第333話 面倒くさい彼女かよ
ティシエラも同行するって事は、俺とシキさんとティシエラの三人で行動する訳か。
……それはどうなんだ?
「何? その顔。何か不都合でもあるの?」
「あ、いや」
既にパートナーとしてシキさんを指名してるんで間に合ってます、とは言い辛いな……どうしたもんか。
「えっと……イリスとも話してたんだけど、冒険者に疑いの目を向けるのにソーサラーが同行してたらヤバくないか? ただでさえ微妙な関係なんだし。ましてギルマスのティシエラが率先して捜査するのは……」
「問題ないわ。向こうは向こうで私達を疑っているだろうから」
「余計問題じゃねーか! 絶対揉めるって! やめておいた方が良いと思うけどな。ここは俺に任せて……」
「貴方を信頼していない訳じゃないけど、本当に放火犯がいた場合は貴方一人では手に余るでしょう? 制圧できる人間が一人はいないと」
そこを突かれると弱い……シキさんにしても完全な武闘派ではないし。
っていうか『ギルドの仲間と行くから心配するな』って言えば済む話なんだよな。別にシキさんの名前を出す必要もない訳だし。
なのに何だろう……このモヤモヤした気持ちは。何これ……罪悪感? なんで?
「……様子が変ね。何かやましい事でもあるの?」
「いやそんな事はないですよ。純粋にソーサラーギルドを心配してるだけです」
「言葉遣いも変じゃない。何か隠してるわね」
す、鋭い……! このティシエラ相手に隠し事をするのはちょっと難しいかもしれない。
普通に『シキさんと合流予定』って言えば良いのかな。でも、それがティシエラとの合同捜査を拒む理由にはならないよな。別に二人じゃなきゃいけない決まりもないし。
でも、やっぱりソーサラーが関わるのは危険な気がする。ここは俺とシキさんだけで……
「……私と調査するのが嫌なの?」
「いやいや、全然嫌じゃない。なんでそう取るかな」
「だって明らかに困ってるじゃない。私が足手まといになるとでも思ってるの? それとも、一緒に行動したくない理由でもあるの?」
えぇぇ……なんで今日に限ってそんな追い込みモードになってんの? 面倒くさい彼女かよ。
マズいな。こんな事でティシエラの好感度を下げるのは馬鹿馬鹿し過ぎる。人の事言えないけど、この人も大概プライド高いからな……なんとか穏便に事を運べないものか。
そうだ! 『イリスがなんか用事あるみたいで探してたぞ』って言えば、ティシエラならイリスを最優先する筈。実際探してるだろうから嘘でもないし。我ながら名案! 冴えてるねー今日の俺!
「いや実は……」
「うぉーい! 見つけて来たぞー! ポイポイが乗せてきたからすぐ来るよー!」
タイミング! なんつーズレた間の悪さ!
「……すぐ来るって、誰が?」
「え? あ、それは……」
「……」
あれ……ティシエラの視線が怖い。ジト目は大好物の筈なんだけどな。今日のはちょーっと刺激が強過ぎますかね……
取り敢えず、嘘をつく理由は何もない。正直に話すしかない。
「あーその、既にシキさん……ウチのギルド員に同行を頼んでるっつーか、精霊に呼びに行って貰ってたんだ……けど」
「そう」
素っ気なっ! え、これどっち? 無難な方? ヤバい方? 別に俺悪い事してない筈なんだけどなんか怖い!
