第二部01:債権と再建の章

第065話 一日が始まる

 この世界に電気シェーバーなんて気の利いた物はない。けれどこの世界のカミソリは妙にカッコ良い。折りたたみ式のナイフっぽい形状なんだけど、刃の部分に唐草模様と酷似した中二心を擽る意匠が入っていたり、真っ赤で波状の刃だったり、やたら芸術的な物が多い。

 そして、それらを駆使して安全かつスピーディーに髭を剃ってくれる人物がこの街には存在している。


 彼の名は髭剃王グリフォナル。

 極太の眉と鋭い三白眼、スポーツ刈りのような丸刈りのような微妙な髪型が特徴的な中年男性。理髪師ではなく髭剃王ってところがポイントだ。


 髭剃王グリフォナルは髪のカットは行っていない。髭を剃る事だけに専念している究極のスペシャリスト。だから髭剃王なんだ。


 彼が凄いのは、単に技術が優れているだけじゃない。なんと魔法剣を用いて髭を剃ってくれる。


 当然、カミソリに炎や雷を付与する訳じゃない。毛根を死滅させる光や、逆に毛根を活性化させる有効成分を付与して、客のリクエストに最大限応える髭剃りを行っている。


 その魔法かスキルかよくわからないけど凄い能力を頭皮に用いれば、彼はたちまち世界を股にかける救世主となるだろう。けれど、髭剃王グリフォナルは決して客の頭部に触れる事はない。


 何故なら髭剃王だからだ。他の理由など不要。髭剃王が発毛を施すなど、リア王がリア充になるくらい不毛な事だ。


「……終わりだ」


 彼は寡黙に、殆ど言葉を発しないまま作業を済ませ、最後に1Gだけ請求する。それが、この『終盤の街』ことアインシュレイル城下町のあらゆる住民の髭を整えている男の矜恃だ。


 ぶっちゃけ、永久脱毛を頼めばしてくれるし、それも格安だし、彼の元に足繁く通う必要はない。でも俺は三日に一回、この髭剃王グリフォナルの店を訪れる。店名どころか看板すら置いていないこの店で過ごす僅かな時間が恋しくて堪らなくなるからだ。


 会計を済ませ店を出ると、俺と同じ気持ちの客人とすれ違った。ここで髭を剃れば、女子高生とは出会えなくても同志と出会える。それも楽しみの一つだ。


 お互い目も合わせないが、一言だけ交わす。


「髭いいよね」


「いい……」


 プロ同士多く語らない。髭の一言で全てが通じる……



 そんなダンディズムを引っさげ、俺はこれから死地へを赴く。気を引き締めなければ一瞬で精神を蝕まれてしまう、地獄のような場所だ。勿論逃げ場はない。今はそこが俺の職場。明日を生きる為に今日を犠牲にする――――そんな一日が始まる。 





「何? また来たの? 何で来んの? もうそろそろ空気読んで良い頃じゃない? アンタさあ、弱いしムカつくし邪魔だし要らないんだよねー。ねぇ、消えてよ。今ここで消えたら見直してあげるからさ」


 待ち合わせ場所のコンプライアンスの酒場で、腕を組みながら俺を罵ってきた彼女はメイメイ。気の強そうな顔と大きめのポニーテールが特徴の武道家だ。正式な職業名はモンクだったっけ。


 武器を扱わず、己の拳だけでモンスターと戦う職業だけど、彼女の場合はスキル【鉱石化】によって、握った鉱石と拳を同等の硬度にする事が出来るから、破壊力という点ではパーティ内でもNo.1。しかもスキル【鉱石砲】で、鉱石の自壊と引き替えに強力なレーザーを放てる為、コストはかかるが遠距離攻撃まで可能だ。


 レベルは48。強者しかいないこの街では標準的だけど、レベル18の俺よりは圧倒的に強い。


「ホントそれ。役に立たないだけでも鬱陶しいのに、いるだけでパーティの平均レベルが6以上下がってるんだけど? その所為で受けられないクエストとかあったらどう責任取るワケ? 取れないでしょ? お金も地位も名声も何もないのに」


 頬杖をついて心底鬱陶しそうな目を向けている彼女はミッチャ。目が大きく、顔の作りは童顔の部類に入るし、ツインテールが更に容姿を幼く見せているけど、俺に見せる表情はいつでも汚物を見るかのよう。あどけなさは微塵もない。


 彼女の職業はテイマースピリッツ。精霊や妖怪を操り、戦闘だけでなく索敵や搬送などの補助行動を一手に担う縁の下の力持ちだ。彼女のスキル【魅了】は、通常のテイマーでは扱えない強力な精霊達を使役出来る上に、【混声】によって複数種の精霊や妖怪を同時に召喚することも出来る。


 レベルは47。メイメイに遅れを取っている事を非常に気にしている。


「二人とも……そんな事を言ってはダメ……です。彼はザックが連れてきた仲間……なんですから。彼を貶すのはザックを貶すのも同じ……だと思います」


 三つ編みを弄りながら、穏やかに微笑むあの女性はチッチ。攻撃的な他の二人とは対照的に気弱な性格で、ややタレ目で大人しそうな顔立ちが余計にそれを際立たせている。


 彼女はヒーラー。かつてはヒーラーギルドに所属していたらしいが、現在は抜けてこのパーティ専属のヒーラーとして働いている。


 回復魔法を一通り使えるのはもちろん、心臓停止からの制限時間内という条件付きだけど蘇生魔法も使用可能。更に、回復魔法の効果を一定範囲にいる人間全員にノーコストでもたらす超便利なスキル【クラスター】を持っている。

 レベルは45とパーティ内では一番低いけど、貢献度ではトップを争うほどの存在だ。


 そして、そんな三人には共通点がある。


 パーティ内に同じ好きな男がいる事。


 それは勿論、俺じゃなく――――


「悪い。少し遅れた」


 レベル60の冒険者で、ルーンフェンサーの職に就くアイザック。俺をこのパーティに招き入れた張本人であり、このパーティの要だ。心の中でザクザクと呼んで久しい。


「ザックおーそーいー! 私達と一緒にいるのがそんなに嫌なのー?」


 猫なで声。


「そんなワケないじゃん。ねー?」


 媚びた笑顔。


「あんまり遅いと不安になります……」


 あざとい赤面。


 そう。彼女達は全員、ザクザクを異性として意識している。というか今すぐにでも恋人になって結婚して子供産んで自分と彼の名前を混ぜて名付けたいと願っている。そして、他の女性陣の気持ちにも当然気付いている。


 つまり……俺が加入する以前は典型的なハーレムパーティだった訳だ。


 彼女達は他の女性を出し抜こうと画策しているけど、それを露骨に行えばザクザクに嫌われるのもわかっている。パーティ内の揉め事は絶対に嫌だと日頃から豪語しているらしい。


 だから彼女達三人の会話は基本、ザクザクの機嫌を損なわない為の茶番だ。


 とはいえ、他の女がザクザクと仲良くしていたら面白くないし、会話が弾むだけでも苛つく。ましてラッキースケベなんてかましてる現場を目撃しようものなら発狂モノ。ザクザクが自分に優しくしてくれた時には溜飲が下がるけど、それ以上に他の二人とイチャイチャしている場面に出くわした際のストレスが凄まじく、三人の心の中は常にドス黒い感情で支配されているように見える。


「それじゃ、今日は宝石の採取に行こう」


「えー……また? 最近そればっかじゃん」


 ザクザクが受注したクエストは、赤と青の斑模様が美しい『ブリイムマーブル』を発見するというもの。

 難易度は結構高い。

 街から15kmほど北西の方に場所にある『灼の洞窟』の最下層に灯った炎と、20kmほど南西の方にある『凍てつく塔』の最上階にある巨大氷柱を同時に消す事で、その両ダンジョンの丁度中間地点に降って来るらしい。


 どちらのダンジョンも、フィールド上より強いモンスターがウロウロしているとの事。

 俺が同行しても足手まといにしかならないだろう。


「なら役割分担は簡単ね。わたしとザックが凍てつく塔を担当、メイメイとチッチが灼の洞窟を担当。ブリイムマーブルの回収係がトモ。幾ら弱くても宝石拾うくらいは出来るでしょ?」


