第064話 生き直す
魔王討伐促進キャンペーンの一環として行われた『魔王に届け』は、残念ながら成功とは言えない結果に終わった。一応、モンスター襲来で強制終了となるまでの各人の記録は生かされる事になり、それらを最終結果として順位は付けられたものの、1位となったベルドラックは表彰式にすら現れず、旅に出たという。その行動は本来仲間である筈の冒険者達からも疑問を呈され、一層白眼視されるようになった。
対照的に、試技を行えなかったにも拘わらず、ギルドの周囲にいた面々の度肝を抜く投擲でプテラノドン擬きを追い払ったコレットの株は急上昇。相変わらず人見知りはしているみたいだけど、彼女にとって冒険者ギルドは以前より居心地の良い雰囲気になったようで、一人ポツンとテーブルに突っ伏すぼっち状態は改善されたみたいだ。
コレットの投擲がもたらしたのは、彼女自身の評価向上に留まらない。
優勝という結果こそ残らなかったけど、あの巨大なモンスターを一瞬で粉々にしたバックベアード様には大きな注目が集まり、モーニングスター系最強の武器との評価を獲得。パワー重視の冒険者が店を訪れ、結構売れた。元々、風評被害に近い形で『呪われた武器屋』との悪評があっただけで、品揃えはともかく店そのものは健全だし、ルウェリアさんという美少女が看板娘なんだから、誤解さえ解ければ流れも変わる。いきなり人気店に変貌するほどチョロくはないけど、日々安定した客入りが望めるようになった。ただしルウェリアさんが寝込んだ日は相変わらずみたいだけど……
『魔王に届け』を主催したシレクス家は、モンスター襲撃の被害者に対し十分な額の支援を行ったそうだ。発案者はフレンデリア嬢。『市民達にシレクス家が生まれ変わったとアピールする絶好のチャンス』と説得したところ、両親は二つ返事でOKしたそうな。実際、つい最近まで毛虫のように嫌われていたらしきシレクス家の評判は、その支援によって一気に改善された。恐らくこの家の両親、根っからの悪人と言うより娘に極甘だっただけだろう。その結果、転生が行われる以前の令嬢は傍若無人になり、両親はそれを放置していた……そんな感じだと思う。
大会で3位入賞を果たした酒場のマスターは、酒場を店員に任せて冒険者になる事を決意。アインシュレイル城下町きってのパワーファイターとなり、魔王討伐にも意欲的に挑んでいる。現在の得物はバックベアード様だ。
まだ面識のない職人ギルドを除く五大ギルドの面々は相変わらずだ。ティシエラは現在もフレンデリア嬢やマスターのように突然変異した連中について調べている。あと、聖噴水についても調査しているようだけど、幸いにも今のところ真相には辿り着いていない。
そして、俺はというと――――
「短い間でしたけど、お世話になりました」
ベリアルザ武器商会での警備職を辞める事になった。
1490万円の借金を返すには、ここで働いていても打つ手がない。地獄は見たくないし、取り敢えず期日までは足掻く必要がある。苦渋の決断だったけど、こればっかりは仕方がない。
「残念だが、事情が事情だからな……ヒーラーギルドに捕まっちまうなんて、ホントついてねぇな」
まるで死んだ方がマシだったな、と言わんばかりの御主人の同情の目に冷や汗が滲む。この世界のヒーラーどうなってんだよ。完全に闇金融扱いじゃねーか。
「ドボざん……どうがぼ元気で……」
別に今生の別れって訳でもないのに、ルウェリアさんは号泣していた。尚、大会以降急速に仲が深まったとかは特にない。勘違いしそうだから自分に向かって繰り返しておく。大会以降急速に仲が深まったとかは特にない。
「ルウェリアさんこそ、身体にお気を付けて。くれぐれも無理はしないで下さいね」
「はい……」
「今後の警備はこのディノーがやってくれるから、心配は無用ですよ。俺より遥かに強いんで」
「任せて下さい。貴女の安全は俺が守ります」
警備員を辞めるにあたって、そのままって訳にもいかなかったから、後釜になりそうな人材を模索した結果、彼に落ち着いた。
何しろレベル60台の猛者。強過ぎて申し訳ない。金にも困ってないから、お給料は俺と同額で構わないそうだ。どんな世界にも人格者っているんだな。
「おいトモ、今更だけどよ……本当に大丈夫か? この白髪野郎、ルウェリアに色目使ったりしねーよな?」
「真面目な人だから大丈夫ですって。手が空いている中で彼以上の適任者はいないですよ」
