし関わっていても本当の事は話さないか。自分を雇っているアンキエーテのオーナーに対して不利になる証言はしないだろう。
「エメアさん達はシャンジュマンを随分と目の仇にしてるけど、あれってジスケッドの意向?」
「違います。我々がシャンジュマンを気に入らないのは純粋に古参ヅラがウザいからです」
ミもフタもない……でもちょっとだけわかる。
生前、務めていた警備会社よりも規模が上の所に所属する警備員とは祭りみたいな大掛かりなイベントの時に同業他社と合同で仕事をする機会があった。その時は格上の会社が取り仕切るから、どうしても上から目線のように感じてしまう。実際、露骨に態度に出してくる奴もいたな……
ま、そういうのはどんな世界にでもあるって事だな。
取り敢えず一通り状況は掴めた。
今の話が本当だと仮定した場合、昨日の聖噴水の不具合は水が盗まれた事で水量が足りなくなったから……って事でいいのかな。噴水とは言っても自噴水じゃないだろうし聖水の量には限りがある筈だ。
恐らくシャンジュマン側は街に影響が出ない範囲の量を盗んでいたんだろう。でもアンキエーテも同じように盗んだ結果、量が足りなくなった。そう考えると一応納得もいく。
とはいえ……謎もまだ残ってる。
俺がこの宿で触れたあの浴場の温泉湯は、本当に聖噴水と温泉湯を混ぜたものだったのか?
あの時に見た光景は幻覚じゃなく過去の出来事だったし陶酔状態にもならなかった。明らかに今している話とは食い違う。
それに、シャンジュマンの主人の目的が気になる。
エメアさんは彼らの目的が国内No.1の温泉宿になる事だと決め付けているようだけど、まだ確定できる段階じゃない。そもそも明らかな邪道で表舞台の頂点なんて目指せるものなのか? 取引してるっていう闇商人に裏切られ告発でもされたら一発アウトだ。そんな危険な橋を渡る連中が果たして真っ当な目的を持っているかどうか。
それに関連してヒーラー温泉との関わりも気になる。『シャンジュマンの主人がヒーラーを骨抜きにした』ってのはエメアさんが雇っていたチンピラに言わせていた虚言との話だけど、果たして本当にそうなのか?
少なくとも俺が目撃したあのヒーラー連中や王族達の様子は陶酔状態と合致する。あの温泉が聖噴水と無関係とはどうしても思えない。
けど、だったら何故パトリシエさんの鑑定で成分が特定できなかった?
彼女の技量を疑うつもりはない。別に何らかの理由があると考える方が建設的だ。
それに、俺があの夜に見た聖噴水。
違和感を覚えたのは水量だけだったか?
これらの謎を解き明かすにはまだ情報不足だ。
「ジスケッドに話を聞く必要があるな。あとシャンジュマンの代表にも」
「あ、それなんだけど……」
コレットがおずおずと手を挙げてくる。そういやシャンジュマンにも聞き込みに行ってたんだったな。
「総支配人は不在なんだって。出張って言ってたけどホントかな?」
「出張……?」
温泉宿の総支配人が出張か……全くないとは言い切れないけど、なんか怪しいな。居留守でも使ったか? 犯罪に手を染めているのなら冒険者ギルドの代表者に乗り込まれちゃ対応に困るだろうし。
それに、怪しいのはシャンジュマンだけじゃない。
「エメアさん。昨晩、聖噴水を盗み出しましたか?」
「いえ。皆様がお客様として宿にいる間は決してそのような事は」
だよな。少なくともフロントの二人は夜遅くまでずっと宿にいた……と思う。断言できないのは宴会の時間に抜け出していた可能性が否定できないからだ。
とはいえ、夜間でもない限り広場にある聖噴水を盗み出すなんて真似は出来ないだろう。通行人は少ないけど、例え一人にでも目撃されればアウト。そんなリスクを背負う意味がない。
そして当然――――
「もう一つだけ。今更ですけど、この宿の大浴場に聖噴水は混ぜていませんよね?」
「それはもう。まだ解析も終えていない段階ですから」
だよな。俺も含めて、大浴場を利用した人間の中に異常を訴える奴は一人もいなかったし。あれが普通の温泉だったのは明白だ。聖噴水が入っているのはあくまで俺とヤメが調査に入ったあの浴場のみだろう。ただしそれも確定じゃない。
となると……先にそこをハッキリさせた方が良さそうだ。
「パトリシエさん。大浴場の隣の部屋に小さめの浴場があるんですけど、そこに入っているお湯を触れずに解析する事は可能ですか?」
「ここでは無理ぃ。わたし【触診3】を鑑定のベースにしちゃってるからぁ。ギルドに戻れば鑑定用のアイテムがあるけどぉ」
「ならそれでも構いません。そのお湯は触れると妙な状態になってしまいますから、出来るだけ触れないようサンプルを採取して、一旦持ち帰って調べて貰えますか?」
「良いですけどぉ……」
当然、俺の独断でパトリシエさんに指示は出来ない。彼女をここへ連れて来たのはコレットなんだから、コレットに許可を得る必要がある。
「大丈夫です。トモの言った通りにして下さい」
「わかりましたぁ」
幸い、コレットは何も疑問を挟まず許可してくれた。さすが異世界初日からの友達。厚い信頼を感じる。
後は……聖噴水の件か。
あれだけ脅されたエメアさんが嘘をつくとは思えない。アンキエーテは聖噴水を盗んではいるものの、俺達がいる間は実行に移していない。取り敢えずその想定で考えていこう。
となると、昨夜はなぜ聖噴水が不足する事態になったのか。
それに量だけじゃない。
記憶が確かなら、確か……噴水の勢いも弱かった。聖噴水そのもののシステムに不具合があるかのようだった。
そして――――なぜ今朝には元に戻っていたのか。
幾らなんでも盗んだ聖噴水をわざわざ戻しにいく事はないだろう。それなのに朝になると効果が復活していたって事は……
「どしたのトモ。難しい顔して」
「いや……」
少なくとも正攻法じゃないだろうな。俺の推測が正しければ手掛かりが残っている可能性がある。
「取り敢えず色々調査しなきゃいけない事がある。手分けして……」
「トモ。その前に何か忘れてない?」
……フレンデリアか。敢えて明言はして来ないけど『さっきの私の言葉覚えてるでしょ?』って意味だろうな。
勿論覚えてる。城下町を守るのが城下町ギルドの役割であり、このミーナは対象外。まして俺達は慰安旅行中。意気揚々と出しゃばる案件じゃないのはその通りだ。
けど、フレンデリアが今回の問題に首を突っ込みたがらない理由は他にある気がする。正義感の欠如とも違う。
だったら多分――――
「市長のメンツを潰す事になりかねない」
「わかってるじゃない」
ジト目で答える辺り、本意じゃないんだろうな。
特殊な事情を複合的に抱えているアインシュレイル城下町とは違って、このミーナは普通の都市だ。なら当然、街で起こる問題に関しては行政の介入をもって解決に当たるのが筋。警察に該当する組織があるのかどうかは知らんけど、少なくとも市長がいるって事は独任制の執行機関は確実にある。都市で起こったトラブルはその執行機関が対処しなきゃならない。
なのに余所者の俺達が全部解決したんじゃ面目丸潰れ。領主がその件を耳にしたら大層お怒りになる事だろう。元いた世界じゃ県警間の縄張り争いもあったみたいだし。ソースはドラマ。
俺個人としては、ここまで関わっておいて知らんぷりってのは目覚めが悪い。それにヒーラー温泉との関わりは無視できない。五大ギルドにとってもこの件は関心の的だったしな。
ギルドマスターって立場にいる以上、俺の一存でギルド員達に協力を呼びかける事は出来る。でも強制は出来ない。会社の社長じゃないからな。
「だったらフレンデリア。ここから先はお前が指揮を執れ」
「……は?」
「お前が舵を取れぃ」
「言い換えても意味は一緒でしょ……? なんで私が?」
「そりゃ貴族だし」
シレクス家の主導で動いたのなら、その責任はシレクス家に帰属する。仮にメンツを潰されたと領主がキレても俺達や冒険者ギルドは守られる。
既に俺達はシレクス家からの支援を受ける立場。その庇護のもとに行動するのは何も不自然じゃない。
「貴方ね……」
「こういう時の為に、事前に挨拶回りしてたんじゃないのか?」
――――勿論、そんな訳がない。
高貴な身分でありながら市長やミーナの有力者たちに土産を持参して挨拶に回っていたのは、やりたい放題やってシレクス家の信用を失墜させていた転生前の身体の持ち主の尻拭い。多分そんな感じだろう。
だから俺の発言は的外れだ。
でも、これは意図的な不整合だ。
「コレットを守る為にさ」
本来これも的外れな言い分。そんなつもりは全くなかった筈だ。
でもフレンデリアなら恐らくこの嘘の意図に気付く。それも瞬時に。
「それに気が付くなんて流石ねトモ」
案の定、一瞬で目の色を変えやがった。さすがコレットが絡むと知能指数が180にも3にもなる女。脳の面構えが違う。
「私を守る為……?」
「コレット。貴女は何も悪くないの。この地に調査に訪れたのは貴女の正義感。そんなコレットを私は全面的に支持してるし何も変えて欲しくない。でもね、世の中には体面というものがあって、それを何よりも大事にしている人は結構多いの。市民の命が理不尽に奪われるよりも、その命を外の人間が助けたという事実を嫌う連中も相応にいるのよ」
「あ……」
コレットは恐らく、事前に行政機関ひいては市長へ話を通していなかった。そんな事をしていたら宿への到着はもっと遅れていただろうしな。
冒険者ギルドと各都市の行政側との関係は知らないけど、密に協力しているとは思えない。もしそうならコレットだって事前にお伺いくらいは立てるだろう。
でも、だからといって好き勝手に介入して良い訳でもない。冒険者はあくまでモンスター退治が仕事だ。その為なら越権行為も許されるだろうけど、闇商人の調査はその範疇にはない。
別にコレットが迂闊だったって話じゃない。その調査程度なら事後承諾でも嫌味を言われる程度で済んだだろう。けどヒーラーや聖噴水まで絡んでくる犯罪組織の調査となれば、行政ひいては領主のメンツに関わってくる。
「申し訳……ありません。私……」
「だーかーら! 謝らなくて良いの! 貴女が立派なギルドマスターになる為に私がいるんだから。裏方は私の仕事! 貴女を支えるのが私の生き甲斐! わかった?」
「は、はい」
「わかったら言い直し!」
「え?」
コレットは訳がわからず俺に助けを求めようと一瞬視線を向けたものの、すぐ思い直し俯いて思案した。
結論は早かった。
「あ、ありがとう。フレンデリアちゃん様」
「惜しぃーっ! そこは呼び捨てだったら100点よ!」
そう言いながらもフレンデリアは会心の笑み。そして俺に向かってこっそり指でマルを作った。
取り敢えずこれで制限なく動ける。後はギルド員が何人動いてくれるかだな。
「みんな聞いてくれ。ここは城下町じゃないし俺達は今旅行中だ。報酬が発生する依頼って訳にもいかない。それでも良いって奴がいたら手を貸して欲しい」
「おいおいカンベンしてくれよー」
「今オフだぜおいー」
「あんた一人でやれよ俺 関係ねーし」
案の定、不満の声をあげてきたのはいつものオッサン三人組か。でも今回ばかりは奴等が正しい。
「なーんてな」
「……え?」
「俺たちゃボスの情報を漏洩しちまった負い目があっからよぉ。そんな真面目な顔で頼まれたら断れねぇのよ」
鼻の下を指で擦りながらパブロが照れ臭げに笑う。それにポラギとベンザブもウンウンと頷いている。
みんな……
そんな当たり前の事を勿体ぶって言うんじゃねーよ。テメーらに拒否権なんかあるかボケ。
「酷ぇ! あんまりだろボス!」
「そりゃあン時は申し訳なかったけどさあ!」
「俺らにだって人権があるっつーの!! 俺たちゃボスの奴隷じゃないっつーの!!」
「……あれ?」
今、思った事を口にしたっけ? 心の中に留めたつもりだったんだけどな。
まあ思わず本心が漏れ出ても不思議じゃないか。若しくは顔に出過ぎて心を読まれたのかもしれない。いつもみたいに。
「水臭い事を言わないで欲しいな。確かに俺達とギルドとの契約はあくまで求職者と斡旋者かもしれないが、それ以前に同じ目的へ向かって命を張る仲間の筈だ」
「ディノー……」
「私は既に手伝っていますので、今更遠慮は不要です」
「事情が事情だ。見て見ぬフリは出来ないだろう」
オネットさんとマキシムさんも力強く助力を引き受けてくれた。
「そもそも温泉でのんびりなど我が輩の性に合わぬッ! ちょうど首級が恋しくなってきた頃合いよッ!」
「幼女か幼女の母親に聞き込みするくらいなら別にぃ」
問題児のシデッスやグラコロまで……! なんだこいつ等…あったけえよぉ…
「……意外ね。城下町ギルドってこんなに纏まってたの?」
「ああ見えて中々の統率力をお持ちなのでしょう。かの若きギルドマスターは」
セバチャスンが嬉しい事を言ってくれているけど、生憎中身は若くもないんでね。多分年相応だと思う。
ともあれ、ここに『湯けむりに潜む悪意 聖噴水窃盗事件特別捜査本部』が設立される事になった。
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