第006話 運極振り
「……へ?」
さっき受注したクエストは、冒険者ギルドに張り出されていたクエストの中で最も難易度の低いものだった。
具体的には【城下町周辺のモンスターを10体討伐せよ】というアバウトな内容。
初心者用の腕試しだと思っていた。
だから、フィールドで待ち構えている敵はてっきりスライムとかゴブリンとかデカめのカエルとか、そんなのを予想していた。
なのに……
「グルルルルルルル……」
ドラゴンがいる。
しかも黄金色。
その黄金ドラゴンだけじゃない。
口から硫酸でも出してるのかってくらい湯気を立てている巨大熊、見るからに堅そうな黒光りしているゴーレム、蜘蛛みたいな顔した鳥の群れ、8本の足で陸地を疾走する馬鹿デカいイカ、俺のこんぼうより10倍重そうなこんぼうを片手で持った一つ目の巨人……
そいつらが全員、一斉にこっちを見ている。
何これ?
どういう状況?
冒険者になって最初の外出がこれ?
「う……うわああああああああああああああああああああああ!!!」
人世で一番大きな声をあげて、人生で一番必死に逃げる。
そりゃそうだろ。
さっき死んだばかりなのに、また死んでたまるか!
どう考えても、何をどうやってもあんなモンスターに勝てる筈がない!
っていうか、なんであんなゴツい連中ばかり固まってるんだ!?
こんなのどう考えても序盤のフィールドじゃないぞ!?
「ケケケケケケケケケ」
うわっ! 鳥が回り込んで来やがった!
どう考えても毒持ってそうなツラだ。
触られたら溶けそうなくらい禍々しい……
「キュキュキュキュキュ」
イカにも追いつかれた。
どういう機動力だよ!
そもそも陸地にいて良い種族じゃないだろお前は!
足止めを食らっている隙に、他のモンスターも追いついて来やがった。
もうダメだ。
完全に標的にされている。
これ、ここで殺されたらもう一回転生出来るんだろうか?
いや多分無理だ。
仮に余命ってのがまだ有効でも、適合する肉体がそう都合良くあるとは思えない。
儚い第二の人生だった。
地中から出て来た後のセミの方がずっと長生きだ。
無念――――
「え……」
不意に、人間の声が聞こえた。
こんな街でも村でもない、フィールドの真ん中で人と出会う事自体が奇跡。
逃げるのに夢中で極端に視野が狭くなっていたからか、周囲に人がいる事には全く気付いていなかった。
完全に偶然だ。
レベル78の、あの女性冒険者が近くにいたのは。
「すいません! 助けて貰えませんか!?」
彼女は遥か格上。
助けを求めるのに恥なんて一切思わない。
でも……
「私……ですか?」
レベル78の筈のその女性冒険者は、明らかに青ざめていた。
俺を追いかけてきたモンスター達は警戒心が増しているのか、不用意に飛び込んで来ない。
この状況を見る限り、彼女がレベル78である事は十分信用に値する。
にも拘らず、肝心の本人が生気を失くした顔で俺を凝視しているのはどういう事だ?
まだこの世界のモンスターの強さとレベルの基準がわかってないけど、俺がレベル18で感心されていたくらいだから、78ならここら一帯のモンスターを圧倒出来るくらい強い筈だ。
「い、いや~……それはちょっと……」
なのに何だこの頼りなさは!?
「あの、間違ってたら申し訳ないですけど、レベル78の冒険者さんですよね?」
「そ、そうですね……その通りかもしれません。多分合ってると思います」
どうして曖昧?
しかも目が泳いでるし……
「俺、まだ冒険者になったばかりで、あのモンスター達がどれくらい強いのかさえわかってないんです。初対面の貴女にこんな事をお願いするのは筋違いですけど、出来ればやっつけて頂けると」
「それは……無理です」
「え? なんで?」
思わず素で返してしまった。
心なしか、周囲にいるモンスター達も『は?』ってツラだ。
「無理なんです! すいません! 本音を言うと『なんでこんな事に巻き込まれなきゃいけないのかな? 一人で勝手に死ねば良いのに』って思ってます!」
おい正直過ぎるだろ! 歯に服くらい着せろや!
「あの……落ち着いて聞いて下さい。私、今から真実だけを言います。本当に嘘はついてないですから。発狂しないで下さいね?」
ギルドの受付といいこの冒険者といい、なんで狂人キャラを強いられるんだ……
俺そんなにバーサーカーっぽいか? 一応座右の銘は『人畜無害』なんだけどな。
「私、レベルは78だけどステータスの数値はほぼ全部運に配分されてるんです。運極振りなんです」
「ウンゴクブリ……?」
「はい。だから戦闘力は全っ然ありません。これホントなんです」
……訳がわからない。
レベル78で戦闘力皆無? そんな奴いるの?
余りにも衝撃的なその暴露に、俺どころかモンスターの群れまで露骨に聞き耳を立てている。黄金ドラゴンなんて首まで長くしてんぞ。今更だけど、こいつら人語解せるんだな。
「えーっと……信じない訳じゃないんですけど、どんな経緯でそうなったんですか?」
「気付いたらレベル78だったんです。自分で鍛えた訳じゃなくて、最初に測定した時点で78でした」
「マジで……?」
「マジです。多分前例はないと思います。凄くビックリされて、チヤホヤされて、取材とか一杯受けましたから」
天才卓球少女とかIQ150の少年みたいなノリだな。
「きっと知らない間にマギをたっぷり増加させてくれるメタリックなモンスターを踏んだか何かだと思います。それでメチャクチャ運が良いハッピーラッキーガールって判定されて運に偏ったステータスになったのかなって思ってるんですけど……どう思います?」
「いや俺に聞かれても……」
答えられる訳ないだろ。この世界の住民になって2時間なんだよ俺。長年この世界の住民でいらっしゃるモンスター様御一行も『わっかんねー』って顔で見てますよ。
「でも、だったらなんで冒険者になんてなったんですか?」
「領主とか聖職者の皆さんから『レベル78なんだから、わかってるよね?』って空気をずっと出されて……」
理系で偏差値78なのに文系を専攻しようとした女子高生、若しくは文系で偏差値78なのに理系を専攻しようとした女子高生みたいなもんか。
「なので頼られても困ります! 出来れば別方向に逃げちゃって下さい!」
「まあ……倫理的にはそうすべきなんでしょうが」
説明を聞き終えたモンスター達は、俺よりも寧ろこの運極振り女性冒険者の方に興味津々。
ここで俺が逃げたら、寧ろ彼女が大ピンチだ。
「あ、あれ~……? なんか私睨まれてませんか?」
睨まれてるよ。
なんなら睨まれてるよ。『こいつ実は雑魚じゃね?』って。
「もしかして私、ターゲットにされてる? 一人になった途端メシャメシャでバキバキでジュクジュクにされちゃうのは私?」
絶望の声が聞こえる。
つーかグロを擬音で表現するな。
参ったな……こんな貰い事故でこの子を死なせる訳にはいかないぞ?
自分だけ死ぬのは仕方ないけど、他人を巻き込むのは絶対ダメだ。
なんの成果もない人生だった。
誰の役にも立てない、誰も幸せに出来ない人間だった。
でも、それよりも何よりも情けないのは、自分がこうしたいと思った事をやらない時間が長過ぎた。
今度は違うと決めた。
いつまた消えるかわからないこの二つ目の命は、俺が何者かって名刺を作る為に使う。
それが、この他人の肉体を使わせて貰う最低限の礼儀でもあった筈だ。
「そんな……折角ここまで誤魔化し誤魔化しでやって来たのに……」
レベル78での単独行動。
それはきっと、彼女がパーティを組んでいないからだ。
恐らくギルドでも尊敬を集めていて、本当は強くないってバレないように孤高を気取っていたんだろう。
それが手に取るようにわかるのは、昔の俺もまた、彼女と同じように自分を誤魔化して生きてきたからだ。
人間、自分と似た奴はどうしてもわかってしまう。
少し話をしただけで気付けてしまう。
だったら――――向こうも同じ筈だ。
彼女はきっと俺を理解してくれる。
生前はこんなふうに考えた事もなかった。
誰かに自分を理解して欲しいなんて。
あらためて、第二の人生が始まっているのを実感した。
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