第007話 私は誰だ

 戦い素人の俺と、運以外スカスカの彼女。

 普通に戦えば全滅は必至だし、逃げ切れるとも思えない。


 なら、協力するしかない。

 俺に出来る事は――――彼女を守る事だけだ。

 体力と装備品だけはそれなりだからな。


「名前は?」


「え? コレットですけど……」


「コレット。巻き込んで本当に悪かった。申し訳ない。でも、こうなった以上は生き残る事を第一に考えたい。俺への恨みは一端置いて、そっちに集中して貰えると助かる」


 敬語を止めたのは、言葉遣いの気遣いすら邪魔になると思ったからだ。

 それくらい切羽詰まっている。


 生前、警備員でありながら、俺は要人警護なんて一度もやった事がなかった。

 そりゃそうだ。

 ボディーガード、すなわち第4号業務は必ずしも資格が必要って訳じゃないけど、相応の人材にしか与えられない花形の職務なんだから。


 皮肉なもんだ。


「……仕方ないか。私も腹を括るよ」


 こっちの意図を瞬時に理解したらしい。

 どうやら運以外にも取り柄はあるみたいだ。

 なら、作戦は立てやすい。


「街の方向はわかる?」


「うん。ここから北北西」


「なら、そっちに向かって全力で走る。そうすれば、あの中で一番機動力のある鳥のモンスター達が最初に追いついてくる筈だ」


「……わかったよ。君が何を言いたいか」


 皆まで言えば、人語を解するモンスターにもバレてしまう。

 彼女の理解力の高さが幸いした。


 一気呵成に来られたらどうしようもない。

 まずは鳥モンスターと他のモンスターを引き離し、鳥モンスターだけと戦う!


「それじゃ……GO!」


 鎧を着てこんぼうを握ったままでも、警備服を着たまま走るのと同じくらいの感覚だった。

 警備員時代、遊園地みたいな野外施設を警備する場合は筋トレだけじゃなく走ったりもしたんだよな。

 だから持久走にはそれなりに自信がある。


「はっ……はっ……」


 コレットも、俺とほぼ変わらない速さで走っている。

 運に極振りの割には、中々――――


「は~……ひ~……ひゅぇ~……」

 

 そうでもなかった。

 既に死にそうだ。

 黒髪ロングの正統派美少女なのに、身体を上下左右に揺らしながら終始変顔を披露している。


「もうダメ~……死ぬ~……どうして私がこんな拷問……はひゅへぇ~……ヒィ……ヒィィ……んほぉ……」

 

 イロモノなの?


 でもヘロヘロになりながらスピードはそんなに落ちてない。

 ここまで彼女が命も立場も守り抜いてきたのは、幸運だけじゃなくこの根性あってこそかもしれない。


「よし、一端ストップ!」


「へぁ~」


 コレットが倒れ込んだ瞬間、上空からあの蜘蛛みたいな顔の鳥が3羽襲って来た!

 狙いは全員――――彼女だ!


「させるか!」


 こんぼうを振り回してもどうせ当たらない。

 なら、さっさと捨てて盾回避に専念。

 クリスタルシールドの取っ手を両手で掴み、寝転がるコレットの前で防御に徹する!


「ケケケケ――――ゲフッ」


 嘴がない為、鳥モンスターの攻撃は体当たりが本命。

 糸や毒液でも吐かれたらどうしようもなかったけど、幸いにもその本命が大当たり。

 3羽ともクリスタルシールドに突っ込んできた。


「ぐ……!」


 モロに衝撃が伝わって来る。

 腕が軋むし首が持って行かれそうになる。

 でも、辛うじて耐える事が出来た。


「ゲゲゲゲ……」


 鳥モンスターの自爆を誘う事には成功した。

 でも流石に、それだけじゃ倒せない。

 一度地面に倒れ込むも、すぐに飛び立って上空の群れに加わる。

 

 鳥モンスターは全部で4、5……6羽か。

 同じ手は何度も通じないだろうし、他のモンスターが追いついてくる前にどうにかしないと……


「キュキュキュキュキュキュキュ!」


 えっ、また来た。

 しかも今度は6羽全てが襲ってくる!


「キュキュキュ――――ゲフッ」

 

 そしてまた盾に体当たり。


 ……マゾ?

 いやいや、そんな訳ないか。


 鳥って確か頭が良い動物じゃなかったっけ。

 カラスやオウムは言うまでもなく、鳥頭って言われるニワトリでもそこまで記憶力が悪くはなかった筈。


 だったらどうして――――


「ハァハァ……」


「ゲフッ……ケケケケ」


「ハァハァ……ハァハァ……」


「ゲフッ……ケケケケ……ケヘヘヘヘェ」


 ……。


「エロ目当てかよ!!!!!!」


 一度捨てたこんぼうを拾ってホームラン×6。

 太股を露呈させたまま息があがっているコレットを一直線に襲ってくるもんだから、打ち返すのは余りに簡単だった。

 冷えた日のハエたたきレベルだ。


 にしても、あんな完全人外のモンスターにエロい目で見られるとは、恐るべしレベル78。

 確かに素晴らしい身体をしている。

 有事じゃなかったらラッキースケベだと喜んでいたかも。


 でも今はそんな余裕はない。

 生き残ろうとする意思は性欲に勝る。


「次は……イカか。コレット」


「……何?」


「逃げよう。イカだけと戦う時間をなるべく長く取りたい」


「また走るの嫌~……」


 そう言いつつも、コレットは半泣きでマラソンを再開した。

 ここで頑張れなきゃ死ぬからな。

 そりゃ必死にもなる。


 にしても……夢中だったとはいえ、さっきの鳥モンスターへのこんぼうの一撃は完璧だった。

 6回とも凄まじい手応えだった。

 ゲームに煮詰まった時はバッティングセンターに通い詰めた過去の俺、グッジョブだ。


「うっへっへぇ……ふわわ……あばば……お゛っお゛っ……もう……ダメ……」


 コレットが二度目のダウン。

 アヘ顔晒すくらい頑張って走ってたから文句も言えない。

 大分イカとその他のモンスターを引き離せたし、俺達もアインシュレイル城下町に近付けた筈だ。


 この撤退戦には二つの狙いがある。

 一つは敵の戦力の分散。

 もう一つは、街に少しでも近付き、他の冒険者と遭遇する可能性を上げる事だ。


 でも、まだ周囲に人の気配はない。

 この陸上イカとは一対一で勝負するしかなさそうだ。


「キューキューキュッキュキュキュー」


 起用に8本の足を小刻みに動かし、地面を這うように進んでくる。

 2本の触腕はくるくる巻いたり頭を擦ったり、良くわからない動きに終始している。

 あの動きを見る限り、知性は高くなさそうだ。


「コレット、強力なスキルとか魔法って使えないのか? 出来れば炎を出す魔法が良いんだけど」


「ハァハァ……だから戦闘には期待しないでって……ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ」


 なんで動いてないのに息がより荒くなるんだ……?

 なんかこっちの方が釣り上げられた水生動物みたくなってんぞ。


 にしてもデカいイカだ。

 俺の倍くらいの身体をしている。

 あの触手みたいな腕や足で殴られたら悲惨な事になりそうだ。


「ハァ……ハァ……」


「キュフゥー……キュフゥー……」


 って、あのイカもエロ目当てかよ!

 俺なんて眼中にないのか、ずっと息切れしているコレットを凝視してやがる。


 しかも奴の足は触手のように長い。

 完全に触手プレイの流れだ。

 つーかよく違う種族に興奮出来るな……俺には無理だ。


 こんなスケベイカなんて焼いて食っちまえばそれが一番簡単なんだけど、どうやらそれは難しい。

 となると、定石だけど――――あの円らな目を狙うしかなさそうだ。


 ただ、一度のスイングで両方の目を潰すのは不可能。

 必然的に、攻撃の直後は大きな隙が出来てしまう。

 素人の俺に、こんぼうでヒット&アウェイは難易度が高過ぎる。


 でも、俺の体力とこの防具セットの防御力なら、イカ一匹の攻撃くらい多少は耐えられる……と思う。

 幸い、黄金ドラゴンとかゴーレムとか如何にも攻撃力高そうなモンスターは機動力が余りないらしく、まだ結構距離がある。

 どうせヤツらもエロ目的で追いかけて来てるんだろうけど。


「なんで私、生まれてきたんだろう……私は何がしたかったんだ……私は誰だ……」 


 意識が宇宙に飛んでそうなコレットにこれ以上走れと言うのは酷だ。

 完全に限界を越えている。

 ここで戦うしかない。


 となると、他のモンスターが到着する前にこのイカとは決着を付けなくちゃ。

 でもその後は……どうする?


 正直、俺がどうに出来そうなのは鳥とイカまでだ。

 他のモンスターは勝てる気がしない。


 不思議なもんだな。

 こういうわかりやすい追い詰められ方をした事がなかった生前は、一度も逆境を感じた事がなかった。

 ただ静かに枯れていった。


 それが、第二の人生始まって数時間でこの体験だ。

 だからなのか――――


「お前の好きなようにはやらせねーよ、イカ野郎」


 メラメラと燃えさかる何かが、心を熱くしていた。


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