第146話 ハーブティーって基本名前負け
ヒーラーによる娼館占拠事件は、当然ながらアインシュレイル城下町内における一大事として問題視され、緊急の五大ギルド会議が開催された。
前回の会議が最後と思われたダンディンドンさんも参加せざるを得ず、『もう会う事もないだろうが達者でな』的な渋い別れをした職人ギルド代表のロハネ氏とは、お互いバツの悪い顔で再会したという。俺は当然不参加だから、その愉快な現場を目撃できなかった。残念。
会議内における議題は、ヒーラーギルド【ラヴィヴィオ】の処遇。これまで関わり合いになりたくないからとヒーラーの横暴を黙認していた各ギルドも、今回ばかりはそんな訳にもいかず、ラヴィヴィオのギルマスであるハウクに対し、強い姿勢で一連の騒動に関する情報開示とギルドの可及的速やかな改善を要求した。
もし、いつも通り聞く耳を持たないのなら、ギルドの解散を求め全面戦争すら辞さない考えであると、四ギルドの意思を統一しハウクに通達。すると彼は、事も無げにこう言い切った。
「なら戦争だなぁ~~」
この返答は、決して予想できなかった訳じゃない。何しろヒーラーの中にモンスターが混じっていたという誤魔化し難い事実がある。ハウクがそれに気付いていなかったのなら代表者として致命的だし、気付いていたのなら人類への裏切り行為。いずれにしても、奴の立場はもうこの城下町では保てない。
「ま~ぁ安心しな。別にテメェらと生き残り賭けて殺り合うって訳じゃねぇ。オレらラヴィヴィオのヒーラーが不要かどうか、テメェらに判断する時間を与えてやるさ。せいぜいじっくり考えるんだな~!!」
そんな捨て台詞を言い残し、ハウクは席を立った。最初から謝罪どころか謝意すら見せるつもりはなく、決別宣言する為に会議に参加したらしい。
翌日、ラヴィヴィオのヒーラーはほぼ全員が城下町を去った。
事実上の魔王討伐ボイコット。最悪の展開だけど、もう共存の道は断たれたに等しいし、なるべくしてなった結果だろう。
奴等が何処へ向かい、何をしようとしているのかは、各ギルドの諜報員で結成された合同の調査隊が監視していくとの事。幾ら城下町から出ていったとはいえ、とても野放しにできる連中じゃないからな。
俺にとっては、奴等がいなくなったのはこの上ない朗報だった。ラヴィヴィオのヒーラーが殆ど街を去ったのなら、奴等の中の一人にしていた俺の借金は必然的に取り立てがなくなる。なら、あんな法外な額をいちいち支払う必要もない。
万々歳だ――――そう思っていた俺の元に、つい先日一通の手紙が届いた。
『史上最高の債権者が史上最低の債務者を戒めに来まシた! 真面目に返そうと思うのも一度なら、踏み倒そうと考えるのも一度! 機会が二度あナタのドアをノックすると考えないことデス! あナタの命を救ったヒーラーより』
……要するに、踏み倒そうなんて甘い考え持つんじゃねーぞ、いつでも催促しに来てやるからな、って事だろう。下手したら街に残って監視してる可能性さえある。
敢えて警告を無視して返却しないって手もあるけど、街からラヴィヴィオが消えた今、そのラヴィヴィオのヒーラーに絡まれてると却って目立つし周囲から白い目で見られかねない。よって、ここは真っ当に返して身綺麗にする方が良いとの結論に達した。命を救われたのは事実だしな。
そんなこんなで結局、ラヴィヴィオの亡命というスッキリしない形で騒動は幕を下ろし――――城下町は新たな局面を迎える。
冒険者ギルドのギルマス選挙だ。
あの娼館占拠事件の日、逃亡するシャルフを追いかけたコレットは街中を疾走し、かなりしつこく食い下がった。
最終的には逃がしてしまったんだけど、瞬間移動を繰り返すシャルフ相手に超スピードで追いすがるコレットの勇姿を大勢の冒険者が目撃したようで、図らずも『最近見かけなかったけど、ヒーラーの極秘調査をしてたのか』と好意的解釈をしてくれる人が続出し、何故か好感度がアップした。
加えて何気に大きかったのが、娼館との信頼関係の構築だ。
彼女たちをヒーラーから守り、シャルフの追跡にコレットが根性見せた事で、女帝をはじめ娼婦の方々に高い評価を得た。それによって、娼館を利用している冒険者に対し娼婦たちがコレットを誉めちぎり、思わぬところで支持層を拡大することが出来た。
また、このタイミングでディノーが正式に選挙を辞退。コレットの応援に回る事になった。
理由は……まあ、深くは考えないようにしよう。
よって、ギルマス選挙はコレット、メカクレ、ベルドラックの三人によって行われる事が決定。ベルドラックは選挙活動を一切していない為、他の二人がどうしても嫌だという冒険者の受け皿にはなるものの、それ以外の票は全く望めず、事実上のタイマンとなった。
山羊の悪魔ではなくなったコレットは現在、選挙活動に専念している。そりゃそうだ。ウチのギルドと契約していたのはあくまで物言わぬ謎のバフォメットであって、コレットは冒険者ギルドの一員。そっちを優先するのが筋だ。
元々レベル78という大きな強みがあり、しかも富豪のシレクス家がバックアップしてくれているとあって、選挙活動は順調らしい。主観だけど、コレットの場合顔も可愛いから、下心による男性票も期待できる。冒険者は男の数が多いから、その点でも有利だ。
一方、俺はあくまでアインシュレイル城下町のギルマスだから、選挙を気にかけつつも仕事の方を優先的にこなしている。
大半の
怪盗メアロの探索も再開。最近は活動していないのか予告状が届く事もなく、今のところ適度に忙しくも穏やかな日々が続いている。
ただし、街に残った数少ないラヴィヴィオのヒーラーの一人が現れた時は別だった。
「よう。再戦の約束、忘れちゃいないだろうな?」
娼館占拠騒動の日、最後まで大人しく馬車で束縛されたままになっていたマイザーは、その後ラヴィヴィオの他のヒーラーとは袂を分かち、一人で姿を消していたが……ある日ひょっこり現れやがった。
何故、奴からモンスターの気配がするのかは未だにわからない。エアホルグのように人間に化けている訳じゃないらしいが、だとしたら一体なんなのか。
再戦を受けて、こっちが勝ったら正体を明かすよう要求する事はできる。意外と律儀な性格みたいだし、言えば受けはするだろう。
「勿論忘れちゃいない。約束は果たすよ。再戦は100年後にしよう」
とはいえ、野郎とベロチューとか普通に無理。よって、期日までは明言していなかったのを有効活用した。
「……100……年後?」
「ああ。こんなにすぐ再戦しても、以前と何ら変わりないだろ? それじゃ意味がない。もっと舌技を磨いてからまたおいで」
「俺を……コケにしてるのか?」
「だって、自信の割にそうでもなかったし。10年や20年じゃとてもとても。100年経ったらまた闘ろうや」
「――――」
余程この日に賭けて仕上げてきたのか、マイザーは燃え尽きて真っ白になっていた。気の毒っちゃ気の毒だけど、ヒーラー相手に罪悪感を持っても仕方ない。お互い忘れるのが一番だ。
そして――――
「あら、一人で来たの? いらっしゃい」
選挙まで残り八日。
当日の警備について煮詰めるべく、シレクス家のフレンデリア嬢を訪ねた。
本来なら担当者のダゴンダンドさんも同行する予定だったけど、彼は偽痛風と思しき関節炎でダウンした為、現在は療養中だ。この世界の平均寿命はわからないけど、もうすぐ70ともなると病気がちなのは仕方ない。
「警備のプランが決まったんで、確認をと思いまして」
以前までは出来るだけ接触しないよう心掛けていたけど、彼女が転生者だとほぼ確定し、お互いわかり合っているであろう今となっては、避ける理由もない。向こうも俺が何者なのかを把握した事で会話しやすくはなってるだろう。
「取り敢えず、資料として纏めてきました。これに目を通して頂ければ」
「了解。すぐに読むから、貴方は適当に寛いでて」
今回は彼女の部屋じゃなく応接室での対応。客用のソファはかなり高級なんだろうけど、元いた世界の物と比べると座り心地は決して良くない。
「こちら、ゴールデンハーブティーでございます」
でもメイドさんっぽい人が応対してくれるのは、この世界ならではだよな。名前は確か……そうそう、コルリさんだったか。古の時代のアキバにいたお姉様方とは違って、コスプレ感は全くない。最大の違いは、服装も佇まいも給仕らしい点だ。一言で言うと浮いてない。
ただしゴールデンハーブティーとやらは薄すぎて何の味もしなかった。前の世界もそうだったけど、ハーブティーって基本名前負けだよな。
「幾つか質問があるけど良い?」
「あ、はい。承ります」
読むの早っ! 【速読3】でも持ってんの?
「基本的な警備体制については納得したけど、人員の配置基準はどうなっているのか教えて貰える?」
普段の彼女とは少し違うトーンの声。警備に関しては専門外だろうから俺たちに一任すると思っていたけど、どうやらそんなつもりはないらしい。
現在、ウチのギルド員は俺も含め総勢24名。ヒーラーとの激戦が評判を生んで新加入者が来てくれるかと期待したけど、そんな事はなかった。
当日はギルド総出で警備を行う。ただし24人という人数は、大規模な警備を行うには余りに少ない。かといって、アルバイトを募集する金もない。現状のメンバーで最適な配置をする以外にない。
選挙警備における主な役割は三つ。立候補者の安全確保。不審者のギルド侵入や選挙妨害を未然に防ぐ事。そしてギルド周辺を中心とした交通整備だ。
意外と重要なのは二番目。立候補者が無事だったら良いって訳じゃなく、トラブル自体を起こさせない、選挙中に混乱を招かない事が肝要だ。その為には、俺たち警備員が抑止力にならなくちゃならない。
「――――そこで、名前の売れているディノーとウチで一番の使い手のオネットさんをギルド前に配置し、妨害なんて出来っこないって空気を作ります。選挙自体が厳格に行われていると周囲に知らしめる効果もあります」
そんな俺の説明を、フレンデリア嬢は真剣な眼差しで聞いていた。
「選挙を妨害する仮想敵は、どんな連中を想定しているの?」
「現状では、やっぱりラヴィヴィオのヒーラーを第一に考えますね。次に冒険者ギルドに恨みを持っていそうな連中。魔王討伐に反対している一部住民が郊外にいるらしいので、その辺りです」
加えて……これはフレンデリア嬢には言えないけど、怪盗メアロが前に言っていた事が気になっている。
五大ギルド会議を荒らしまくった後、奴は俺の前に現れ、幾つかの助言を残した。その中でベリアルザ武器商会に出された偽の予告状は『組織的犯行によるもの』と言っていたけど……実際にはアイザックの単独犯だった。
普通ならこの時点でガセ掴まされたと憤るんだけど……よく考えたら、街を永久追放になってるあいつがベリアルザ武器商会まで予告状を貼り付けに来ないよな。この街には【気配察知】みたいな敏感系スキルを持ってる連中が複数いるからリスクが高い。
つまり、協力者がいる。計画はアイザックが一人で立てたかもしれないけど、奴に手を貸している奴等が必ずいる。
アイザックの目的は、十三穢の一つであるネシスクェヴィリーテの入手。現所有者のファッキウと手を組んでいるとは考え難い。かといって、ならず者を雇える金をアイザックが持っているとも思えないし……恐らく他に、目的を共有する組織もしくはアイザックを利用してネシスクェヴィリーテを手に入れようとしている連中が関わっていると見た。
ま、あくまで根拠の希薄な予想ではあるけど。怪盗メアロの助言をここまで重視しても良いのか、正直半信半疑だし。
「了解。当日の交通規制は商業ギルドと連携するのよね?」
「ええ。乗合馬車や荷馬車のルート変更は商業ギルドに一任しています。お互い持ちつ持たれつなんで」
バングッフさんは怪盗メアロ変装の件で他の五大ギルドに対する負い目があるから、今回は冒険者ギルドへの借りを返せるとあって、二つ返事で協力に合意してくれた。
「これなら大丈夫そうね。細かい注文は出すかも知れないけど、概ねこれで進めて貰って大丈夫よ」
「ありがとうございます」
良かった。これでダゴンダンドさんも浮かばれるだろう。肩の荷が一つ下りた気分だ。
にしても、仕事の話とはいえフレンデリア嬢にいつもの元気がないな。朝は弱いんだろうか?
「ふぅ……」
あ、露骨に溜息ついた。私の悩みを聞け、この苦悩を察して相談に乗れと訴えてくる圧を感じる。
仕方ない、さり気なく聞いてみるか。
「何かあったんですか? コレットが何かしでかしましたか」
「そうよ。困ってるの」
……適当に言ったのに当たっちゃったよ! あいつ何しでかしたんだよ!
「予想以上に風当たりが強かったとか? 山羊生活が長かったし」
「確かに悪魔の期間は長かったけど、コレットが選挙活動できない間も私たちでフォローアップしていたから、そこは大丈夫。この前は『魔王に届け』を舞台化して大盛況だったの。コレットは今や子供やお年寄りにも人気者なんだから」
俺の知らないところでそんな事が……ちょっと観てみたかった気もする。つーか劇場とかあったんだなこの街。
「コレットが復活してからは、毎日挨拶回りもしたし、順調そのものだったんだけど……一昨日、こんなリークがあって」
疲労感を漂わせた顔で、フレンデリア嬢はポケットから折りたたんだ一枚の紙を取り出した。最初からこの話する予定で用意してたんだな。抜かりねぇな……
「見せて貰って良いですか?」
「ええ」
畳まれた紙を受け取り、丁寧に広げてみる。
そこには濃いインクでこう書かれていた。
『冒険者ギルドのギルドマスターに立候補しているコレットは 食い逃げ犯』
……は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます