第432話 誰も彼も心の中にリトル隊長を棲まわせてる

 フレンデリアから教わったビルドレッカーは、建造された施設のみを特定の位置へと一瞬で転移させるアイテムだ。


 これなら聖噴水を別の場所を移動させる事も、それをまた元の場所に戻す事も可能。更には――――


「ビルドレッカーが二つあれば、他の場所の聖噴水と一時的に入れ換える事も出来る」


 聖噴水Aと聖噴水Bがあるとして、聖噴水Aの転移先を聖噴水Bの位置、聖噴水Bの転移先を聖噴水Aの位置にそれぞれ指定し同時にビルドレッカーを使用すれば、聖噴水Aと聖噴水Bの位置が入れ替わる事になる。逆を指定すれば元にも戻せる。


「出来るのは良いけど、それ何が目的なの」


「多分、故障した聖噴水の取り替えかな」


 恐らく、このミーナの聖噴水は何らかの理由で不具合が生じていた。シャンジュマンの連中とアンキエーテの連中、その双方が聖水を盗む作業を行っていたんだから、その際に壊してしまっても不思議じゃない。


 聖噴水の故障はその街にとって致命的だ。放置していたら街中にモンスターの侵入を許してしまう。一般市民すら猛者の城下町ならまだ対応できるけど普通の都市では到底防衛は出来ない。


 だから別のエリアにある正常な聖噴水と入れ換える。そうすればミーナの危機は一先ず回避できるし、自分達が壊した証拠も隠滅できる。


 聖噴水の勢いが少し弱まる程度の故障なら、即座に効果が失われる事は恐らくない。普段こまめにチェックしていないから定期検査まで不具合にも気付かれない。だからビルドレッカーを準備する時間的余裕があった。


「定期検査をクリアする為ってのが寧ろ本命だったのかもしれない。タイミング的に」


 ちょうどパトリシエさん達が検査しに来た日に正常化した訳だし、この推論にはそれなりの説得力がある筈。


「それだったら聖噴水が元々壊れてて、聖噴水を管理してる所が定期検査をクリアする為に入れ換えたってパターンもあるんじゃない?」


「シキさん鋭い。俺もその線はあると思う」


 聖噴水は防衛の要。もし故障している事が露呈すれば、それを管理する連中への責任追求は免れない。何処が管理しているのかをパトリシエさんが市庁へ調べに行った筈だから、後で聞かなきゃいけないな。


「ま、何にしてもビルドレッカーが使われてなきゃ今の予想は全部ハズレなんだけどね。だから送信部を探す必要があるんだ」


「使われてた証拠になるから?」


「そう。受信部もあれば入れ替えも確定だ」


 受信部は転移先に取り付ける物だから、聖噴水そのものには付いていない。その真下……地面の中にでも埋められているんだろう。


【発掘】スキルを使えば見つける事は難しくない。でも仮に見つけられても掘り起こすには相当な時間がかかってしまう。もうすぐ日が暮れる今やるべきじゃない。


 送信部は聖噴水の何処かにあるだろうし、工事の段階で取り付けられているとは考えられないから外付けなのは間違いない。探すならこっちだ。


「ざっと見た感じだと外側には見当たらないけど。そもそも隊長、送信部とか受信部ってどんな形でどれくらいの大きさか知ってる?」

 

「いや。でもフレンデリアは『埋め込む』って表現で話してた」


 埋め込むって事は通常、その建築物の内部に納める事を意味する。それには工事が必須だろう。


 でも噴水の場合はその限りじゃない。


「噴水を一つの設備と見なした場合、その設備には当然『水』も含まれるでしょ? だったら水の中に埋没させていれば、それで十分『埋め込む』の条件を満たせるんじゃないかな」


「……この泉に溜まった水の中に送信部があるって訳?」


「少なくとも、それで発動条件は満たせると思う」


 とはいえ、無造作に水の中に放り込んでいるとも思えない。例えば子供が好奇心で中を覗いて水中にある異物を発見した場合、何も考えず持ち去ってしまう恐れがある。


 このリスクくらいは回避しておきたい筈。その為には、水中内の何処かに固定させておく必要がある。あるとすれば水底だろうな。


 聖水は澄んだ水だし、まだ日は落ちていないから底まで十分に視認可能。


 探すのにそう時間は掛からない。


「……お」


 珍しく読み通り! 泉の底に薄い箱のような物が沈んでるのが見える。縁側にあるから覗き込まないとわからない。


 聖噴水は鑑賞用の噴水じゃないし、その街を守ってくれる重要な設備。近付く人は少ないし、まして泉の中をまじまじ眺めるのは好奇心旺盛な子供くらいだ。余程注意深く観察しようとする意志がない限り見つからないし、仮に見つけても誰かの落とし物くらいにしか思わないだろう。