ディノーは元々努力型の人間で、魔王討伐より自分を磨く事に命を賭けるタイプらしい。ギルマス選挙に出馬したのも、ギルマスになる事でより自分を高める事が出来るから、だそうな。
ただ、現在の努力の原動力は好きな女性に振り向いて貰う為……らしい。勿論、相手はルウェリアさんじゃない。っていうか俺も知らないし、メカクレ野郎すら知らないそうだ。そう言えばあのメカクレ野郎、そろそろ股間の腫れが引いて退院らしいな。ずっと寝てりゃいいのに。
「かなり長く片想いしてるみたいですから、ルウェリアさんにとっては安全な人ですよ」
「そうか……なら制裁用のレンタル拷問器具は返しておくか」
おい。どこで貸し出してるんだよそんなの。この街どうなんってんだ。
「で、これからどうするんだよ? 高レベルの冒険者ならまだしも、一般人が簡単に稼げる額じゃねーぞ?」
「ですよね……でも、ま、なんとかなりますよ。取り敢えず、出来る事から始めようと思います」
到底そうは思えないけど、快く送り出してくれた御主人にはこう答える以外にない。
生前、借金なんて一度もした事がなかった。住宅ローンの経験もない。危ない橋を渡る趣味はないから、金を返す必要のある状態なんて絶対嫌だった。案の定、この現状は凄く辛い。心が全く安まらない。
そんな心が荒んだ今の俺が、御主人やルウェリアさんと一緒にいるのは良くない。まして、ラヴィヴィオは借金の取り立てもしつこいらしいしな。何にしても、ここを離れるのは決定事項だった。
「トモ君。俺がここに勤めるのは、君が借金を完済して戻って来るまでだ。君なら出来る。笑顔でまた会おう」
「わかった。最善を尽くすよ」
固い握手をディノーと交わす。なんかあの大会以降、妙に仲良くなってしまった。選挙ではコレットの敵だけど、俺にとっては最早友達みたいな関係だ。
男友達か……随分久々に出来たな。女友達はコレットが初めてだけど、男友達は一応いたんだよな、高校までは。なんか懐かしい感覚だ。
「それじゃ、元気で」
「絶対戻って来て下さいね! 私、待ってます!」
男二人が苦笑する傍で、ルウェリアさんは涙目のまま思いっきり手を振っていた。特に仲が進展した訳でもないのに。感極まりやすい人なんだよな。
さて、これからどうしよっかな……
「だから、私が宝石を取ってきてあげるって言ってるのに。運に偏ってた頃のステータスに戻してくれれば、150000Gなんてすぐ溜まるよ」
武器屋から歩いて3分の所に、コレットがジト目で仁王立ちしていた。
確かに、その提案は今日までに何度も何度も受けてきた。そしてその度に突っぱねてきた。
そして今日も、同じ言葉を返す。
「コレット。もう誰かに貢いだりお金で安心を買ったりするのは止めた方が良い。これからギルマスになるっていうんなら尚更だ」
「だ、だからそういうんじゃないんだってば!」
「万が一他人に知られたら、100人中100人がそう思うよ。新ギルマスは男に金を貢ぐ危なっかしい女だって」
貢ぐ行為自体は、本人が幸せならそれも良い。誰かに否定される筋合いはない。でもギルマスみたいな人の上に立つ役職は、特定の人間に入れ込んでいると思わせてはいけない。そういう事を平気でするとも思わせちゃいけない。
「……だったら、どうやって借金返すつもり? 調整スキルだって大っぴらには使えないのに」
「これからじっくり作戦を練るんだよ。一考だ。落ち着いて一考。まだあわてるような時間じゃない」
「慌てないと地獄行きだよ」
「ミギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
地獄って言葉がトラウマになりつつあるレベルで辛いです……
「ま、まあ何にしても、ヒーラー相手に借金抱えた人間が陣営にいるのは選挙に悪影響だろうし、選挙終わるまで会わない方が良いかもな」
「え……?」
特におかしな事を言ったつもりはなかったんだけど――――何故かコレットが豹変した。
「なんでそんな事言うの……? 私を捨てるの……?」
「重いタイプの恋人か! どっちみち事実に反するけどせめて見捨てるって言って!」
「見捨てるも捨てるも一緒だよ? 見捨てるって事は捨てるって事だよ? ねぇ、私を捨てるの? あの鳥のモンスター追い払った投擲の直前の事覚えてる? 通じ合ってたよね私達。友情感じたよね? そんな私をゴミみたいに捨てるの?」
なんかピキピキ音が聞こえるんだけど……これ何の音?
