第251話 合法的に抹殺する方法

「ふぅ……参ったな。まさかこの格好でバレるなんて」


 フルフェイス兜の顔面部分を上にあげ、コレットの『やっぱりー!』という甲高い声をバックに大きく息を吐く。これもバフ効果の賜物か、顔面が覆われているのに息苦しさはない。この息は単なる溜息だ。


 呪いの装備だから外す事は出来ないけど、今みたいに顔を露呈させる事はいつでも出来る。正体がバレている以上、顔を覆ったまま話す意味はない。変装の時間は終わりだ。


 久々に顔を外気に晒した事で、室内の香りがやけに鼻腔を刺激してくる。勿論、嫌な臭いじゃない。この世界特有の、ちょっと鼻にツンと来るインクの匂いだ。恐らく相当な数の書類にサインをしていたんだろう。執務机に大量の紙束が見える。


「あ、あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど……時間なくてあんまり片付けられてないし」


「いや、十分綺麗だろ。所構わず洗濯物を部屋干ししてそうなイメージだったし」


「私そんなイメージ!? 自分のおうちじゃないのにそんな事しないよ!」


 そうなのか。何となくコレットってギルマス室を私物化するタイプだと思ってたんだけど。


「ここは代々ギルドマスターになった人に受け継がれている部屋だから、出来るだけ綺麗に使いたいんだけど……忙しいと中々そこまで気が回らないんだよねー」


「お手伝いさん雇えば良いじゃん。金はヘドが出る程あるだろ?」


「表現……一応ある事はあるけど、あんまり自分の生活に他人の手を入れたくないっていうか、生活用品を触られたくないんだよね」


 意外と繊細なタイプなんだな。でも気持ちはわかる。仮に俺が大金持ちでも同じ選択をしただろう。自分の物は自分だけで管理したいよね。


「そんな事より、何してたの? ギルド員のみんなが本気で怖がってたよ? 暗黒武器屋から刺客がやって来たとか言われてたし」


「その誤解はマジで解いておいてな……恩を仇で返すとかシャレにならん」


 ベリアルザ武器商会への風評被害を懸念しつつ、取り敢えず事情と状況を説明する事にした。



 その結果――――



「あー、脱ぎたくても脱げないのって、凄くストレス溜まるよね。わかるなー」


 本筋と違う所で共感を得てしまった。


 でもちょっと嬉しい。この辛さをわかってくれるか……持つべきものは呪われた経験のある友人だな。やっぱり俺の一番の理解者はお前だよ、コレット。


「でもそんなのさ。今の苦しみに比べたらどうって事ないよね」


 ……あ、目が死んでる。今回の事件、やっぱり相当堪えてるんだな。


「個人名は伏せるけど、聞き込みしてた冒険者からも結構不満の声は出てたよ。大変だな」


「うん……仕方ないよね。私が引率したパーティに重傷者が出て、しかもギルド員が揃って私の古巣を犯人扱いしてるんだもん」


「なんかゴメン」


「トモ達は悪くないよ! 犯人とも全然思ってないし。あんなの、メキトさんの言いがかりだよ」


 やっぱり、コレットは俺達を微塵も疑ってなかった。それだけに、俺達と冒険者との間で板挟みになっているんだろう。


 ただでさえ、国内最大手のギルドの看板を背負う立場になったんだ。相当なプレッシャーの中で仕事をしている筈。それなのに、こんな面倒な事に巻き込まれてしまって、その心労は察するに余りある。


 これ以上コレットに負担を掛けたくない。ずっと苦労して来たのを知ってるしな。戦闘経験とレベルのギャップに苦しんで、親の期待や周囲のプレッシャーに苦しんで、辛い思いも沢山してきた。そして今も、慣れない仕事に四苦八苦している。


 このままじゃ、コレットが潰れかねない。


「私もトモ達に協力するから、一緒に真犯人を……」


「必要ない」


「……え?」


 だからこの判断は、きっと正しい筈だ。


「今回の一件は、アインシュレイル城下町ギルドと冒険者ギルドの間で起こった問題だ。俺は俺達の潔白を証明する為に行動する。お前は冒険者ギルドの為だけに行動しろ」


「だって、それじゃ……私達、敵同士になっちゃうよ?」


 コレットの表情が極端に曇る。まさか俺がこんな事を言い出すとは夢にも思っていなかったって顔だな。


 だとしたら甘い。まだまだギルド長の自覚が足りない。


「コレット。お前は誰だ? 職業はなんだよ」


「……それは……」


「冒険者ギルドの代表者になった以上、お前が最優先しなきゃいけないのは交友関係じゃなく冒険者を守る事だろ? 他のギルドと対立してでもさ」


「……」


 コレット自身、それは十分に理解しているんだろう。恐らくダンディンドンさんやマルガリータさんにも散々言われているだろうし、ティシエラの姿勢を見ていれば自ずと身に染みてくる筈だ。


