第335話 仲良いね馬鹿同士

「んー……」


 あらためてティシエラの全身をくまなく眺める。


 目を半分覆うくらいに伸びた前髪も、綺麗で神秘的な髪も、透き通るような美しい肌も、惚れ惚れするほど整った顔立ちも、全て俺が知っているティシエラそのもの。とても偽物とは思えない。


 つまり、外見から判別するのは不可能だ。


 若干、罪悪感はあるけど……カマを掛けてみるか。


「悪いけど、今言った怪しい冒険者を一緒に探してくれないか? 確か捜索用の魔法使えたよな?」


 ティシエラの魔法はこれまで幾つかの攻撃魔法に加え、【プライマルノヴァ】と【リモートアイ】を使っている所を見た事がある。この内、リモートアイは探索用として使えるタイプの魔法だ。


 でもこれは遠くを見渡す為の魔法であって、室内の人捜しには殆ど役に立たない。もしこのティシエラが本物なら、『貴方に見せた事のある魔法では役に立たない』若しくは『使えるけど、貴方に見せた事はないのにどうして知ってるの?』と答える筈。これ以外の答えだと偽物の可能性が一気に高まる。


 さあ、どう返答する……?


「悪いけど、ここでは使えないわ」


 何ィィィィィィィィィィィィィィィィ!?


 そう来たか……これだと『貴方の知ってるリモートアイはここでは使えない』とも取れるし『冒険者ギルドでその系統の魔法を使うと立場上マズい』とも取れる。しかも後者の場合、事前に俺がティシエラの参加を渋ってた事にも繋がってくる。


 仮にこのティシエラが偽物だとして、俺が怪しんでいるのを察していたとしたら、俺がティシエラの魔法をどの程度知っていたとしても問題なく躱せる上手い返答だ。逆にティシエラが本物だとしても不自然な返答じゃない。


 つまり、これじゃ本物か偽物かの判断は到底不可能だ。


 こいつ……もし偽物だとしたら、とんでもなく頭が回る奴だぞ。


「……わかった。魔法は使わなくて良いから、一緒に来て探してくれ」


「ええ。聞き込みをされただけで逃げ出したのなら確かに放置は出来ないわね」


 放置できないのは今のティシエラもだけどな、とは当然言えない。


 つーか、本物のティシエラだったら『三人に分かれて調査した方が効率的じゃないの?』って言いそうなんだよな。でも今の返答も別におかしいとまでは言えない。


 あーもう! このビミョーにズレてる感じがもどかしい! どっちなんだよハッキリしてくれ!


「……」


 俺の様子がおかしいのに気付いたのか、シキさんが視線で『どうしたの?』と聞いて来た……ような気がする。


 取り敢えず、視線を一瞬ティシエラに向けて……首を傾げる感じのジェスチャー。


「……」


 お、通じたっぽい。シキさんが小さく頷いた。いつの間にかアイコンタクト出来るまでの信頼関係になったか。感慨深いな。


 ……そんな事は今はどうでも良いんだ。それより、ティシエラを監視しつつさっきの冒険者を見つけないと。


 でも、その冒険者がこのティシエラに化けてる可能性もあるだけに厄介なんだよな……ってか何なんだよこの急に降って湧いた頭脳戦は。祭りの最終日なんだよ今日は。もっとスッキリ爽快な一日を過ごさせてくれよ。


「シキさん、スタッフルーム以外で逃げ込みそうな部屋って何処だと思う?」


「隠れる場所が多い部屋じゃない? 倉庫とか」


 倉庫か……確かに身を隠すには持って来いだな。


「わかった。案内して」


「了解」


 そんなやり取りをしている間も、隣を歩くティシエラからは目を離さないでおく。


 仮に……このティシエラが偽物なら、一体誰が化けてるんだ?


 状況的には『⑤逃げた冒険者』の可能性が一番高い。ただそうなると、二つの疑問が浮上する。


 一つは、逃げようと思えば逃げられた事。俺達より先に非常口のある部屋に辿り着いてたんだから、俺が踏み込む前に外へ逃げ出す時間は十分にあった。


 そしてもう一つは、ティシエラに化ける必要がないって事。俺の目を誤魔化すだけなら、寧ろ冒険者仲間にでも化けた方がずっと効果的だ。


 でも――――


 敢えてティシエラに化けて、俺達の前に姿を見せた可能性もある。目的は勿論、会話から俺達の情報を得る為だろう。どうして自分に捜査の手が伸びたのか、かなり気にしてたからな。まあ単なる偶然だったんだけど。



 そして、もう一つの有力な候補が『①怪盗メアロ』だ。


 奴はラルラリラの鏡を狙っている。そしてそれをシキさんが所有している事も知っている。


 だからティシエラに化けて俺達に近付いて来たのかもしれない。その場合は、ギルドに入る前からティシエラは偽物だった可能性が高い。でも正直、ついさっきまで違和感は全くなかったんだよな……


『④モンスター』もないとは言えない。もし冒険者ギルドが魔王の部下を匿ってるのなら、そいつがティシエラに化けて俺達の様子を窺ってるって事も考えられる。


 後の二つ、 『②コレー』『③エルリアフ』はまずないだろう。どっちも必然性が皆無だ。


 まあ誰にせよ……もしこのティシエラが偽物だとしたら、本物がすぐ近くにいるんだし内心かなりビクついている筈だ。なのにそんな様子は一切見られない。佇まいは普段のティシエラのままだ。


 本物なのか? 俺の考え過ぎか?


 それとも――――


「隊長、ここ」


「ん……ああ」


 アレコレ考えている間に、倉庫の手前まで付いた。ここから先は更に慎重にならないと。


「それじゃ、俺が最初に入る。次にティシエラ、最後にシキさんの順でお願い」


「そこまで拘る必要あるの?」


「あるの」


 怪訝そうな声はティシエラそのものだ。ますます判断がグラついてくるな……


 何にしても、とっとと倉庫に入ろう。


 う……ちょっとカビ臭いな。掃除してないのか? コレットに後で言っておかないと……あ、ダメだ。勝手に入ったのバレる。


「シキさん。人の気配はする?」


「感じない。でも私の気配察知は完璧じゃないから、アテにしないで」


 って事は、倉庫をくまなく調べる必要があるのか。いよいよガサ入れ感が増して来たな。冒険者の誰かに見られたら大事だ。


「シキさん。申し訳ないけど鍵を閉めて貰えないかしら。それと、余り大声で会話しないで貰えると助かるわ」


「わかった」


 事前に『貴女にああしろこうしろなんて言わない』と言っておきながら、指示を……?


 いや、行動を共にする以上これくらいの事を頼むのは当然だし、これだけ丁寧に言われて断るシキさんでもない。普通のやり取りだ。俺の方が意識過剰になってしまってるな。


 勿論、一旦忘れて……って訳にはいかないけど、まずは倉庫の探索に集中しよう。


 それにしても、冒険者ギルドの倉庫って割には狭いな。コレーの作った亜空間の魔王城にあった倉庫よりも狭い。その割に棚が密集してて、書類だの武器だのが山積みになってるから足の踏み場もない。


 これはコレットの所為じゃないな……ダンディンドンさんとマルガリータさんの怠慢だ。まあ、コレットもなんとなく掃除や整頓は上手くなさそうなイメージだけど。


 人の気配は全く感じない。俺達以外の息遣いも物音も皆無。今のところ、ここに人が隠れているとは思えない。とはいえ、隠し部屋とか隠し通路があるかもしれない。


 ちょっと迷うな。調べられるだけ調べておいた方が良いか、それとも別の部屋に移動した方が良いか……


「隊長。これ見て」


 奥の方から探していたシキさんが、何かを発見したらしい。人がいた形跡だろうか。


 いや――――


「これは……」


 一見すると、武器のゴミ捨て箱。やや大きめの木製の箱に、乱雑に剣などの武器が放り込まれている。


 でも、良く見ると共通点がある。


 形状が歪だったり、色味が黒かったり、どれも禍々しい自己主張が激しめだ。


 間違いない。


 ここにあるのは全部――――俺達が街中に隠しておいた暗黒武器だ!



『ウチで隠した暗黒武器100選、隠した所からほぼほぼなくなってた』



 確か今朝、ヤメがそんな事を言っていた。って事は、冒険者の誰かが暗黒武器を回収して、わざわざギルドの倉庫に保管してたのか。


 これは……どう解釈すれば良いんだ?


 フレンデリアが自由に持って行って良いと宣言してるから、この行為自体に不当性はない。でも、ブームを見込んで集めてたのならこんな場所に持って来ないだろうし……そもそも数が数だ。なくなったのは昨日の午後から今日の朝にかけてだし、とても一人で全部集めたとは思えない。


 不審物として冒険者ギルド全体で回収を行ってたのか? でもそれなら俺達に一報くれれば良いだけの話。何処に武器を隠したか知ってるのは俺達だけなんだから。


 それなのに、黙ったまま異常なスピードで回収して倉庫に保管する理由は何だ……?


「どうしたの?」


 俺達の普通じゃない様子を察したのか、別の場所を探していたティシエラが近付いて来た。


「あ、ティシエラ。これ……」


「……貴方が貰った暗黒武器よね。交易祭のイベントで街中に隠したって言ってなかった?」


 それを知ってるのか。だとしたらやっぱり本物……?


「今朝、ウチのギルド員が確認したら全部の暗黒武器が街から忽然と消えてたんだ。それがここにあるって事は……」


「冒険者ギルドが複数人で回収したって事になるわね」


 やっぱりそういう解釈になっちゃうよな。


 ギルドの運営資金の足しにする為……? でも、わざわざそんな事を気にしなきゃいけないのは代表のコレットくらいだ。それに、冒険者ギルドがそこまで資金に困ってるとは思えない。


 だとしたら目的は……


「私達への嫌がらせなんじゃない? 企画一つ潰した事になるし」


 シキさんの言うような解釈も可能だ。でもギルド全体で動いているのなら、それは絶対にない。コレットが許す筈がないからな。


 まさか、反コレット派の仕業か?


 コレットは聖属性。それに対抗する為に、暗黒武器を欲していた……とか。


「……」


 ティシエラの顔が心なしか強張って見える。何か心当たりがあるのか?


「あいつら……」


 ……?


 今、『あいつら』って言ったのはティシエラ……だよな。


 そうか。ティシエラも言葉遣いに余裕がなくなるくらい憤ってるんだな。コレットには特別目をかけてるもんな。なんて美しい友情だ。


 ……って、ンな訳あるか!


「シキさん捕獲!」


「了解」


「え?」


 俺の指示とほぼ同時に、シキさんがティシエラを羽交い締めにした。この反応見る限り、大分前から察してたっぽいな。ディノーの時も変装見破ったのシキさんだったっけ。勘鋭すぎんよー……もし付き合ったら浮気とか絶対できないタイプだな。いやしないけど。


「ちょっと何するのよ! こんな暴虐、許されるとでも……」

 

「黙れ小娘」


「こ……小娘? 私が? なんて無礼な……!」


「そうか。ティシエラは窮地に陥る事が少ないから劣勢での解像度が低いのは当然だよな」


「……!」


 既に化けの皮は剥がれている。ティシエラが『無礼』なんて言葉を使う事はない。お姫様キャラとでも思ってるのか?


「はーっはっはっはっは! ついに捕まえたぞ怪盗メアロ! 神妙にお縄につけい!」


「隊長、たまに訳のわからない事言うね……」


 シキさんが呆れて溜息をついた刹那――――ティシエラの、いや怪盗メアロの変身が解けた。


「ぐううう……ちっくしょおおお~~っ!!!!! ちっくしょおおおおお~~~~っ!!!!! なんで我だとわかった!?」


「知れた事よ! ティシエラは『あいつら』なんて言わない! バカめ驕りおったな!」


「くっそしょうもないケアレスミスかよ! 我ともあろう者がつい素が出てしまった……あーもおおおおおおおおおおお!!」


「フハハハハハハハハハ! 勝ったぞオオオオオオオオオオひれ伏すがいいいいいいいいいいッ!」


「……仲良いね馬鹿同士」


 シキさんの呆れ具合が深刻になってきたんで、この辺でやめておこう。


「ま、我ならこんなの一瞬で抜けられるんだけど」


 怪盗メアロがそう呟いた瞬間、キモい動きでシキさんの手から内側へすり抜けていく。


「……!」


 シキさんは驚いてるけど……俺的には想定内、寧ろありがたい抜け方だ。こいつが本気になったらベヒーモスの姿になれるからな。ここであんな図体になられたらシャレにならん。


 けど、そういう事じゃない。俺と怪盗メアロの戦いは。


「でも変装見破られて、普通の人間なら完全に捕まった状況を作られた時点で我の負けなんだよなー……」


「これで一勝一敗だな。ラルラリラの鏡はもう狙うなよ」


「わーってるよ。あーもう腹立つ。ティシエラに化けて色仕掛けすれば楽勝だと思ってたのに」


「おい人聞きの悪い事言うな。つーかなんでどいつもこいつも俺を女好きに仕立て上げようとすんだよ。寧ろ逆だろどう考えても」


「……」


 シキさんのジト目が背中を刺してくる。見えないけど俺にはわかる。いやでもマジで遊び人みたいなキャラ付けは納得いかない。


「それより、本物のティシエラは何処だ? ディノーの時みたいに遠くに飛ばしたのか?」


 これも一つの判断材料だった。ティシエラが近くにいるのなら、もっと焦りが見えるか、ここから離れようと促す筈。どっちもなかった時点で本物を遠ざけられる奴が正体って判断に傾く。


「安心しろ。今回は街の外までは飛ばしてない。貴様のギルドの屋根の上だ」


「そりゃまた、なんつー所に……」


 今頃ブチ切れてるだろな。まあ、ティシエラならなんかの魔法使って一人でも降りられるだろう。


「あーあ、連勝記録もついにストップか……こういうのって途切れる時は呆気ないもんだな。我、もっとギリギリの戦いの末に惜敗、みたいな劇的なの想像してたのに」


 怪盗メアロは悔しいのかそうじゃないのかよくわからない表情で、床にコロンと寝転がった。


 こっちも同じ気持ちだ。もっと感極まるような勝利を想像してたよ。シキさんが鏡を奪われそうになるのを俺が庇って、シキさんの熱い眼差しを受けながら激闘の末に……みたいな。でも現実はこんなもんだ。ヒーロー気質でもないしな、俺。


「で、なんで素なんか出しちゃったんだ?」


 こっちとしては勝因になった事だけど、同時に気にもなる。割とポカが多い奴とは言え、百戦錬磨の怪盗が思わず変装を忘れて動揺するほどの事とは思えないけど……


「……仕方ない。我を捕まえた偉業に敬意を表して話してやるか」


 え、なんか長話が始まりそうな雰囲気なんだけど……こっちはあの怪しい冒険者を追わなきゃいけないから、あんまり時間をかけられても困る。


「いいから黙って聞け。貴様が追ってる奴なら外には逃げてない筈だ」


「……どうしてわかる?」


「わざわざギルドの奧に逃げたんだろ? で、非常口も目指してない。なら当然、他に隠れる場所がある。簡単な推理だ」


 確かにその通りだけど……なんか確信みたいなものを感じる。


 まさかこいつ、俺達の知らない情報を握ってるのか?


「ここにある暗黒武器は恐らくな……魔王の側近が集めさせた物だ」



 ――――それは、俺が思っていたよりも遥かに壮大な話だった。





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