第250話 プレートアーマーマン
前世の世界にはこんな諺があった。虎穴に入らずんば虎子を得ず。敵を知り己を知れば百戦危うからず。要するに、敵地に乗り込んで情報を得なければ勝利の道は拓けない。
そんな訳で――――やって来ました冒険者ギルド。
つい最近、五大ギルド会議に参加する為に来たばっかりだけど、今回は用件が全く異なる。ついでに姿形も全然違う。
「おい……なんだアイツ」
「今時、全身鎧とかマジかよ。どんなセンスしてるんだ?」
周囲からの視線が痛い。でもこれは俺じゃない。俺じゃないんだ。
そう。ここへ来る前に俺は完全な別人格を作りあげてきた。全身を漆黒の甲冑で包んだこの姿は、俺であって俺じゃない別の人物。その名もプレートアーマーマン。略してプレトアだ。
一応、設定も錬ってきた。
プレトアはアーティファクトを探索する流浪の戦士で、本来は普通の冒険者だった。でもつい最近発掘したアーティファクト『バーサーカーマーダーアーマー』によって全身を覆われてしまう。この鎧には自我があり、自分を発見した人間に寄生する習性を持つ。
まんまとその罠に引っかかった俺……じゃなくてプレトアは、漆黒の鎧に寄生されてしまい、装備を外せなくなってしまった。しかもこの鎧、呪いの効果で装備した人間の体力をどんどん吸い上げてしまう。
どうすれば良いかわからず途方に暮れたプレトアは、ヨレヨレになりながらフィールドを彷徨い歩いた末、このアインシュレイル城下町へと辿り着き、そこで偶然コーシュという冒険者の青年に助けられた。そこで、あらためてコーシュに礼を言う為に冒険者ギルドを訪れ、彼に関する話を聞こうとしている。
うん、良い感じ良い感じ。これなら聞き込みをしても不自然には思われないだろう。外見に関しては……ま、正体がバレなきゃ何言われても良い。どうせ一日限定のレアキャラだし。
深掘りされる事はないだろうけど、パーソナルデータや経歴も少しだけ考えてある。
家族構成は父、母、弟が一人。幼少期から優秀な弟と比較され、半ばイジケながら過ごして来た。でも故郷に立ち寄った大人の冒険者に『実績を作れば自信も芽生える』と諭され、親元を離れ旅立つ事にした。
趣味は詩作。特技は顔芸。座右の銘は『何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ』。
好きな食べ物は黒パン。好きな色は黒。好きな空は星のない夜空。好きな構えは天地魔闘の構え。好きな場所は今いる場所。ま、こんなトコだろう。
別人格……それは厨二病憧れの設定。まさか必要に迫られてこれを実演する日が来るとは思わなかった。中二の頃の俺が聞いたら歓喜に震えていただろう。
でも実際にやってみると、そんな良いもんじゃないな。考えた設定がブレないよう確認しながらの会話になるから、いちいちワンクッション挟まないと設定通りのレスポンスが出来ない。その所為で会話のテンポが悪いヤツと思われる。何より常時、自分自身をイタい奴と思いながら話をしなくちゃならない。厨二病キャラって大変なんだな……
ちなみに、このバーサーカーマーダーアーマーには自我も寄生する習性もない。あくまで全身鎧を身につけている事を正当化する為の、単なる設定に過ぎない。ただし呪われているだけあって、曰く付きの代物ではあるらしい。
元々は戦闘狂や殺人者が身動き出来ないようにする為の拘束具として使われていた物で、彼らの『もっと戦わせろ』『殺させろ』という怨念が宿った結果、装備者を強制的に狂戦士化する性質を持つ鎧となっていたそうだ。それを始祖が浄化させた結果、装備者にバフがかかるけど自由には脱げないという諸刃の剣的な呪いの装備になったらしい。
そんな訳で、今の俺はちょっと全身の力が増強しているらしく、重さはそれほど感じないし、割と普通に動けたりする。動く度にギッチョンって変な音はするけど。
「なぁ……話しかけてみろよ」
「いやいやいや……お前が話しかけろって」
「誰も声かけないの感じ悪いだろ。ホラ行けって」
周囲から白い目で見られるのは折り込み済み……なんだけど、それでも若干凹む。多分、大学の頃の俺はこんな事を陰で言われてたんだろな……と思うと古傷が痛くて仕方ない。なんで転生して住む世界が変わったのに昔のトラウマを抉られなきゃならないんだよ……
いや違う。そうじゃない。
第二の人生では自分を取り戻すってのが、今の俺のテーマだったじゃないか。こんな事でウジウジしてたって仕方ない。こっちから話しかけよう。
「アー、オカマイナク。ワタシハ プレトア ト イイマス。ワルイ タビビト ジャ ナイヨ」
