第087話 マジきっちー三人娘

「……まさかこんな所で再会するなんてね。アンタって案外、私にとって運命の人だったのかも」


 引き締まった長い足を大胆に露出させるスリットが艶めかしい、武闘家のメイメイ。


「ちょっと、何甘い言葉で抜け駆けしようとしてんの? そいつと真っ赤な糸で結ばれてるのはわたしなんだけど」


 パンツがローライズ過ぎて下腹部を見てると不安になるくらい肌を露出しているテイマーのミッチャ。


「ザケんなよテメェら。そいつは元々よぉ、この私の性奴隷にする予定の奴だったんだよ。私の捨てたゴミを勝手に漁ってんじゃねェよ」


 大胆に開いた胸元から覗く谷間で視線を誘導させてくるヒーラーのチッチ。



 三人とも、俺がパーティにいた頃の面影はまるでない。でもそれは、彼女達が娼婦になったからとか、身に付けている衣服がエロいからとか、そんなチャチな理由じゃ断じてない。


 奴等の顔は、余りにも雄弁に俺を誘っていた。



「「「クソがッ!!!」」」



 ……地獄へと。



「全部アンタの所為よ! アンタと関わってから私の人生は何もかもメチャクチャ! なんで!? なんの権利があって存在してるの!? アンタさえ関わらなかったら私はザックと二人で静かに時を過ごせたのに! ギルドを出禁になって住民からも爪弾きにされて魔剣フラガラッハに捕捉されて蠱惑王メリュジーヌと無理矢理戦わされて精神を汚染される事もなかったのに! 返して! 私の健全な一生を返して!」


「殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して殺して殺して殺して殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺コロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ………………………………………………………………………………………………」


「肉人形にしてやるよ。けどよぉ、ただの肉人形になれると思うなよぉ? 一日に一回、小指の第一関節と同じ体積の肉を穿ってやるよ。治療はしねぇ。だが殺しもしねぇ。ヒーラーはな、身体の一部を負傷させたまま延命させる事も出来るんだよ。日に日に腐っていく自分の身体を眺めながらよぉ、自分の腐臭を嗅ぎながらよォ!! 眠れねぇ毎日を過ごさせてやっよ覚悟しろコラァ!!! 痛みにも臭いにも慣れさせねぇからな!!! 恐怖と苦痛だけを残して精神をリセットさせてやっからよぉ!! 初めての激痛と腐臭を毎日味わってみろや!! そして一日の大半がゲロ吐く人生を何千年と続けるんだよォ!! 私が死んでも代々拷問係を受け継がせて未来永劫やってやっからなぁ!!!?!?!?」



 うわぁ……どうしちゃったの一体? 俺がパーティから自主追放した時はここまではイッちゃってなかったよな? 三人が三人とも末期症状レベルで発狂してるじゃん。


「彼女達は皆、莫大な借金を抱え自爆未遂を繰り返すようになった冒険者アイザックを救う術がなく、絶望していました。その弱味につけ込んで私共の娼館で働かせたまでは良かったのですが……御覧のような有様で、ちょっと使い物にならないというか、お客様にも指導員にも被害続出で深刻な事態に陥っておりまして」


「普通にクビにすれば良いだけなのでは……?」


「オーナーから解雇はしないよう指示されているのです。ただし損害分は全て冒険者ギルドとヒーラーギルドに請求するようにと」


 いやー……その理屈は苦しいだろ。派遣社員の失敗だったら、その社員を寄越した派遣元に賠償責任が発生する場合があると思うけど、そもそもギルドが仕事として娼館に派遣してる訳じゃないからな。


 この話一つだけでも、今のオーナーがヤバい人なのは伝わってくる。理屈が全く通用しそうにない。万が一コレットがこの娼館に連行されてるとしたら、すぐにでも助け出さないと。


 でも、その前に俺の命が危険だ。発狂が止まらない目の前の三人は、今にも襲いかかって来そうなくらい獰猛な顔でこっちを睨み付けている。野獣じゃんこんなの。


「最早、私共の手には負えません。どうにか彼女達の怨念を成就させて、怒りを鎮めさせて下さい」


「それ俺に殺されろって言ってますよね!?」


「私共と致しましては、従業員へのパワハラや虐殺は出来かねますが、部外者の貴方が行うのを黙殺する事は出来ますので」


 寧ろこの三人を殺せと? 部外者に殺して貰えればオーナーの命令に背かず問題児を始末出来ると? そんな涼しい顔で言う事か?


