第332話 修羅場ですか?
コンプライアンスの酒場を燃やした放火魔がいるかもしれない――――その前提で始めた警邏は、街の雰囲気にも多少なりとも影響を与える事になった。
物々しい警戒態勢こそ取っていないけど、火事があった事は当然大半の住民に知れ渡ってるし、巡回する人間が増えている事が放火の可能性を示唆している。このままこの状況が続けば、交易祭の最終日は微妙な空気のまま幕を閉じる事になるだろう。
それは、この街の安全を守るアインシュレイル城下町ギルドとしては仕方がない事だけど、交易祭をプロデュースした俺という立場から見れば失敗だ。恐らくフレンデリアも満額で報酬を支払う訳にはいかなくなるだろう。
……となると、リスクを承知で仕掛ける必要がある。
「犯人を特定する?」
二人一組での巡回の最中、俺とコンビを組む事になったイリスにそれを伝え、大きく頷く。
「いるかどうかわからない放火犯を警戒して回るだけだと、どうしたって効率は悪い。それより犯人がどんな人物かを想定した上で、潜んでいそうな場所を潰しに行く方が良い」
「それはわかるけど、勝手に犯人を想像して動くのは危険じゃない? ティシエラがなんて言うか……」
「だから、この方針で動くのは俺達だけだ。犯人が『警戒が強まった事に危機感を抱いて第二の犯行を取り止めた』場合、若しくは『通り一遍の警備の隙を突こうとしている』場合への対処として」
ティシエラは『無差別の犯行』って想定も加えておけと言っていた。つまり、単なる警戒網じゃなく犯人像を絞り込んだ上で警備しろ、って事だ。
もし短絡的な動機だったら、ただ漫然と警備してもそれが抑止力になるだろう。でも、犯人が明確な目的を持っていたり、奸智に長けた人物だったりした場合は別。その手の犯人だった場合を想定して先手を打つのが俺達の役割だ。
「ふむふむ。マスター、結構ちゃんと考えてるんだねー」
「一応これでもギルド員を守る立場だからね……」
コレットもそうだけど、俺も立場によって随分と変わった自覚がある。成長、と言えれば良いんだろうけど……
「それで、具体的な犯人像の分析とか推定は出来てるの?」
「ああ。もしあの火事が放火犯の仕業なら、間違いなく計画的犯行だ」
「え……?」
イリスは驚いた顔をしているけど、これは間違いない。
「最大の根拠は犯行時刻。人気のない夜じゃなく、敢えて朝を狙った所がポイントだ。既に通行人がいる時間帯、それも祭りとあって外出する人間が多い状況で放火なんてするのは、そのシチュエーションが目的に合致しているからとしか考えられない」
「言われてみれば……だったら酒場への怨恨じゃなさそうだね」
「俺もそう思う。怨恨なら、酒場のマスターが寝静まってる時間を狙って焼き殺そうとするだろうし」
放火というおぞましいくらいの悪意ある犯行に手を染める人間が、そこに思い至らない筈がない。殺意を含まない程度の恨みなら、放火じゃなく別の嫌がらせを選択するだろう。
「何より、この街の住民って時点で頭空っぽの犯人像は成立しないんだよな」
「うん。私も同感」
ここは普通の街じゃない。魔王城に一番近い街であり、ここに辿り着くには相当な実力と勇気が必要。当然、考え方や信念もしっかりしている奴が大半だ。当然その子供達も、そんな親に教育を受け、背中を見て育っている。
何より、ここに住んでいる人間は『他の住民の恐ろしさ』を嫌ってほど理解している。大半のヒーラーが去った事でヤバい度合いは下がったけど、街の大人の多くが元冒険者や元ソーサラーなどの戦闘員だった連中。悪事を働こうとすれば彼等に潰される。だからこそ治安もずっと良かった。
よって放火犯がもしいるのなら、それなりの理由があってやったと考えるべきだ。
それに、この街には人間に化けたモンスターが入り込んだ事あるし、今もいないとは限らない。そいつらの仕業って可能性もある。その場合も当然、何かしら明確な目的があっての事だろう。
ただし、明確な目的が必ずしも論理的な目的とは限らない。衝動的じゃないってだけで、感情的な犯行が計画的に行われたのかもしれない。寧ろ、その方が放火っていう過激な犯行との相関性に筋が通る。
「怨恨じゃないとなると……お祭りで盛り上がってるのが気に入らない捻くれ者の犯行とか?」
「あり得るな。敢えて祭りの最終日に断行した理由にもなるし」
もっと言えば、『今年の交易祭が気に入らない』という人間の仕業かもしれない。
「でも、もしそれが動機ならシレクス家に嫌がらせするんじゃないか? 交易祭を私物化した、なんて話も出てるくらいだし」
「そう言えばお祭りの初日に結構ヘイト溜めるような事言ってたねー」
その通り。だからこの線も薄い。
「そうなると、マスターがティシエラに言ってた『冒険者ギルドを延焼させる為』っていうのが本命かな?」
「ああ……」
でも、自分の出した意見だからこそ気付かない内に固執して、無意識にそっちに持っていこうとしているかもしれない。だからこそイリスの客観的な見解が必要だ。
「マスターが私に期待してる事は何となくわかるけど……私、そんなに頭良くないから責任は持てないよ? 助言求めるのならティシエラの方が適任だったんじゃない?」
「いや……」
今、ティシエラと組んで違う場所を警邏しているのはコレット。つまり、ティシエラが俺と組んでたら、コレットと組むのがイリスになっていた。それはちょっとな……
それに、ティシエラに助手みたいな事をさせるのは気が引けるっつーか、本人や俺が気にしなくてもソーサラーギルドの面々が許さないだろう。万が一彼女達に気付かれたら、借金完済した後にも気苦労が増えそうだ。
コレットは明らかに適任じゃない。
つまりイリスが――――
「イリスが一番、安心して任せられるんだ」
「マスター……」
……なんか口説いてるみたいになっちゃったな。誰にも聞かれてないよな?
「そんな事言ってー。私よりも……シキさんだっけ、あの子の方が向いてるんじゃない?」
え?
「なんでそこでシキさんの名前が……」
「あれ? そういうトボけた事言っちゃう? マスター、良くないなー。そういうのホント良くないと思うよ?」
な、なんだこの言い方……
まさか、朝方のアレを見られてた……とかじゃないよな?
「わ、凄い冷や汗!」
「いや出てないだろ……冷や汗ってそんなすぐ出ないから」
「あはは、バレちゃった」
ぐっ……シキさんに散々からかわれたと思ったら、今度はイリスか。そういや、出会った当初はイリスも小悪魔系ムーブかましてたな。
まさかこんな時に初代小悪魔が降臨してしまうとは……つーかやっぱり俺、女難の相があるんじゃねーの?
「でもソーサラーギルドで噂になってるみたいだよ? マスターの事」
「なんか嫌な予感しかしない話題だから、この辺で打ち切ろう」
「良いけど……もし根も葉もない噂だったらティシエラにはちゃんとフォローしてあげてね?」
すみません。根も葉もないとまでは言えません。
それに……
「そんな事したら確実にティシエラの逆鱗に触れると思うんだけど。『何? まさか貴方、私が傷付いたとでも思ってるの? どれだけ自惚れてるの?』って」
「あはは似てる似てる! ティシエラ言いそう~!」
なんで今日一で楽しそうなんだよ。放火犯追ってるんだよ今。いや実際にいるかどうかはわかんないけどさ。
「あー笑った。それじゃ話戻そっか。えっと……何の話だっけ」
「犯人の動機が冒険者ギルドへの延焼かもしれない件をどう思うかだよ」
「あ、そっかそっか。考え過ぎじゃない?」
そんなバッサリ! 確かにそう言われればそんな気もするけど!
「大体、冒険者ギルドって燃やされるような恨み買ってるの? ソーサラーの立場で言う訳じゃないけど、最近恨まれるほど派手な活動してないよね?」
「まあまあ問題発言なのはこの際置いといて……確かに言えてるな」
今の冒険者ギルドは、コレットがギルマスになって新体制で出発したばかり。目立ったモンスター討伐も行っていないし、これって実績もない。コレットは住民から結構好かれてるみたいだし、外部から恨まれるような状態じゃない。
だったら……内部か?
ギルドが燃えて困るのは当然、ギルド員だ。でも冒険者なら逃げ出すのは簡単だろうし、建物は壊れても元に戻せる。職人ギルドがそうだったように。資金も余裕で捻出できるだろう。老朽化が進んでいるのなら寧ろ都合が良いくらい。
なら本当に困るのは……代表者であり責任者のコレットだけだ。『適切な指示を出して消火すれば燃やされずに済んだ』と追及されれば、人の良いコレットは反論できないだろう。
酒場が火事になった時、コレットはギルドにいた。事務員を避難させていたっていうから間違いない。
コレットがギルドにいる時間を狙って、酒場を燃やして隣のギルドを延焼させて、コレットの責任を問う為にこんな事を……?
……いやいや、考え過ぎだ。回りくど過ぎる
でも――――レベル79のコレットを実力でどうこう出来る冒険者はいない。それに昨日の暗黒グッズの呪いを解いて回った事で、あいつの評価は大きく上がった。もしコレットを蹴落としたいのなら、一刻も早く事を起こしたいだろう。
そして……コレットを蹴落としたい勢力は冒険者ギルド内に存在する。寧ろここにしかいない。
「冒険者の自作自演……かもしれない」
「え! なんでそんな事……」
「コレットを良く思わない冒険者、もっと言えばコレットからギルマスの地位を奪いたい冒険者の仕業かも」
イリスにコレット関連の話をするのは余り好ましくないけど、思い付いた以上は仕方ない。
一体どんな反応を示すのか――――
「……」
な……何だ?
一瞬、でも確実に、いつも明るいイリスが極端に翳りを見せた。
やっぱりこの二人、単に性格が合わないってだけじゃ……
「私も、それが一番あると思うな」
「え?」
「……あ。ほら、放火なんて悪魔みたいな事をするくらいだから、それくらいドロドロした動機はあるんじゃないかなーって。コレットって強いでしょ? 普通のやり方じゃ絶対敵わないし貶める事も出来ないだろうから」
発想自体は俺と同じ。でも……なんだろうな。何か違う。
これまでイリスがコレットと相対してきた時に感じた、なんて言うか……やるせなさのようなものを今も感じる。
嫉妬とは少し違う。遠慮とも違う。勿論、嫌悪や憎悪でもない。かといって羨望でもない。
突き放すような事を言ったかと思えば、守ったりもする。普段誰に対しても明るく接するのに、コレットにだけは……まるでコレットに合わせるかのように暗くなる。
明らかに性格の問題じゃない。何か含みが……思うところがあるからこその距離感だ。
ここまでになると、流石に俺の好奇心で踏み込んで良い関係性じゃない。言及は控えた方が良いな……
「わかった。意見も一致した事だし、まずその線で捜査してみよう」
「冒険者を疑うって事だよね。だったら私は……」
「ああ。出来れば関わらない方が良いな。ソーサラーが難癖付けて来たって騒ぎになりかねない。特に今はイリス、謹慎中だし」
とはいえ、俺にもリスクはある。本当に犯人がいるのなら良いけど、そうじゃなかったら俺だけの問題じゃなく城下町ギルドと冒険者ギルドの対立構造に発展する恐れもある。
ただ――――こっちは鉱山での一件で冒険者ギルドに随分と迷惑を掛けられた。一応、相殺できるカードは持ってる訳だ。
「イリスはサクアと合流して街中の巡回を頼む。冒険者ギルドには俺一人で……」
「ダメ! 単独行動は危険だから、誰かに声掛けて二人で行かなきゃ」
っと、珍しくイリスが強い口調だ。確かに一人は危険だな。
となると、こういう時は……
「あっ、シキさんに頼むつもりだ」
「……なんで?」
「鼻の下伸びてたから」
いや、流石にこの状況でそれはないから。
「なーんてね。捜査だったらシキさんが適任でしょ? 彼女、情報収集が得意みたいだし」
「まあ……そうなんだけど。だからどうしても重宝し過ぎて酷使気味なんだよな」
「それでも、この件は遠慮できる余裕ないと思うけど?」
確かにその通りだ。シキさんを探して相棒になって貰おう。となると――――
「モーショボー! 悪いけどシキさん探して来てくれるか? 二番街付近にいると思う」
「うーい」
上空を飛んでいるモーショボーに頼むのが一番確実だ。巡回コースはわかってるから、多分そう時間も掛からず見つかるだろう。
「それじゃ、私は先にこの事をティシエラに報告するね。黙ってる訳にもいかないし」
「ああ。頼む」
鮮やかな赤髪を揺らしながら、イリスは雑踏に紛れていった。
火事が起こったとはいえ、所詮は対岸。今のところ人通りは多いままだ。祭りの最終日特有の高揚感がまだ勝ってる。
でも、これもいつ変化していくかはわからない。一旦自粛の空気に傾けば、そこから一気に人が減ってしまう事になるだろう。そうなれば今年の交易祭は尻つぼみって評価になる。
なんとか、それまでに解決したいところだ。たかが半日かそこらで『放火犯なんて最初から存在しなかった』って判断を下す事は出来ないから、少なくとも今日中に警戒を解く事は出来ない。
つまり……放火じゃなかったら、この状況は一日中続く事になる。そうなれば自然と祭りの雰囲気は阻害されるだろう。
不謹慎だけど、俺の立場としては放火であって欲しい。まあコンプライアンスさんにしても、自分のミスで火事になったってよりは犯人が他にいたって方がまだ気持ち的に救われるんじゃないかな。
さて、暫くモーショボーを待つか……
「ここにいたの」
「ん?」
……ティシエラ? イリスと入れ違いになっちゃったか。
って、コレットが同行してないな。一緒に見回りしてた筈なんだけど……
「コレットなら避難させていた事務員と合流して、火事の原因について聞き込みをしてくれてるわ。彼女達は街の情報屋とも繋がってるしね」
「……情報屋?」
「ギルドに属していないフリーの情報通が結構いるのよ。彼等の拠点は酒場だから、火事が起こったあの酒場に昨日いた人もいるかもしれないでしょ?」
成程……それは全く頭になかったな。確か記録子さんのレポートに情報屋の存在が記るされていたような。でも接点がないからあんまりピンとは来ない。この街の事には大分詳しくなったつもりだったけど、まだまだ俺の知らない事や未知の界隈ってのがあるんだな。
「でも、それならコレットと別行動する必要ないんじゃ……」
「コレットがいたら、冒険者ギルドを調べられないでしょ?」
……そういう事か。
ティシエラも、俺やイリスと同じ結論に至ったんだろう。でもギルマスのコレットがいると捜査し辛いから、聞き込みを頼んでギルドから遠ざけたのか。
「実は俺も今から冒険者ギルドに行こうとしてたんだ」
「だったら話が早いわね。一緒に行きましょう」
「……え?」
これってもしかして……修羅場ですか?
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