「お、おう……」
明らかにドン引きされたけど、この格好で引かれない方が逆に不安になる。これで良い。
「ヒトツ オキキ シタイ ノ デス ガ」
「良いぜ。何でも聞きな」
一見するとウェルカムモードのような受け答えだけど、明らかに『こいつ絶対ヤベー奴だから穏便に済ませよう』って空気だ。そう言えば、フルアーマー装備してる冒険者って一度も見かけなかったもんな。この格好がイカれてるって認識なのも納得だ。
「ワタシ ガ コノマチ ニ キタ サイショ ノ ヒ ニ コーシュ ト イウ ボウケンシャ ノ カタ ニ タスケテ イタダキ マシタ。オレイ ヲ シタイ ノ デスガ、カレ ガ イマ ドコニ イルノカ ゴゾンジ デス カ?」
「コーシュ? あいつか……今ちょっと怪我して入院中なんだよ」
「ソレ ハ ビックリ デス。イッタイ ナニ ガ アッタノ デショウ」
「んー……まぁ来たばっかの人間に話す事じゃねぇが、ちょっとゴタゴタがあってな。ウチの中でも意見が分かれてるんだよ」
「悪い事は言わない。この一件に関わるのはやめておけ」
「シカシ カレ ニ ドウシテモ オレイ ガ イイタイ ノ デス。セメテ シタシイ カタ ニ コトヅテ ダケデモ。ドナタ カ ゴゾンジ ナイ デ ショウカ」
「親しいっつったら、まぁ……ウーズヴェルトか?」
「ヨナもだろ。つーか、どっちとも関わらない方が良いぜ。同じギルドの仲間を悪く言いたくはないが、奴等と知り合いになっても損するだけだ」
よし、狙い通り容疑者連中の話題が出て来た。情報収集開始だ。
「ソノ ハナシ、クワシク オキキ シタイ デス」
「オススメはしねぇけどなあ……」
――――と。
そんな感じで十数名の冒険者から話を聞く事が出来た。猛者ばかりだけあって、こんな格好の奴にも一切物怖じしない。そこは正直助かった。
まずウーズヴェルト。見た目通りのパワーファイターなのはコレットから聞いた通りなんだけど、タイプは受け。王道と言えば王道だ。
……それはどうでも良いんだけど、問題なのは性格だ。なんでも相当嫉妬深いらしい。恋人のコーシュが女と二股かけていたと知り、相当荒れたそうだ。
こういう心理って良くわからないんだけど、実際どうなんだろう。自分に置き換えてみると……要は恋人になった女性が実は他の女性とデキてました、って事だよな。
例えるなら『コレットと恋仲になったけど、実はフレンデリアと既に百合関係でした』みたいな?
……あれ? なんか全然アリなんですけど。想像しても全く心が痛まない。脳も破壊されない。
対象が悪かったのか? 別の人物で想像すれば違ってくるかも。
シキさんと恋仲になったけど、実はヤメと既に百合関係でした……全然アリ。
ティシエラと恋仲になったけど、実はイリスと……余裕でアリですね。
逆にイリスと恋仲になったパターンでティシエラと以下略……アリ寄りのアリ。
しまった。うっかり自分の変な性癖を掘り当ててしまった。何だこれ? どういう方向の異常者なんだ?
いやいや、違う。そんな訳ない。これはアレだ。今まで恋人が出来た事なかった悲しき脳細胞の所為で、想像力が決定的に足りてないんだ。寧ろ百合妄想の方が捗ってしまう。
なんてこった。これが拗らせた30代男のなれの果てか……くそ……なぜオレはあんなムダな時間を……
ま、自分の汚れた心はこの際どうでも良い。兎に角、ウーズヴェルトは嫉妬の業火に焼かれていたらしい。
次にヨナ。この女は評判最悪だ。強い男を好み、自分が見初めた男に付く事で自分がさも偉くなったかのように錯覚し、悦に浸る。そういうタイプだ。
とはいえ、人生において何を優先するのかは人それぞれ。そこをいちいち批難するつもりもない。
重要なのは、彼女もウーズヴェルトと同じ立場だった事。つまりコーシュに二股をかけられていた事実がある。でもヨナの方はウーズヴェルトのように怒りを露わにはしてはいなかったらしい。腹の中まではわからないけど。
そして最後の一人、メキト。
こいつは最重要人物だ。何しろ、俺達に濡れ衣を着せてきた張本人だからな。普通に考えれば、この男が最も首謀者っぽい。
そのメキト、ディノーも言っていた通り異常な成長度を誇っていて、他の冒険者から注目の的になっている人物らしい。
終盤の街の周辺は強敵が多く、その分マギも上昇し易いんだけど、それでもレベル40を越えると成長速度は急激に鈍化する。毎日多くのモンスターと戦い続けて、それでも50日くらいでようやく1上がる程度だそうな。
その中で彼は、僅か100日程度の間に10近いレベルアップを果たしたらしい。ディノーが冒険者ギルドにいた頃はレベル40台前半と言っていたけど、今の奴は53。このペースだと、冬が過ぎる頃には60に到達するかもしれない。
そんな奴の成長に対し、素直に感心している冒険者は少ない。何らかのドーピングが行われているという疑惑の目を向けている人間が大半を占めていた。否定的に捉えられている理由は、その成長速度が異常だから……だけじゃない。奴の性格にある。
コレットから聞いていた話だと、人の悪評を振り撒いて評判を落とす等の工作をしているって印象だったけど、他の冒険者の話を総合すると『悪気はないのに他人を傷付けるタイプ』らしい。
本人は悪評のつもりで言っていないけど、結果的に相手を傷付けたり株を下げたりするという、厄介者の申し子のような奴って話だ。フレンデルとはタイプの違う曲者らしい。
そういう奴だから、発言の裏を読んだり真意を探ったりする人間には、そこまで嫌われてはいない様子。逆にすぐ言葉を鵜呑みにする生真面目タイプの人間には毛虫の如く嫌われている。コレットは間違いなく後者だから、あんな紹介になったんだろう。
で、そのメキト。どうやらヨナに片想いしているって噂が横行している。
計算高い奴は、言い換えれば頭が回る。ヨナは事ある毎にメキトの発言の真意を見抜き、何度か彼をフォローしてやっていたそうだ。そんな事をされたら勘違いしちゃうのも無理はない。
それが真実かどうかは不明だけど、仮に本当だとしたら、メキトにもコーシュを刺す動機は十分にあると言えるだろう。
……って事はだ。
今回の一件、コレットを失墜させる為に反コレット派の冒険者が結託して、一芝居打ったとばかり思っていたけど――――私怨による犯行の可能性も全然ある。
他の冒険者達には『コレットを貶めるから手を貸せ』と訴え、協力を仰いだけど、真の目的はコーシュを亡き者にする為だった……ってパターンな。これも十分あり得る状況だ。
とはいえ全員に動機があるから、結局この線で犯人を一人に絞り込む事は出来ない。
よって調査の結果、以下の事実が判明した。
・犯人は10代もしくは20代の人物。
・犯人は冒険者の男性もしくは女性。
・計画的な犯行または短絡的な犯行。
・精神に問題を抱えている。ただし必ずしもそうとは言えない。
・人間関係に問題を抱えている。ただし必ずしもそうとは言えない。
・単独犯もしくは複数で犯行を行っている。
・怨恨もしくは突発的な犯行。
・戦闘力の高い人物。ただし必ずしもそうとは言えない。
・動機は痴情の縺れ、もしくは上司の失墜。
まるで進展していない……
俺は今日一日、一体何をしてたんだ……? もうすぐ日が暮れるよ? こんなんだったら本人を探し出してペトロにでも脅迫して貰った方がよっぽど真相に辿り着けたんじゃないか?
でも生憎、三人とも冒険者ギルドには来ていなかったし、所在もわからない。結託して行動を統一しているようにも思えるし、関係が拗れてるから顔を合わせたくないだけって見方も出来る。
あーもーわからん! 一旦街ギルドに帰って整理を――――
「あのー……」
ん? 今の声、もしかして――――
「すみません。複数のギルド員から通報がありまして。お話を聞かせて頂けませんか?」
やっぱりコレットだった。まあ冒険者ギルドにギルマスのコレットがいるのは当たり前だから、別に驚きはしないけど……通報って何? 怪しい奴がいるからギルマスなんとかして、みたいな? そう言えば、いつの間にか周囲から人がいなくなってるな。
まあでも、ウチのギルドで全身鎧の見知らぬ人物が一日中聞き込みしてたら、俺だって事案扱いにして極力話かけないよう通達するかな。重装備の人間も多い冒険者ギルドとはいえ、やっぱり浮いてしまったか。
取り敢えず、ここは無難な受け答えに終始して、さっさと立ち去った方が良さそうだ。
「ソレニハ オヨビマセン。イマ デテイコウト……」
「あれ? トモだよね? 何してるの?」
……はい?
「ヒトチガイ デス。ワタクシノ ナ ハ プレトア ト イッテ……」
「えー? だってトモだよ? 仕草も声も」
「ソンナ バカナ」
「その反応もトモじゃん」
マジかよこいつ! 俺のマニアか何かなの? なんで全身を甲冑で覆ってるのに一瞬で特定できるんだよ!?
「エエト、トリアエズ ギルマス ノ ヘヤニ イキマショウ カ」
「良いけど……」
そんな訳で、急いでギルマスの部屋へと直行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます