第二部04:HealとHeelの章

第111話 出来らぁっ!

 新たな仕事を割り振るに当たって――――


「送迎の途中で娼婦と会話するくらいは良いですけど、必要以上に親しくするのは禁止します。万が一、口説くような真似をされたと娼婦の皆さんから苦情が来たら、報酬の十倍の額を罰金として支払って貰います」


 これは声を大にして言っておかなくちゃならない。勘違いするギルド員がいたら困るからね。


「ちょ、ちょっと待ってくれよギルドマスターさんよう! 横暴過ぎやしないか!?」

「そーだそーだ! 仕事中の会話の内容まで制限するなんて大人のやるこっちゃねーぞー!」

「もしこっちが自重してもよぉ、向こうが馴れ馴れしく喋ってきたらどうすればいいってんだよぉ!」


 案の定、女性への執着がお盛んな三人組から苦情があがった。っていうかお三方、この場にはイリスもいるのにそれでいいのか。


「誰とは言いませんが、一昨日の打ち上げでしつこく話しかけられて鬱陶しかったと、ソーサラーギルドの方々から苦情が届いています。これ以上ギルドの信頼を損なう真似は許可できません」


「納得いかねえ!」

「そーだ納得いかねー!」

「仕事やるのは俺達なんだから好きにやらせろよぉ! やらせろよぉ!」


 ぐっ……この女好き共。そんなに娼婦と仲良くしたいなら自分で金払って通えば良いだろ。そうしたら営業トークと愛想スマイルで楽しい時間を過ごさせてくれるよ。


 とはいえ、彼らが娼館通いにハマって仕事に来なくなるのも困る。まだまだ弱小ギルドなのに、三人も抜けられると痛い。ただでさえつい先日一人辞めてるのに。


 ここは敢えて挑発的な事を言って、向こうが乗ってくるように仕向けるか。


「んーまあ、皆さんには紳士的な対応は無理かもしれませんね。俺が間違っていました。娼婦の方々から高評価を貰って、大人の女性から支持されるギルドにしようなんてバカな考えは持たないようにします。ハハハハ」


「…………出来らぁっ!」


 お。きたぞ きたぞ!


「今なんて言いました?」


「よせパブロ!!」


「いいんだよぉベンザブ!」


 かかったのはパブロの旦那か。意外だな、三人の中では比較的まともな人なのに。


「娼婦相手でも紳士的な対応で送迎してやれるっていったんだよぉ!!」


「ほう。面白いですね」


「いやー、こいつは女のことになるとすぐムキになるっつーか、頭がおかしくなるんだよ」

「すまん、マジで一時的にぶっ壊れるだけなんだ! だから勘弁してくれい! こいつにかわってあやまるよう!!」


 ポラギとベンザブは必死に弁解を試みているけど、自分も同意見と思われたくないだけと顔に出ている。紳士的な対応なんかクソ食らえだ、セクハラトークやらせろやと顔に出ている。顔に出過ぎだろエロオヤジ共。揃いも揃って子泣き爺みたいな顔になりやがって。


「そうはいきません。大勢のギルド員の前でケチを付けられたんです」


 俺とてギルドマスターとしての立場がある。すんなり折れる訳にはいかない。


「これはどうしても紳士的な対応で、娼婦の方々を送迎して頂きましょう」


「えぇ!! 紳士的な対応で娼婦の送迎をぉ!?」


 ……は?


 いやいやいや! ついさっき自分で出来るっつったじゃん! なんで急に我に返るの? 多重人格なの?


「こいつ、興奮すると数秒前の自分の発言忘れちまうんだよなー」

「そんなんだからよう、冒険者時代も仲間から頭の心配ばっかされるんだよう」

「うるせぇ! 紳士的な対応なんざやってられっかぁ! 美人でエロい姉ちゃんと自由に話させてよぉ! 生き甲斐奪うなよぉ! 二人だってそう思うだろぉ?」

「「ったり前よ!」」


 駄目だこいつら…早くなんとかしないと…


「取り敢えず、下心が露骨なお三方は今回、全面的にお断りの方向で調整します。他の皆さんはこぞって参加して下さい」


「「「なんでだよ!?」」」


「ギルドの信頼をなくすからっつってるだろうが!!!」


 会話にならないにも程がある。普段はまともな人達なのに、女が絡むとIQ3くらいになるな……


 というか――――





「……俺、もしかして嘗められてる?」


 早朝会議が終わり、ギルド員達も解散して各自仕事場に向かっている中、会議室 兼 俺の寝室にはイリスとコレットだけが残っている。


「今更? ギルド設立初日からずっとトモ嘗められてるでしょ?」


「……だよな。やっぱ弱いからだよな。所詮レベル18じゃ、誰だってザコ扱いするよな」


 ここは終盤の街。魔王討伐の最終拠点となる場所。ギルマスになって以降、微妙に忘れそうな時もあるけど、周囲は伝説級の猛者ばっかりなんだよな。あのエロオヤジ共だって当然例外じゃない。


 ギルマスは人を使う仕事だ。自分が戦ったり力比べしたりする立場にはない。だから、強くなくても務まる仕事だと思っていたけど、こうも言う事を聞いてくれないとなると、ちょっと考えなくちゃならないかもしれない。


 とはいえ、街の周辺フィールドですら一撃で致命傷食らうレベルのモンスターばっかが彷徨くここじゃ、レベル上げすらままならない。だから冒険者を引退したんだ。


 ここに来て、以前と同じ問題に直面してしまうなんてな……


「でもマスター、強いからって尊敬されるとも限らないよ? 中身が伴わないと。この街、強いだけの人なら何処にでもいるからねー」


「確かに……レベル78ともなれば無条件で一目置かれるけど、俺が今更30くらいになったところで何にもならないよな」 


 褒めたつもりも貶したつもりもなかったけど、コレットがピクっとと反応を示した。ただ、どっちに取ったのかは判別が付かない。流石に山羊の悪魔の僅かな挙動から感情を読み解くのは要求レベルが高すぎる。


「周りの評価はともかく、自分の事は自分で守れるくらいにはなった方がいいんじゃないかな? 私が今、見ての通り視野が狭くなってるし、いつでもトモを守れる訳じゃないから」


 どっちかって言うと、目の位置的に俺ら人間より横に広く見えてる気がするんだけど……


「んー……無理はしなくていいと思うけど、やっぱり代表に万が一の事があるとギルドだってすぐバラバラになっちゃうし、サッて逃げられるくらいの体力は付けておいた方がいいかも」


 言葉を選びつつも、イリスもコレットに賛成か。


 でも会話はない。この二人、未だにそれほど仲良くなってないんだよな。陽キャのイリスと陰キャのコレットじゃ水と油だし、妙に納得してしまうトコがあるけど。


「取り敢えず今日はやる事詰まってるから無理として……明日から少しだけでも鍛えようかな」


 と言っても、ジムがある訳でもないし、トレーナーがいる訳でもない。せいぜいジョギングとかで基礎体力を上げるくらいしか出来そうにないか。


 ……いや。何も杓子定規に考える必要はない。俺には調整スキルがあるんだ。これを活用しない手はない。


 このスキルを戦闘に活かす方法は三つ。一つは仲間のステータス調整。これは主にコレットが対象になっている。よって今回のコンセプトからは除外される。


 二つ目は、武器や防具、或いはその辺にある道具の調整。前に娼館でモップを調整した事もあったっけ。結果的には仕込み武器だったけど、要するにあんな感じの活用法だ。


 そして三つ目は――――禁断の方法。相手が人間の場合限定だけど、敵を触って『抵抗力全振り』と唱える事で事実上無力化出来る。どんな猛者でも、パラメータが最低値になればこっちのものだ。