「さっきから何狼狽えてるの? 先約があったからって私が不機嫌になるとでも? そんな理由何処にもないと思うけど?」
お、思います。そりゃそうですよね。その通りです。でもですよ、今漂わせているそれは不機嫌オーラじゃないんですか? なんか可視化されてる気さえするんですけど……
「ま、まあそういう訳なん――――」
「でも、そうね。何かと理由を付けて私との同行を拒もうとした事については、少しだけ苛立たしいかもしれないわ。目潰ししても良い?」
「いい訳ないだろ!? 何で急に目潰し!?」
「私の機嫌を窺おうとするその目が気にいらないからよ」
そんなつもりは……すみません、多分にありました。やっぱ感情って目に出るんだなあ……俺の思ってる事が多方面に筒抜けなのって、もしかしてその所為なんだろうか。だとしたら前髪で覆ってメカクレキャラになる事も検討した方が良さそうだ。昔のゲームの主人公みたいな。
「どうやら来たみたいよ」
「……あ」
バカみたいな事を考えている間に、ポイポイが申し分のない脚力を見せつけてシキさんを連れてきた。速いなぁ……あと早い。もうちょっと遅くても良かったかな……
「隊長、何かあったの? 顔面蒼白だけど」
「えーっと。実は――――」
とにかくシキさんに説明、説明、説明……終わり。
「隊長と一緒に冒険者ギルドに行って、情報収集しろって事?」
「そうそう。別件で動いてるところ申し訳ないんだけど、出来ればこっちを優先して……」
「そんな余所行きの言い方しなくても、言う通りにしろって言えば普通に従うけど」
えぇぇ……何その『いつもはもっと俺様キャラで命令してくるでしょ?』みたいな言い草。そんな態度でシキさんに頼んだ事一度もないんですけど……
「外では随分と遜ってる印象だったけど、内々では強気なのね」
「いや、そんな事は……そりゃ多少は使い分けてるけど、社会人としての常識の範疇で……」
「余り想像できないわね」
あれ? 何故かティシエラの機嫌が直ったような……え、今のやり取りの何処にそうなる要素あるんだ?
わかんない……全然わかんない……怖い……女心が怖い!
「シキさん、だったわね。私も同行して良いかしら」
「……どうぞ御自由に」
あっ! ビビッてる間に三人パーティになってるじゃん! ティシエラちょっと強引過ぎない?
こいつ……さてはこの機会に乗じて冒険者ギルドを徹底的にガサ入れする気だな……
「はぁ……もういいや。それじゃ三人で行こう」
これ以上ここで時間食っても仕方ない。そもそもティシエラはウチのギルドの人間じゃないから最終的な決定権は俺にはないしね。
「ギルドに入る前に、一つ言っておく事があるわ」
溜息をこっそり落としたところで、ティシエラが神妙な面持ちで声のトーンを一つ落とした。
「最悪、戦闘も想定しておいて」
……へ?
「いや、幾らなんでも戦闘には……」
「前に言ったでしょう? 魔王を匿っている可能性もあるって。それは極論だけど、少なくとも秘境に赴くくらいの覚悟はしておいて」
それも十分極論な気が……だって冒険者ギルドだよ? 普通に何回も出入りしてる場所なのに、秘境って……
「……」
とはいえ、ティシエラにこんな真剣な目で言われたら頷く他ないか。秘境はともかく、何かあるってのは俺も感じてるしな。
「つっても、あくまでメインは辺りに怪しい奴がいなかったか聞き込みするだけだからな?」
「ええ。決め付けるつもりはないわ」
と言いつつ、ティシエラも結構自分の考えに固執するタイプだからな……『何かあるかもしれない』じゃなくて『何かあるに違いない』って姿勢なのは明らかだ。
勿論、それが上手くいく時も多いだろうし、リーダーシップにも繋がる事。俺みたいに慎重過ぎるのも代表者としては良くない態度かもしれない。実際、シキさんからは頼りないって毎回のように言われてるし……
「先に言っておくけど」
そのシキさんが、ティシエラの方に目を向けながら口を開く。
「貴女はあくまで別のギルドの人間だから、私は隊長の指示にだけ従わせて貰う。それで問題ない?」
……その口から出て来たのは、結構攻めた発言だった。
いや、そりゃ命令系統は明確にすべきだし、正論っちゃ正論だけど……五大ギルドのトップに対して、ちょっと過激じゃないですか? 別にティシエラだってシキさんに指示を出したりはしないだろうに。
「ええ、当然よ。トモはともかく貴女と私は対等な立場なんだから、私の方から貴女にああしろこうしろなんて言わないわ」
「了解。隊長はともかく、貴女は頼りになりそう」
……取り敢えず、話は纏まったらしい。一応、性格的には合いそうな二人ではあるんだよな。
