第008話 悪魔
危機感よりも高揚感が先に立つ。
きっと一度死んだ所為で、死がどういうものかってのがわかって、得体の知れない事じゃなくなった分恐怖が薄れてるんだろう。
「キュキュキュ」
ようやくこっちを見たか。
不意打ちじゃダメなんだ。
片目を潰されたショックで反射的にコレットを全力攻撃されたら困るからな。
俺をターゲットと認識させれば、後は戦うだけ。
目が奴の弱点って保証はないけど――――取り敢えず潰す!
「うおおおおおおおおおおおおお!」
左手に盾、右手にこんぼうを構えて、イカの左目――――こっちから見て右の目の方に突っ込む。
当然、奴の長い足は俺の攻撃より先に俺に届く。
それを――――
「あたっ! あたっ! 痛った!」
甘んじて受ける!
盾じゃなく鎧で。
顔面だけ盾でガードしながら、ひたすら前進――――よし、懐に入った!
「キュキュブワァアアアアアアアアアア!!」
墨!?
……なんて驚く訳ねーだろ!
イカが墨吐くなんて常識中の常識だ!
顔面を盾でガードしてるから、浴びたところで目潰しにはならない。
まずは目玉一つ!
「キュウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
会心の手応え。
イカの左目が嫌な音を立てて潰れ、大量の液体を撒き散らす。
直後、イカの攻撃が熾烈を極める――――も、左目を失った事で俺の位置も見失ったらしく、ただ8本の足と2本の腕で暴れているだけ。
いや、それでもかなり怖いけど。
地面が抉れまくってるし。
出来れば体力切れになって欲しいところだけど、相当な体力バカらしく、フルパワーでの攻撃を延々と続けている。
尋常じゃない土煙だ。
つーかもう煙幕だな。
……これ、右目でも俺を目視するの無理だろ。
「オラァァァァァァァ!!」
「キュウブエェェェェェェェ……!!!」
イカの後方に回り込んで逆サイドへ移動し、右目を潰すだけの簡単な作業だった。
両目を失ったイカは戦意を喪失したのか、ヨレヨレになりながら離れて行く。
海にでも帰れば良い。
にしても、自分でも驚愕するくらいイメージ通り身体が動く。
これも、元の肉体の持ち主の残滓って奴なんだろうか。
身体が覚えている、みたいな。
「凄い……」
ようやく息が整ったのか、コレットが立ち上がってこっちをじっと見ている。
まさか俺が他人から凄いとか言われるとは思わなかった。
「名前、まだ聞いてなかったよね」
そういえば名乗ってなかったか。
「トモだ」
「トモ……もしかしてトモって私よりレベル上?」
「まさか。18だよ18」
「……18? 年齢じゃなくて……レベルが?」
「そうだけど」
余りの低さに呆れているって訳じゃなく、衝撃を受けているようなリアクション。
18でモンスター7体倒すのがそんなに変か?
「どうやってここに来たの?」
それは――――
「グロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ……」
余りにも唐突に出現した絶望だった。
一瞬、雷鳴が轟いたのかと思った。
空は快晴。
実際、青天の霹靂だった。
「――――」
声すらあげられない。
何をされたのかもわからない。
俺の身体は、次の瞬間には凄まじい勢いで宙を舞っていた。
「……がっ!」
地面に叩き付けられ、ようやく自分が吹き飛ばされたのを自覚する。
鎧は……ほとんど粉々だ。
呼吸が……出来ない……
「がはっ……! うぐっ……くはっ」
かろうじて肺に息を吸い込むと、今度は凄まじい激痛が襲ってくる。
痛む箇所は――――背中か。
胸部、腹部はどうやら無事らしい。
状況から察するに、何かの衝撃を前方に受けて吹き飛ばされ、背中から地面に落ちた。
その衝撃が呼吸困難と痛みの原因だ。
攻撃自体は辛うじて鎧が防いでくれたらしい。
油断……とも言い切れない。
残りのモンスター群が到着するにしても、もう少しかかりそうな距離だったし、多少の余裕がある筈だった。
なのに、気付けばそいつらは影も形もなくなっている。
代わりに――――俺達の傍には悪魔がいた。
牛のようであり、サイのようであり、馬のようでもある。
体格はさっきのイカの倍……いや三倍。
禍々しく湾曲を描く角、はち切れんばかりの筋骨隆々の肉体、赤く光る怪しい眼、そして……他者を蹂躙する為に生まれたかのような、凶悪な顔つき。
俺はこの悪魔を知っている。
いや勿論会ったのは初めてだけど、見た事はある。
ベヒーモス。
そう呼ばれている化物だ。
……ダメだ。
俺が何をどうやっても絶対に太刀打ち出来ない。
さっきの黄金ドラゴン達ですら格上だったのに、そいつらが獲物を横取りされても即刻逃げ出すほどに、こいつは次元が違う。
「コレット逃げろ!」
絶望と激痛の中で――――そう叫んだのは、別にカッコ付けてのものじゃない。
本当は情けない声をあげてでも、泣き喚きながらでも率先して逃げるべき場面だ。
それが出来ない。
ようやく気付いた。
俺はマヌケだった。
恐怖心が働いていない。
怖いとは感じている。
それはもう、漏らしても不思議じゃないくらい。
でも、それは見た目に対する恐怖と、シチュエーションに対する焦燥のみ。
心の中に『自分の命を最優先しろ』という絶対的な筈の命令が下らない。
怖いと思う気持ちが、自分を守る為の情動に向かおうとしていない。
要は……死に対する防衛本能が壊れてしまっているんだ。
死を経験したから?
それともまさか、これこそが転生特典って言うんじゃないだろうな……?
「コレット! 何してんだ! 殺されるぞ!」
だから、頭の中は至って冷静で、まるで他人事のように自分の絶対的な危機を眺めている自分がいる。
こうやって、コレットに呼びかける余裕もある。
身体も竦んでいない。
でもわかる。
間違いなく殺される。
次の瞬間にでも。
「そうだね。殺されるね、私も君も」
コレットの声は――――震えていなかった。
「いくら幸運極振りでも、レベル78だからビビッたりはしない。でもわかる。そいつは私達がどうこう出来る相手じゃない」
「だから逃げろって言ってるんだよ!」
「逃げても無理だよ。逃げられる相手じゃない。そいつ、空から降りてきたんだよ?」
……ベヒーモスが飛べる?
そういえば、作品によっては翼が生えていた……かも。
参ったな。
確かに飛行出来るんじゃ、逃げきれる訳ない。
中途半端に追わせる事になったら、城下町まで巻き込みかねないな。
偶然、この化物を倒してくれるような冒険者が近くにいる可能性に賭けて、それでも逃げるか。
死を覚悟して、ここで潔く散るか。
「……まさかこんなに早く延長戦が終わるなんてな」
一度拾った命。
これで街を巻き込んだんじゃ、何の為に生き返ったんだって話だ。
ましてあの街には、倒れていた俺を介抱してくれた武器屋の親子もいる。
せめて命を惜しむ正常の精神状態なら、こんな綺麗事は考えなくて済んだんだ。
訳がわからず、ただ本能の赴くままに逃げる事が出来た。
もしこれが転生特典なら、とんだお節介だ畜生め。
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