第109話 言語中枢がドヤってやがる
ギルドと酒場は切っても切れない関係で、ギルドのある所に酒場あり、というくらいに両者は密接な間柄らしい。
ただし生前世界のファンタジー作品で良く見られた、ギルド内に酒場を設けているパターンはこの世界では稀。大抵はギルドの隣もしくは向かいに酒場が設置されていて、経営者も異なる。まあ実際ハロワの中に居酒屋が入ってたら訳わからんし、こっちの方が自然だよな。
ウチのアインシュレイル城下町ギルドは元々武器屋だったから、当然近くに酒場はない。冒険者ギルドに併設された酒場はザクザクが自爆して半壊させた所為で使えない為、打ち上げ会場はソーサラーギルドの向かいにある【エレウテリアの酒場】に決まった。というか既に予約入ってた。発案者とはいえ手際良すぎだよティシエラさん。
そんな訳で、『10日で街灯100本設置達成記念打ち上げパーティー』は恙なく開催された。
こういう席では、自ずとハメを外す輩が出て来るもので――――
「いやあ、いつもソーサラーギルドの皆さんは綺麗だなって話してたんですよう」
「マジそれなー。いやねー、ここだけの話、知的で可憐な方々がこれだけ集まるなんて不思議で仕方ないって冒険者の間でいっつも話題になっててねー」
「そこは昔も今も変わらねぇよなぁ。今も才女揃いだけどさぁ、俺らが現役だった頃もそりゃ華やかだったよなぁ」
元冒険者の中年三人組は、自分の娘くらいの年代の女性ソーサラーと繋がりたくて必死だ。正直、正視に耐えない光景なんだけど……斯く言う俺も中身は立派な中年。無理をさせた手前、ケチを付けられる立場でもない。
「凄い筋肉! 元冒険者なんですか?」
「いや……自分は……土木関連の仕事一筋で……」
「街の発展に貢献してくれた方なんですね。私達も見習いたいです」
逆にマキシムさんは比較的年齢層の高いソーサラーの皆さんに囲まれている。予想通り、対応には全く慣れていない。あー親近感。親近感しかない。世代も近いし、何より今回こっちの無茶振りを見事にこなしてくれたし、こっそり報酬弾もうかな。
にしても……この打ち上げ特有の空気にはどうも馴染めない。人見知りは特にしないし、仕事してる最中に熱くなって大声張り上げるのは全然大丈夫なのに、みんなで和気藹々とする場になると妙に落ち着かないというかムズムズする。なんだろうな、これ。前世は大空に羽ばたく前に地中でくたばったセミだったんだろうか。
そんな事より、今日の目的を果たさねば。酔ったティシエラやコレットを見たくて来たんだ。ティシエラはどこに――――あ、いた。イリスも一緒だ。
「はれ? わぁ、あそこにいるのマスターだーー。マスターマスターー♪」
既に出来上がっているイリスが、覚束ない足取りで向かってくる。かなり無防備というか、普段の気さくだけどしっかりした彼女とは雲泥の差で、目もトロロローンとしてる。事前に聞いていたとはいえ、やっぱギャップ半端ないな。
「マスター楽しんでるーー? みんなすっごく楽しそうだよーー」
「ま、まあそれなりに」
「えへへーー。それはなによりですにぇーー。人間、笑顔が一番! ふにゃーー」
弛緩しきった笑顔は、普段の快活なイリスのイメージとは重ならないけど、違和感は特にない。要はどんな顔でも絵になる人なんだよな。
「にしても、随分酔ってるな。飲ませ過ぎじゃないのか?」
いつも表情を崩さないティシエラは、こういう場だからといって気を緩めたりはしていない。普段通りの彼女だ。顔も赤くないし、全く飲んでいなさそうだな。目的の一つが早々に頓挫してしまった。
「生憎、一滴も飲んでいないわ」
「あ、いやティシエラの事じゃなくてイリスの話なんだけど」
「勿論、そのつもりで話しているけど」
……え、これ冗談? 冗談で良いのか?
まさかティシエラが冗談言うなんてなあ。我が道を征くタイプというか、マイペースな奴って印象だっただけに、ちょっと驚いた。
「いやいやいや。これだけベロンベロンに酔っててそれはないわ」
「そうね、本当に不可解。遺伝なのか何なのか……長い付き合いだけど、一向に解明出来ないのよね」
あれ……?
「えっと……もしかしてマジ? 冗談じゃなくて?」
「仮に冗談だとして、一体何処に笑い所があると言うの? 今のを冗談と解釈する貴方にはユーモアのセンスが欠如していると指摘せざるを得ないわ」
手厳しいですね……前世はカマキリか何かだったの? 多分俺の前世、君に食われる前に死んでますけど。
「いや、だったらなんでこんなグデングデンになっちゃってんの」
ティシエラに支えられ、辛うじて立っているイリスをあらためて見つめてみる。顔は赤いし、全身ふにゃふにゃになっているし、これで酔ってないって言われても信じようがないんだけど。
「……ちょっと」
「ん?」
指でこっち来いと指図してくる。周囲に聞かれたくない話らしい。勿論、美人二人に近付くのを断る理由などこの世にはない。例え蝕の最中で明らかに罠だとわかっていても行っちゃうね。
「何故強張ってるの?」
「……いや、別に」
チッ、緊張してるのがバレちまったか。心を落ち着かせようと自分の中で似合わないキャラを演じてみたのに、それでもダメとか。女性に免疫なさ過ぎだろ俺……
「今後もこの子は貴方のギルドに派遣させる予定だし、貴方には知って貰っていた方が総合的にメリットがあると判断するから話すけど、他言は無用よ。もしバラしたら五種類の炎で貴方のギルドを燃やすから」
えぇぇ……何それ。どんなカラフル放火だよ。
「具体的には、こんな炎よ」
そう告げた瞬間、ティシエラはイリスを支えている右手とは逆の左手の五本の指に、それぞれ色の異なる炎を出現させた。赤、オレンジ、紫、青、そして緑。想像以上にカラフルだった。まるで科学の実験だ。
「……ソーサラーってみんなこんな芸当出来るもんなの?」
「みんな、ではないわね。少なくとも、この【ヘブンズフレア】を使えるソーサラーはこの街には数名程度じゃないかしら」
気の所為だろうか、いつも通りのティシエラが何故かドヤ顔に見えて仕方ない。言語中枢がドヤってやがる。
「私はどちらかと言えば支援系の魔法が好みで、その手の魔法ばかり習得して来たけど、有用な攻撃魔法は一通り押さえているつもりよ。お望みならギルドを四種類の凍土に変える事も出来るけど」
複数種に拘り過ぎだろ。一人に何枚もCD買わせたい音楽レーベルか。
「取り敢えず火事も冷害も望んでないんで、他言しない方向で」
「なら良いわ。この子はね、ちょっと過剰なくらい敏感なのよ」
……ほう?
「例え自分は飲んでいなくても、周りが飲んでいるってだけで酔うのよ。肌で酒気を吸い取る、みたいなイメージかしら」
「それ、雰囲気に酔ってるって事?」
「言い得て妙ね。その認識でも間違ってはいないわ」
確かにそういう人、生前にもいたけどさ。場の空気に異様に左右される人。にしても極端過ぎやしないか?
あ、そうか。だから異性に触れられるのを極度に嫌がっていたのか。感度良過ぎるから。
なるほど。イリスってそうなのか。
マジか。いやマジか。
「いやらしい顔……」
そんな潔癖症の人が手作りのおにぎり見るような目で見られても。だって仕方ないじゃないですか。気さくな美人さんが実は敏感って情報をいきなり提示されたらね、生唾だって飲み込みますよ。
「ふにゃらーー」
イリスは俺達の会話が聞こえているのかいないのか、すっかり出来上がっている。顔は終始楽しそうというか、幸せそうだから良いけど。
「……だから、こういう場には滅多に顔を見せないんだけど。今回はどうしても行きたいからフォローをお願いって頼まれてたのよ」
「え、そうなの?」
だから酒類に全く手を付けてなかったのか。果実酒とか似合いそうなのに。
「ソーサラーギルドでは久しく味わえていない、昇っていく感覚が心地良かったのかもしれないわね。激務の筈なのに、随分と楽しそうにしているわ」
そう話すティシエラの顔は、なんとなく寂しそうに見えた。
既に五大ギルドの一つで、ある意味頂点を極めているソーサラーギルドは、良くも悪くも安定した存在。それに対し、ウチみたいな底辺の新米ギルドは、これ以上落ちようがないから昇っていくしかない。決して優れている訳じゃないけど、新米特有の勢いはあるのかもしれない。
借金返済の為に作ったギルドだけど、何人かの人間にやりがいとか楽しさとか、そういうのを提供出来ているのなら、それは素直に嬉しい。存続させる為にも、まずは軌道に乗ってしっかり稼げるようにしないとな。
「問題は山積しているけど、取り敢えず……最初の仕事の成功、おめでとう。イリス共々、これからも宜しくね」
「あ……ありがとう」
「イリスを宿に送って行くわ。これ以上、今のこの子を衆目に晒すのはちょっと、ね」
不意打ちの言葉に気の利いた返事も出来ず、二人の背中をただ見送る。なんだかんだで、彼女達はやっぱり遥か上の存在ってのを痛感した。色々気を使って貰って、周囲に支えられているのが俺の現状だ。あの二人がいなきゃ、正直何も出来ていない。
まだまだ独り立ちには程遠いな。
「……」
なんか……不穏な空気を後ろから感じる。悪魔的というか山羊的というか、異質な視線だ。
「はぁ……」
かと思えば、今度は溜息。構ってちゃんかよ。仕方ない、振り向くか。
「コレット、お疲れ」
特に何の意外性もなく、そこには山羊コレットがいた。山羊の悪魔に何の意外性も違和感も抱かなくなったら終わりだよ人間。
「うん。疲れた」
明らかに、労働による疲労とは別の意味でそう呟き、コレットは最寄りの椅子に腰掛けた。
「私……」
そして、しみじみと語る。
「いつになったら元に戻れるんだろ……」
……せやな。
いやホント、いい加減コレットの素顔忘れそうなくらい定着してるよな、このマスク。もうコレットって言ったら思い浮かぶのこの顔だもの。
「もう山羊の悪魔として生きていくしかないんじゃないかな。サバト会場のスピーチとか需要あると思うよ」
「なんでそんな事言うの!? 本当にそうなったらトモ責任取れるの!? 私の余生が全部山羊になっちゃう責任取れるの!?」
取れぬ。まるで取れる気がしない。二重の意味で。
「冗談だよ。一応、搦め手というか外堀を埋めるというか、そっちの方向で進めてはいるから、もうちょっと耐えてくれ」
「……八つ当たりしてごめんなさい。他力本願だよね、私」
「その頭じゃ自分で解決しようとしても逆効果にしかならないし、それは仕方ないだろう」
「別の意味に聞こえるから訂正して! 『その頭じゃ』とか言わないで!」
異世界に来ても言葉の綾ってあるんだな……面倒臭い。
「随分楽しそうじゃないかいお二人さん。こっちは男からも女からも怖がられてばっかだよ」
噂をすれば何とやら。当事者の登場だ。
最終日だけとはいえ、主力として働いて貰った女帝にも当然、打ち上げに参加して貰えないか要請はした。正直断られると思っていたけど……意外にも機嫌は良さげだ。
「自分より逞しい身体している女性がいたら劣等感を抱く男心もわかってやって下さい」
「商売柄、野郎の気持ちなんて嫌ほど押しつけられてるよ。それが理解できないようじゃ、娼館なんてやってらんないからね」
確かに。特にこの人の場合、男性性も女性性も兼ね備えていそうだ。
「ま、偉そうに言っちゃみたけど、ガキ一人の扱いすらロクに出来てないんじゃ説得力もないんだけどね」
……ん? 今なんか涙声じゃなかったか?
「アタイはさ……アタイはさぁ、ただ『女だって野郎に負けちゃいないんだよ』って証明したかっただけなんだ。だから、誰にも負けないように身体を鍛えて、戦闘力以外で男を手玉に取るイカした奴らを支援して……それの何が悪いってんだい? どうしてアタイが血の繋がった息子にゴミを見る目で見られなきゃならないってんだ……」
女帝、泣き上戸だった!
普段豪快な人ほど酒飲むとそうなるイメージは確かにあるけれども。
「私にはわかります。ゴミを見る目で見られる気持ち」
コレット、なんて悲しいシンパシーを……でも確かに、こんなマスク被ってる奴はそういう目で見られても不思議じゃないよな。
「わかってくれるのかい? アンタ良い女だよ。アタイと良い勝負出来る上に切なさを背負って生きてるなんて、最高じゃないか」
「サキュッチさんこそ、女性を代表して男と戦ってるって感じでカッコ良いです! 私も見習わないと」
おいおい、この意気投合大丈夫か? 明日からコレットが娼館で働く事になるとか、そういうの勘弁してくれよ?
「そのマスクをぶった切れる剣を息子が持ってる? ならアタイに任せな! 勘当するって脅して借りて来てやるよ!」
「本当ですか!? 是非お願いします! このままだと私、心まで悪魔になりそうで……」
……なんか狙いとは全く違う方向で上手くいきそうな気配なんですが。いや良いんだけど、それでコレットの素顔が解放されるなら。選挙の件もあるし、一日でも早く解決するに越した事はない。
「……あー……でもやっぱ無理かねえ。倅、全然アタイの言う事なんて聞きゃしないからさあ……反抗期って何歳まで続くんだろうねえ……」
「多分一生続きます。情報源は私です」
何気にコレットも心に深い闇を抱えてるよな……
何にせよ、酔っ払いの発言なんて鵜呑みにしても仕方ない。女帝の助力に期待はしても、アテにはしないでおこう。
ともあれ、初めての打ち上げは大半のギルド員に楽しんで貰えた。
翌日――――
「……どういうつもりだ」
「理解が難しかったか? ならもう一度言ってあげよう。僕は寛大だからな」
まだギルド員が誰も出勤していない早朝から、最悪の来客。
そして――――
「素晴らしい提案をプレゼントする。ネシスクェヴィリーテを貸してあげよう。条件は……シレクス家が推しているレベル78の選挙出馬の辞退だ」
これまで見せた事のない悪魔のような表情を携え、ファッキウはその交渉を突きつけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます