第147話 もう金しかないなぁ

 食い逃げ? あいつが? 金たんまり持ってるのに?


 ……何で?


「最初は相手にする必要もないと思っていたけど、ただの言いがかりにしては理由が妙に庶民的過ぎるし、一応調べてみたの。そうしたら……」


「事実だった、と?」


 力なく首肯し、顔を上げるフレンデリア嬢の目が、何か……怖い。ジト目というよりガチで睨まれてるっぽい。まるで俺に原因があるかのような――――


「貴方も同席していたそうじゃない」



 ……あ。



 ああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!



 マイザーが娼婦のエリーゼさんとウチのポラギを相手に騒動起こした時、第三班の四人でメシ食ってたあの飲食店!


 確かエリーゼさんの悲鳴を聞いて飛び出して、マイザーを追って、奴と戦って、その後……支払いしてねええええええええ!


 迂闊だった。マイザー戦の精神的疲労もあって、全然そっちに頭が回らなかった。マジ無銭飲食じゃん……


「一応、十倍の金額を支払って陳謝しておいたけど、他の候補者陣営にもバレたみたいで、ヘイトスピーチ食らいまくりよ」


「す、すみませんでした! ご迷惑おかけしました!」


 人生でそう何度もない、心からのリアルガチ謝罪。いやでもあの戦いの後で『やっべあの店で金払ってなかった』って思い出すの難易度高いって! 実際四人いて誰も気付かなかったし……


「コルリ。悪いけど彼と二人きりにして貰える?」


「承知致しました」


 露骨な人払い!? もしかしてお嬢様、激おこですか……!?


 土下座でも請求されるんだろうか。いや土下座程度ならもう躊躇なくしちゃうけど。そのレベルの大失態なのは自覚してるし。


「一人で来たのは正解ね。こんな事、他の人がいる前では……」


 お嬢様は真顔だ。もしかしてこれって、土下座では済まない流れ? 音もなくスッと暗部的な方々が出てきて、落とし前に指とか落とされる感じ? マジヤバくね?


 ちょっと前にシャルフの魔法で何本か指吹っ飛んだけど、あれは一瞬のうちの出来事だったからな……今の方がガチで怖い。


 でも、俺とこの人は転生者同士。同じ境遇に身を置く者として、通じ合う何かがきっとある筈。何かうまく理解を得られるような事を言えば、俺の言葉ならきっと彼女に届くはず……!


「あ、あの、本当に申し訳ありません! 食べてる最中に女性の怯えるような悲鳴が聞こえたもので、これは一刻を争う事態だと支払いしてる時間も惜しんで飛び出してしまって……! しかもその後の変質者との戦いは熾烈を極めて、精も根も尽き果て――――」


「えっ、何? 無銭飲食の件なら、十倍支払った報告でもう話は終わってるけど?」


 俺たち何もわかり合えていない!


 あの真顔は本当にフラットなだけだったのか……随分サッパリとした性格の人だな。助かったけど、逆にちょっと怖いくらいだ。俺にはこんな切り替えとても出来やしない。


「トモ」


 そんな俺の劣等感なんて何処吹く風、フレンデリア嬢の目は未来を向いているように見えた。


「私は今回の選挙、どうしても勝ちたいの」


 けれど、その目は決して前向きなだけじゃない。寧ろ妙に切実で、泣きそうにさえ見える。何が彼女をこんな表情にさせているのか……


 心当たりが一つだけある。


「それは、フレンデルが相手だからですか?」


 前回の来訪時には、敢えて出さなかった名前。でも彼女の顔を見た今は、人払いした意図がこれだとわかる。


「……私はね、その男に何の面識もないんだけど、もし選挙で負けたら、何もかも失いそうで怖いのよ」


 転生者の彼女にとっては、あくまで元の身体の持ち主の兄であって、他人も同然。でも周囲は違う。ワガママお嬢様とそれを甘やかす両親に追い出された兄が、華麗なる復讐を遂げたと見なすだろう。


 そうなれば、シレクス家の名は地に堕ちる。両親は笑い物にされ、フレンデリア嬢は無能の烙印を押される。


 ……と、そこまで悲惨な事にはならないと思うけど、少なくともフレンデリア嬢はそこまで考えている。あの思い詰めた顔を見れば一目瞭然だ。


「追放された兄には、私なりに何度か歩み寄ろうとしてみたの。でも、兄が応える事はなくて……今回の選挙出馬が答えなんでしょうね。兄以外にもシレクス家に良い感情を持っていない人達はたくさんいて……もしかしたら、私がコレットの足を引っ張る事になるかもしれない」


