第005話 男女兼用

【ミネルバメイル】


【クリスタルシールド】


【ホーリーヘルム】


【アルティメットグリーブ】




 試着室で待機していると、店員によって続々と防具が運ばれてくる。

 ちょっとしたセレブ気分だ。


 不思議な事に、明らかに金属製の重々しい兜や盾でも割とすんなり持てる。

 これもマギとやらの力なんだろうか。

 それはいいんだけど……


「あの、ミネルバメイルっていうこれ、女性用の鎧にしか見えないんですが」


「男女兼用よ!」


 絶対嘘だろ!

 胸にリボンみたいなの付いてるぞ。

 色もなんかパステルカラーだし。


「このミネルバメイルだけ、次に防御力高いのと変えて下さい」


「んーオッケー」


 意外と素直に応じて貰えたけど、そのダルそうな返事はムカつく。


「それじゃコレね。【トータスタートルアーマー】。ダサいけど防御力はさっきのミネルバメイルと1しか違わないから」


 こ、これは……確かにダサい!

 この厚み、この所々丸みを帯びている形状、亀の甲羅以外の何物でもない模様、緑とも黄色とも青とも言えない微妙な色合い……全てが機能的にダサい。

 

 どうする?

 ぶっちゃけ、さっきの女性モノのミネルバメイルの方がまだマシなんじゃ……


 でもあんなの身につけて街を歩くのは無理だ。

 性癖が誤解される。

 これも厳しいけど、この際美的感覚が死んだフリして自分を誤魔化すしかない。


「こ、これを……お願いします……」


「そんな苦渋の決断みたいに買われると、こっちも申し訳ない気がしてくるのよねぇ」


 店員は苦笑しながら金を受け取ると、一旦店の奥に引っ込み、なにやらデカくて太い棒を持ってきた。


「可哀想だから、これオマケ。タダで良いから持っていきなさい」


「いやでも、これって防具じゃなくてこんぼうじゃ……」


「普通のこんぼうじゃなくてよ。こんぼうの中でも最強のこんぼう、【鬼魔人のこんぼう】よ!」


 だから何故それが防具屋にある……?


「最近、盗賊が出没しててねぇ。防具屋でもこういうの置いておくと、防犯になるじゃない?」


 そんな鬼魔人のこんぼうを男物のパンツみたいに言われても。


「見たところ武器持ってないし、有り金全部防具に使っちゃったでしょ?」


「あ」


 しまった、防具の事で頭がいっぱいになってて武器を忘れてた。

 っていうか本当なら、真っ先にお世話になったあの変な名前の武器屋に買いに行くべきだった。

 あのヤバい受付嬢の所為で冷静さを失ってたな……


「それじゃ、これ。大丈夫、呪われた武器じゃないから」


「仮に呪われてたら真っ先に貴方を殴る事になると思いますけど、それは兎も角ありがとうございます」


 とはいえ結果的にタダで武器が手に入ったんだから結果オーライ。

 こんぼうってのが引っかかるけど、最強のこんぼうって言うくらいだからそれなりに強いんだろう。


 にしても、この防具屋は高級品ばかり扱ってるな。

 偶々そういう店だったのか?


 ああ、これってアレだ。

 本当なら初心者が到底買えない防具を転生特典で買えて、今後の冒険で無双出来るみたいな。

 なんか強くてニューゲーム感あって悪くない。


 よし、装備は整った。

 あとはクエストを受けてモンスターを倒し、報酬を得るのみ。

 大金を手にしたら、あらためて武器屋に行って恩返しに一番高い武器を買おう。


 さて、次は職業だ。

 能力的にはアーマーナイトが妥当だけど、正直タンクはなあ……ゲームなら別に良いんだけど、実際自分の身体を使って壁役やるのはキツい。

 やっぱアタッカー系の職業が好ましいかな?





「――――職業の選択でしたら、まずギルド併設の『コンプライアンスの酒場』で先輩方に話を聞く事をオススメします」


 ……さっきの受付嬢の人、いなくなってる。

 単に休憩なら良いけど……本格的に壊れてたらちょっとヤだな。微妙に責任感じなくもない。


 まあそれは置いておくとして、早速その妙な名前の酒場に行ってみよう。

 併設って言ってたし、隣にあるんだろう。 


「……」


 確かに隣にはあった。

 開放感のあるテラス席を設置した良い感じの酒場だ。


「オラァ! オラァ! フザけんじゃねーぞテメェ殺すぞ!」


「テメェこそフザけてんじゃねー殺すぞ! オラァ! オラァ!」


 中で荒くれ共が暴れているのを除けば。

 昼間から元気だなこいつら。

 にしてもこの語彙のなさよ……


「いいぞもっと暴れろ! 殺せ! 早く殺せよ!」


「おっしゃそこだ殺せ! つーか死ね! 殺して死ね!」

 

 野次馬の語彙も酷い。

 あと全員漏れなく死ねとか殺すとか言ってるぞ……物騒過ぎだろ。

 昭和のプロレス会場かよ。


「あのー、すいません。あの暴れてる人達の職業って何ですか?」


 埒が明かないんで、取り敢えず傍にいる野次馬Aに聞いてみた。


「あ? 見りゃわかるだろ。あっちのツルツルが占星術士で、あっちの薄いのが吟遊詩人だよ」


 いやわかんないって!

 そこまで筋骨隆々じゃないから戦士系じゃないのはなんとなくわかるけど、占星術士や吟遊詩人の装備品に詳しくないし俺!


「な、なんかどっちも大人しそうな職業ですけど、こういうケンカってよくやってるんですか?」


「まーな。昨日はソーサラーとヒーラーがボコり合ってヒーラーが圧勝してたけど、わざわざ相手のソーサラーを回復してまたボコり合ってたぜ」


 何言ってるか全然わからない。 

 なんかもう世界観がおかしい。

 こうなると酒場の名前が白々し過ぎる。


「まあ、原因は大抵お互いの職業の罵り合いから始まるんだけどよ。やっぱ自分の職業ディスられたらキレるだろ? 誰だってそうだ。俺だってそうだ」

 

「は、はあ……そういうものですか」


「そりゃそうだろ。『お前ら大して竜狩らねーじゃん』って言われてヘラヘラしてる竜騎士がいるか? 『お前らほぼ海にいねーじゃん』って言われてはいそーですって答えるバイキングがいるか? それ言われちゃあブチ切れて当然だろ」


 ……そりゃバーサーカーが人気ない訳だ。

 全職種がバーサーカー気質じゃな。


「ま、カタギにゃ刺激が強過ぎるかもな。大人しくそこで見てるもよし、場所を変えるもよし。何にしても今日は暫く店じまいだ」


 いやカタギって言っちゃったよ。

 肩に手を乗せて気さくに話しかけてくれるのは良いんだけど、正直そのスジの者としか思えないんで怖いんですけど。


 ってか、その口振りだともしかして――――


「マスターのコンプライアンスだ。新顔だろ? どうぞご贔屓に」


 マスターだったのか。

 っていうか、マスターの名前だったのか。


「いやそれより、マスターだったら全精力を注いで止めるべきでは……? このままじゃ店がメチャクチャですよ?」


「こうなったら暫く遊ばせるのもマスターの醍醐味ってやつさ。他の客も一緒になって喜んでるだろ?」


 酒瓶やテーブルが次々と破壊されているのに、まるで意にも介さない。

 本当に日常茶飯事なんだな。


 俺の常識はここでは通用しそうにない。

 なんて殺伐とした街だ。

 流石に付き合いきれない。


「ん? 出るのか?」


「はい。お邪魔しました」


「夜はここまでのケンカにはまずならねぇから、夜にまた来な。一杯だけサービスしてやらぁ」


 背中越しに手を振るマスターに適当に応え、酒場を後にする。


 ……よし。

 職業は保留。

 半永久的に保留にしよう。


 この感じだとパーティも組まなくて良いや。

 何せレベル18だし、防具も豪華だし、ソロでも問題ないだろう。

 人間関係で疲弊したくないから元々そのつもりだったけど、それ以前の問題だ。


 まずは一人でモンスター討伐のクエストを受けて、生活費を稼ぐ。

 余裕が出来たら武器の資金を貯める。


「オラァ! そろそろ止めねぇか! 殺すぞコラァ!」


「おっついにマスター乱入か!」「オイオイオイ死ぬわアイツら」


「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああ」


「はっはっは! 本当に殺してどうすんだよ!」


「っかしーな、加減間違えちまった。おい! 蘇生魔法使えるヒーラー呼んでこい!」


 ……あと、この酒場には二度と行かない。


 取り敢えず、当面の目標は定まった。

 いざ征かん!


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