第143話 シャルフ

 スナイパーが敵の前に姿を晒すなんて、普通に考えたらあり得ない事だ。でもディノーがそう断言するんだからシャルフで間違いないんだろう。娼館の通路の中央を歩き、ゆっくりと近付いて来る。俺達の方に意識を向けているというより、虚空をボーッと眺めているような印象だ。


 これまでの四天王とは違い、外見そのものは特に奇抜じゃない。やや長めに伸ばした茶髪と、目の下の不健康そうなクマが強いて挙げれば特徴だけど、これまでの面々と比べればインパクトは薄い。体型も細身で、鎧を着用している訳でもなく、一般人が着ているような布製のシャツとズボンのみ。外見だけならその辺を歩いている優男って感じだ。


 武器を持っているような様子もない。勿論、投降しに来た訳じゃないだろう。攻撃魔法と回復魔法、その両方を操るこの青年に武器なんて必要ない。


 無気味だ。


 恐らくこの眼前の男は、ラヴィヴィオ四天王として名を馳せていたシャルフじゃない。モンスターが化けている筈だからな。あくまで街に溶け込む為にスナイパーを演じていたと考えた方が良いだろう。こうして姿を晒したのが何よりの証拠だ。


「コレット、ディノー、こっちに」


 戦闘要員の内、既に調整スキルを使用した二人を呼び寄せ、剣を片手に握ったままそれぞれの肩に手を置く。


「抵抗力を全体の四割、生命力と敏捷二割、残りを他のパラメータで均等に分配」


 そして、防御中心のステータスに変更した。抵抗力をもっと上げれば奴の攻撃はシャットアウトできるだろうけど、あの様子だと魔法だけをケアするのは危険だ。


「何をしてくるかわからない相手だから、二人は防御中心で頼む。攻撃はオネットさん、任せました」


「了解! です!」


 オネットさんは早々に目をギラつかせている。気分が高揚しているらしい。戦闘モードに入ると語調が猛然とするからわかり易い。


 そして俺は……見学だ。一応エアホルグの剣を手に持ってはいるけど、戦闘に加わったところで足手まといにしかならない。潔く見守ろう。ほら、マスターが付く職種って大抵戦闘は他人任せじゃん。ポケモン界隈もドラゴン界隈もカルデア界隈も。


 まあ、本当は俺も彼らと一緒に命を賭けて戦うべき立場なんだろうけどな。せめて40くらいのレベルがあれば、この剣で……


「オマエ」


 ……ん?


 ユラユラした足取りでいよいよ近くまでやって来たシャルフが、ドブ水のような目を半眼にして――――俺に視点を定めていた。


「オマエを壊す。そして治す。また壊す。治す」


「……はい?」


 ブツブツと何やら呟いたかと思うと――――俺目掛けてほぼノーモーションで魔法をぶっ放してきた!


「なっ……!」


 避けるなんて到底無理。コレットやディノーですら、虚を突かれて殆ど反応できてないのに俺が動ける訳がない。その二人の間を高速で通過し、こっち目掛けて飛んでくる真っ黒な光の弾を、ただ呆然と見ているしか――――な――――


「いっ……いいいいいっ!?」


 それは本当に偶然だった。奴が発言する直前、たまたま構えていたエアホルグの剣に闇弾が直撃した。


 その衝撃によって、剣を握る右手が顔面まで押し戻され、手の甲で下唇と顎を痛打。そのまま後ろに倒れてしまった――――けど、一命を取り留めた。


 ……そうか。さっきコレット達に調整スキル使った時、この剣を握ったままだったから、剣にもスキルが働いたのか。今は総パラメータの四割を魔法抵抗力に振り分けた、魔除けの蛇骨剣に近い状態になってるんだな。


 四割だから完璧には防げなかったけど、剣自体は破壊されてないし、この剣のポテンシャルの高さにも救われた。並の剣なら粉々に砕けて、そのまま俺も御陀仏だったに違いない。


「トモ!?」


「俺は大丈夫だ! それより、そいつを止め――――」


 上半身だけを起こした瞬間、指で鉄砲を作ったシャルフの姿が目に映った。さっきは見えなかったけど、これが奴の攻撃フォームか……!


「させるか!」


 流石に二度も攻撃を傍観するほどディノーもコレットもトロくはない。俺に闇弾が撃ち込まれる前に斬り込む。


 反応と初速はディノーが上。でもスピード自体はコレットが上。結果的に、二人の剣はほぼ同時にシャルフを襲い――――空を切った。


「な……!」


 躱しやがったのか!? 幾ら全体の二割しか敏捷に充ててないとはいえ、それでもコレットの敏捷は1800以上。通常時のディノーより確実に上の筈。

 それをアッサリと……


「邪魔するな。オレが壊したいのはアイツだけだ。オレが治したいのもアイツだけだ。オレは他のヒーラーとは違う。治したいヤツしか治さない」


 警告を発しているのはコレットやディノーに対してだろうけど、病んだようなその目はずっと俺だけを見ている。なんかもう、言動も相俟ってストーカーにしか見えない。何なんだコイツ、正体がモンスターにしたって異常過ぎるだろ……


「なんで俺なんだよ! 弱いからって訳じゃないんだろ!?」


「強い弱いなんて関係ないよ。オマエのマギに興味があるからさ。オマエのマギはとても変わっている。きっと味わった事のないマギだ」


 ……なんか前も似たような事言われたな。確か……そうだ、ヒーラーの幼女始祖にもマギが普通と違うって言われたんだった。転生者だからだろうけど。


「生憎、お前と戦うのは彼じゃなく僕達だ。眼中になくても付き合って貰う」


「トモに手出しはさせないから!」


 傍から見ても、二人の集中力が増しているのがわかる。自分達が標的にされていない事に、プライドを傷付けられたのかも。


 というか、オネットさんは一体何を――――


 ……っと。


 こっちも凄まじい集中力だ。さっきまでとは別人みたいに真剣な顔でシャルフを睨み付けている。


「その男、モンスターなんですよね」


「あ、ああ。間違いないと思う」


「手加減できる相手ではなさそうなので、全力で屠ります」


 そう告げた瞬間――――オネットさんの姿が消えた。何度も同じ表現で我ながら語彙が乏しいとは思うけど、他に形容しようがない。マジで忽然と消えるんだもの。スピードに目がついていけない。


「破ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その腹の底から出したような掛け声で、彼女がシャルフの目の前まで迫っていた事に気付く。そして、既に剣を横薙ぎに振っていた。


 これは幾らなんでも躱せないだろう。上体反らしもバックステップも無理だ。


 決まった――――


「!」


 いや……いない!


 あのオネットさんの剣撃すら空を切ったのか!?


 さっきと違ってその場には留まっていない。シャルフの姿が何処にも見えない。


 逃げた……訳ない。あのストーカーばりの物言いと目でそれはない。


 なら――――



「マギだけ残して潰れなよ」



 上だ!


 天井に張り付いて、そこから俺目掛けて魔法を撃とうとしている。最初に怪盗メアロと対決した時に見たスキル――――【スティックタッチ】か!


「潰されて……たまるかよ!」


 迷いなく剣を掲げ、頭上に添える。無駄な事は一切しない。奴が俺の頭目掛けて魔法を撃ってくると信じて、その軌道上に剣を構えるだけだ。


「ぐっ……!」


 読み通り! でも闇弾の威力がさっきより強い……!


 この剣は両刃だから、もし切っ先を自分に向けていたら威力に押し負けて自分で自分を斬っていたかもしれない。勿論そんな真似はせず剣の腹で防いだから、たんこぶ程度で済んだ。いやすっげー痛いけど。


「……読んでいたの? それにその剣……へぇ」


 流石に、この二撃目を防がれたのは想定外だったらしい。初めてシャルフの口から感情らしきものが零れた。


「その程度の皮下血腫で回復したところで、マギは味わえないかな。でもいいかな。いいや回復しちゃえ」


 げっ、今度は回復魔法を飛ばしてくる気か?


 でも今の奴はヒーラーのシャルフじゃなくモンスター。勝手に回復されて法外な料金を請求されたところで不当と訴えられる。


 いやでもラヴィヴィオが全部わかってて奴の存在を放置しているって可能性も――――


「そこかぁーーーーーーーーーーッ!!」


 頭の中が混乱しつつあったその時、突然の咆哮と同時に猛烈な勢いで何かが視界を一瞬遮った。


 次の瞬間、シャルフが天井から消えていた。


「チッ、何て反応速度だい。ちっとも捉えられやしないねえ」


 その声は女帝! って事は、今のは……あ、やっぱりモップだ。先端から露出した仕込み刃が天井に刺さってる。っていうか……普通刺さる? どんな腕力だよ。


「今の口振りだと、差し押さえられた時点で抵抗してたんですね」


「当然だろ? まあ相手がヒーラーだから、殴ろうと蹴ろうと何度も自分にヒーリングかけて治しちまう。魔法力が尽きた奴から順にシメてたモンだから、返り討ちには随分時間かかったけどねえ。ただ……」


 女帝の目の動きを追うと、彼女の後方で音もなくシャルフが床に着地していた。


「あの男にだけは、何やっても攻撃が当たらなくてねえ。モンスターが化けてるって話は本当かい?」


「恐らく」


 俺の代わりにディノーが答える。その顔には、得体の知れない難敵に対する焦燥感が募っているように見えた。


「単純なスピードは明らかにガイツハルスの方が上だ。でも奴の回避力は速度だけじゃない。まるで時でも止めたかのような理不尽さを感じる」


 それに加えて、あのスティックタッチも厄介だ。この娼館の通路は決して狭くはないけど、縦横無尽に動き回るなんて到底無理。でもあのスキルがあれば、壁や天井が足場になる分戦いに幅が作れる。


「はぁ……うっざ」


 俺を除いても、四対一の構図。しかも一人一人が圧倒的猛者。そんな状況下にあって、シャルフは動じた様子を一切見せず、それどころか心から面倒臭そうに溜息を落としていた。


 会話が成立する相手とも思えないけど――――


「お前の正体はモンスターなんだろ? なんで人間に化けてまでこの街にいるんだ? そもそもヒーラーなんかに化けて何がしたいんだ」


 俺だけを狙っているって事は、俺に関心を示している訳で、少しくらいは何か喋るかもしれない。そんな期待を込めて言葉を投げてみた。


「主に関する探索」


 ……あれ? なんかすんなり答えたな。


 主って……モンスターの主って意味だよな。それってつまり……魔王に関する何かをこの街で探してるのか?


「心当たりある? あるよね。あるから聞いたんだよね。今度はオマエが答えなよ」


 な、なんだ? 何を答えろって言うんだ? 訳がわからない。


「回復魔法や蘇生魔法なんて、どうせすぐ死ぬ人間には不要だろ? 幾ら我が主の意向でも、こんな文化は廃れていいよ」


 ……ダメだ。やっぱ話が通じない。急に回復魔法の話をし始めるあたり、ヒーラーらしいっちゃらしいけど……


「お喋りはそこまでだよ。そろそろアタイの店から出て行って貰おうか。こんな時間に娼館がバタバタしてたら体裁が悪くて仕方ないからねえ」


 凄まじい筋肉を持つ女帝は、一見パワータイプに見えるけど、マッチョな人間が敏捷性に欠けるとは限らない。実際、女帝は瞬発力も相当なものだ。


 それでも、奴には攻撃が一切当たらない。凄んではいるけど、内心穏やかじゃないだろう。


 他の面々も同じだ。エアホルグを難なく仕留めたオネットさんでさえ、シャルフの無気味さを警戒して、余り積極的に仕掛けていかない。これだけの面子が揃っていながら、まるで勝てる気がしない。


 ……奴の狙いは俺だけだ。なら、俺が囮になれば或いは……――――


「答えないんだね。素人みたいな動きの割に生意気だよオマエ」


 っと! 発言の途中に撃って来やがった。油断も隙もない。


「……」


 でもそれは読めていた。俺だけを狙ってくる、常識的な動きはしない、その二点だけを留意していれば何とかなる。


 でも正直、腕が痺れてきた。あと何発持つか……


「ダメだな。人間の身体だと動きが制限され過ぎる。全然思い通りにいかな――――」


 なら一か八か、攻撃に転じる!


「トモ!?」


 コレットの驚いた声を置き去りにして、全速力でシャルフへと突っ込む。当然、速度はコレットやディノーに遠く及ばない。まともに攻撃しても当たる訳がない。不意打ちでも全く問題にされないだろう。


 実際、俺が迫って来ているのにシャルフはまるで動揺した様子などなく、どうやって俺を壊すかだけを考えている顔だ。多分、あの闇弾以外にも攻撃魔法を持っているんだろう。


 攻撃されたら負けだ。その前に虚を突くしかない。不意打ちの更にその先を。


「抵抗力全振り」


 誰の耳にも入らない音量でそう呟き、まだ奴に接近するより大分前の位置で――――剣を投げた。



 奴の真上に向かって。



「……?」



 俺の奇行に、シャルフは首を傾げるような素振りを見せる。きっと後ろから見ている他の連中も同じような心境だろう。


 そして次の瞬間。


 天井に直撃したエアホルグの豪華絢爛な剣は、粉々に砕け散って宝石のシャワーを降らした。


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