 元々、フレンデリア嬢は直感と厚意だけでコレットへの協力を申し出た。兄が選挙に出馬したのはその大分後だ。だから、彼女に責任は一切ない。


 それに、シレクス家の過去の悪行は全部元の身体の持ち主によるもので、今の彼女とは無関係。元を辿れば、娘に甘すぎる両親が原因かもしれない。


 でもその全てを背負って、フレンデリア嬢はコレットと共に戦おうとしている。無銭飲食の件を責める気持ちは、きっと彼女にはない。いや俺に対しては結構キレてるかもしれないけど、少なくともコレットに対してはそんな感情一切ないだろう。


 やらかした俺が何を言ったところで、説得力はないかもしれないけど――――


「仮に、シレクス家への悪感情が原因で選挙に落ちる事になっても……コレットは貴女と組んだ事、後悔しないと思いますよ。貴女と知り合ってから、あいつちょっと明るくなりましたし」


 コレットの友として、代弁せずにはいられなかった。


「今まで通り支えてあげてください。それと、立て替えて貰ったお金は近日中に必ずお支払いします」


 俺には選挙について協力できる事は殆どない。だからその分、彼女には頑張って貰いたい。


「だったら……」


 果たして、俺の力ない言葉は彼女の心に届いたのか。 


「そのお金で祝賀パーティ開きましょう! きっと大盛り上がりよ!」 


 普段通りのエネルギッシュなお嬢様の笑顔は、あまりにも雄弁だった。


 きっと彼女は彼女で、俺とは全く違う転生ライフを歩んでいるんだろう。もしかしたら俺より遥かにハードモードなのかもしれない。自分の知らないところで買っている恨みが幾つあるかわからない状況は、想像するだけでも結構な恐怖だ。ソリが合わない婚約者もいるみたいだし。


 フレンデリア嬢…凄い人だよ、あなたは…


 …この異世界生活、俺は周囲に恵まれただけに過ぎなかった…自力で適応できたのはあなただけだ…


 …なんとなくわかった気がする………なぜ叩き上げのはずの俺があなたにかなわないのか…


 守りたいものがあるからだと思っていた…守りたいという強い心が、得体の知れない力を生み出しているのだと…………確かにそれもあるかもしれないが、今の俺も同じことだ…


 …俺は俺の思い通りにするために…生前に成し得なかった自分らしさを発揮するために…自分の所為で出来た借金を返すために…そして安いプライドのために仕方なく足掻いてきた…


 だが……あなたは違う…生前の自分を取り戻すためじゃない。この世界を生きていた『フレンデリア』という人間をそのまま受け入れるために、限界を極め続け戦うんだ…!


 …だから失敗した俺を処罰することにこだわりはしない…


 …あなたはついにこの俺を土下座させなかった。まるで今の俺がほんの少しだけ尊敬の念を抱く持つようになるのがわかっていたかのように…


 …頭にくるぜ…! 金持ちで優しいお嬢様なんてよ…!!


 …………。


 やっぱ世の中金だな。金があると余裕も生まれるし、優しくもなれる。


 がんばれば増えていくし…お金がナンバー1だ!!


「でも、それにはまず三日後の公開討論会を乗り切らないといけないのよね。コレットには今、その練習をして貰ってるんだけど」


 公開討論会なんてやるのか。まあギルマスで最も重要な仕事の一つが五大ギルド会議らしいから、ディベートが出来ないと話にならないんだよな。


 そしてコレットにとっては大きな壁になる。口下手な上に人見知りだもんな……


 恐らくベルドラックは来ないだろうから、メカクレと一対一でトークバトルか。性転換したあいつは妙に恥ずかしがり屋っぽくなってるから、割と勝算はありそうだけど……万が一粗探し野郎だった頃の奴が相手なら勝ち目はない。