 ま、人間から襲われる機会なんてそうはないと思うけど、今はファッキウ・メカクレ連合からいつ攻撃をされても不思議じゃない状況。油断は出来ない。


「マスター、そろそろ時間」


「わかった。この件は後でまた考えるとして、俺はこれからベリアルザ武器商会に行くけど……」


「とーぜん私も行くよ! ティシエラに監視頼まれてるし! 早く行こマスター!」


「私は……どうしようかな。別に用事ないし、行かなくてもいいけど。あ、でも用事ないなら逆に行こうかな」


 うーんこの陰キャ。なんだよ逆って。逆にが本当に意味あるのはミステリーのオチくらいだよ。





 ……という訳で、やって来ました暗黒武器屋。最近また足を運ぶ機会が増えたけど、よく考えたら商品全然見てないな。武器屋なのに。意識してるつもりないけど、やっぱ生理的に受け付けないんだろうか。


「うわー、この【魔女の骨々】って新商品、ティシエラ好きそう。後で教えてあげよっかな。マスターはどう思う?」


「トモ、この【エンヴィーレクイエム】って剣、今の私に合ってないかな? なんか手に馴染む気がする」


 いや、こっちに話振る前に女子同士で会話したら?


 にしても、コレットは兎も角イリスがあんまり積極的にコレットに話しかけないのは意外というか……仲が悪いって感じでもないけど。


「それで、今日は何の用だ? ギルドマスターともあろう者が、日中から武器見繕いに来た訳じゃねーんだろ?」


 暗黒武器を手に取る女子二人を目の当たりにして、御主人は機嫌良さげ。ルウェリアさんはいつも通り、ほっこりさせてくれる笑顔で迎えてくれている。警備担当のディノーは武器屋の外で見張り中。一度ルウェリアさんが行方不明になったあの事件以降、中より外の警戒を強めているらしい。


「そうですね。実はちょっと、ルウェリア親衛隊について本格的に調査しようって話になりまして」


「そいつは良い報せだ! ついにあのフザけた連中を皆殺しにしてくれるのか!」


 言葉のチョイスが物騒過ぎる……そこまでストレスの種だったのか。いやわからなくもないけど。


「皆殺しの前に、まずは現状の把握をしたくて。最近も親衛隊は頻繁に店を訪れてます? 特にあのファッキウって奴について聞きたいんですけど」


「んー? そういや最近あの野郎は見ねぇな」


「私もお見かけしていません。他の方……ディッヘさんやキスマスさんは先日お店に来られましたけど」


 知らん名前が出て来た。恐らく二人ともルウェリア親衛隊なんだろう。って事は、どっちもヤバいレベルの変態って事だな。


 そんな事より、やはりファッキウは最近来てないのか。選挙の準備もあったんだろうけど……これで裏が取れた。奴は以前ほどルウェリアさんに執着していない。単に心変わりなのか、それとも――――変わったのは中身なのか。


 後者だとしても、真相はまだわからない。俺みたく転生した可能性もあるし、違う可能性もある。例えば怪盗メアロが化けていたように、他の誰かが成り代わっているのかもしれない。


「出来れば連中と接触したいんですけど、いつ頃来てますか?」


「ああ。それなら――――」


 御主人が顎で店の出入り口を指す。


「今来たぞ。そいつがディッヘって野郎だ」


 そこには、一人の青年が立っていた。


 外見上はかなり厳つい。銀色の髪は短く、五分刈りに近いくらいで、眉は限りなく薄い。服装は地味で、くすんだ緑色を基調とした布製の服一式に身を包んでいる。体型は俺をはじめとした標準的な一般市民と大して変わらない。


 そんな彼が――――


「本日もお日柄良く! どうか御私に娘さんを下さい! 御私が必ず! 必ず不幸にしてみせます!」


 とても元気よく、意味のわからない懇願を御主人にしていた。


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