 なんて娼館だ……ここまで対面した全員が怪物級のヤベー奴じゃん。


「ジュリーゼどいて! そいつ殺せない!」


「わかりました」


 わかりました、じゃねー! うわマジ普通に道開けやがった!


 通路は当然広くはないし、後ろの扉は施錠された状態。位置の関係上、盾になっていたジュリーゼさんがいなくなれば、俺が隠れる場所も避けるスペースもない。このまま棒立ちを続けていたら数秒後にマジで死ぬ。


 かといって、レベル40台のマジきっちー三人娘に正面から挑んで勝てる訳ない。しかも脳のリミッターとか一切なさそうだし、殺傷力だけならレベル60台の猛者達にも引けを取らないだろう。


 斯くなる上は――――


「待て! アイザックから伝言を預かってるんだ!」


 虚言で奴等を欺いて、隙を突いて一旦逃げる。これしかない。


「え……ザックから……?」


 意外にも、最初に食いついたのは狂乱のヒーラー、チッチだった。


「騙されないでチッチ! どうせ嘘よ!」


「っていうか急に口調昔に戻さないでよ! せっかく本性の方に慣れたばっかりなのに!」


 それは同感。今更あの大人しい喋り方されても違和感しかない。


「信じるも信じないも自由だ。アイザックとは商業ギルドで会った。その後、ギルマスの判断で一度病院に連れて行かれたんだけど、脱走して来たらしい」


 会話はしてないけど、それ以外は全部事実。それだけに信憑性があると判断したのか、メイメイとミッチャからも殺気立った表情がふと消えた。


「……確かに、今のザックの精神状態なら脱走しそうだよね」


「それに、認めたくないけどザックはこの役立たずを信頼してたし……」


 好機! 迷う隙を与えるな!


「『僕はもう限界だ。最後にみんなとまた会いたかった』。伝言は以上だ」


「そ、そんな……!」


 さあ早く会いに行け。無断早退でオーナーの怒りを買う事になるだろうけど、俺が知っているこいつ等なら迷わずザクザクの方を取る筈。


 動けッッ。動けッッ。なぜ動かないッッ。動けば逃げるっッ。即ッッ。どれほど迅く動こうが、なにを言ってこようが……策を弄した俺が先に逃げる。なにをしている! なぜ動かない? 動けないのか? 動きたくないのか? 動く度胸もないのか?


「……例え本当にザックが私達を待ってるとしても、私達はもう会えない。だって……もう汚れちゃったから」


 あーもう! そういうのいいから! 娼婦だから汚れてるとか価値観古いって! どんな文化や社会にだって必要とされる仕事なんだからさ!


「そうね。もう私達にはザックに顔向け出来る資格、ないよね」


「……チッ」


 舌打ちするチッチにも、苦悩の表情が浮かんでいる。まあ実際、色々苦しい状況なんだろう。


 でもね、同情心とか全然湧かないからね? こっちは何度も罵倒された挙げ句に殺されかけてるんだ。こいつら真性のクズだし、嘘ついたところで良心なんて一切痛まない。


「けど……もしこの中で会う資格があるのなら、それは私だよね。だって私、まだ半分くらいしか汚れてないし。そうだよね」


「はぁ!? ちょっとメイメイ何言ってんの!? だったら、わたしなんて1/4も汚れてないし! まだその……まだそこまでじゃないし!」


「うっせーなビッチ共。テメェら最初から汚れまくってんだろーが。ザックの中で一番清らか存在なのは私に決まってるんだから、資格ってんなら私しかいねーだろ」


「「フザけんな! ビッチはアンタでしょうが!」」


 ……お、風向き変わったな。いいぞ、行け。俺を通り過ぎて行け。誰か一人でも扉の方に向かったら、後の二人も必ず追いかける筈だ。


 尤も、扉は閉まってるからそれ以上先には進めない。まあ、連中なら破壊するくらい訳ないだろうけど。


「とにかく、アンタ達はここに残りなさいよ! 私一人でまず確かめてくるから!」


「確かめるんだったらわたしが適任でしょ!? ケルピーを召喚して最短時間で会いに行けるから!」


「バカかよ。今のテメェが街中で召喚獣出したら問答無用で捕まるだろーが。自分の立場わかってねーのか?」


「そ、それはチッチやメイメイだって同じでしょ!? 街中にいるのがバレるだけでもヤバいんだから!」


 ……本当にこいつら何したの? 指名手配されてる犯人みたいになってんじゃん。


 何にしても、このままじゃ埒が明かない。奴等が動かないならこっちが動くか。言い合いしている間にこっそり素通りしてしまおう。ついでにジュリーゼさんも撒いてしまえば晴れて自由の身だ。


 出来るだけ息を潜めて、そーっと、そーっと……よし、気付かれずに抜けられた。後は奥まで――――


「皆さん! 敵が逃げようとしていますよ!」


 げっ、ジュリーゼさんにバレた! ってかチクりやがった!


 仕方ない……もうここからは全力で逃げるだけだ!


「あっ!? ちょっとアンタ待ちなさいよ! やっぱり嘘だったのね!」


「殺すよ! もう何の躊躇もなく殺すから!」


「いいや殺すな! あの野郎は私に寄越せ! 永遠にいたぶり続けて口から白い液吐く玩具にしてやっから!」


 もう何言われても驚きはない。ただひたすら逃げるのみ。


 幸い、ソーサラーや弓使いはいないから遠距離からの攻撃は来ない。追いつかれさえしなければ大丈夫だ。


 とはいえ……他はともかく、身体能力の高いメイメイから逃げ切れる自信はない。しかもこっちは丸腰だ。何処かの部屋に隠れて身を潜めるしかない。


「な、何!? なんでお客様がここに!?」


「ちょっと! マネージャーは何してるのよ! 不審者よ!」


 控え室があるエリアだから当然だけど、他の娼婦も通路に何人かいる。ファッキウの言っていた通り、かなりの美人揃いだ。


 けど鼻を伸ばしている余裕なんてない。出来れば命の危険のない時に入りたかった。これだけ騒ぎを起こしたら出禁確実だよな。いや借金してる身で娼館通いなんてする気は一切ないけどさ。


「待てクルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルゥゥア!!!!!」


 ……なんて余計な事を考えてるヒマはない。幸い、通路に曲がり角が多いおかげで向こうの視界からは逃れられてるけど、直線の長い所に出たら捕捉されてしまう。その前に何処かの部屋に入ってやり過ごさないと。


 扉は無数にある。かつてのオーナーは従業員を大事にしていたって言ってたし、集団待機じゃなく個室待機なのかもしれない。だとしても、お仕事の最中でなければ中に一人はいる訳で、無人って訳じゃないが。


 半開きになっている扉があれば良かったんだけど、そんな都合良く空室の手がかりは見当たらない。もう覚悟を決めて――――よし、この部屋だ! ここに隠れてやり過ごす!


「殺ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……」 


 間一髪。部屋に入るところを見られていたらヤバかったけど、幸いマジきっちー三人娘の怒涛の足音は扉を横切ってそのまま通り過ぎていった。


 こっちは一先ずOK。後は部屋の主が――――


「……」


 いる。薄暗くてボヤっとしか見えないけど、確実に一人いる。残念、無人じゃなかったか。


 出来れば話のわかる優しくてちょっと内気な女性だと助かるんだけど……


「フーーーーッ……なんでアタイのトレーニングルームに人が入って来るんだい? 立ち入り禁止だって言ってた筈なんだけどねぇ……」


 次第に目が慣れて来たのか、その姿が具体性を帯びていく。


 でもその前に、願望とは対照的な人物なのが声から伝わってきた。明らかに低い。そして明らかに怖い。あと強い。そしてデカい。


「事と次第によっちゃあタダじゃおかないよ……んン? 見慣れない男だね……もしかして客が紛れ込んで来たのかい?」 


 俺よりも確実に身長は高い。でもそれは関係なく、身体の盛り上がり方が……女性なのは間違いないと思うんだけど、筋肉の主張が凄過ぎて確信が持てない。


 上半身は肩当てと胸当てだけの格好で、腹が露出してるんだけど、シックスパックってこういう事なんだって感想しかないくらいバッキバキ。でもそれよか腕! 俺の脚より断然太い……メデオ並かそれ以上だ。


 こんなムキムキの人が娼婦とは思えない。だとしたら、答えは一つだ。


「アタイをこの館の女帝、サキュッチだと知ってて尋ねて来たのだとしたら、随分命知らずな客人だねぇ。歓迎するよ、ボーヤ」



 ――――事前に想像していた以上のアマゾネスが、そこにはいた。


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