 俺はこの街じゃ最下層の戦闘力しかないし、逆にみんなから守って貰っている立場だ。でもコレットには冒険者ギルド全体を守るだけの力がある。じゃなきゃ五大ギルドの長に推薦なんてされない。


 斯く言う俺も今回の事件、最初は何だかんだコレットが味方してくれるから大丈夫……みたいに軽く考えていた。でも味方されちゃダメなんだ。コレットの立場上、そうする事はギルド員への裏切りに等しい。


「だから、敢えて言わせて貰う。先日の鉱山での一件、俺達が犯人だと糾弾された事に対して、アインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターとして正式に抗議する」


 今回はこれで良い。敵同士で良いんだ。


「……うん。わかった」


 辛そうな顔をしたものの、それは一瞬。コレットはすぐに表情を引き締め、俺の言葉を受け入れてくれた。


「当事者全員を招集して、審議にかけるね。結果は後日、私が直接伝えに行く。それで良いかな」


「ああ」


 審議と言っても形式だけで、連中が自分達の犯行だったと認める事は絶対ないだろう。つまり、俺達の抗議は不当なものだっていう報告になるのは目に見えてる。


 これが個人同士の揉め事なら、その後は裁判に発展するだろう。でもギルド間の諍いとなれば、裁定するのは五大ギルド。冒険者ギルド以外の四人の長達が審判を下す事になる。五大ギルド会議でこの件が取り扱われ、最終的には多数決でどちらの主張が正しいかを決める流れになるだろう。


 他の五大ギルドの面々にとって、冒険者ギルドの失墜は願ったり叶ったりだろうけど……俺達に有利とは言い難い。あれだけ腐敗したヒーラーギルドをずっと五大ギルドの輪の中に入れていたように、連中の結び付きはかなり強固だ。


 まして冒険者は魔王討伐のメインアタッカー。なんだかんだで、貶めるより恩を売る方が得策って考えに傾くに決まってる。


 今回は他力本願って訳にはいかない。自分とこのギルド員を守らないとな。仮に自称イリス姉が犯人ならお手上げだけど……何処にいるのかわからないから聞き取り調査できないんだよな。調査したところで、ってのはあるけど。


 とにかく、俺にはアインシュレイル城下町ギルドの代表として、責任を全うする。


 それが俺の最優先事項だ。


 けれどそれは、コレットを不利な立場へ追いやる事とイコールじゃない。俺が憎いのはあくまで真犯人。なんとかそいつを突き止めて、そいつらの目的がコレットを貶める為だと証明できれば、コレットの信頼も回復できるし反コレット派を一掃するきっかけになる。


 二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて諺もあったけど、あれはあくまで元いた世界の教訓だ。追ってやろうじゃないの。


「……」


 俺の決意とは裏腹に、コレットはまだ少し割り切れていない様子で俯いている。


「そんな顔するな。いがみ合って敵同士になる訳じゃないんだし」


「でも……」


「立場がどうあれ、俺はお前を信頼してる。お前はどうなんだよ?」


 人の目を見て話すのは、圧をかけているようで好きじゃない。でも今回に限っては、思いっきり圧をかけよう。


「私は……私だって、そうだよ」


「ありがとう。だったらお互い、死力を尽くそうぜ」


 普段あんまり使わない言葉遣いで、コレットに向かって拳を突き出す。


「……」


 コレットは浅めに頷いて、拳をコツンと合わせてきた。


 きっと、こういうノリは傍から見たら寒いんだろな。でも構いはしない。俺達以外、誰も見ちゃいないんだから。


「私も頑張る。負けないように」


 それは多分『俺に』じゃないんだろう。


 コレットも馬鹿じゃない。今回の一件、自分がハメられている事くらい、とっくに気付いている。俺に心配をかけないようにと、一切口にはしないけど。


 だから俺も言わない。結果で示す。


 この世界で初めて出来た友達を――――こんな所で沈ませてたまるか。

 




 その翌日。


「。。。ごめん。。。ちょっと説明書が出て来ない。。。精霊界に頼んで取り寄せてるから待ってて」


「マジでか」


 バーサーカーマーダーアーマー脱衣延期のお知らせが始祖の口から明言され、早くも昨日の盛り上がりが削がれてしまった。っていうか取り寄せ出来るんだ……説明書がある事自体アレだけど。


「。。。大丈夫。。。数日以内には届くから。。。それにミロの力で浄化作用を付与した鎧だから。。。食事を摂らなくて良いし尿意便意も催さない。。。食費プカプカ」


「なら別に良いか」


 幸い普通に動けるし、全身鎧に対する憧れもちょっとあったからな。数日で確実に脱げるのなら我慢しよう。借金返済の事を考えたら、食費が浮くのも正直助かる。


 そんな訳で、鎧姿のまま御主人達に挨拶しに行ってみた。


「見ろルウェリア! トモの野郎、とうとう俺達の色に染まってやがる! 布教の甲斐あったな!」


「カッコ良い……! トモさん、今までで一番輝いています!」


 今、布教って言ったか? やっぱあの副賞そういう狙いあったのか……


 とはいえ、ルウェリアさんのような美少女に『カッコ良い』と言って貰える機会なんてほぼないんでトータルでは全然OKです。


 ただし街中では――――


「おい。見ろよアレ。鎧が彷徨ってるぞ」


「今年の交易祭ってコスプレイベントなんてあったか?」


 案の定、好奇の目に晒されるハメになった。山羊コレットの気持ちが痛いほどわかる……別に知りたくなかったけど。


「はっはっはあ! やっぱウチのボスって頭おかしいよなあ!」


「今時、プレートアーマーって珍しいよなぁ。ちょっと着てみたくならねぇ?」


「いやー、そりゃねーだろー」


 対照的に、ギルド内では野郎共を中心に概ね好評だった。ヤメやシキさんからは放置してデカくなり過ぎたヘチマを見るような目で見られたけど。


 ともあれ、時間は無駄に出来ない。この格好でも予定通りに行動していくしかない。


 そんな訳で本日はまず、シレクス家に調査結果を聞きに向かおう。報告もしないとな。



「……それは、私の近頃の苛立ちに対する皮肉?」


「別に殴りかかってこられると思って守りを固めてきた訳じゃないけど」


 フレンデリアの第一声は予想の斜め上だった。一応、機嫌が悪い自覚はあったんだな。


「ま、良いか。それより聞いて。街中で情報を集めていたら、重大な事実が判明したの」


 この格好を『それより』扱いとは。よっぽど重要な情報が出て来たんだろうか。


 取り敢えず聞いてみよう。


「今回の事件の重要人物と目されるメキトという冒険者、どうやらコレットに片想いしているみたい」


「……はい?」


 いやちょっと待ってくれよ。俺が冒険者ギルドで聞いた話と違うよ? メキトが好きな女性ってヨナじゃなかったのか?


「そこで早速、その下郎の指名手配用ポスターを作って、捕縛と拷問を行う為の私兵団を結成したの」


「いや暴走し過ぎ! 率直に怖いって!」


 この転生者のお嬢様がコレットの事になると冷静さを失うのは知っていたけど……今回は明らかにオーバーヒートだ。目がもうバッキバキになってるじゃん。瞳孔開く目薬指してもここまでにはならんぞ。


「暴走? この私が? 馬鹿な事を言わないで。見ての通り至って冷静にその男を合法的に抹殺する方法とか模索しているだけ」


「抹殺って合法じゃ無理なんだよ! 良いから落ち着けって……まずその話に信憑性はあるかどうかを確認しないと」


「その必要なくない? 既にコレットを大いに困らせていて、挙げ句にこんな証言が出て来るような奴、いなくなった方が私と世界の為でしょ?」


 ダメだ。最初の段階からコレットに肩入れしていたお嬢様だったけど、ここに来てヤン百合令嬢になりつつある。最近コレットからヤンデレ要素なくなってきたのに、こっちに伝染うつっちゃったよ。


「俺が聞いた話だと、メキトって奴が好きなのはヨナって女だったぞ? 明らかに食い違ってる」


「……それって、どっちにも気がある素振りを見せていたって事? 私のコレットをそんなに粗末な扱いしてる訳?」


「片手でバキバキ音鳴らさないで怖いから。っていうか、その前に証言自体の信憑性を疑った方が……あとコレットはアンタのじゃないからね」


 シレクス家が聞き込みをしたのは主に酒場みたいだけど、そこでメキト本人がコレットへの思いを公言してたらしい。


 どうも引っかかる。


「メキトって奴、人によって印象が大分違うみたいなんだ。計算高いって思ってる同僚もいれば、天然って思ってる人もいる。どうも評価が定まってない」


「そういう掴み所のない男って大抵、ロクな人間じゃないのよね。やっぱり問答無用で連行するのが私と、あと人類の為じゃない?」


「いちいち主語がデカいんだよなあ……」


 幾らなんでも、悪い事した証拠もない冒険者を強制連行して自供を強要するのは、シレクス家の評判を落としかねない。イメージ回復キャンペーンの真っ最中にそんな事やらかしたら、今まで積み上げて来たものが一瞬で崩れる。恐らくセバチャスンをはじめとしたシレクス家の使用人達も、それは望んでいないだろう。


「だったら、他の連中の情報も照らし合わせてみましょう。ヨナって女性に関しての情報だけど」


 この時点で既に確信はあった。どうせしゃらくさい新情報が出てくるんだろうと。


「コーシュと付き合う前はグノークスって冒険者の恋人だったらしいけど……その頃から、貴方も良く知るアイザックに言い寄っていたそうよ」


 ほーらね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る