ヤンデレ化したコレットってもう見慣れたと思ってたけど、全然だったな。普通に怖い。何その目、マキマさん?
「いいから、コレットは自分の事だけ考えてろって。大事な時期だろ? 冒険者を辞める覚悟でギルマスになるって決めたんだろ?」
本当は、あんまり言いたくなかった。本音はいつだって恥ずかしい。もし剥き出しの自分に自信がある人間がいるのなら、俺はそいつを心から軽蔑したい。
「俺さ、コレットがそう決めた時、感動したっていうか……尊敬したんだよ。こいつスゲーなって。俺には出来ない決断だって。だから、邪魔したくないんだよ。わかって貰えないか?」
そう。俺には出来ないんだ。生まれながらに一般市民、この世界でも終盤の街でレベル18というショボい身の上にいる以上、偉い立場になんてなれないだろうし、コレットと同じ悩みを抱く機会すらない。住む世界は同じでも、いる場所は違う。人の上に立つ人間とそうでない人間との間には、確かな断裂があるんだ。
今まではなあなあだったけど、借金を背負った事であらためて思い知らされた。俺とコレットは似ている部分もあるけど、やっぱり決定的に違う。
だから一緒にいたくないって訳じゃない。ただ、足を引っ張るのだけは絶対に嫌だ。対等や同格になれないからって、こっちに引きずり込むような真似だけは死んでもしたくない。
14年も虚無の時間を過ごしていても、死んで他者の身体を譲って貰ったような立場になっても尚、俺にはまだプライドが残っている。薄っぺらい、安いプライドだ。それでも俺は――――
「友達に『こんな奴と仲良くするんじゃなかった』なんて、思われたくないじゃん」
最後の牙城だけは守りたい。
だから誰とも会えなかった。小中高時代の友達と顔を合わせられなかった。同窓会にも行けなかった。
恥を掻くのも怖い。けどそれ以上に、後悔されるのがもっと怖い。思い出まで汚してしまうから。最後に縋るものまで失くしてしまう。
「……バカ」
コツンと、足を蹴られた。痛い。蹴られた場所が。心とかじゃなく。
「そんな事、絶対思わないのに」
それは嘘だよ、コレット。確定した未来が観測出来ないように、確定した感情もまた観測出来ない。
だから、人間は80年も生きられるんだ。
「本当にバカ! バカバカバカ! バーーーーカ! もう知らない!」
最後に幼稚な罵詈雑言を浴びせて、コレットは俺から離れていった。多分宿に戻るんだろう。
俺は――――もうそこには泊まっていない。もっと格安の所に移った。おかげで生活水準は大暴落だ。
ま、仕方ない。
色々と散々だし、人間関係も拗れたりしてるけど、あの時ユマを助けた事に悔いはないし、聖噴水を見に行った事も我ながらファインプレーだと思ってる。
だから大丈夫だ。人間、後悔に縛られなきゃどうにでもなる。
どうせ、出来ない事は出来ないんだ。出来る事の中から、あと約150日の間に1490万円を返す方法を模索しよう。1日10万、つまり年収3650万円を稼げる仕事を見つければ良い。シンプルだ。
年収3650万の仕事って何だ……? パン屋じゃ到底無理だ。やっぱり伝説級の宝石を探しに行くしかないか? でもあれはレベル78でしかも運極振り状態のコレットだから出来る事であって、俺には無理だ。というかフィールドに出た途端に殺されかねない。それから逃れる為に警備員になったんだし。
一体どうすれば……
「どうしたんだい? 途方に暮れて」
ザクザク……? と、その一行。相変わらずハーレムパーティだな。
女性陣はザクザクがやけに気さくに話しかける俺の事を訝しそうに見ている。そりゃそうだ、面識ほぼないもんな。
