第063話 ね?
来た道を戻って冒険者ギルドの方へ向かう最中、あの上空を舞うプテラノドン擬きが降下してくる気配はなく、聖噴水の効果が復活しているのはほぼ確定的となった。とはいえ、決して楽観視は出来ない。一時無効化された原因はわかっていないし、またいつ同じ事が起こるとも限らない。油断だけはしないよう、空は常にチェックしておかないといけない。
それに、現時点で既に軽視出来ない被害が発生している。本通りの至る所では地面が陥没していて、俺が余波で死にかけたあの攻撃の恐ろしさを物語っていた。建物の倒壊、半壊も目立つ。途方に暮れている住民も多い。
あと……恐らく俺と同じで、ヒーラーに助けられた人も数人ほどいるみたいだ。請求書を凝視しながら固まっている人や、頭を抱えて蹲っている人が嫌でも目に入ってくる。同士よ、気持ちは痛いほどわかる。山で遭難して民間のヘリに救助して貰ってホッとしたのも束の間、その後に高額の請求書が届いて絶望したような心持ちだろう。
しかも今回の場合、因果応報って訳じゃない。寝耳に水の襲撃だ。事前に警告があって避難を怠ったのならまだしも、何の落ち度もなく殺されかけた上に多額の借金を背負うなんて不幸過ぎる。俺の場合は自分で招いた結果だったから、誰にも文句言えないんだけどね……
そんな自虐に頬を濡らしながら、普段なら乗合馬車で移動する道を一時間以上かけて歩き、ベリアルザ武器商会に辿り着いた俺を待っていたのは――――
「え!? モンスターに襲われていたんですか!?」
避難どころか事情すらわかっていなかった様子のルウェリアさんと、客が来ないからとカウンターの奥で居眠りしていた御主人の腹立つ寝顔だった。
そりゃさ、震度5強で大騒ぎしてる都市の隣が震度3でのほほんとしてるとか、よくある話だけど……それにしても腹立つ寝顔だ。カレー味のハヤシライスくらい腹立つ。お前何の為に存在してんだよと。
「まだ調査が進められてる訳じゃないけど、多分聖噴水に異常があったんだと思います。今は一応大丈夫だと思うけど、念の為に御主人と頑丈な建物に避難しておいて下さい」
「でも、ここは……」
「大事な場所だからこそ、無人にして少しでもモンスターに目を付けられる可能性を低くするんです」
「わ、わかりました。お父さん起きて下さい! 緊急事態宣言です! ここを出て役場に行きましょう!」
「んあ……?」
寝ぼけ眼のままの御主人を無理矢理引きずるようにして、ルウェリアさんは武器屋を後にした。火事場泥棒に遭わないようにと戸締まりはしっかりして。その必要はない気がするけど。
取り敢えず、警備員としてやれる事はやった。さっきルウェリアさんにも言ったけど、人がいるとモンスターに狙われる確率が上がってしまう。対抗手段がない以上、ここにいてもデメリットしかないし離れよう。まあ、もう大丈夫だとは思うけどね。
次は……そうだな、冒険者ギルドに行ってコレットと合流するか。また一時間以上歩くのはキツいけど、この騒ぎじゃ今日中に乗合馬車が動く事はなさそうだし、1490万円の借金を背負った身としては無駄遣いは一切出来ない。一段落ついたら今後の事も考えないとな……あぁ……気が滅入る……
その後――――
「じゃあ、マギの反応はあったんだな」
「ええ。おかげで原因は全くわからなくなったわ。突然効果が復活したのも謎だし。不可解極まりないわね」
モンスターの肉片を踏んでしまってうえぇ……ってなる等の小さなトラブルはあったものの、無事冒険者ギルドに到着。既に意味はなくなっていたけど、拾ってクン六号を使って聖噴水のマギを調べたティシエラから報告を受け、取り敢えず一息つく事となった。
「貴方はあれから直ぐに離れたのよね? その前に何か変化の予兆は?」
「いや、なかったと思う」
嘘は言っていない。変化の予兆なんて全くなかったしな。
でも、流石に本当の事は言えない。『俺は聖噴水の機能を自由にON/OFFできるんだぜ』なんて言えば、その場で危険人物認定されて即刻拘束されるのは目に見えてるからな……
にしても、こうなると余計にこの調整スキルは使い辛くなってくるな。人間や武器の調整から、聖噴水の調整を連想する人はまずいないとは思うけど、そのリスクは極力抑えたい。既に知人数人に知られているとはいえ、これ以上は広めない方が無難だ。
今後、これを仕事に活用するのはちょっと難しいかもしれない。別の道を模索した方が良さそうだ。別に夢とかでもないし、諦める事自体には何の落胆もない。でも今の仕事だけじゃ到底あの借金は返せないからな……どうしよう。
ここはやっぱり、パン屋になって一攫千金を狙うしかないか? 生前の知識を活かしてパンビュッフェの店を開店するとか、この世界には多分ないキャラクターを模したパンを焼くとか……
でもなあ。生前もこれが理由で断念したんだけど、仕事にしちゃうと今ほどパンを愛せなくなるリスクがあるんだよな……試作の段階で嫌になるくらい食べなきゃいけないだろうし。
パン屋を営んでいる人達は、仕事にしてからもずっとパンを愛し続けられているんだろうか。だとしたらこの世で最も尊敬すべき人達だよ。全員に国民栄誉賞を贈りたいくらいの気持ちだ。
「そう……仕方ないわね。原因については今後検討するとして、まずは目の前にある問題を解決しましょう」
溜息混じりにティシエラはギルドの外壁に背中を預け、腕組みしながら遥か上空へ視線を向けた。
あのプテラノドン擬きにどれほどの知恵があるのかはわからないけど、街に入れないとは悟っているだろう。でも、上空ではこちらの様子を窺うかのように、まだ十数体の巨躯が飛び交っている。
ボスらしき個体は確認出来ない。ボス自体がいないのか、それとも……
リーダー格は最初から空の上にはいなかったのか。
ティシエラも間違いなく気が付いている。でも、口に出すとウンザリした心持ちになるから、敢えて話題には出していないんだろう。
今回の一件、仮に何者かが聖噴水を無効化させたのだとしたら――――その犯人は街中にいる。
そいつが人間なのは間違いないだろう。モンスターはそもそも入れないからな。だとしたら、この街の住民の誰かが魔王軍から依頼されて聖噴水を無効化した、若しくは何らかの目的があってこの街がモンスターの襲撃に遭うよう仕向けた、このどっちかだ。いずれにしても――――
『今この街に"裏切り者"が潜んでる』
『その裏切り者は、街の平和を脅かす厄介な存在だ』
怪盗メアロの警告は、これで信憑性が高まった訳だ。
誰かが街を裏切っている。魔物達と癒着している人間がいる。そう考えるのが妥当だろう。
「このまま、あの連中に真上を飛ばれていたら、住民の不安は解消されないわ。緊張したまま一夜を過ごさなければいけなくなる」
「こんな事態になっても、この国の軍隊は動かないの?」
「そうでしょうね」
幾らなんでも異常だ。恐らく王城には別の聖噴水が湧いてて、そっちは異常がなかったんだろうけど……自分達が無事なら国民はどうなっても良いってスタンスなのか? だとしたら最低最悪の国家じゃないか。これだけの騒動が城下町で起こっているのに何もしないのなら、クーデターが起こっても不思議じゃないぞ。
それとも――――
「邪推は止めなさい。貴方にとっても、私達にとっても、何の得にもならないわ」
……こっちの考える事はお見通しか。
俺はこの国、この街について詳しくは知らない。両者の関係も。だから、ティシエラの助言は正しい。知らない事をアレコレ推測で語ったところで、無駄な火種を増やすだけだ。ネットで見た。
となると、目の前の問題はあの上空のモンスターをどうするか、だな。
「あの距離まで打ち上げられる魔法ってないの? それ撃って追い払うとか」
「ない事はないけど、最上級魔法クラスじゃないと無理ね。使い手は私を含めごく僅か。その全員が魔法力を消費している今は……」
使用不可、か。なら選択肢は一つしかないな。
「要は、あのモンスター達に街の上を飛んでいると危険だって思わせれば良いんだよな?」
「そうね。でもそれが出来れば……」
「出来る奴に一人、心当たりがある。連れて来るよ」
珍しく、ティシエラがキョトンとした顔になった……ように見えた。一応、表情がないって訳じゃないらしい。稀にだけど笑顔も見せるし、単に表情筋にキレがないだけなんだろう。
「連れて来た」
「……コレット?」
はい。試技の前にモンスター急襲事件が勃発した為、投擲は出来ずついさっきまで近隣の民間人を避難させていたコレットさんです。尚、能力値はパワー重視の投擲モードだったから、機敏な動きは出来なかった模様。それでも避難誘導中に近付いて来た一体を愛用の剣で真っ二つにしたらしいから、レベル78の面目は保ったそうな。幸い、あんな巨大な敵が相手だと技術の拙さも目立たなかったみたいだ。
「な、何? ちょっと休憩させてよー。私、今ちょっと疲れてるし、凹んでもいるんだけど……」
「このままだと大会は打ち切りか、せいぜい投げ終えた奴等だけで順位が決まる。どっちにしろ試技が出来なかったコレットは記録なしで終わる上に、大会そのものがモンスター襲撃のインパクトでかき消されて印象薄いものになってしまう可能性大。まあ、凹むよな」
「余計凹むから説明口調止めてー!」
今まで一生懸命練習してきた事が無駄になり、フレンデリア嬢をはじめとしたシレクス家にとっても不本意な結果となり、御主人やルウェリアさんの期待にも応えられない。このままだとコレットにとっても、ベリアルザ武器商会にとっても最悪の結末になる。
でも俺は、この件に関しては割と楽観視していた。確かに大会での優勝はなくなったけど、コレットには見せ場が残されていたからだ。それも――――
「その怒りを、あの空の上で優雅に舞ってるモンスター連中にぶつけてやれ。天翔黒閃の鉄球で」
オセロのように、最後の一手で現状を全部ひっくり返せる、最高の見せ場。記録じゃなく大勢の記憶に残す、そんな投擲が彼女になら出来る。
「あの高度まで鉄球を投げると言うの? 無謀よ。とても届く高さじゃないわ。届かないだけならまだしも、落下した鉄球で事故が起きたらどうするの?」
「ちゃんと街の外に飛ぶよう角度を付けるさ」
「街の外って……正気?」
ティシエラが訝しがるのは当然だ。冒険者ギルドは街の出入り口に近い場所にあるから、ここから1kmほど投げれば外まで飛ばせる。でもそれは、あくまでここから街の外まで投げるのを目的とした場合だ。実際には、遥か上空を飛ぶモンスター目掛けて投げ、尚且つその鉄球を安全な街の外に落下させる必要がある。かなり角度を付けないといけないから、必然的に距離は伸ばし難い。
その上、出来ればモンスターに直撃させるのが望ましい。しかも当たった鉄球やモンスターが真下に落ちて来ないくらいの威力が必要だ。
この厳しい条件を瞬時に理解したからこそ、ティシエラは呆れている。そして、だからこそ――――
「出来るよな? コレット」
「……練習通りに投げられれば、多分」
この一投は切り札になり得る。コレットもそう理解したみたいだ。
逃げ癖のある人間は、一つの行動で複数のメリットがあるお得感ってやつに弱い。何故なら俺がそうだから。案の定、乗ってきてくれて良かった。
「コレット、本当に出来るの? 絶対に追い払わないといけないって状況ではないから、自信がそれほどないのなら……」
「ううん、出来るよ。トモがそう思ってくれてるから」
……その返事は想定してなかった。
いや、こっちはベルドラックの記録を破れるかどうかさえ半信半疑だったの覚えていらっしゃらない?
コレットが自分で『コツが掴めた』とか自信ありげに言ってたから、それを信じて言ったまでで……
「ね?」
や、止めろ! 素人DTをダメにする可愛い目で俺を見るな! そんな目で見られると俺は……俺は……
「あ、ああ。勿論」
……あーあ。これで失敗した時は共犯か。
でもま、気分は悪くない。寧ろ良い。
初めてかもしれない。実感したのは。
そうか、これが信頼関係ってやつなのか。他者との繋がりを感じるなんて、一体いつ以来だろう。
……あれ? 初めてじゃないの? 初めてだよな?
なんで俺、過去に経験したのを前提に……
「そう。だったら任せるわ」
困惑していた俺を更なる困惑が襲う!
猜疑心を向けていた割に、ティシエラは実にあっさり掌を返した。もしかしてチョロインの素養があるんだろうか。
「そんな簡単に納得しても良いのか?」
「人のいない方向に投げれば、失敗時の被害は最小限で済むでしょう? それに……少し興味があるわ」
『何に?』と野暮な事は聞かない。俺だって同じ気持ちだ。
逃げ場のないコレットが、どれだけの力を発揮出来るのか。レベル78の肩書きとは関係ない。コレットという人間の本気を一度、見てみたい。
「それじゃ、準備してくるね」
そう告げてバックベアード様を取りに行くコレットの丸まっていない背中を見送りながら、俺は確信していた。
そして、その確信は20分後――――現実のものとなった。
猛烈な勢いで回転し、全身の力と遠心力を全て込めて放たれた黒い鉄球は、上空を危機感なく飛んでいたプテラノドン擬きの一体に直撃。
俺が奴等の仲間に襲われた時の急降下より遥かに疾く、そして強烈な一撃を受けたそのモンスターは、原型を留めないほど粉々になって消し飛び、それでも鉄球は殆ど勢いを失わないまま、空の彼方へと消えていった。
この世界においては奇特とも言える予備動作からの、常軌を逸した投擲。コレットが奇行に走ったと失笑すら漏らしていた周囲の冒険者達は、その余りに規格外の一投に、暫く目を見開き口を開けたままボーッと空を眺めるしかなかった。
それはモンスターも同じ。仲間が一瞬で完全破壊されたにも拘わらず、状況が呑み込めなかったのか、暫く平然と空を飛び続けていたものの、数秒後に小便を漏らしながら逃げ去った。セミかよ。
のちに判明した事だけど、その飛距離は非公式ながらベルドラックの記録を大幅に上回っていたらしい。
「ふぅー……」
そして、一世一代の試技を終えたコレットの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。あらゆるプレッシャーを撥ね除けた彼女のその姿は、確かな成長を感じさせるもので、暫く唖然としていた冒険者達も、次第に堰を切ったように万雷の拍手を浴びせていた。
彼女になら、ギルドの未来を任せられる。きっと誰もがそう感じただろう。
それは事実上、ギルマス選挙の結果を決定付ける瞬間だった。
そんな喜ばしい光景を、俺は複雑な気持ちで眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます