第334話 そりゃ血も全力疾走するわ

 さて……二人にばかり任せる訳にもいかないし、俺もそろそろ聞き込みを始めよう。


 取り敢えず、俺とティシエラの事をアレコレ言ってた連中に話しかけるのは後回しだ。どうせロクな事言われないし。


 あと、見るからに怖い人に話しかけるのもちょっとな……コレットかマルガリータさんがいれば話も通しやすいんだろうけど、流石に一人で強面の猛者に話しかける度胸はない。単純に怖い。


 うーん……よし、あの窓際に一人でいるオーラが全然出てない人に話しかけてみよう。童顔かつ中性的な顔立ちで、俺よりも年下に見える。身体も華奢ってほどじゃないにしろ結構細い。いかつい連中が多い冒険者ギルドではやや浮いている。


 ま、どうせ外見とは裏腹に強いんだろうけど……そこは今は関係ない。話しかけた時にガラが悪いかどうかだけだ。基本的に声のデカい奴と口の悪い奴は苦手なんだよ。心臓がキュッてなるから。


「あの、すみません。ちょっと聞きたい事があるんですけど」


「……」


 返事がない。いきなり不穏だ。


 こっちを一瞥したのは確認できたから、気付いてない訳じゃない。無視しているのか、それとも戸惑っているだけなのか。


 ……高レベルの冒険者が俺に戸惑う理由もないよな。単に話をする気がないのか。

 

 仕方ない。あと一回話しかけて、また無視されたら別の人にしよう。


「申し訳ありません。お聞きしたい事がありまして、少しだけお時間を頂きたいんですが」


「……………………何でしょうか」


 あ、反応あった。


 んー……ぶっちゃけ、なくても良かったなあ。それならズバッと切り替えて別の人にシフト出来たんだけど。ちょっと話しかけた事を後悔しちゃうよな、この感じだと。既に雰囲気が刺々しいし。


 とはいえ、こっちから話しかけておいて『やっぱ良いです』は無礼過ぎる。嫌な予感はするけど聞き込みを始めよう。


「隣の酒場で火事があったのは御存知ですか? その目撃証言を集めていまして……あ、すみません、申し遅れました。私、アインシュレイル城下町ギルドというギルドを立ち上げたトモと申します」


「……」


 まーた無反応。やり難いな……警備員時代にもいたけどさ、こういうタイプ。その時も一番苦手なのはこういう反応が異常に小さい人だったな。いやそういう性格とかコミュ症ってだけなら別に良いんだけど、色々事情があってそうなってるケースも多いから迂闊な事言えないんだよな。


 こっちとしては全く悪気ない言葉でも、向こうにとっては許し難い……ってのは誰しも何かはある。でも、その許せない範囲がやたら広くて沸点が異常に低い人もいる。そしてそれは、この手の繊細そうなタイプに比較的多い。気を付けないと……


「まだ立ち上げて間もないギルドですけど、街の安全を守る為の活動をしていまして、酒場の火事について調査しているんです。もし何か不審な事とか、火事に結びつくような出来事を見ていたら、教えて頂きたいんですが……」


「……」


 ダメだ。何も答えてくれない。


 ただ、神経衰弱って感じでもない。どちらかというと、俺に良い印象を持っていなさそうな雰囲気だ。初対面なんだけどな……


 もしかして、俺が一日でここを辞めたの知ってんのかな。それともティシエラのファンとか? いや、シキさんのファンって事も――――


「どうして……僕に話しかけた?」


「え? いや別にこれって理由は特に……不特定多数の冒険者に聞き込みをしてますんで」


「嘘だ。アンタ、僕を最初から狙ってただろ。僕を……僕を最初から標的にしてたんだ……」


 え、これって……


 まさかの放火犯ドンピシャ大当たり?


 いやいや。幾らなんでもそれは。でも完全にそういう反応だよな……動揺が尋常じゃない。しかも、俺に敵意を抱いている理由もそれなら説明がつく。 


 でも……そんな事ある? これだけ大勢の冒険者がいて、何の根拠もなくテキトーに選んだのに一発で犯人を当てられるものかぁ? そりゃ初期のコレットみたいな超幸運持ちならわかるけど、俺の幸運値2よ2。