「……いや、先日のモンスター襲来の日にドジ踏んで、ヒーラーに借金背負うハメになってさ」
「ヒーラーの世話になったのか!? バカな……! 早まった真似を……!」
いや自分の意思じゃないんだけどね。
「そうか。だったら短期の間に纏まった金額が必要なんじゃないのかい?」
力の抜けた首をカクンとさせる。もう強がる気力も残ってない。主にコレットが悪い。女子とケンカなんて始めてだった。なんか……興奮するよね。おかげでバテちゃったよ。
「なら、僕のパーティに入らないか?」
……え?
「な……!」
「ちょっとザック!! 何言ってるの!?」
「話が見えません……」
取り巻き、もといパーティメンバーの女性陣が総じて目を丸くしている。そりゃそうだ。俺だって同じ気持ちだ。急に何言い出すんだよこいつ。
「僕のパーティなら、この周辺のモンスターでも苦もなく倒せる。ダンジョンに潜れば、質の良い宝石が見つかるかもしれない。報酬は山分けが原則だけど、君が見つけた物は君が受け取って構わない」
破格の条件、としか言いようがない。っていうか、何のメリットがあって言ってるんだ。俺はレベル18だぞ? 正確なレベルは兎も角、俺が弱いのなんてとっくに気付いてるだろうに。
「君と僕では絶対的な力の差がある。それでも君は、僕を一度も恐れていない。僕が錯乱して君に魔法を放った時でさえ。その心の強さの正体を、僕はどうしても知りたい」
いや……メンタルの強さで言うなら俺は最弱の部類だと思うぞ。単に死への恐怖が麻痺しちゃってるからビビらないってだけで。過大評価にも程がある。
とはいえ、ありがたい申し出なのは純然たる事実。この機会を逃せば、次はないかもしれない。
「……いいのか? 大した恩恵はないと思うけど」
「それは僕が決める事さ」
半ば困惑している俺に、ザクザクは爽やかな笑みを返した。対照的に、女性陣は全面拒否の構え。『何本気にしちゃってんの? 空気って読める?』『私達どう見たってハーレムパーティでしょ? わかるよね?』『男は一人で十分なんですけど』ってツラだ。
前途多難。先行き不安。でも今は耐えるしかない。
生前、ずっと逃げてきた色んな事。そのツケを払う時が来た。
「えっと……お世話になります。トモです。実力はありませんが、少しでもパーティに貢献出来るよう頑張ります」
それが――――生き直すって事だ。なら受け入れよう。そう決めたんだから。
こうして、俺の第二の人生は新たな局面を迎える事となった。
夕日が赤い。
「赤字を連想してしまうね」
おいやめろ。
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そんな訳で第一部完! ここまでお読み頂きありがとうございました。
第二部『信じて加入したパーティがドロドロの四角関係で、巻き込まれた俺は口封じのため殺されかけ、無能と罵られた上に追放されてしまったので、新天地でたくさんの出会いに恵まれて最強部隊を結成。前パーティは勝手に自滅して流血沙汰になった挙げ句全員が絶望のどん底に叩き落とされたみたいで、俺に復帰要請をしてきたから「ざまぁ」しようかな、どうしようかなって悩んでいたんだけど、別に復讐したかった訳じゃないから「ざまぁ」はよしてほのぼのスローライフを満喫しようと決意したら知らない間に「ざまぁ」が執行されたみたいです。ざまぁ』に続きます!
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