第428話 支配人“肝試し”の時間です

 季節は冬。そして今いるのは温泉宿。当然だけど肝試しなんてやるようなシチュエーションじゃない。


 それでもフレンデリアがこんな事を言い出した理由は……コレットがいるからか? 肝試しに乗じて抱きつこうとしてる?


 常識的に考えて、そんな色ボケかましてる場合じゃない。ただなあ……俺より頭良いし要領も良い奴なんだけど、この人如何せんコレットが絡むとアホになるから……今回の唐突な発言も欲求のままに口が滑っただけじゃね?


「フッ……」


 何だ? こっち見て笑いやがって……


 まさか何か考えがあっての事だったのか? 俺の呆れ顔を浅慮だと嘲笑ってるのか?


 良いだろう。まずは話を聞こうじゃないか。


「昨日ね、このミーナの市長に会って話をしてきたの。彼は中々有能そうだったけど温泉には興味がないみたい。だから温泉観光にも全然力を入れてないのよね」


「それと肝試しと何か関係があるのか?」


「ええ勿論。どうして力を入れてないと思う?」


 ……妙に含みのある言い方だな。まるで俺を試しているかのようだ。


 まさかコイツ、マジで試してるのか? コレットが見ている前で俺に頭脳戦を持ちかけて、自分がより優れているとアピールする狙いか。


 今日で温泉旅行は実質終わり。フレンデリア的には少しでもコレットとの仲を進展させたい気持ちがある筈。だから唐突に仕掛けて来たって訳か。


 良いだろう。受けて立ってやる! 特にこれといった理由はないけどな!


 敢えて温泉に力を入れない理由か。普通に考えれば、注力したところでそれに見合うリターンがないって事だよな。


 鉱山都市というのがこのミーナの最大のステータス。ここを訪れる人間の多くが、地元で働く鉱夫が採ったフラワリルのような素材を購入したり、直に鉱山に行って採取したりする。だから鉱夫や鉱山帰りの冒険者を癒やす為の温泉には確実に需要がある。


 でも、そう考えると――――


「温泉利用者がムサ苦しい野郎ばかりに偏ってしまっていて、観光名所としては成立し辛いから……とか?」


「……」


 いやそんなぐぬぬ顔されても。正直会心の答えって程でもないから例え正解でも嬉しくはない。


「ま、大体正解ね。この街の温泉は鉱山絡みの客層に偏ってしまっていて、そのイメージが定着してるから観光資源としてアピールしても効果が薄いみたい」


 恐らく観光事業者向け補助金なんてのはこの世界にはないだろう。でも裏で金が動いている可能性は十分にある。今の領主が温泉にどれほど関心を持っているかは不明だけど、観光客誘致に力を入れてる印象は全くない。このミーナには何度か足を運んでいるけど、観光客で賑わっている光景なんて見た事ないし。


 だから重要なのは領主にアピールする事じゃなく、純粋な客足。でも鉱山都市の性質上、温泉はどうしても男性客が中心となってしまう。そうなると、女性にしてみれば利用価値の薄い温泉って判断になってしまう。女性客が少なければ温泉宿も自然と女性に有利なサービスを提供し辛くなる。


 結果、どれだけ温泉事業に力を入れても期待通りの効果は見込めない。だから余り力を入れない。


 理屈としてはそう難しくない。


 問題は……


「すみません。口を挟んで申し訳ないんですけど、それと肝試しに何の関係がおありなんでしょうか……?」


「コーーーレット! そんな他人行儀な言葉遣いはやめてっていつも言ってるでしょ? 私は貴女のお友達! お友達なんだから親しみを込めて話してくれないと答えてあげないぞ?」


「……はい」


 そんな困惑した顔でこっちを見るなコレットさんよ。もう本人の言う通りにしてあげて。


「それじゃ……何の関係があるの?」


「それがね大ありなの! ……ね?」


 コレットへの媚びた目から一転、瞼を四割ほど落とし三白眼気味になったフレンデリアの視線は――――エメアさんに対して向けられていた。


「随分酷い目に遭わされて色々と喋ったみたいだけど、肝心な事をまだ話していないんじゃないの?」


「私が……でございますか? そのような事はありません。詰問頂いた事に対しては真摯にお答しております。残念ですが私はそちらのお坊ちゃまとお嬢様に負けました。完敗です。ナイトメアジェイルをまともにくらってあのていどのダメージでは私に勝ち目はない」


 相変わらずナイトメアジェイルへの信頼が熱過ぎる。おかげで技名覚えちゃったよ。


「だったら聞くけど」


 フレンデリアの瞼が更に三割落ちる。その目は普段よりも鋭利になり、刺すようなと表現するに相応しい眼光になった。


「この温泉宿を新規開業した目的は何かしら?」


 ……その問いに何の意味があるんだ? そりゃ領主が大して力を入れていない所で温泉宿を運営するのはリスキーかもしれないけど、そもそも客商売なんてリスクがあって当たり前。温泉って資源があるのなら、それで商売を始めようって考えるのは普通の事だ。


「市長から聞いた話だと、随分とオープンを急いでいたそうね。冬期に間に合わせる為?」


「それは当然仰る通りでございます。温泉の需要は冬期に集中していますので」


「本当にそれだけ? 随分と売り込みに必死だったけれど」


「それは……」


 売り込み?


 この温泉宿はフレンデリアとヤメが見つけて予約取り付けたんじゃないのか?


「僭越ながら補足させて頂きます」


 うわっ! いたのかセバチャスン……まあフレンデリアがいるんだから当然か。


「今回の慰安旅行の旅先をお任せ頂いた際、私が温泉宿の候補を幾つか選出して問い合わせをしたのですが、その際にわざわざシレクス家まで足を運んで来られたのがこの方なのです」


「……どういう事?」


「ミーナで新しく温泉宿を始めたばかりだけど、まだ城下町には余り知れ渡っていないから是非来て欲しいって売り込みに来たのよ。その分、貸し切りにして快適な環境を整えるって」


 そんな経緯があったのか。まあ経過は一切問わなかったから『なんで教えてくれなかったんだ』とは言えないけど。


「切実な事情ですし、納得の行く理由でしたので怪しむ事はしませんでした。私の不徳の致すところです」


「いいえ、セバチャスンは何も悪くないの。最終的な判断は私とヤメで下した訳だから。ね?」


「まーな」


 多分、貸し切りってのが大きかったんだろな。こいつらの場合、慰安よりも別の目的が最優先だったんだろうし……邪魔者は少ないに限るっていつも顔に書いてるよね君達。


「でも今となっては何か別の狙いがあったと勘繰るしかなさそうでしょ? そこで肝試しよ」


 フレンデリアがニヤリと笑う。

 

 成程……文字通り『肝』を試すのか。


 エメアさんの。


「エメア、だったかしら。どうしても話して貰えない? この宿が建てられた本当の理由」


「さっきから何を話しているのか全くわかりませんが! 口を割らせようとしても無駄です。エメアは元支配人にしてアンキエーテの接客部門を総括する偉大なリーダー。宿の秘密をやすやすと話す事は決してありません」


 何故かしゃしゃり出て来たメオンさんが庇い立てする一方で、エメアさんも不敵な笑みを浮かべている。こりゃ本当にまだ隠している事がありそうだな。ヤメにあれだけの任意聴取を食らっておきながら、なんて不貞不貞しい……


「はぁ……そう。だったらとても心苦しいのだけど、今から本格的な"肝試し"を始めさせて貰おうかしら」


「エメアに何をするつもりですか!?」


「メオン。私は大丈夫だ」


「エメア……」


「たとえこの身を焼かれ焦がされたとしても私は沈黙を貫く!」


 ついさっきヤメから電撃食らってベラベラ喋ってなかったっけ……鳥頭なのかな。


「フッ。それでは……支配人“肝試し”の時間です」


 そう告げるのと同時に、フレンデリアが指をパチンと慣らす。


 それを合図に、セバチャスンが一瞬でパンプアップして自身の服を破裂させた。



 ……えっ?


 

「フフ……久々ですな。私がこの姿になるのは。血湧き肉躍ります」


 余りの急展開に脳が追い付かない。常に紳士然としていて中肉……寧ろ細身なくらいだったセバチャスンが、一瞬にして筋骨隆々のムキムキマッチョマンになっていた。


 裸になった上半身はやたらテカっててサンオイルでも塗ったかのよう。いやそれ以前に人相がまるで別人だ。こんな暑苦しい形相じゃなかったぞ。


 最早第二形態と言っても差し支えないセバチャスンの突然の肥大化に、俺だけじゃなくギルド員全員がドン引きだ。


「な、な、な……」


 これにはさっきまで余裕の笑みを浮かべていたエメアさんも狼狽を隠せない。関係のないメオンさんに至っては呆然とし過ぎて、ずっと口を開けっ放しのアホ面を晒している。


「フフフ。ではフレンデリア様、如何なされましょう」

 

「そうね。まずは指を一本」


「承知致しました」


 怖っ! ヤクザじゃん! 指を一本ずつぶった切るってヤクザの拷問じゃん!


 幾ら俺とヤメを襲って来た相手とはいえ、それは流石にやり過ぎだ。止めないと。


「勘違いしないで。指一本での"肝試し"よ」


 俺が身を乗り出したのを察してか、フレンデリアが悪い顔で制してくる。余計な口出しをするなって事だろうけど……


「では」


「ひっーーーー! 何する気ですかぁーーーー!?」


 既に屈する以外の未来が見えないエメアさんに対し、ムキムキのマッチョマンと化したセバチャスンが一歩ずつ躙り寄る。その度にズシン……と地響きがしているのは気の所為だろうか。


 手を伸ばせば届く距離まで近付くと今度は人差し指を一本立て、それをエメアさんの顔の前まで突き出した。

 

 そして――――


「こいつぅ」


 額を指で押した。


「……!」


 その瞬間、エメアさんは遥か後方へ吹き飛んでいった。


 ……は?


 いやいやいや、どうなってんだよ! デコピンで敵を吹き飛ばすのは強者の常套手段だけどさ、今のはデコピンですらないぞ!?


 嘘だろ……セバチャスンってこんな化物だったのかよ。もう怖くてまともに喋れない……


「まだやりますかな?」


 そのセバチャスンはゆったりした足取りで、壁に激突し目を回しているエメアさんへと近付き首を傾けながら問いかける。


 当然、既に気絶状態のエメアさんは答えられない。


「では二本」


 そう告げると同時に、セバチャスンのしっぺがエメアさんの腕を襲う!


「~~~~~~!!!!」


 さっきのヤメの気付けよりも凄まじい轟音。しっぺでこんな音鳴る事ある……?


「まだやりますかな?」


 当然、激痛の余り悶絶しているエメアさんは答えられない。


「では三本」


 今度はフレミングの左手の法則のように三本の指を立てて――――アイアンクロー。


 あれ三本でやる人初めて見た……


「あぁーーーーーーーーー!! あぁぁあぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


「まだやりますかな?」


 当然、絶賛悲鳴中のエメアさんは答えられない。


「では」


「いやもう勘弁してあげて! 敵だけど見るに忍びない!」


 本来止めるべきメオンさんが恐怖の余り歯をガチガチ鳴らして竦んでいる為、俺が止めるしかなくなってしまった。


「ふむ。一番の被害者たるトモ殿の意見は無視できませんな。フレンデリア様」


「ええ。取り敢えず"肝試し"はこの辺にしておきましょう」


 フレンデリアの邪悪な笑みを合図に、セバチャスンは元のサイズに戻った。


 ……貴族の闇を見た。


 つーかこの国なんでも筋肉で片付くな。筋肉教が国教なのかな?


「さて、エメアさんでしたか。貴方には二つの選択肢があります」


「話しますぅーーーーー!!」


 選択肢を聞くまでもなく屈してしまったか。まあでも仕方ないだろうな。さっきまでの"肝試し"は多分お遊びレベル。本気で肝を試されたら肝臓どころか全臓器が機能不全になりそうだ。


「それじゃ、貴方が知っている事を全て話して頂戴。これ以上シレクス家に恥を掻かせたらどうなるか……おわかりでしょう?」


「はい! 全てはお嬢様の御心のままに! サー! イェッサー!」


 貴族令嬢から圧力を掛けられたエメアさんは完落ちしていた。そう言えば人が完落ちする瞬間って初めて見た。なんか心臓がキュッってなるな……


「だがその前に……すまないメオン。君にも迷惑を掛けてしまうかもしれない」


「私に……ですか?」


「ああ。これから話す事は、君の兄と無関係ではないんだ」


 突然身内に関する不穏な話をされたメオンさんは呆然とした顔で後ろに一歩二歩と下がり、よろめきながら迫真の顔をしていた。


 もういっそこの宿潰して劇団でも作れば良いんじゃないですかね……





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