第110話 クドS

「……で、返答は保留したのね」


 すっかりお馴染みとなったソーサラーギルドの応接室は、今日も変わらず無気味な様相で迎えてくれた。勿論嬉しくはない。


 対照的に、ティシエラは『なんでもかんでも私に頼るのは何なの? 実力ないの?』ってツラだ。実際そうだから仮に口に出されても反論は出来ない。


 幸か不幸か、昨日の打ち上げでギルド員の多くが二日酔いなのか、ウチのギルドは昼になっても閑散としていたから、ここへ来るのに抵抗はなかった。それに――――


「念のため言っておくけど、ただ頼りに来ただけ、って訳じゃない。俺なりに提案があって来た」


「でしょうね。もし私に何の手土産もなく来たのなら、依存体質の最低野郎としか言い様がないわ」


 ……ですよね。いやちゃんと手土産持ってきたから叱られた訳じゃない筈なんだけど、なんだろう、心臓をイバラのムチで思いっきりしばかれた気分だ。


「あくまでも仮説だけど、ティシエラが追っている『ある日を境に人格が激変した人間』、もしかしたら女帝じゃなく……」


「女帝? 娼館の支配人のサキュッチ?」


「そうそう、その人。その女帝が激変したんじゃなくて、息子のファッキウが変わったんじゃないかって思うんだ」


 これは――――乱暴な推論。正直自信はそんなにない。


 でも、一考する価値はある。だからこそティシエラへ伝えにわざわざ出向いたんだ。


「……根拠はあるの?」


「具体的なのはない。一貫して狂ってるし」


「なら意味のない推論ね。でも、そう言われるのを覚悟で私にそれを話した……」


 流石ティシエラ。こっちの意図を的確に汲み取ってくれた。


「もしかして貴方、冒険者ギルドのギルドマスターと同属の輩?」


「だれがドMだ! どっちかって言うと説教好きのクドSだ!」


「そんなカミングアウトは要らないけど……違うのなら、具体性に乏しい根拠が幾つかあるのね」


 そうそう、そっち。第一候補にそっち挙げてくれよ。マゾとかマジ意味わかんない。いたぶられて得られる快楽って何? 脳が破壊されてるの?


「前にも話したけど、女帝に関しては完全にデマ。誰が流したか特定出来てる?」


「いえ。歯痒いけど今のところ手掛かりはないわ」


「なら多分ファッキウが犯人だ」


 これは正直自信がある。というか、他に該当する人物はきっとこの街にはいない。


 犯人を特定する上で重要なのは、女帝が金にガメつくなったって噂を流して得する人間が果たしているかどうかだ。


 従業員は店の評判を落とすような真似をしても損しかしないし、逆恨みも含め何かしら店に悪感情を抱いた客の報復だとしても、支配人に標的を絞った悪評なんて中途半端な方法は採らないだろう。店そのものを悪く言った方がよっぽど効果的だ。


 だとしたら、考えられるのは――――女帝本人に対する個人的恨み、若しくは女帝の失脚が自分のプラスになる人物。女帝の人間関係なんて把握してないから前者の可能性も当然あるけど……後者の場合はファッキウ一択。娼館を手っ取り早く手に入れるには、女帝を退場させるのが一番だからな。


 普通なら、母親相手にそんな真似はしない。でも奴は女帝を嫌っている。あり得なくはない。


「……確かに、実の息子がリーク先なら、信憑性のある情報として私の耳に入るところまで来ても不思議じゃないわね」


「ああ。それにあの女帝、結構な親馬鹿だから、あらゆる手を尽くして息子の暴走を隠蔽しているとも考えられる。確証はないけど、動機もあるし矛盾はない。だから、ファッキウの仕業だと仮定した上で話を続けるけど……」


「構わないわ。聞かせて」


 身を乗り出してくるくらい、食いついてきた。よっぽど実のある情報がなかったんだろな。


「奴の元々の人格は知らないけど、最近は突然ネシスクェヴィリーテを城から奪ってきたり、選挙の推薦人になったり、行動が突飛すぎる。極端な言葉を使えば、常軌を逸している」


「それは以前から見られた傾向だけど」


「でも、あくまでルウェリアさんの為、だよな?」


「ええ。実際、ネシスクェヴィリーテについてはそうなんでしょう? 貴方達に借りを作って取り入るつもりって言ってたじゃない」


 ああ、確かにそういう意図だと言われた。結果的に向こうが来なかったから交渉は成立しなかったけど、それもルウェリアさんの危機をいち早く察知したからこそのドタキャン。ここまでの行動は、以前の奴の病的な性格と合致している。


「問題はその後だ。ルウェリアさんを安全確保の為一時的に娼館に匿ったって言ってたけど、だったらそのまま娼館内に留まってルウェリアさんが目覚めるのを待ってた筈だ。武器屋を毎日監視するような連中だからな」


 奴が、気絶しているルウェリアさんから目を離すとは思えない。


 そして――――


「俺とコレットが迎えに来た時点で、妨害しようと試みるだろう。自分の手柄を俺達に奪われないように」


「それは、母親を使って実行したんじゃないの?」


「かもしれない。来訪して五秒でバトルだったし」


 実際にはそこまでのスピード感はなかったけど、あの時女帝は明らかに俺達を待ち構えていた。息子から『俺達を入れるな』と言われていたに違いない。女帝なら素直に応じるだろう。


「でも、女帝は途中で戦うのをやめた。負傷はしたけど、続行出来ないほどの大怪我でもなかった」


「馬鹿息子にそこまでして付き合うのが馬鹿らしくなったんじゃない?」


 一理ある。心情的には百理くらいある。でも――――


「馬鹿は馬鹿でも親馬鹿だからな。それはないと思う」


「だったら……」


「前提が間違えてる。女帝の妨害行為はファッキウの意思じゃない。恐らく俺とコレットが娼館に行った時も、ファッキウはあの場にはいなかったんだろう」


 女帝自身の意思だからこそ、途中でやめられた。強い根拠はないけど、俺はそう解釈した。


「そして、極めつけは今朝の交渉。今日の奴はルウェリアさんについて何も言及しなかった」


 ただコレットを選挙から引きずり下ろす事だけを要求してきた。


 明らかに、ルウェリアさんへの執着が薄れている。武器屋で見せた病的な言動と、今の奴の姿がどうしても重ならない。


「……言いたい事は理解出来たわ。全てに納得出来た訳じゃないけど、検討の価値はあるわね」


「なら良かった」


 俺としても、このままファッキウの出した条件を呑む訳にはいかない。奴の意図……狙いを明らかにしないと。その為には、ティシエラの協力が必要だ。仕事じゃない事でウチのギルドは動かせないからな。


「だから奴への即答を避けて、探りを入れた上で対応を決めたいって思ってるんだけど……」


「それで、ルウェリア親衛隊を調査している私を訪ねて来た訳ね」


 仰る通り。会話がスムーズなのは本当助かる。ウチのギルド員、そもそも会話が成立しない人も数人いるしね……


「今のところ連中に目立った動きはないわ。カイン……貴方にはユーフゥルの方が馴染みある名前ね。ユーフゥルも所在が全く掴めていないのが現状よ」


 俺と同じく、ティシエラもギルドを動かせないから、どうしても捜査は難航してしまう。この街には探偵はいないのかな。異世界探偵。まあそんなのいないか。仮にいても役に立ちそうな気がしない。なんか響きが平凡だし。


「尾行とかしてないの? どうせ誰かがベリアルザ武器商会に見張りに来てるだろ?」


「あのね……一応、これでも立場のある身なの。隠密行動に優れている訳でもないし、そんな真似が出来る訳ないじゃない」


 ご尤も。ソーサラーのギルマスが自ら尾行とかシュールすぎる。変な例えだけど、東京都知事が個人的に気になる人物をストーキングするようなもんだ。撮影できる機器がないとはいえ、バレたらえらいこっちゃ。


「貴方にはフレンデリア様の動向を見張って貰っていたけど……ギルドマスターになった以上、貴方も動き難い立場になってるのよね」


「いや別に。有名人とかでもないし、ルウェリア親衛隊を探るのは構わないけど」


 というか、今の俺に最も必要な事だ。出来れば、連中の何人かに聞き取り調査して、ファッキウが最近変わってないかを聞いてみたい。あとどうやってネシスクェヴィリーテを入手したのかも。


「……てっきり私に頼ろうとしていると思っていたけど、まさか私に助力しようとしていたなんてね。さっきのは失言だったわ」


「いいよ。実際、助けられっぱなしだったから一つくらい借りを返したかったし」


 イリスの派遣にしろ、馬車の手配にしろ、打ち上げ会場にしろ、完全に頼り切りだったからな……


「でも実際、どうやるつもり? ギルドマスターの仕事をサボる訳じゃないんでしょう?」


「当然。仕事と絡めれば良いだけだ。街灯の仕事も一段落したし」


 アイディアはまだない。後でじっくり考えよう。


「ところで、イリスはどうしてる? 出勤してなかったけど、酒飲んだ訳じゃないし二日酔いって事はないよな?」


「……そこにいるけど」


「へ?」


 ティシエラが指差したのは――――俺が座っているソファの後ろ。気配もなく佇んで、苦悶の表情を浮かべているイリスがそこにはいた。


「その子、昨日みたいな状態になると翌日は羞恥心で胸が一杯になって何も出来なくなるのよ。お酒と違って、記憶がしっかり残ってるから」


「な、何も出来ない訳じゃないから! ちゃんと話は聞いてたし、理解もしてるし!」


「それと何もしていないのと、どう違うの?」


「うう……マスター助けて、ティシエラが苛める」


 何故か助けを求められた。まさかのソーサラー板挟み。この場合どっちに付けばいいんだ?


「別に苛めてなんていないわ。貴方の昨日の浮かれっぷりに警鐘を鳴らしているだけよ」


「お説教は朝からたっくさん聞いたからもーいーってば! だって町ギルドで初めての打ち上げなんだよ? 絶対参加したいに決まってるじゃん」


 何この人、超嬉しい事言ってくれるじゃないですか。これは味方しないとダメですね。


「責めてやるなよ。イリスはウチのギルドの一員なんだから、打ち上げに来るのは当然だろ?」


「いつ貴方のギルドに入ったのよ。笑えない冗談ね。一生ここから出られなくするわよ」


「やめろそれこそ笑えない!」


「大丈夫よ。永遠に一人でこの部屋に住むんだから、笑顔の存在意義はなくなるわ」


 無表情でそんな発言されると心臓に悪いんですけど。やっぱりこの部屋の紋様って封印のための呪文なんじゃないか……?


「と、とにかく今はこういう状況だ。あと、昨日の打ち上げの席で女帝がコレットにネシスクェヴィリーテを取ってきてやるって約束してたけど……」


「お酒の席での約束事ほどいい加減なものはないわね。どうせ言った言わないの水掛け論になるだけだもの」


 だよな。その場のノリと勢いで上司から『給料上げてやるからな』って言われて、実際には何もなかったって人、この世に何人くらいいるんだろ……


「でも一応、諸々の事も含めて一度女帝に会ってみようと思う。念のため同席して話聞いてみるか?」


「生憎、今日は一日中忙しいのよ。貴方の報告を信用して、彼女は監査対象からは外すわ」


「……信用? 俺を?」


「何かおかしな事を言ったかしら。貴方はもう責任ある立場だし、この街で大きな仕事もした。冒険者ギルドを一日で辞めた頃の貴方ではないわ」


 俺は――――それをずっと望んでいた。信用されたい、信頼されたいと。


 でも今、そう言われたのに達成感や充実感が湧いてこない。どうしてだろう。


「……ありがとう」


「御礼を言われる事ではないと思うけど。ただし、私の代わりにイリスを連れて行って。貴方を監視するって名目で預けてるから」 


「了解」


 自分自身に釈然としないものを感じつつ、応接室を出ながら考える。でもギルドを出ても答えは出て来ない。


「マスター。ティシエラはご機嫌取りや媚びへつらいで信用なんて言葉は使わないよ」


 思わず立ち止まって振り向く。俺の困惑に気付いていたのか、イリスは真剣な顔でそう告げてきた。


「急に変わった人の件はギルドとして動いている訳じゃないけど、ティシエラがソーサラーギルドのギルドマスターって立場なのは変わらないから、信用って言葉は軽くないと思う。だから、期待に応えてあげてね」


 ……俺もそう思う。


 もしかしたら俺の中で、ティシエラとの距離が近くなり過ぎていたのかもしれない。友達や親しい間柄の人に『信用してる』って言われたみたいな感覚なのかも。嬉しいけど、交友関係があるから情けをかけられてるんだろうな、みたいな感じ。


 だったら俺――――


「どんだけ自惚れてるんだ……マジか俺……」


「マスターどしたの? なんか震えてない? 持病とかあるの?」


 ある意味持病だ。勘違い病。長らく女性に免疫がない男が距離感を把握できず、ちょっと話す間柄になっただけで惚れられてるとか仲良くなったとか勘違いする不治の病。


 気をつけよう。





 ――――そんな自己嫌悪で打ちのめされながらギルドに帰ると。


「お邪魔してるよ」


 明らかに俺よりギルドマスターっぽい風格を持った女帝が、ホールの一席に腰掛け我が物顔で待っていた。椅子、悲鳴あげてますね……


 まさか向こうから来るとは。


「昨日は楽しかったよ。呼んでくれてありがとさん」


「こっちこそ、来てくれるとは思いませんでしたよ」


「ま、そういうイメージはアタイにはないかもね。接待とかした事もないし。この身体じゃだーれも声かけようとしやしないしさ」


 豪快に笑った挙げ句、女帝は立ち上がり――――


「今日はアンタを見込んで仕事を依頼しに来たんだよ。このギルド、街を守る為に立ち上げたんだろ? 打って付けの仕事さ」


「……話を伺います」


 正直、予感はあった。こうなる気がしていた。後は黙って聞くのみだ。


 きっと内容は――――



「娼婦の送迎を頼めるかい?」



 ……思ってたのと違った!


『息子を止めてくれ』とか『ルウェリア親衛隊を壊滅させてくれ』とか、そういう話じゃないのかよ!


「モンスター襲来事件以降、移動を怖がる子が増えてねえ。なんか噂じゃ職人ギルドが破壊されたって聞くし、誰かさんに簡単に侵入許した事もあったねえ」


「そ、その節はどうも」


「この機会に警備体制を見直そうと思ったのさ。床の修理費もバカにならないからねえ」


 笑顔で放たれたその一言が決定打となり、次の仕事が決まった。


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