第009話 リア充ベヒーモス
「ここまで……かな」
コレットは虚ろな目で剣を抜いていた。
勿論ただの武器じゃなく、如何にも魔法か何か宿っていそうな紋様が剣身に描かれている。
でも、それも歯が立たないだろう。
ベヒーモスは攻めてこない。
こっちの様子をじっと窺っている。
いつでも殺せるから、俺達の最期の会話を楽しんでいるのかもしれない。
身体は――――動く。
まだ痛みはあるけど、骨が折れているような感じじゃない。
鎧が守ってくれたんだろう。
なら、まだ走れる。
やれる事はある。
「コレット。君の幸運に賭けさせて貰って良いか?」
「え?」
「俺はあと一撃、そいつの攻撃に耐えてみせる。その間に君は街の方へ走れ。運極振りなら、誰か凄腕の冒険者と遭遇するかもしれない。そいつを連れて助っ人に来て貰えると嬉しい」
「無茶だよ……多分こいつに勝てる冒険者は城下町にはいない」
「なら、勇者や英雄がフラっと立ち寄ってるのを期待するしかないな」
ここは俺に任せて君は逃げろ――――
一度は言ってみたかったセリフだ。
でも実際その場面に出くわしてみると、中々言えないもんだ。
「俺はこんなところで死にたくない。生き残れる可能性は、もう他力本願しかない。だから頼む」
せめて、自分が巻き込んだ君にだけは助かって欲しい。
これ以上惨めになりたくない。
後腐れなく死なせてくれ。
「……」
返事は聞こえない。
でも、俺の身体はコレットより前――――さっき吹き飛ばされた場所まで来ていた。
ベヒーモスの目の前まで来た事で、あらためて悟る。
デカい。
デカ過ぎる身体と絶望。
どうにもならないな、こりゃ。
でも攻撃しなきゃ、ターゲットが俺に固定されない。
ヘイトを集めないと。
狙うのは……前足しか届きそうにないか。
警備員は何者かに襲われた場合、特殊警棒を使って反撃するよう教えられる。
その際、狙うのは脚だ。
相手に激痛を与えるよう、太ももを狙えとマニュアルには書いてある。
一応練習はさせられた。
でも、体育の授業で習う剣道と同じで、全く役には立たない。
実際、俺は勤務中一度も警棒を使う機会に巡り会わなかった。
案外、それが心残りでこうして生き長らえたのかもしれない。
だとしたら、この最初で最後の体験が成仏の条件か。なんてな。
いいさ、派手にやってやる――――
「逃げるのはそっちの役目だよ」
ポン、と肩に手が乗る。
コレットは逃げるどころか、俺の一歩前に出ようとしていた。
「知ってるでしょ? 私、体力ないから走れる距離なんて知れてる。幾ら運が良くても、それじゃ現実的じゃない」
「でも防御力もないだろ! 死ぬぞ? せめて幸運じゃなくて防御力に全振りしてれば任せられたかもしれないけど……」
「なら、神回避に期待してよ」
無茶だ。
敏捷性も高いのならまだしも、運だけで回避は出来ない。
「さっき言った冒険者になった理由、半分は本当だけど半分は嘘」
……急になんだ?
「私の両親、私を売り込む為にいろんな所と商談をまとめて、お金を貰ってたんだ。この武器も『レベル78が使ってる剣』って宣伝するために持たされた物。私の人生に私の意思はなかった」
「……」
「最後の瞬間くらい、自分の意思で迎えたいよね」
何も言えない。
反論しなきゃいけないのに、その言葉が出て来ない。
ダメだ。
彼女は死なせちゃいけない。
絶対に――――
「グロロロロロロロロロロロ」
吼える。
ベヒーモスが。
さっきと同じなら……攻撃が来る!
俺が受けないと――――
「……!」
今度は見えた。
ベヒーモスの攻撃は、身体を高速回転させ尻尾を見舞うというものだった。
その尻尾が止められている。
――――コレットの身体によって。
「え……?」
ベヒーモスの尻尾の大きさは彼女の身体より遥かに上。
それなのに、半ば苦し紛れに伸ばしたコレットの右手が、それを完璧に止めている。
運極振り詐欺?
実はやっぱりレベル78に相応しい実力の持ち主だったとか……?
「あれ?」
本人が一番呆気にとられてるな。
どう見ても『実は私は……』って展開にはなりそうにない。
何が起こった?
ベヒーモスの尻尾が極端に攻撃力の低い部位だったのか?
いや、そんなの流石に無理がある。
『へぇ、やるじゃん』
「!」
その声は――――ベヒーモスから発せられた。
あの黄金ドラゴン共も人語を解していたけど、更に上級となると話せもするのか。
にしても、外見の印象とは違って軽いな。
『ちょっとからかってやろうと思ったけど、まさかこうも綺麗に防がれるなんてねー。うぇーい』
……ウェイ系なの?
ノリのいいリア充ベヒーモスって何かヤだな。
『ま、最初から殺す気はないし? 良い感じでアゲアゲになったから、ここまでにしといてやるかー。あーばよ』
さっきまでの緊迫感は何処へやら。
ベヒーモスは凶悪な面構えのまま、軽薄な別れの言葉を残し飛び去っていった。
禍々しい漆黒の翼が、なんか中二病向けのアクセサリーみたく見える。
「……あへあへ」
謎の言葉を発し、コレットがその場に尻を着く。
その姿を見て、ようやく助かった実感が湧いた。
死への恐怖がなくなっていても、こういう安堵感は普通に湧くんだな……自分がよくわからない。
「凄いなコレット。どうやったんだ?」
「いやもう全然訳わかんないんですけど。さっきの何? 私の身体っていつからオリハルコンになったのかな?」
自覚なしか。
だったら、確かめてみるしかないな。
「ギルドに寄ってパラメータを確認してみるしかないんじゃないか」
「そうだね……」
そう返事しつつも、コレットは動かない。
腰を落としたまま、微妙な顔をしている。
「もしかして、腰が抜けた? なら背負うけど。巻き込んだのは俺だし、せめてそれくらいはさせて欲しい」
「あ……いや違うんだけど……その……」
「……」
「……」
顔が引きつってる。
あと、視線が下半身に向いている。
誤魔化して生きてきたって言う割に、あんまり嘘が得意じゃないタイプらしい。
「……一応、口は堅い方だから」
「ありがとうございます……でもちょっとだけ……ほんのちょっとだけだから……」
実際その涙と同じくらいの量なんだろうけど、本人の名誉の為、この件は誰にも話すまいと心に誓った。
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