第142話 相当な知謀家
「この娼館はワイらが抑えとる。勝手に入って来て一悶着起こした落とし前、付けさせて貰うで」
淡々とした口調の中に、ガイツハルスは明確な我欲を剥き出しにしていた。
勿論、落とし前なんてのは単なる口実に過ぎない。目の前にいる俺達を攻撃し、回復させ、金をせびる。それが奴の目的だ。
「ディノー! 奴等もモンスターなのか!?」
「いや……気配はするけどエアホルグほど濃くはない。奴か他のモンスターの移り香だと思う」
なら人間か。でも、だからといって手加減する余裕は――――
「もろたで」
……!?
いつの間に背後に……! こいつやっぱり迅過ぎる! 俺じゃ視認すら出来ない!
「痛いのは一瞬や。血はぎょうさん吹き出すやろうが、あんま気にせんといてな」
いや気にするに決まってるだろ! こいつ頸動脈切る気だ!
「トモ! 逃げて!」
無理だ。この状況をどうにか出来る力は俺にはない。役立たずにも程がある。こんなんで現場にしゃしゃり出たのが間違いだった。死にはしないだろうが、借金追加は確定的だ。
周辺のモンスターが強過ぎてレベル上げが出来ないし、多少強くなったところで月夜に提灯、焼け石に水だと早々に諦めてしまったのが悪かったのか。例え活躍できなくても、自分の身を守れるくらいの強さをどうにかして手に入れておけば――――
……血、出ないな。痛くもないし回復もされていない。あれだけのスピードを誇るガイツハルスが、いざ攻撃するとなるとこんなにトロいものなんだろうか……?
「なんやコレ……」
不意に、理不尽に打ち震えるようなガイツハルスの声が聞こえた。
「噴出はどうしたアァァッ!!!!」
うおっ、すげぇキレてる。つーか耳元で叫ぶなよ……やっぱこいつもまともじゃないな。ヒーラーにそんな概念はないらしい。
「トモから……離れろっ!!」
「!」
なんだかよくわからない膠着状態からいち早く抜け出したのはコレットだった。その剣撃がガイツハルスを捉える事はなかったけど、俺の傍から追い払うには十分な攻撃。今回コレットに助けられっぱなしだな俺。
「トモ。私も速度重視にして」
「あ、ああ」
今の俺が役に立てるとすれば、この調整スキルくらいか。ガイツハルスに対抗できる……いや、圧倒できるスピードにしてやる。
「敏捷を総パラメータの5割。残りを均等に分配」
これでコレットの敏捷値は4500以上になる。さっきのディノーを遥かに上回る電光石火だ。スナイパーの魔法も避けられる筈。
「頼んだ、コレット」
「任せて!」
そう叫んだ直後――――地面を蹴った微かな音を置き去りにして、コレットの姿が消えた。
「なッ……!」
あのガイツハルスが回避する間もない。次の瞬間には、コレットの体当たりに吹き飛ばされる姿がかろうじて目に入った。
「やああああああああああああ!!」
いやいや遅い遅い、コレットさんその掛け声もう全っ然遅い。剣道の残心みたくなっちゃってるから。
予想はしていたけど、あれだけの速度になるとコレット本人も全然制御できてないみたいだな。ディノーに倣って体当たりを選択したのは正解だった。ボン・ジョヴィが流れてきそうなあの掛け声はともかく。
「痛った……なんやその迅さ……前に戦った時と別人やないか……」
攻撃力を控えめに設定していたからか、致命打には至らなかったらしい。さっきのディノーの例もあるから、攻撃特化にはし辛かったんだよな……
にしても、俺はなんで無事だったんだ? さっきのガイツハルスの様子だと、俺の首を切ろうとしたのは間違いない。俺は無抵抗だったし、この場には防御力を強化してくれそうなソーサラーもいないし……
「ギルドマスター、なんで生きてるんですか? さっき首切られてませんでした? ああいう場合普通死にますよ?」
おい人妻、疑問は尤もだけどもう少しオブラートに包もうか。
「シデッスさん対策で首周りに何か細工していたとか?」
「いや、それが出来るならやっておきたいくらいだけど……」
生憎、首を保護するような特殊な何かを用意していた事実はない。その手の魔法や術式を事前にかけられていた伏線も思い浮かばない。マジ謎だ。全然わからん。
「トモ、さっきのは結界か何かだったのか? 一瞬、首と奴のナイフの間に障壁のような物が出現しているように見えたが……」
「結界……?」
結界っていうと……前に夢に出てきた事あったな。この身体の元の持ち主が、魔王の攻撃すらシャットアウトする結界を使ってたっけ。まさかアレが発動したとか?
でも俺にそんな力が眠っているんだったら、以前何者かに襲われてひっそり死にかけた時に発動してるよな。あの時は無反応で、今回だけ守ってくれたんだろうか? そんなランダム性の強い結界、ちょっと微妙だよな……
「俺の事は良いよ。それよりコレットが……」
「彼女なら心配なさそうだ。圧倒してるよ」
ディノーの言葉通り、立ち上がったガイツハルスは必死に抵抗を試みているけど、コレットの尋常じゃない速度にまるで対応できていない。というか、プライドを次々と削り取られているように見える。攻防の度に表情が曇って、今や諦めの境地に達している。なんか、人生の縮図を見せられているようでこっちまで滅入ってくるな……
どんなに努力しても、凡人は天才には勝てない。余りにもありふれ過ぎて、努力の逃げ口上にも度々使われる陳腐な言葉だけど、残念ながら真理だ。
「……」
気になるのは、明らかな劣勢にも拘わらず静観を続けているファッキウだ。何を考えてやがる……?
現状、この娼館がファッキウの所有物件って事実はない。ヒーラーの占領は例え借金の差し押さえでも、ガイツハルスが主張するような正当行為じゃない筈だ。娼婦護衛を任せられている俺達がヒーラーを鎮圧するのは、決して逸脱行為じゃない。
だから当然、娼館の中にいるであろうヒーラー達も倒して、娼館を解放しなくちゃいけないんだけど……仮にそれが成功したとして、ファッキウは果たして損をするんだろうか?
奴は娼館を早く継ぎたいと思っている。今回のヒーラーの占拠は、その為の支配行為だと当初は解釈していた。
でも真相は違った。となると、ファッキウの思惑にも疑問符が付く。奴が今すぐ娼館を我が物にしたいと思っているのは本当だろうけど、今回のヒーラー騒動がその為の行動とは限らない。
だとしたら、奴の狙いは――――
「何なんやお前! このワイに傷一つ付けさせんその動き……ホンマに人間か!?」
「失礼な事……言うなーーーーっ!」
コレットが放った下段からの斬撃が、ガイツハルスのナイフを上方に弾き飛ばす。
勝負あり――――普通ならそう判断するところだけど、相手はヒーラー。そう簡単に決着がつくとは思えない。
「あーっもうアカン! 勝たれへん! あんさん反則やわ。ワイのなけなしのプライド粉々やんけ」
そんな弱気な発言とは裏腹に、ガイツハルスは終始冷静だった。今のコレットに細かい動きは出来ないと悟ったらしく、複雑なステップで後方に跳んで距離を取る。
何より、その顔。普段はギョロ目なのに、今は細目でじっとコレットを観察している。諦観どころか、むしろ集中力が増しているようにさえ見える。
「ま、ええか。今日はこれぐらいにしといたるわ」
「……へ?」
「ほな、また」
刹那、ガイツハルスは自分の足下に何かを投げつける。直後に灰色の煙がもうもうと吹き出し、瞬く間に周囲を覆った。
まさかの煙玉! あいつマジ忍者じゃん!
っていうか、煙で視界塞がれて攻撃と回復のコンボ決められたらコレットでも対処できないんじゃ……
「気配が消えた。どうやら本当に逃げたみたいだ」
あ、そっか。ディノーの気配察知があるからそれも無理なんだな。こういうのを戦術的撤退って言うんだろう。奴は別にファッキウや娼館を守るような契約は交わしていないから、状況が不利なら逃げ出しても何ら問題ないもんな。
出来ればこの機会に倒しておきたい相手だったけど、深追いしても仕方ないか……
「四天王の内、二人を撃退したか。君のギルドも中々やるものだ」
これまで常に敵意を向けていたファッキウが突然、拍手しそうな勢いで褒め称えてくる。これはやっぱり――――
「……お前、俺達を利用してラヴィヴィオのヒーラーを追い出そうとしてやがるな? 最初からそれが目的で俺達をここにおびき出したのか?」
思えば、娼館の危機を知らせに来たあの男性の住民も不自然だった。なんでこんな明るい時間に、娼館で起こっている出来事を把握していたんだ? まだ店を開く時間帯じゃないのに。
でも、ファッキウが指示していたのなら辻褄が合う。俺達をここへおびき寄せ、娼館を差し押さえているヒーラーと衝突させる。ヒーラーが勝っても俺達が勝っても奴に損はない。コレットがヒーラーから借金を背負わされれば選挙戦の攻撃材料にできるし、ヒーラーの悪行三昧を他の五大ギルドがいよいよ問題視すれば、借金を踏み倒す流れを作る事も可能だ。
「何の事だかわからないな。僕はヒーラー騒動の解決を目指すべく、成すべき事を成しただけだ。四天王の内の三名を一箇所に集め、一気に撃退できる環境を整えた。ヒーラーは徒党を組む事がないから、集めたところでチームとしての怖さはない。唯一厄介なのはスナイパーのシャルフだが、潜伏場所の特定が困難な市街戦より、確実に特定できるここでの戦いの方が楽だっただろう?」
「この野郎……」
やられた。見事に掌の上で転がされたな。
自分の目的を果たし、自分の役割も果たす。悪魔みたいな知恵でそれらを同時に実行した訳か。
「僕は顔面だけが取り柄の男じゃない。わかったか?」
「ああ、認めるよ。大した策士だ」
半ば吐き捨てるような心持ちでそう告げる。奴が次に浮かべる表情は、勝ち誇ったドヤ顔に違いない――――
「僕が……策士?」
……なんでそんな驚いたような顔してんだ?
「ああ策士だよ! 全く大した狡知だな! 不貞不貞しいくらい狡猾!」
「僕はそんなに頭脳的だったか?」
「もうそっちの道でメシ食えばって感じだよ! 中々いねーよこんな策略家!」
「策略家……」
なんかさっきから反応が妙だ。それと表情も変。なんか乙女っぽいような……
まさか、ここに来て性転換が進行したのか?
「そ、そうか……僕をそう評価するか……僕が策略家……だ、だがそれは正当な評価だ! いわば当然だ! 僕をその程度で籠絡できると思うな!」
……何言ってんだ? 女体化の影響でキャラ崩壊してんのか?
「トモ。早く娼館の中へ行こう。このヒーラーの占拠は明らかに不当だ」
「ああ……そうだな」
幸い、メデオもエアホルグを蘇生できなかったショックから立ち直れていないらしく、戦意は喪失している。ディノーの言うように、さっさと中のヒーラー共を追い出そう。
その前に、エアホルグが使ってた豪華な剣を貰っておくか。モンスター討伐の戦利品って考えれば問題ないよな。
よし、それじゃ中に――――
「待て! この娼館は僕の物だ。勝手な真似は許さん!」
意気込む俺達の前に、再びファッキウが立ちはだかった。
「……これ以上まだ何かあるのか?」
「油断するなディノー。更なる搦め手があるかもしれない。この野郎、相当な知謀家だからな」
「相当な知謀家!!」
うわっ、急に大声出すなよ……なんなんださっきから変な反応ばっかしやがって。
「フフ……フフフ……良いだろう。今回は特別許可する。入りたまえ」
「言われるまでもない。コレット、オネットさん、行くぞ」
「あ、うん。その前に抵抗値を上げて」
「不肖私、ちょっと消化不良気味なので中のヒーラーは嬲り屠っても良いでしょうか」
良い訳がない旨をなるべく刺激しないようオネットさんに伝えつつ、何故かニヤニヤが止まらないファッキウの横を素通りし、娼館へと入った。
「なんだいアンタら、随分と遅かったじゃないか」
中では女帝が複数のヒーラーをボコボコにしていた。
流石……幾らヒーラーが厄介でも、この辺の雑魚ヒーラーじゃ相手にもならないか。
「差し押さえって話は聞いてたんですね」
「まあねえ。どうやら甘やかし過ぎちまったみたいだね。不憫な子だって思うと、中々叱れなくてねえ」
不憫……? あの超絶イケメンが?
「あれだけ顔が良いと、何をやっても顔のおかげ、周りから忖度されてるって思われるのさ。子供の頃は画家を目指したり演出家の道に進もうとしたり、色々やっていたんだけど、どれも認められなくてねえ……」
芸術や演出は評価基準が曖昧だから、審査する側に先入観があると一気に正当な評価からは程遠くなってしまう。あいつ、案外苦労してたんだな。
もしかしたら性転換した本当の理由は、自分を一度リセットしたかったのかもしれないな。でも自分の顔は好きだから捨てられない。となると、性別を変えるしかなかったのかも。
「……」
「ん? どうしたディノー。険しい顔して」
「モンスターの気配がする。向こう側だ」
今俺達がいるのは、入り口付近の東側通路。ディノーが指しているのは西側だ。
「まだヒーラーに化けたモンスターがいるって事?」
コレットの問いに、ディノーは首を縦に振る。姿を見なくてもわかるって事は……
「四天王の最後の一人、シャルフだ」
これまで一度も姿を見せてこなかった狙撃ヒーラーが、足音を立てながら近付いて来た。
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