 とにかく、落ち着かせないと。なんか一人で勝手に被害妄想膨らませてるっぽいし。


「いえ、そんな事は……」


「ちっ近寄るな。僕に……僕に近寄るなっ」


 ……なんかヤバいな。これ、周囲から見たら俺が嫌がらせしてるように見えるよな。実際の実力はともかく、見た目は向こうの方が弱そうだし。


 それに、これ以上刺激すると大声出しそうだ。それは良くない。これ以上の聞き込みが困難になるし、奧で極秘捜査したがってるティシエラにまで迷惑をかける。


 とはいえ、ここまで怪しい雰囲気を出している奴を捕り逃がす訳にもいかない。出来れば調整スキルで強制弱体化して、何処か別の場所に連れ出して事情聴取したいくらいだ。


 その為にも、まずは興奮を収めないと。


「あの、誤解です。本当に話だけ聞かせて貰えれば良いんで」


「そんな訳ないだろ。これだけ冒険者がいる中で、最初に僕に話しかけたんだ。なんの根拠もないとは……思えない」


 なんか物凄い警戒心だ。やっぱりこれ、一発で当たり引いちゃったか? だとしたら、こんなご都合主義ないぞ。最近は寧ろ極端なくらい思い通りに事が運んでなかったのに。


 まさか、ラントヴァイティルの反転の力がこんな所にも作用してるんじゃ……


「くっ……!」


 あっ逃げた! あからさまに怪しいじゃん!


 あれ、でもギルドの外じゃなく奧の方に走って行ったな。非常口から出て行くつもりか?


 何にしても放ってはいけない。シキさんと追跡を――――


「隊長」


 お、流石。もう来たのか。


「シキさん。見てたと思うけど……」


「露骨に怪しいね。露骨過ぎて犯人とは思えないくらい」


 ……だよね。俺も同意見だ。幾らなんでもあれで犯人だったら冒険者って職業自体に疑問を抱きそうだ。


 でも、何であれあんなリアクションされて追跡しないって選択はない。


「罠……って事はないと思うけど、十分に注意を払って追おう」


「了解」


 周囲の冒険者は、逃げたあの男を気に留める素振りすらない。反応は過剰だったけど一応大声は出してなかったし、逃げる時も全力疾走って感じじゃなかったから極端に目立ってはいなかった。


 まあ、会話を聞かれていない限り放火犯に聞き込み調査してるなんて誰も思わないだろうから、そこまで注目する程の事でもないって訳か――――



「おいおいおいおい。あいついよいよ男にまで手を出そうとしてたみてぇだぞ」

「どんだけ性豪なんだよ。付いてる方が興奮するタイプか? ヤベぇよ……見ねぇ方が良いぞヤラれちまう」

「とんだ大物ルーキーの誕生だな。もう終わりだよこの街」



 ……ってそういう理由かよ! フザけんな終わってんのはお前等の脳だろ!


 つーか俺への先入観どうなってんだよ……何か行動する度にそっちに結びつけられてるのマジ嫌なんだけど。


「隊長……」


「いや違うからね? こんなん本気にされたら俺今後どうやって生きていけばいいかわからなくなるからね?」


「目血走り過ぎ」


 そりゃ血も全力疾走するわ。なんで素人童貞なのに性豪呼ばわりされてんだよ。どんな過大評価だ。


「下らない話はやめて、早く追うよ」

 

「うう……こんな最悪の風評被害をスルーしなくちゃならないなんて……」

 

 弁明する機会も与えられず、ギルドの奧へと向かう。


 確かこっちには、コレットの部屋や会議室があったっけ。勿論、普通ならそんな場所に逃げ込むとは思えないけど……


「シキさん。非常口って何処にあるかわかる?」


「事務員達が待機場所に使ってるスタッフルームだったと思う。あっち」


「……自分で聞いておいてなんだけど、なんでそれ知ってんの?」


「この街の主要施設の見取り図は大体頭に入れてるから」


 有能過ぎる。こんなシキさんを重宝する俺を誰も責める事は出来んだろ。酷使はダメだけど。


「にしても、仮にここで逃げ切れたからってどうなるものでもないと思うんだけどな」


 外見の特徴は既に覚えたし、後で他の冒険者に聞けば名前やパーソナルデータは簡単に手に入る訳で。逃げれば逃げるだけ心象も悪くなる。完全に悪手だろうに……


「放火するくらいだから何事にも短絡的なんじゃないの?」


「……それもそうか。いや、まだ決まった訳じゃないけど」


 なんて事を言ってる内に、スタッフルームと思しき扉の前に到着。


 中で待ち構えているとは思えないけど……


「……隊長」


「え、まさか中にいる?」 


「わからない。でも、人の気配はある」


 マジかよ。まさか本当に罠を仕掛けてるのか……?


「隊長は待機してて。私が入ってみるから」


「ダメダメダメダメ。幾らシキさんでも危険だって」


 中に聞こえないよう極力小声でのダメ出し。おかげで全然迫力が出ない。


「大丈夫。襲われても避けるから」


「そんな簡単に言うけど、相手は高レベルの冒険者だよ? 油断できる相手じゃないって」


「でも、誰かが中に入らないと事態は進展しないんじゃないの?」


 それは……そうだけど。


「……じゃ、俺が先に入る」


「それこそ危険じゃん。意味わからない」


「意味ならわかるでしょ。シキさんを危険な目に遭わせるのは、城下町ギルドの代表として看過できないレベルの戦力ダウンになる」


 その点、俺は戦線離脱しても大して痛手じゃない。自分で言ってて虚しいけど。


「シキさんは念の為、周囲を見張っといて」


「それは隊長がやれば良いでしょ? 部屋に入るのは私が……」


「ギルマス命令。さっき自分で言ってただろ? 俺の指示には従うって」


「……」


 こりゃ怒ってる……かもしれないけど、ここは譲れない。決して私情だけじゃない。ギルマスとしての客観的判断だ。


「じゃ、開けるよ」


 返事は聞かず、スタッフルームの扉に手を掛け、開く。


 すると――――



「……」



 殆ど何もない室内で、こっちを睨むティシエラの姿だけがあった。


 ……あれ?


「えっと……ここに誰か入って来なかった?」


「誰も来てないわよ。私以外には」


 って事は、ここに逃げ込んだ訳じゃないのか。


 シキさんの言う通り非常口らしき出口は見える。外に逃げ出すつもりなら、ここ以外の選択肢はない。一体何処に逃げ込んだんだ……?


「そっか、ありがとう。邪魔したな」


「待ちなさい」


 う……やっぱり捕まった。誰も近付かせるな、つってたのに俺自身が近付いて来ちゃったもんな。そりゃ怒られるわ。


 でも今はティシエラの説教を受けてる暇はない。何もない時なら何十分でも聞いていられるかもしれないけど、一刻も早くあの怪しい冒険者を見つけ出さないと――――


「この部屋、おかしいと思わない?」


「え? まあ……何もなさ過ぎる気はするけど。あんまり使ってないのかな」


「ギルドのスタッフルームは事務員の休憩場よ。大規模な冒険者ギルドで使用されない筈がないわ」


 そういうものなのか。ウチのギルドにはそもそもそんな部屋自体がないから、あんまりピンと来ない。受付やってくれてるユマとユマ母は家から仕事用の服装で来るし、そもそも人の訪問が殆どないから休憩時間もあってないようなものだし……


「ダミーの可能性がある、って言いたいの?」


 あ、シキさんも入って来た。出来れば俺かシキさんのどっちかはさっきの冒険者を探すべきなんだけど……なんか言い出せる空気じゃないな。


「ええ。前々から怪しい場所だと思っていたのよ。だから事務員がいない今が好機だと思ったんだけど……不発だったようね」


 実際、これだけ何もないと調べるのに時間は掛からないだろう。ティシエラにとっては残念な事だろうけど、こっちとしては話を切り替えやすくて助かる。


「実は怪しい奴を追ってるんだ」


「……どう怪しいの?」


「聞き込みしようと思って、一人でいる冒険者に声を掛けたんだけど、なんか過剰反応した末にこっちの方に逃げちゃったんだよ。てっきり、ここの非常口から逃げ出すつもりだと思ったんだけど……」


「ここには来てないわよ。別の部屋に隠れてるんじゃないの?」


 ……?


 今の受け答え、妙に違和感があるな。考察厨のティシエラにしてはアッサリし過ぎてるというか……自分の調べたい事で頭がいっぱいになってるのか?



 それとも……まさか別人とか?



 普通ならこんな発想、荒唐無稽も良いトコだ。でもこの街には……



 ①怪盗メアロ

 ②コレー

 ③エルリアフ

 ④人間に化けてたモンスター連中



 やたら他人に化けるタイプの問題児が多い。しかも総じてハイレベル。どいつもこいつも、ちょっとやそっとじゃ見分けが付かない変化をしやがる。

 

 更に、さっきの共同不審な冒険者が同じような変化スキルを持っているとしたら……



 ⑤放火犯(仮)



 って選択肢も新たに生まれる。5通りもあると、ちょっと疑わしい言動があっただけでも怪しく見えて仕方ない。


「何? 人の顔をジロジロ見て」


「あ、いや……」


 マズいな。もしこのティシエラが偽物だったら、こっちが怪しんでいるのを悟られるのは悪手だ。


 気付かれないよう自然に振舞わないと――――





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