 策士のファッキウが付いているし、油断は出来ないな。


「一つだけ、協力できる事があります」


「それは朗報ね。何?」


 目には目を。歯には歯を。ヘイトスピーチにはヘイトスピーチを。


 つまり――――奴等の弱味を握る。





「……王城に忍び込む?」


 夜になり、ギルド員も総じて帰宅の途についた時間、残って貰っていたシキさんに用件を告げたところ、露骨に怪訝な顔をされた。


「出来る?」


「目的次第。話くらいは聞くけど」


 最大の目的は、ファッキウがネシスクェヴィリーテを盗み出した証拠の入手だ。


 王城に保管してあった剣を所有しているんだから、普通に考えれば盗んだと見て間違いない。でも証拠がなければただの憶測。奴のネシスクェヴィリーテが本物で、かつ王家から譲渡された訳じゃないと証明しなくちゃならない。


 ただ、俺が謎の人物に重傷を負わされ、ヒーラーの始祖ミロから魂だけ城に呼び寄せられた時、あの城には13人しかいないと彼女が言ってたのが気になって仕方ない。もしそれが事実なら、恐らく王様はあの城にはいない。まずはそれを確認しておきたい。


「難易度はかなり高いと思うけど、どうかな?」


 その旨をミロ関連以外の話せる部分だけ話したところ、シキさんは露骨にしかめっ面になった。


「ま、物があるかないかを確認するくらいなら時間さえ貰えれば何とでもなるけど……王城に忍び込んだ事がバレたら大罪だし、リスクが大きい分報酬も多くして貰わないとね」


 ……世知辛いったらありゃしない。もう金しかないなぁ! 金持って来い! 機嫌よう渡したるわ!


「って言いたいところだけど、無銭飲食に気付けなかったのは私の落ち度でもあるし、こっちの条件を呑んでくれるなら考えてあげても良いけど」


「条件?」


「ヤメをこっちのギルドに引き抜いて」


 ……おやおや?


「ちょっと、何ニヤついてんの。違うから、そんなんじゃないから」


「じゃ何でなの」


「……あのガキ、ソーサラーギルドだと浮いてて居場所がないって言ってたから。ここだと変人だらけだから溶け込めそうだし」


 成程、保護者目線なのか。年齢は俺より下なのに。何気に面倒見が良い人なのかもしれない。


「一緒に戦った経験あるし、戦力になるのは間違いないから、来てくれるなら歓迎するけど……ぶっちゃけソーサラーギルドほど良い仕事は取れないし、五大ギルド相手に引き抜きなんて難しくないか?」


「そこは隊長次第でしょ。リスクが大きい分報酬も多くして貰わないとね」


 さっきと同じ事を、全く違う意味で言ってきた。何気に洒落てるな。要はリスクの大きい仕事をさせるんだから、そっちも相応のリスクを背負えって事か。


「わかった。その条件を呑もう」


「了解。こっちは選挙の前までにネシスクェヴィリーテって武器が城内にあるかどうか探ればいいんだね」


「ああ。できるだけ早くお願い」


 こっちのリクエストに頷くでもなく、シキさんは素っ気ない態度を崩さないままギルドを出て行った。


 やっぱり、一度でも一緒に戦った仲間とは通じ合うものがあるんだな。組織を運営する上では大事なことだ。


 ……俺も、考えないといけないのかもしれない。


 モンスターが強すぎてレベル上げができないとか、周囲の人達が強すぎてどうせ追いつけないとか、そんな言い訳ばかりして鍛えるのを怠ってきたけど、何か戦力になれるものを一つでも身に付けておかないと、これから先『戦友』になれる機会を得られないようになる。


 コレットやディノーほど身体的に強くなるのは無理にしろ、一撃で戦局をひっくり返すような攻撃ができるようになれば、自分を戦術の中に組み入れられる。そういう武器か魔法を探すくらいの事はすべきだろうな。魔法使えるかどうかわからんけど。


 ま、それはおいおい考えるとして。 


 取り敢えず、打てる手は打った。後は上手くいく事を願うばかりだ。





 そんなふうに締め括った三日後――――



「はーい冒険者のみなさん静粛に! これより冒険者ギルド主催、ギルドマスター候補の三名による公開討論会を開催しまーす!」


『魔王に届け』の解説ぶりが好評だったらしく、冒険者ギルドの要望で進行役を頼まれたイリスがキラキラな笑顔でそう宣言する中、勝負の討論会は始まった。


 俺の予想に反し、ベルドラックの姿もそこにはあった。


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