「取り敢えず、普通に取れないか確認してみよう」


 聖噴水の水は触れても問題ない。勿論、水の中に入るのは禁止されているし、冬に水の中に足を入れるのは抵抗あるけど……今はそんな事を気にしている場合じゃない。


 泉の深さは……意外と深いな。膝の上まで浸かりそうだ。こりゃズブ濡れだな。


「ま、良いか」


 躊躇する理由はない。とっとと入ろう。


「なんで俺、温泉旅行に来といて噴水に浸かってんだろね」


「聖水で身を清めろって事なんじゃない?」


「上手い事言わないでいいよ」


「……」


 シキさんが顔を背ける。絶対笑ってやがるな……まあ良いけど。


 さて、それじゃあの箱を……うん。取れない。やっぱり固定されてるな。ここまでは全部予想が当たってる。


 問題は固定の方法。当然ボルトとかじゃない。見た感じ物理的なやり方じゃなさそうだ。魔法かスキルだな。


「シキさん。鍵を開けるスキル持ってるよね。前に商業ギルドの裏口開けようとしてたでしょ」


「持ってるけど……鍵かかってるの?」


「いや、水底に固定されてる。でも多分いけると思うんだ」


 この状態は要するに送信部をロックしてる訳だから、開錠スキルの適応……だと思う。多分。


 開錠スキルと言っても無から合鍵を創造して開ける訳じゃない。って事は恐らく概念系、要するに『ロックされている状態そのものを無効化する』ってスキルだと思うんだよな。


 これハズれてたら相当カッコ悪いな。珍しくここまでは全部狙い通りなだけに、肝心の部分でハズすのは情けない。


「それじゃお願い。この箱ね」


「……やってみるけど」


 シキさんもロングパンツがガッツリ濡れる事になるから少し申し訳なく思うけど、幸い本人は全く気にする素振りもなく――――


「早くどいて」


「え、いや俺が先に出るから」


「重かったら隊長にも持って貰わないとでしょ」


 言われてみれば。見た目はBlu-rayプレーヤーとか外付けハードディスクくらいのサイズ感だけど、重さもそれくらいとは限らない。素材も中身も全くわからないし。


 けど、何と言うか……妙な気分になってくる。


 これって疑似的な混浴じゃないだろうか?


 浸かってるのはお湯じゃなく水。しかも膝上程度の深さでお互い服を着て立っている訳だから、決して実際の混浴と似たシチュエーションとまでは言えない。だけど昨日の今日だからか変に意識してしまう。

 

「狭いんだから、もっとそっち寄って」


 肩でグイッと押されちゃった。シキさんってば俺の身体に触れる事にホント躊躇がない。


 前々から思ってはいたけど……距離感バグってないかい? 以前の恋人繋ぎといいオンブといい。今更だけど、ああいうのって普通は恋人同士のやるじゃれ合いじゃないですかね。


 だけど、これで調子に乗って『触れるのに抵抗ないのは好意があるからだ!』なんて考えてこっちから触ろうとしたら決まって流血沙汰になるんだよな。さっき脇腹に触れた時も、本人からの制裁はなかったのにヤメにブッ飛ばされたし。世の中理不尽過ぎる。


「それじゃ、スキル使ってみる」


「……」


「隊長?」


「あっゴメン。お願い」


 いかん。こんな至近距離にいて一緒の水に濡れているというシチュエーションがやけに心をザワつかせやがる。俺の性癖の扉は何個あるんだよ。


 しかもスキル使う為に前屈して水中に手を入れているから余計に扇情的ィ! 素人童貞には刺激が強すぎるって! そして30代にもなってこんな事に興奮してしまう自分が情けない!


 良くないこれは良くない。真面目にやらなきゃいけないのに邪念を司る部位がやけに荒ぶっておられる。異世界生活始めてから禁欲的に生きて来た所為で劣情のハードルが余りに低い。


 ダメだ。こういう時は相手の気持ちになって考えろ。自分が真面目にやってる傍で発情されたら普通に嫌だし気持ち悪いだろ。シキさんに嫌われて良いのか? いや良くない。


 ただ……自分で自分を疑っている事もある。


 本当なら発掘スキルを持っているディノーにも付いてきて貰うべきだった。無駄足になっていたかもしれないけど、送信部が噴水の内部に埋め込まれていた可能性も僅かながらあったんだ。ディノーには外部に送信部があるのを確認してから改めて街の見回りに行って貰っても全然問題はなかった。


 なのに何で二人だけでここへ来た?


 俺は無意識の内にシキさんと二人きりになれるシチュエーションを望んで、自分に指揮権があるのを良い事に己の都合を優先させたんじゃないだろうか……?


 さっき照れていたシキさんを見てそんな邪念が湧いてしまったんだとしたら……俺はギルマス失格だ。


「――――何ボーっとしてんの? スキル使ってみたけど効果ないみたい」


「あ、いや……え?」


「だから、開錠スキルじゃ剥がせないってば」


 マジかよ俺ダッッッサ! そりゃそうだ、フツーに扉や宝箱を開くの限定のスキルだよな常識で考えて。


 こんな事になるのなら一旦全員でここに来て固定解除の方法を模索すべきだったか……


「こういう時は【分離】の適用だと思うけど」


「……へ?」


「ほら。固定解除された」


 えぇぇ……そんなスキルあったんかい。まんま過ぎるだろ。これじゃ応用力を見せつけようとした俺がバカみたいじゃん。いや実際バカ過ぎて目も当てられないんだけどさ……


「隊長、なんかカッコ付けようとしてた?」


「いや そんな事は……」


 ない。


 ……と断言できない自分がいる。


 フレンデリアに一任された時点で気負っていたのは確かだ。でもそれよりもずっと前……って訳でもないか。体感的にはそうだけど、現実の時間で言えばついさっきの出来事だ。


 あの定点カメラ状態で何故か映し出された大浴場でのガールズトーク。多分あれが原因だ。



『だったら私が貰おっかな』



 あれが強烈過ぎてさぁ! 意識すんなって方が無理だよなぁ!?


 本人が冗談って言ってたし酔ってたっぽいし過剰に気にするのはどうかとも思うけど、あんなん言われてて何事もなく……って訳にいくか!


 でもその真意を本人に直接聞く勇気はない。なんか風呂を覗いていたような印象持たれかねないし。わざわざ自分からイメージダウンになるようなムーブをかますほど酔狂じゃない。


「どうせコレットやイリスに良いカッコしたくて知恵を絞った感じを出したかったんでしょ」


「それは違う!」


「……急に何?」


 思わず大声を出してしまった。シキさん驚いちゃってんじゃん。恥の上塗りだ。


 けど、ここは声を大にして否定しておかないと。


「俺は……」


「……」


「ギルマスの威厳を保ちたくて必死だったんです」


「…………は?」


「いや、ここに来てから情けない姿ばっかり晒してる気がしてさ。ここらで挽回を……って……思って」


 イリスの混浴の誘いに舞い上がっていた所を見られたり、不可抗力とはいえ朝帰りしちゃったり、挙げ句にはコレットに説教されたり。今更回想するまでもなく慰安旅行中の俺は醜態を晒し続けている気がしてならない。


 だからこれは紛れもなく本心だ。決して嘘はついていない。


 なのに俺は何故こうも言い淀むんだ……?


「そんな事だろうと思った」


「……そんな事だろうと思われてたの?」


「私が昨日言った事は忘れて。あんなの酔った勢いで口が滑っただけだから」


 一瞬、大浴場での言動の事かと思ったけど……そんな訳ないか。宴会直後のやり取りの事を言っているんだろう。多分。


「隊長は隊長らしくしてれば、あとは勝手にみんな付いてくるよ」


「……いや、それは流石に」


「隊長のヘボい所をワイワイ言い合って親睦を深めるのがお決まりのギルドなんだし」


「それは流石に酷くない……?」


 あー、でも確かに例の女子会ではそんな感じの扱いでしたね。ま、あれくらいの事は普段から俺のいる前でも平気で言いやがるけど。特にヤメは。


「でも私も含めて全員、自分の中にもダメな所があるのを知ってるから共感もしてるんだよね。ウチのギルド、余所で馴染めなかったり引退してセカンドキャリアを求めてたりするような奴等の集まりでしょ? 誰も彼も心の中にリトル隊長を棲まわせてるんだろね」


「人を弱さの象徴みたいに言わないでくれる?」


「ある意味象徴でしょ隊長は。私達の」


 ……褒められてるのか貶されてるのかちっともわからないけど、嫌な気分にはならない。それがギルマスとして正しいとも思えないけど。


「隊長には隊長の理想像があるんだろうけど、多分みんな今のままの隊長で満足だと思うよ。隊長がティシエラみたいになるのを望んでるギルド員なんて一人もいないんだし」


「えぇぇ……一人くらいいるでしょ」


「いない」


 真顔で断言されちった。


 ただ、俺のギルマスとしての理想像がティシエラなのはドンピシャだ。まあ普段の言動とかでバレバレなんだろうな。


「隊長だって私達に完璧を求めたりはしないじゃん。自分にだけ完璧を求めるなんて烏滸がましいって思わない?」


「……思うね」


 目から鱗、とはこの事だ。確かに理想が高過ぎる感は否めない。と言うより焦り過ぎなのかも。


 ティシエラだって一朝一夕で今の統率力を身に付けた訳じゃないんだ。たかだか半年とちょっとギルマスをやったくらいの俺が威厳云々言うのは身の丈に合ってないのかな。


「ま、浮かれ過ぎてたのは反省した方が良いと思うけどね」


「はい……」


 そういうシキさんこそ飲み過ぎて前後不覚になったのを反省すべきだと思いまーす。今回は俺のヘボっぷりが主題だから言わないでおくけどな!


「……何語り合ってるんだろね私達。脚濡らしたままでさ」


「ホントだよ」


 しかも冬場に。でも不思議と冷たさはあまり感じなかったな。



 ……ちょっと待て。



 いい感じにまとめようとしたけど、どう考えても不自然だった。





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