第331話 火の粉が降りそう

 ソーサラーによる消火活動は流石に手慣れたもので、各々が好き勝手に氷系の魔法を打ち込むんじゃなく、延焼しないよう周辺の建物に近い部分を優先的に消し、同時に火の勢いが強い箇所に人員を集中している。


 人数は全部で……30人くらいはいるな。一人のソーサラーの魔力が空っぽになるのを防ぐ為、ある程度消耗したソーサラーはまだ余力十分な人と交代し、後方に下がって休憩している。


 その休憩中のソーサラー達の中に、サクアの姿もあった。


「サクア、よく頑張ってくれたな」


「は、はい……頑張りました」


 あんまり深く考えずに頼んだけど、一人で火事の延焼を食い止めるって相当大変だ。魔法を常時出しっ放しにしておく必要がある。じゃないとすぐ火の勢いが増すからな。


 そうなると当然、消耗も激しくなる。モンスターが相手の場合だと魔法を出しっ放しって状態はそうそうないからな。防御の為の障壁や結界とかならともかく、攻撃魔法でそれをやるのはキツいだろう。


「……ふぅ」


 暫く最前線で消火していたティシエラが一旦下がって来た。疲労している様子はないし、あくまでソーサラー全体の消耗を均等にする為の交代なんだろう。


「サクアに消火を任せたのは貴方の判断?」


「ん? そうだけど。冒険者に借りでも作りたかったか?」


「そんな事はどうでも良いけど」


 あれだけ燃え盛っていた炎が、もうチラチラと見える程度になった。やっぱり凄いな、ソーサラーの集団消火。


「随分と貴方のギルドに馴染んで来たのね、あの子」


 俺の隣で立ち止まったティシエラが、サクアの方に顔を向けた。孤軍奮闘だったサクアはかなり消耗しているらしく、同じく延焼防止の為に剣を振り続けていたコレットと二人で地面に寝転がってる。熱波師コレットもお疲れ様。


「私やソーサラー達が駆けつけても、一瞥もくれずにいたのはちょっと驚いたわ」


「消火に集中して気付いてなかっただけだろ?」


「『ソーサラーギルドの仲間が来るまで耐えないと』って気持ちが少しでもあれば、気付いた筈よ。でもあの子は貴方の指示を全うする事だけに全神経を集中させていたみたい」


 真面目な子だし、多分そうなんだろうな。あとで金一封を贈らなきゃいけないくらいの働きだ。借金完済できたらの話だけど……


「一度、正式に聞いておいた方が良いかもしれないわね」


「何を?」


「貴方のギルドに完全移籍したいかどうか」


 いや、それは……どう考えてもソーサラーギルドの方が良いだろ。待遇も段違いだろうし。


「みんな、私が目を離している隙にどんどん変わって行くのね」


 ティシエラは何処か寂しそうにそう呟き、僅かに俯いた。多分サクアの事だけを言っているんじゃないんだろう。


 ふと酒場の燃え跡に視線を向けると――――ようやく戻って来たコンプライアンスさんが自分の店の惨状を見て膝から崩れ落ちていた。


 ソーサラーの活躍で延焼は防げた。でもコンプライアンスの酒場はもう原形を留めていない。このまま再開するのは勿論不可能だ。ただでさえ建て直したばかりって事を考えると……もう一度再建するのは難しいだろうな。


「変わりたくて変わった奴ばかりじゃないんだろうけどな」


 呆然としている彼の姿に、未来の自分が重なる。俺の場合は火事じゃなく借金による火の車。今日何かをやらかして報酬が減額されたら、彼と同じ運命を辿る事になる。何しろ取り立て人がヒーラーだからな。何されるかわかったもんじゃない。


「ティシエラみたいに、もう完成してる人間は変わる必要もないだろ?」


「そんな事……ないわよ。私だって変わらなければいけない事が沢山ある」


 そうポツリと漏らしたティシエラが、コレットの方に視線を送ったのは……ティシエラなりに、コレットの成長を認めているからなんだろうか。


「……私は、特別でも何でもないんだから」


 相変わらず自分に厳しいな。ソーサラーの頂点を極めておいて『特別じゃない』って……それとも、唯一無二の魔法なりスキルなりが使えないと特別じゃないって思ってるのか?


 天上人の考える事はよくわからない。 


「ありがとうよ、ギルドマスターさん。アンタ等のお陰で余所様に迷惑を掛けずに済んだ」


 コンプライアンスさんが、力のない声でティシエラに話しかける。勿論、すぐに気持ちを切り替えた訳じゃないだろう。表情には無念さがありありと浮かんでいる。


 そんな精神状態でお礼が言えるのは立派だ。調整スキルの誤作動によってパワー全振りになった影響で、ちょっと尊大になってた時期があったけど……元々はあんな性格じゃなかったんだろう。


「落胆している所を申し訳ないけど、出火の原因が何なのかわかるかしら。教えて貰えると、とても助かるんだけど」


「ちょっ、ティシエラ……何もこんな時に」


「祭りで住民の気分が浮ついているのに乗じての放火、だったら困るのよ。また何処かが火事になるかもしれないから」


 ああ、その通りだ。俺も出来れば聞きたいし答えて欲しい。だけど、ここで俺もティシエラと同じ姿勢だとコンプライアンスさんも苛立つに決まってる。だから俺はこの態度で問題ない。


「……出火の原因はわからねぇよ。昨日は客と一緒に朝まで飲んで……暖炉の火を消し忘れちまってたかもしれねぇ」


「そう。答えてくれてありがとう。協力に感謝するわ」


 原因不明か。なんか……不気味だな。


「トモ、こっちへ」


 項垂れるコンプライアンスさんから離れて行くティシエラに、言われた通り付いて行く。既に消火活動が終わっているソーサラー達はティシエラの指示を待っている様子だけど、それよりも優先するって事は……


「放火、と見なして警邏を強化する。それで良いか?」


「ええ。それに『無差別の犯行』って想定も加えておいて」


 無差別か……実際、日本では放火の動機は怨恨だけとは限らなかった。ストレス発散や放火癖、対象となる施設の消滅を望むケースもあった。


 そして無差別犯行になり得る動機として一番多いのが――――歪んだ承認欲求。SNSや動画投稿サイトに『自分が起こした火事』が沢山取り上げられている事で悦に浸る、信じ難い精神構造の人間が結構いた。


 放火は泥棒と並んで警備員が一番阻止すべき犯罪だから、この手のデータは嫌でも目にする。ティシエラの懸念は極めて妥当だ。


 でも、それ以外の可能性もある。それをティシエラに言うのは気が引けるけど……言わなきゃいけないだろうな。


「冒険者ギルドを狙った犯行って事はないか?」


「……私達を疑っているの?」


 案の定、ティシエラの鋭い目が刺すように睨んでくる。そりゃ立腹も当然だ。


 冒険者ギルドとソーサラーギルドの関係が複雑なのは、これまで嫌ってほど見てきた。最近も交易祭後に結成する予定の合同チームについて一悶着あった。マルガリータの派遣をティシエラは快く思ってなさそうだったからな。


 だから真のターゲットが実は冒険者ギルドで、気配を悟られないようギルドには近付かず、隣の酒場を燃やしてその延焼でギルドを……って狙いだったとしたら、放火犯として真っ先に疑われるのはソーサラー。何しろ火を起こすのはお手のものだ。この世界にはライターみたいに小さくて火を起こせる道具はないから、ソーサラー以外が犯人の場合、どうしても火を起こす為の道具が目立つ。


 って事は、つまり――――


「少なくとも現状では、ソーサラーが特別怪しいとは思ってない」


 ソーサラーを疑わせてお互いの疑心暗鬼を誘う揉めサみたいな犯行動機も、当然成り立つ訳で。なら殊更ソーサラーにだけ疑惑の目を向ける理由はない。

 

「……そう」


 という俺の補足説明にティシエラは納得したらしく、幾分か目付きを和らげた。


 俺もそうだったように、ティシエラもコレーとの一件で相当疲れてるんだろうな。辛いだの苦しいだの言うタイプじゃないけど、なんとなく声のトーンとか仕草で消耗の度合いがわかる。そんなに付き合いが多くも長くもないのに、不思議なもんだ。


 とはいえ、ティシエラに気遣う余裕はない。借りに放火魔が街の中に潜んでいるのなら、俺達アインシュレイル城下町ギルドだけでの対処は無理だ。


「悪いけどティシエラ、ソーサラーギルドに協力を要請して良いか? それと、冒険者ギルドにも」


「……ええ。勿論よ」


 敢えて冒険者ギルドの名前を出したのは、どちらか一方だけに頼って偏った捜査になるのを防ぐ為だ。それがわかってるから、ティシエラもNOとは言えないんだろう。


 奇しくも、交易祭が終わる前に合同チームを組む事になった訳か。元々、冒険者ギルドには怪盗メアロ対策を頼もうと思ってたけど、まさかこんな形で協力をお願いする事になるとはな。


「助かるよ。特別な用事が何もないソーサラーに声を掛けておいて貰えるか? 俺はコレットに話を通してくる」


「わかったわ」


 一旦ティシエラと別れ、ようやく体力が回復してポツンと一人でいるコレットの方へ向かう。サクアは……他のソーサラーと会話中か。唯一の知り合いが他の友達に取られて手持ち無沙汰な感じ、わかるわー。


「コレット。ちょっと良いか?」


「あっトモ。何?」


「今回の火事、原因がわからないみたいなんだ。だから放火の可能性も考慮して見回りを強化したい。冒険者を何人か貸してくれないか?」


 出来れば気配察知と機動力に優れた人材が好ましいけど――――


「わかった。私も見回りに加わるね。あとはスケジュール空いてる冒険者に声掛けてみる」


「あ……ああ。宜しく頼む」


 コレットの申し出は素直にありがたい。調整スキルでパラメータをイジれるから余計に。放火犯の捜索に最適な能力に出来るのは大きい。


 とはいえ……これでフレンデリアはコレットとのデートが絶望的になっちまった訳か。こりゃマズいよなあ……今年の交易祭に力を入れた一番の目的を昨日、今日と連続で潰す事になるし。ブチ切れて報酬ゼロにされるかもしれない。


 でも、もし放火犯が交易祭に乗じて自分の欲望を満たそうとしているのなら、そんな悠長な事は言ってられない。俺の借金返済はギルドを設立した目的だし、目標でもあるけど……人の命と財産を脅かす極悪非道な行為がこれからも起こり得るのなら、優先すべきは当然その防止だ。


「トモ! 早速一人捕まったよー!」


「え、早いな。すみません、せっかくの祭りの最終日に不躾なお願いを……」


「気にする事ないよ。せめてもの罪滅ぼしさ」


 あれ? 今の声って……


「コーシュだ。お前らの前で鉱山で刺された」


 あ、やっぱり! 確か入院中だった筈だけど、無事退院したのか。


 ……って、こいつあのドロドロ恋愛劇の中心人物じゃねーか! こいつを扱えってか? そりゃまた随分難易度高いな!


「ま、そんな顔にもなるよな。別に被害者ヅラするつもりもない。自分がやった事は反省してるよ……」


「本当に? ウチのギルド員をコマしたら問答無用で俺のこん棒が脳天直下だけど」


「それは想像したくないな。心配しなくても、暫く恋だの愛だのは控えるさ……」


 なんだろう。病院で去勢されたんかってくらい大人しいな。まあでもレベルは52って話だったし、警備に加わってくれるのなら助かる。


「事情はギルドマスターから聞いた。目撃情報がないか、街の住民に聞き取り調査をしてくるよ」


「ああ。でもナンパはするなよ」


「……」


 あっ、答えないで行きやがった!


 あのバカ、本当に反省してるんだろうな……? 


「はぁ……」


「マズかった……かな。あの人に声掛けて」


 俺の溜息を聞いていたらしく、コレットがシュンとした態度でそう問うてくる。


 コレットだって当然、あの鉱山での事件は目の当たりにしてるし、コーシュがどんな人間かも知っている。それでも敢えて選んだって事は、それだけ捜索に適した人材って事だろう。


「いや問題ない。悪いけど、あと何人か声を掛けておいて貰えるか? 俺はティシエラと話してくる」


 冒険者ギルドの協力を取り付けた事と、コレット及びコーシュが見回りに加わった事を伝えないと。でもティシエラ、コーシュには露骨に嫌な顔しそうだよな……


「トモ」


 あ、向こうも俺を探してたのか。小走りで近付いて来るティシエラは、こんな状況で不謹慎かもしれないけど可愛い。


「放火犯の捜索チーム、イリスを加えても良いかしら。あの子、顔が広いから聞き込みには最適なのよ」


 ……これはこれは。火事とは違う意味で火の粉が降りそうですなあ。 


 とはいえ、コレットとの関係性を理由に断る訳にはいかない。寧ろ、イリスが信頼できるかどうかに焦点を当てるべきだ。


 正直なところ……全面的に信頼はしていない。謎が多いからな、彼女。


 でもイリスがティシエラの顔に泥を塗るような真似は絶対にしない。そこは信用してる。


「了解。冒険者ギルドからはコレットとコーシュに協力して貰う事になった。まだ増えるかもしれない」


「そう。だったら私もいた方が良さそうね」


「良いのか? 何か予定があるんじゃ……」


「私用を優先できる状況じゃないでしょう? こっちは私が纏めておくから、貴方は自分のギルドの人達にこの件を話して、警邏の強化を図って。早急にね」


「わかった。出でよモーショボー!」


 こういう時は、機動力に長けた彼女とポイポイの出番だ。


「え? 何? 告白はやらないって言ったよね?」


「喚び出したのはその件じゃない。悪いけど、今日もフル稼働で協力して貰う。ポイポイも頼むな」


「ギョイッ」


 力強い返事に、心強さを感じる。


 随分と厄介な事態になったけど……ここを乗り切らない事には明日はやって来ない。



 いるかどうかもわからない放火犯を捜すのは骨だけど――――いっちょやりますか。





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