第446話 まさか遠距離攻撃か……? だとしたら厄介だな
まさかティシエラ、あのグランディンワーム目掛けてデスボールを撃つ気じゃないだろな……?
明らかにエヴァンナのデスボール着弾点より手前のあの場所へ撃てば形式上は敗北を意味する。当然それは理解しているだろう。
……そう言えばあいつ、護衛に託けてモンスターと戦いたがってたな。エヴァンナとの勝負よりもモンスター退治を優先するつもりなんじゃ……
「あの年齢でモンスターを狩るのは危ういですな」
「……?」
「多感な時期に自身より遥かに巨大な敵を粉々にする優越感。或いは支配欲。それを知ってしまったが故に転落した天才児は少なくないのですよ」
セバチャスンのそんな呟きに背筋が凍る。
まさか、俺と関わった事でティシエラの未来が――――人格が変わるなんて事があり得るのか……?
この世界の住人になって半年やそこらの俺には、モンスターがもたらす影響について実感の伴った理解は難しい。けど理屈はわかる。
異形の存在であり人類の敵でもあるモンスターは、どんな形で倒そうと罪には問われないし咎められもしない。倒した数だけ報酬やレベルアップの恩恵が得られるんだから、寧ろ格好の標的だ。それこそ、元いた世界のゲーム内でモンスターを狩りまくるのと同じような感覚なのかもしれない。
どれだけ惨たらしく切り刻んでも、残酷なまでに破壊しようと許される。それどころか褒め称えられる。その行為を続けていれば……魔法による殺戮行為そのものに対する倫理観が薄れかねない。
「どれだけ大人びていても子供は子供なんだよね。子供は純粋だから大人よりも外部からの影響をモロに受けやすいし、自分の中に芽生える感情を素直に受け止める。モンスターをいとも容易くグロテスクに潰せてしまう魔法は、時として子供に決定的な残虐性を植え付けてしまうのさ」
その魔法を日常的に使っているソーサラーのメリンヌが言うんだ。説得力がない筈がない。
大きな力は往々にして人間を歪ませる。権力や財力もそうだし、純粋な力……殺傷力もそうだ。だから強大な力を得て尚且つ人格を安定させるには、相応の精神力が必要になる。
一流のプロスポーツ選手が良く『高い技術を身に付ければ自然と精神も安定する』と言っていたのを思い出す。根深く残る精神論に対するアンチテーゼであり、真理でもあるんだろう。実力を高め実績を積み、そこに根拠があれば自信は深まり心に余裕ができる。それは確かに理に適っている。
けど実際問題、トップアスリートが私生活で問題を起こしたり不安定な精神状態に陥って醜態を晒したりする事例は珍しくなかった。結局はそれも個人差なんだと思う。
力や技術は、自信になる事はあっても確定的なものじゃない。そしてそれは未来だって同じだ。
俺の知る11年後のティシエラは立派な人間に成長している。けど11年前のまだ子供だったティシエラが、順調にそこまでの道を歩んでいたとは限らない。何処かで歪んで、その後矯正したのかもしれない。
それならまだ良い。
けど……未来そのものが変わってしまう恐れもないとは言いきれない。俺の知るティシエラが、今まさにデスボールを放とうとしているティシエラのこれからを保証する訳じゃない。
「待てティシエラ!! 撃つな!!」
俺の声はティシエラに――――
届かなかった。
ティシエラの放ったデスボールは、今まさに地中から出ようとしていたグランディンワームを大地ごと抉り、そのまま大規模な破壊を生んだ。
「ぐっ……!」
先程以上に地面が揺れる。凄まじい爆発音が頭の芯にまで響いてきて思わず倒れ込みそうになるのを必死に耐えるのが精一杯だ。
音が止んだ直後、顔を上げて前方を眺めると――――恐らくグランディンワームが出現したと思しき地点には土煙が立ちこめ、暫くするとクレーターのように大きく陥没した地面が露呈した。
「これは……想像以上だね。デスボールは攻撃魔法の中でも高威力で知られてはいるけれども、これだけの破壊力を生み出せるソーサラーはギルドの中にも数人……片手で数えられる程しかいないよ」
「……」
興奮気味に語るメリンヌとは対照的に、エヴァンナは呆然としたまま絶句している。その顔を見れば、魔法使いとしてどちらが格上なのかは明らかだ。
けど……
「だが勝負はキミの勝ちだ、エヴァンナ。おめでとう」