 いや、フィールドで待機する時点で危険いっぱいなんですが。


「ちょっとミッチャ! 何勝手に話進めてんの!? なんでアンタとザックの同行が決定事項なのよ!」


「そんなの決まってるじゃない。わたしはテイマーよ? フェニックスを召喚すれば最上階なんてあっという間。距離も遠いから、ケルピーを召喚して高速で移動出来る私が行くのが妥当でしょ?」


「だったらパートナーがザックの必要ないじゃない!」


「あるから言ってんのよ。召喚は膨大な魔法力を消費するんだから、私は戦闘要員にはなれないの。この中で一番強くて一番信用出来るザックこそが、私のガード役に相応しいでしょ? ね、ザック」


「ぐっ……!」


 ミッチャとメイメイが顔のくっつきそうな距離で言い合っているけど、ザクザクは特にお咎めなしって顔。ケンカじゃなく作戦会議での意見の出し合いって判断なんだろう。


 っていうか……


「あの、ちょっと良いかな」


「何よトモ! 今アンタの話聞いてる暇は……」


「いや、凍てつく塔にフェニックスはマズいんじゃないかって思うんだけど。最上階に着いた時点で氷柱溶けそうだし」


「……あ」


 俺の極当たり前の指摘に、ミッチャの顔色が露骨に変わる。同時に、さっきまで歯軋りしていたメイメイの顔がいやらしく歪んだ。


「はい残念でしたー! 普段から精霊にばっか頼ってるから頭の中がスカスカになんのよ! アンタは大人しくチッチと灼の洞窟に行ってなさい! ザックと行くのは、同じくらい体力のある私。移動時間が重要なんだから、ちゃんと正確に予想出来るコンビじゃないとね?」


「ギィ……!」


 再び隙間ほぼゼロの距離での言い合い。っていうかもうキスしちゃえよ。


「あの……」


「何よチッチ! わたしの合理的な案に不満があるって言うの!?」


「そうじゃなくて……トモさんに回収係をさせても大丈夫なんですか……? 彼が拾った宝石は彼のモノってザックが断言してるのに……」


 確かにそういう約束だった。

 ミッチャとメイメイは至近距離で顔を見合わせたまま固まり、その後同時にザクザクの方を向く。


「ああ。そういう条件だったから、そうなるね」


「嘘……だったら、どっちかのダンジョンにこいつ……トモを連れて行かなきゃいけないの?」


「彼に宝石を独占されたくないのならね。その場合は僕がトモと行こう。彼を守りながら戦うのなら僕が適任だ」


 このパーティのリーダーで、他のメンバーに惚れられているザクザクの意見は絶対。ザクザクとの対立は、一対一ならまだ『雨降って地固まる』の布石になるかもしれないけど、ハーレムパーティにおいては他の女性陣への燃料にしかならない。


 これがハーレムパーティの中に入ってみて初めてわかった鉄則であり、致命的欠陥だ。


「それはダメよ! ザックは私達の中心なのよ!? 万が一、そいつを守って怪我とかしたらどうするのよ!」


「そーだよ! ザックは優しいから絶対庇うもん! その鈍臭い奴が絶対脚引っ張るに決まってるじゃん! チッチと組ませれば良くない!? 死んでも蘇生出来るし!」


「え……それはダメです……実質戦力になるのが私だけだと火力不足は否めません……」


 辛い。俺の押し付け合い超辛い。大学時代のスポーツ実習の班決め、多分裏ではこんな感じに思われてたんだろな……


 その後、女性陣三名はそれぞれ自分がザクザクと組むのを正当化すべく、様々な意見を述べていたが、明らかに結論ありきの為、殆どが破綻した内容だった。

 それを一々指摘してたら睨まれるだけだから、我関せずでこのとりとめのない会議を聞く事になった。正直しんどい。


 で、その結果――――


「……どうやら決まりそうにないね。また明日にしよっか」


 ザクザクの苦笑混じりの裁きによって、順延が決定した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る