第431話 セクハラして来たら合法的に殺せば良いんだし
ここにいる誰もが知らない事だけど、今回の一件で俺は体感で1年以上定点カメラにされていた。肉体的な損失はないとはいえ精神的には随分とやられてしまった。
俺にとってはスルーできる案件じゃない。完全に当事者の一人だ。意地でも真相を曝いて帰ってやる。
「トモ。私は今回の件に全然関与していないから貴方が指揮を執って。責任は私が取るから」
「……わかった」
指揮を任された以上、フレンデリアとシレクス家の顔に泥を塗る訳にもいかない。いつもとは違った緊張感だ。
「みんなには街中で怪しい動きをする奴がいないか見張っておいて欲しい。それと最悪の場合、モンスターが街中を襲ってくる可能性も想定して貰えると助かる」
「随分穏やかではない想定だな。聖噴水の効果が再び途切れるとでも?」
アクシーの問い掛けに対しての答えは一つ。
「絶対にないとは言えない。根拠は……勘かな」
実際には勘って言うほど曖昧な理由じゃない。けど、この場にいる全員が信頼できると決まった訳じゃない。簡単に手の内は明かせない。
「えー……ヤメ先輩ヤメ先輩、トモ先輩の勘って当たるんですか? なんかそういうの思いっきり外しそうなタイプだと思うんですけど」
「まーフツーはギマの勘なんて天気予報ギルドの台風進路予想くらいアテになんねーって思うよなー。でも意外と当たんのよ」
そんな予報までしてるのか天気予報ギルド。台風の進路なんて元いた世界ですら正確じゃなかったんだからこの言われようは気の毒だな。
「そういう訳なんで皆さん宜しく。俺は聖噴水を見に行ってみる」
シャンジュマンも気になるけど、まずは聖噴水だ。この謎を解明できない事には今回の事件の真相には迫れない。
「イリス。悪いんだけどシャンジュマンの総支配人が本当に不在かどうか確認しておいて貰えないか?」
「良いけど、スタッフの人達がホントのこと言うとは思えないよ?」
「『冒険者ギルドの代表が急いで城下町に戻った』ってそれとなく伝えて、慌てた素振りがないかチェックしてくれれば良い」
もし居留守だったら、この穏やかじゃない情報に食いつかない訳にはいかないだろう。自分達の悪事を掴まれたと解釈して、慌てて弁明に走る筈。何しろこの街の温泉は冒険者が結構な数利用しているみたいだからな。
「マスターってそういう悪知恵はティシエラより働くよね」
「誰にだって得手不得手はあるって事だよイリス君」
これは別に何かの経験が活きているとか前世の記憶が役に立ったとか、そういうものじゃない。単に性格の悪さが滲み出ただけだ。堂々と言える事じゃないが。
「了解。やってみるね」
「助かるよ。体調は良いの?」
「もうバッチリ! いつものイリスちゃんに戻ったのだぜい!」
なんか微妙にいつもとテンション違う気が……というより、出自を俺にカミングアウトしたからか今まであった僅かな胡散臭さがなくなったように感じる。だからこそ大事な役も任せやすい。
俺はコレットと一緒にいる所をシャンジュマンのスタッフに見られている。その俺が奴等と接触しても疑われるだけだ。イリスなら正規の客だし肩書きもしっかりしているから怪しまれる心配はないだろう。
「だったら私は表に出ない方が良いのかな」
「ああ。コレットはここで待機しておいてくれ。万が一モンスターの襲撃があったら出撃して貰えるか?」
「うん。任せて」
下手に街中を彷徨くよりは全員が居場所を把握できている状態の方が、いざって時には素早く対処できる。コレットの機動力を考えれば尚更だ。
「それじゃパトリシエさんの護衛は……グノークスさん、お願い出来るかな?」
「まぁええわい」
出来ればジスケッドの身柄を確保して貰いたいけど、冒険者ギルドと鑑定ギルドの関係を考えると現段階でそこまで頼む事は出来ない。ジスケッドが関与しているって話はあくまでエメアさんの一方的な証言のみだからな。
これで差し当たっての役割分担は出来た。
後は――――
「シキさん」
「何」
……相変わらず二人きりの時以外は素っ気ない。心なしかちょっと機嫌悪い気もする。まあ折角の旅行がこんな形で台無しにされたんじゃ機嫌良い訳もないか。
「悪いんだけど、俺に付いてきて貰えるかな」
「何で?」
あれ。まさか理由を聞かれるとは。仕事の時には今まで何度も同行して貰ってるから今回が特別って訳でもないのに。やっぱり報酬が発生する正規の依頼じゃないから乗り気じゃないのかな。
シキさんは俺と同じで聖人君子って訳じゃない。悪を懲らしめたいって正義の心が人一倍強いとも思わない。
だけど――――
「シキさんの力を借りたい。こんな事シキさんにしか頼めないんだ。どうか手を貸して欲しい」
こっちが誠心誠意向き合って頼めばそれを無碍にするような人じゃない。
聖噴水の調査にはシキさんの力が必要だ。
そんな素直な気持ちを口にしただけなのに――――気付けば場が凍り付いていた。
「なんか……熱量スゴくないですか? まさかこの状況でシキ先輩を口説いてます?」
「なんでそうなるんだよ! 普通の事しか言ってないだろ!」
アヤメルの恋愛脳は今に始まった事じゃない……筈なのに、他の面々も同じような顔で俺に白い目を向けている。
ちょっと待ってくれよ。おかしくない? 手を貸して欲しいって言うだけでどうしてこんな雰囲気になんの?
当のシキさんなんていつもの澄まし顔で……
「……」
あ。
どうして周りがこんな反応だったのか今わかった。
シキさんが……
照れている。
俺からちょっと顔を逸らして、少し困った顔で視線だけこっちを向いていた。
……なんで? こんな反応するような言葉じゃなかったよな?
なんかちょっと……妙だな。さっきから所々違和感、というかズレを感じる。
俺の考え過ぎか……?
「トモ? これなに?」
そんな俺の懸念をコレットが満面の
「もしかしてギルドマスターって立場でギルド員に手を出したの? そんなゲス行為が許されるとでも思ってる?」
「違う違う違う! 出してない一切出してない! つーか仮に手を出してても別に責められるような事でもなくない!?」
「もートモってばそんな訳ないじゃない周りの人がどう思うかわかってないのかなー設立して半年のギルドでギルドマスターがギルド員に手を出したって噂が立ったらギルドの信用ガタ落ちするに決まってるでしょそんなギルドを誰が頼りにすると思う?」
う……まさかコレットに正論のマシンガンをぶっ放されるとは。あと相変わらずこのモードの時は目が怖いって。人間の顔で一番怖いのって真顔なんだよ。
「ギルドマスターがそんな人間だって思われたら他のギルドのトップにまで迷惑かけるでしょ? 私は別に良いけど」
「全然良くなさそうな顔なんスけど」
「えー? どこがー?」
怖っ! 真顔で笑ってるような声出しやがったぞ今! 嫌な技術身に付けやがって……!
「なんか誤解が酷いけど、シキさんに同行を頼むのは聖噴水の本格的な調査がしたいからなんだよ」
「だったら尚更鑑定士のパトリシエさんの出番なんじゃないの? ここのお湯の鑑定は後回しでも良いんだし」
「わたしへの負担をご配慮頂いているなら大丈夫ですよぉ。お金さえ頂ければキッチリやります」
流石のプロ意識だけど、今回に限っては彼女が第一選択肢にはならない。
「俺が調べたいのは聖噴水の水質じゃないんだ。パトリシエさんよりもシキさん向きの案件だって思って貰えれば」
そんな俺の言葉に対し、肯定的な反応を示してくれた人物がいた。
それは――――意外過ぎるほど意外な人物。
「いーじゃん。シキちゃん行ってくれば」
まさかのヤメ! どうしたお前! お前どうした!
もしかしてさっきのアレの件で俺に借りを返そうとしてる……?
「もし隊長がセクハラして来たら合法的に殺せば良いんだしさー」
おい。合法的な殺人なんてどんな世界にだってねーよ。
「別に、嫌とは言ってないけど」
「……助かるよ」
何にせよ、ヤメの援護射撃のお陰でシキさんの了解を得た。
フレンデリアが肝試しなんて言い出すもんだからもう夜になってるんじゃないかって懸念もあったけど、外に出るとまだ夕日が強めに差し込んでいて十分な明るさがあった。これなら聖噴水に移動するまでに日が落ちる事もないだろう。
「……」
「痛っ! え……何?」
「人前で恥ずかしい事言うな」
二人になった途端、シキさんから太ももに膝を食らった。
「さっきのそんなに恥ずかしい事かなあ……? 実際シキさんにしか頼めない事なんだけどな」
「だから……あーもーいい。日が暮れる前に早く行くよ」
相変わらず二人になった途端口数が増えますね。俺としてはそういうの嬉しいですけど。
「で、今更聖噴水なんて調べてどうするつもり?」
「俺の考えが正しかったら、今回の件で重要なポイントになるのは聖噴水だと思う」
「……詳しく聞かせて」
どうせ聖噴水のある所まで行く間は移動以外にやる事がない。シキさんに話しながら考えを纏めよう。
「まず昨日のおさらい。夜間に偶々見かけた聖噴水が妙に勢いも水量も不足してるなって思ってたんだけど、案の定効果が薄れててシャンジュマンの温泉にいた所モンスターの襲撃を受けた」
「当然の報いだよね」
「……その件は一先ず置いといて。幸い強いモンスターじゃなかったからどうにか切り抜けて朝を迎えた訳だけど、その時にはもう聖噴水は正常に戻っていたんだ。これって変でしょ?」
「聖噴水の異常に気付いた職員が聖水を継ぎ足したんじゃないの?」
「それだと水量は戻っても噴水の勢いまでは戻らない。そもそも、そんな簡単に異常に気付けるのなら外部に定期点検を頼む必要なんてない」
城下町ですら聖噴水にそこまで徹底した管理は行われていないのが実状だ。このミーナでそこまで聖噴水のチェックをこまめに行っているとは到底思えない。
「聖噴水を調べれば、その理由がわかるの?」
「多分ね。その結果次第では、今回の件の本質に迫れる」
「……本質? どういう事?」
「さっきのエメアさんの話が真相の全てじゃないって事」
温泉に聖噴水の水を混ぜたら麻薬っぽい効能が生じました。それに味を占めてこっそり聖噴水の水を盗み泉質を変えました。それだけじゃ飽き足らず余所の温泉に横流しして金儲けを始めました。そんなシャンジュマンに倣って商売を始めるべくジスケッドが新規の温泉宿としてアンキエーテを開業しました。商売だけじゃなく鑑定士としても興味津々だから温泉湯と聖噴水の水を混ぜた状態で保管しています。それを精神攻撃持ちのスタッフに守らせていました。
……まあ一応筋は通っている。ジスケッドの目的が五大ギルドへの参入、城下町の支配、そして国の中枢への介入というのなら、その為の軍資金が相当な額必要になる。本職だけやっていてもかなりの年数が掛かるだろう。だから副業として聖噴水の窃盗に手を染めていても不思議じゃない。
だけど、これはそんな単純な事案じゃない。
「間違いなくヒーラー温泉の一件と関わりがある。何か裏があるとしか思えない」
骨抜きにされていたヒーラー達と王族。あれはまさに温泉ジャンキーだった。余りにも類似性が高過ぎる。これで関係ないって思う方が異常だ。
「隊長とコレットが捕まえた諜報員の証言が本当って事? シャンジュマンの主人がやったっていう」
「いや、それはないでしょ。一介の温泉宿がそんな事しても意味がない」
「だったら……」
「彼らが麻薬温泉を横流ししてた連中の中に、ヒーラーか王族、若しくは両方を温泉漬けにしようと目論んでいた奴等がいる」
これ以外に考えられない。
アンキエーテ、引いてはジスケッドが犯人の可能性も完全否定は出来ない。自分達のやっている事をシャンジュマンがやっているよう見せかける為にミスリードを誘った……という解釈も出来なくはない。ジスケッドが本気で5年以内に国を動かす人間になろうとしているのなら、王族が不在の方が都合は良いだろう。
けど、それならあんなチンピラに『シャンジュマンの主人が犯人だ』なんて嘘をバラ撒かせるのは悪手だ。実際、俺やコレットも直感的にそれが嘘だと思ったくらいだからな。ミスリードを狙うなら信憑性の高い証言者が必須だろう。
よってこの件についてはジスケッド及びアンキエーテは推定無罪。あくまで聖噴水の窃盗が連中の悪行だ。
「闇商人やシャンジュマンの主人を見つける事が出来ても、証拠不十分じゃ上手く躱されちゃうからね。まずは証拠集めからしておかないと」
「……なんか本格的に管轄外になってきた感じするけど」
「いーのいーの。温泉とサスペンスは切り離せない運命にあるんだよ」
思い起こせば警備員時代、心の何処かでこの暇な日常をブチ壊すような事件が起こらないかなと願ったりもしていたっけ。で、警備員の俺が何故か事件の捜査を独自で始めて決定的な手掛かりを見つけて、犯人を崖に追い詰める。そんな空想に思いを馳せるくらいには退屈していた。
でも、よく考えるまでもなく警備員は圧倒的に犠牲者の役が多い訳で。案の定そうなっちゃったね。てへっ。
「着いたみたい」
シキさんの言うように、もう聖噴水が目前にまで迫っている。
周囲に人の往来は全くない。夕刻とはいえまだ日は落ちていないのに随分と寂しい中央街だ。多分パン屋がない所為だな。パン屋を作ればもっと人通りが増えるに違いない。パン屋を作れパン屋を。
「それで、調査って具体的に何をどう調べるつもり?」
そう問いかけてくるシキさんに対し、俺はずっと頭の中に入れていた"あのアイテム"の名前を口にした。
「この聖噴水の何処かにあると思うんだ。【ビルドレッカー】の送信部が」
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