やっぱりそういう事になるのか。恐らく覆らないだろうけど異論くらいは唱えておくべきだろうな。
「待って下さい。今のは緊急事態でしょ? モンスターを倒す為に撃った魔法なんだから……」
「立会人を設けての一発勝負。如何なる理由があれ、今の試技をやり直す事は出来ないよ」
なんて融通の利かない……と言いたい所だけど正論なのは否めない。例えば立会人のフレンデリアが中断を宣告していれば話は違っていたんだけど。
「エヴァンナさんはそれで納得できるんですか? 貴女は自分が優れていると示す為にリベンジを申し出たんですよね?」
「…………本意ではなくても、勝負は勝負でしょう」
そう言いながらも、エヴァンナは何処か安堵したような顔にも見える。今の言動、本心は本心なんだろうけどそれ以上に『子供に負けた』という事実を覆す実績を欲していたって事なんだろう。
当人のティシエラは……自分の魔法の着弾点に顔を向けたまま動かない。細かい表情まではこの距離じゃ把握できないから、今彼女が何を思っているのかはわからない。
自分の魔法がモンスターを蹂躙した事実に対して、一体何を感じているのか。後悔はないのか。俺には何も把握できない。
もしあのモンスターが人を襲っていたり、ティシエラや俺達が聖噴水の効果範囲外にいたりしたのなら、勝負より人の命や安全を優先したと美談で終わる話だ。けど今回はそうじゃない。
モンスターを倒す事が大人と見なされる近道だとティシエラが思っていたのなら、それは……
「妙だね。地面の微振動が消えない」
不意に聞こえて来たその声が、誰の発したものなのか即座には理解できなかった。それくらいメリンヌの声には今までにない警戒感と緊張が滲んでいた。
「どういう事ですか? 仕留め損なったとか?」
「んー……あの規模のデスボールならグランディンワーム程度は一撃で仕留められるよね」
俺には彼女の言う『微振動』とやらは感知できない。さっきは揺れているのがわかったけど、今は全く把握できない。けど自分の感覚なんて今はどうでも良い。
「だったら……敵は一体じゃなかった、って事ですかね」
こういう不穏な状況では常に最悪を想定。当然の判断だ。
「それはないと思うけど。グランディンワームは群れで行動する事は滅多にないのよ」
「なら今回が稀な一例って事でしょう」
「……」
エヴァンナの歯軋りが聞こえる。余所者の雑魚が私に歯向かうな、とでも言いたいんだろう。けれど俺を睨み付けてきた彼女をセバチャスンが険しい顔で制した。
「正否は兎も角、その可能性は考慮しておくべきです。安直に楽観視すべきではありません」
「だね。そういう意味では、さっきのグランディンワームとは無関係で地震……この規模なら前震かな。それが起きている可能性さえもゼロじゃない。例え天文学的な確率であっても」
メリンヌの発言は半分くらいは俺に対する皮肉だろうけど、もう半分は本気で言っている筈だ。
あらゆる可能性を網羅する。それが緊急時の出発点。警備員の基本的な心構えでもある。
「万が一本当に前震ならば、本震が起こる事も懸念せねばなりません。御嬢様、暫く様子を見ましょう」
「あ、ああ……」
オラオラ系の口調とはいえ箱入り娘。フレンデリアは予想外の出来事に困惑を隠せずにいる。
現実的には微振動とやらが地震の予兆って事はないだろう。本当はシレクス家の二人には城下町に戻って貰った方が良い。
けど俺がそう進言すれば、自分の発言を根本から覆す事になる。それは言えない。
既に一度、このフィールド内でグランディンワームが二体同時期に出現した現場に出くわしている。根拠のある懸念なんだ。
「ティシエラに戻るよう言ってきます」
とはいえ、その経験をいつしたかと問われるのは都合が悪い。率先してティシエラの方へ向かったのは、そんな心理が働いたからかもしれない。
いや……違う。
ティシエラが心配だった。
まだ少女のティシエラが『モンスターを虐殺する行為』に魅入られていないか、それが酷く気になった。
わかってる。この時代、この世界における部外者の俺が、そんな事を気にしても何の意味もない事くらいは。だけど気になって仕方がない。その衝動が足を突き動かしている。
ティシエラ――――
「……!!」
思わず足が止まった。
信じ難い光景だった。
ティシエラが先程破壊し窪んだ筈の地面が……隆起している! それも急激に!
「嘘……」
いつの間にかティシエラの声が聞こえる所まで接近していたらしい。絶望の眼差しでその光景を凝視しているティシエラに、場違いにも程があるけれど……俺は安堵していた。
「ティシエラ!」
再び足が動き出す。そこからティシエラの傍まで駆けつけるのに10秒とかからなかった筈だけど、その間にも隆起は更に進み、さっきよりも濃い土煙を巻き起こしている。
地震の線はこれで完全に消えた。ただ俺の唱えた説――――二体目のグランディンワームの可能性も急速に薄まっていった。
仮に二体目だとしたら、今しがた大爆発が起きたその場所から現れるだろうか?
恐らくは否。
ならこれは……
「仕留め損ねたの……?」
ティシエラの見解が正しい。さっき出現しようとしていたグランディンワームがまだ生きていたんだ。つまりメリンヌの読みが外れた。
いや、それだけじゃない。エヴァンナも異論を挟まなかったしティシエラ本人も信じ難いって顔をしている。つまりソーサラー3人が揃ってグランディンワームの装甲もしくは生命力を読み違えたって事になる。
多分それは通常あり得ない。
でも――――
『常連の冒険者連中から聞いた話なんだけどねえ。最近、周辺のモンスターが妙に力を増してるんだと。何か心当たりはないかい?』
さっきの若かりし女帝が話していた事が本当なら、その限りじゃない。
グランディンワームが強化されているのなら、ティシエラのデスボールに耐えたとしても矛盾は……
「うわっ!!」
隆起していた地面が轟音と共に噴火した――――
……と一瞬本気で思うくらいの大規模な何らかの噴出。多分ブレス系の攻撃だと思うけど……何だこれ。急に蒸し暑くなってないか?
って事は、今のは熱波なのか。その熱がここまで伝わって来やがった。
何なんだこれは。グランディンワームのブレスはこんなんじゃなかったぞ? まさか遠距離攻撃か……? だとしたら厄介だな。
聖噴水はあくまでモンスターを近寄らせない為のものであって、攻撃を防ぐバリアとは違う。それでも城下町がモンスターから被害を受けていないのは、『聖噴水のある場所を攻撃する』という意識そのものをなくしているからだろう。
でも今の俺達は城下町の外にいる。直接目視されてターゲットにされるのはマズい!
「逃げるぞティシエラ! ここにいたら危険だ!」
「え? あ……でも」
「拘るな!」
緊急事態だからこっちも穏やかに言える余裕はない。ティシエラが何に拘っていたのかは今は確認しなくて良い。とにかく図星を突いて行動を強制するしかない。
「早くこっちに!」
「……」
戸惑いつつも、ティシエラは俺の方に向かって走り始めた。色んな感情が渦巻いているだろうに、こういう局面で子供であろうと判断を誤らないのは流石だ。
もしこいつがグランディンワームの強化版なら、恐らく行動パターンそのものは俺が知るグランディンワームと変わらない。けどさっきのブレスは明らかに獲物がいない地点でありながら噴出していた。
それはグランディンワームの生態と異なる。
つまり別種のモンスター。
って事は、これからの行動も予測は出来な――――
「……!」
ぐっ……なんつーデカい音だ。両耳を塞いで蹲らないとやり過ごせないくらいの轟音。一瞬でも気を抜くと意識が飛びそうになる。
そしてこの音は……間違いない。モンスターが地中から姿を現したんだ。
グランディンワームが地面から出て来た時もかなりの迫力があった。けどこんな物凄い音じゃなかった。
恐ろしいけど……顔を上げて確認しなくちゃならない。一体どんな怪物が出て来やがったんだ……?
「何よ……これ……」
そのティシエラの呟きとほぼ同時に、俺の視界にも"それ"が映った。
グランディンワーム……とは全く違う。ワームですらない。
そもそも。
コイツが地中にいるイメージが全くない。
「クマじゃねーか!!」
土の中から巨大熊が現れた! じゃねーんだよ! なんでここでクマなんだよ!
元いた世界で巨大熊と言えばヒグマやホッキョクグマだけど、その次元じゃねぇ。人間なんて一呑み出来るくらいのデカさだ。
つーかこんなクソデカ熊が地面に潜ってた意味がわかんねーよ! こんな山奥でもない平地に冬眠でもしてたのか!?
「グルルルルルルルルル……」
げっマズい。俺のツッコミがお気に召さなかったのか、露骨にこっちを睨み付けてきた。
確か熊って一度獲物と見なした相手は執拗に追いかけてくるんだよな。熊とはいえブレスっぽい攻撃を持っているみたいだし、聖噴水の効果範囲内だから安全圏とは言えない。
……仕方ない。
「ティシエラ! 仲間のいる方に逃げて指示を仰げ!」
返事を待つ余裕はない。城門に沿いつつ、フレンデリア達がいる方向とは真逆へ向かって走る!
幸いにも想定通り、巨大熊は俺の方に視線をロックオンさせて首を大きく回している。これでティシエラや他の連中が狙われる事はないだろう。
問題は、このまま逃げられるかどうか。確か熊ってメッチャ足が速いんだよな。俺の機動力じゃあっという間に追い付かれて踏み潰されかねない。
だからこそ、この行動は重要だ。
虚無結界の発動条件を満たす為には。
精霊は喚べないけど虚無結界は問題なく使えるだろう。後は結界を出現させる条件――――死を強く意識する事で生じる根源的な孤独を感じれば良い。
ただし、その孤独は『仲間が周りにいない』って意味じゃない。仲間がいるシチュエーションで今まで何度も出現させてきたからな。孤立は結界の出現とは無関係だ。
重要なのは、一度経験した『自分の死』の瞬間をイメージする事。あれこそまさに孤独だった。でもティシエラ達といたら、それより先にティシエラやスティレットの死を連想してしまう恐れがある。怖いのはそれだ。
ギルドの仲間達や成人のティシエラなら問題はなかった。みんな俺より強いから。俺が一番死ぬ可能性が高いと心から思える状況ならば問題ないんだ。
けど子供のティシエラやスティレットが近くにいるのはマズい。子供というだけで俺よりも脆い存在だという固定観念が生じている……気がする。物凄くする。
よってティシエラ達から離れた方がより確実に虚無結界を出せる。結界さえ出せれば例え相手が巨大熊だろうとベヒーモスだろうと生き残れる。
最終的には西門以外の……この方向だと北門が一番近いか。北門から城下町に入る事が出来れば無事に逃げ切れるだろう。
「グルル……」
巨大熊は身体を丸め、ゆっくりと俺の方へ向かって加速を始めた。
スリリングな追いかけっこの始まりだ。
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