前に一緒に行動した時は、イリスも一緒だったし基本茶番劇だったから、二人の相性を推し量る機会はなかった。今回が実質的な初絡みと言って良い。
二人とも実力は申し分ないし、適切な判断力も洞察力もある。俺が足を引っ張らないようにしないと。
「よし。それじゃ行くか」
目と鼻の先の冒険者ギルドに入るのに、随分と時間をかけてしまった。でも、その間ずっとギルドの人の出入りはチェックしてある。特に怪しい奴の姿はなかった。
にしても――――
「……」
「……」
「……」
なんか、この三人で歩くのって妙にエネルギーを消費するな。特に緊張する理由もないんだけど……いやごめんなさい、誰に嘘ついたのかわからないけどごめんなさい。理由ならあります。特別視してるっていうか、意識してる二人ですよ。
ティシエラに対しては憧れの感情が強い。同時に、この人に認められたいって気持ちが一番強い。基本的に自分を大きく見せるような事は出来ない俺だけど、ティシエラにだけは例え社会的に格上であっても対等な人間として接しようとしてしまう。
だから時々思う。周りから見たら、ティシエラと友人や仲間みたいな雰囲気で会話している俺は、さぞかし滑稽だろうと。でも構わない。それでも俺は、ティシエラと同じ目線の高さでいたい。
シキさんは……正直、かなり懐かれてる自覚がある。本人に言ったら殺されそうだけど。でも実際、ヤメが殺意持つくらいには俺とシキさんの関係は良好だ。
ただ、俺の事を恋愛対象として見てるかどうかは正直微妙。大好きだったお祖父さんの面影を俺に重ねてるだけかもしれない。寧ろそっちの方が全然あり得る。
そんな二人と行動を共にするんだから、そりゃ緊張もするよ。ってか……
率直に言って嫌だ。
だってなんかさっきの二人のやり取りもスゲー緊張したし! 謎の緊迫感ない!? 俺の考え過ぎ!? 俺が勝手にそういう先入観で見てるだけ!?
……なんて心の中で叫んだところで、誰も応えちゃくれない訳で。取り敢えず、そうこうしてる内にいつの間にかギルドに入ってた。
「お。なあ、あれ……」
「ああ、ティシエラだ。何しに来やがった?」
「マルガリータさん、今はいないんだっけ。良かったな……またあのピリピリした空気になるトコだった」
中にいた冒険者達の呟きが次々と耳に届く。当然だけど、連中の目に入るのはティシエラばかりみたいだな。矢面に立たないで良い分、俺が率先して聞き取りをした方が良さそうだ。
前にここで聞き取り調査した時は全身鎧姿だったから、誰も俺とは気付いてない筈。悪目立ちはしてないからスムーズにやれる――――
「おい。隣歩いてるあいつ、城下町ギルドのトップだよな?」
「みたいだな。噂は本当だったか。祭りの日にわざわざ一緒にいるくらいだしな……」
「信じらんねぇな。なんであんなのがティシエラとデキてんだ?」
悪目立ちしかしてねぇ!!
おいおい嘘だろ……? 俺とティシエラって周りからそんな目で見られてたのかよ。全然悪い気しねーぞ。寧ろ誇らしくさえある。
とはいえ誤解も誤解。ティシエラだって迷惑だろうし、ここはビシッと訂正しておくか。ただし向こうから聞かれたらね。こっちから『ティシエラとはそういう関係じゃない!』とか言えないから。
「隊長。ボケっとしてないで指示出して」
「え? あ、うん。俺が聞き込み調査やるから、シキさんはギルド内に怪しい奴がいないか気配と目の両方でチェックしてくれない?」
「了解」
コソコソ話でシキさんに伝達すると――――今度は周囲の冒険者達がザワつき始めた。
「おいおい、今の見たか? 完全にヤッてる雰囲気じゃねーか」
「嘘だろ? あの野郎、公認二股かよ。ティシエラと祭り回りながら愛人連れてやがるのか?」
「ティシエラもどうかしてるぜ。お堅いイメージだったのに……ってか全員エロ過ぎだろ」
……これは流石に訂正が必要ですね。どいつもこいつもゴシップ好きだな。世俗的過ぎる。
っていうかティシエラ、よくブチ切れないな……聞こえてるだろうに。
「トモ」
案の定、ティシエラから近付いてくるよう指でチョイチョイとされた。いや、俺は何も悪くないっすよ? 冒険者の連中が勝手に言ってるだけで……
「私はコレットを訪ねて来た事にして、奧の部屋を探るから。近付かせないようにしておいて」
「あ、はい」
まさかのスルー! えぇぇ……プライドの高いティシエラらしくない。それともあんな醜聞、全く意にも介さないくらい俺の事なんて眼中にないとか? だとしたら割とショックなんだけど……
「それと」
「ん?」
「余計な事は言わなくて良いわよ」
それだけ言い残し、ティシエラは受付の方へ向かった。
……余計な事って何?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます