第148話 公開討論会
公開討論会の会場となったのは、魔王討伐キャンペーンの催しの一環としてダンスショーが行われていた広場。雨天の場合は冒険者ギルドで行われる予定だったけど、本日は快晴とあって、より多くの人達が見学できるようにとパノラマの風景が広がる青空の下で実施される事となった。
あくまで冒険者ギルドという一組織の長を決める選挙であって、住民に投票権はない。でも、この街を統治する五大ギルドの一角、それも魔王討伐という人類の至上命題(誤用の方)を担うギルドを誰が率いるかは、魔王城最寄りのこの街にとって重要な問題。住民の関心は当然高い。
それにこの街は、かつて冒険者として戦い現在は引退している冒険者ギルドのOB、OGも多い。彼らにとっても興味の対象とあって、広場内は大勢の人で賑わっている。
そして、やはり他の五大ギルドの連中も注目しているらしく、ソーサラーっぽい美人やギャング団みたいな商業ギルドの連中もチラホラ見受けられる。この様子だと――――
「お、いたいた。ギルマス、こっちこっちー」
やっぱりヤメもいたか。周囲に彼女の連れらしき人物はいない。1人で来たんだろう。
「やー、コレット緊張しまくってんじゃん。大丈夫なのアレ」
「俺は選挙関連にはタッチしてないからな……対策はちゃんとやってたみたいだから大丈夫だとは思うけど」
その割に、広場の中央で椅子に腰掛けるコレットの顔色は明らかに悪い。他の立候補者二人が平然としているのとは対照的だ。あがり症なのは知ってるけど、あれは不安の方が勝ってる顔だ。
まあ、もし俺が代わりにあの場にいたとしても憂慮するだろうし、真っ当な感情だとは思う。それにしたって顔色悪過ぎるけど……あれ何色? ドス紫?
「コレット、ヤメちゃんと同じでぼっち族だもんなー。こーゆーの慣れてないだろ」
「だろうな。ところでヤメ、ウチのギルドに来ない?」
『ぼっち』ってワードでシキさんから頼まれてたのを思い出した。とはいえ、そんなの知る由もない向こうは何の脈絡もない俺の勧誘にさぞ驚いた事だろう。
「ん? いーよ行く行く」
なんという即答! 驚かされたのはこっちだった!
にしても軽いなあ……向こうのギルドの方が稼げるのはわかってるだろうに、そんな安請け合いして良いんだろうか。
「ぶっちゃけ、ソーサラーギルドじゃ美味しい仕事って全部先輩が取ってっちゃうし、大して旨味ねーんだわ。こっちなら貧乏でも主力になれそうだし、自己顕示欲でビチャビチャになれる分マシっつーか? そんな訳でシクヨロー!」
「理由も言動も何もかも軽い!」
「当ーっ然! ヤメちゃんデブじゃねーし!」
腰に手を当ててカッカッカと笑うヤメを見て、若干の後悔が湧き出しそうになるけど、補助魔法得意なソーサラーは何かと重宝するし、ここは勧誘の円滑な成功を素直に喜ぼう――――
「私の見ている前でギルド員を堂々と勧誘? 随分とナメた真似してくれるじゃない」
あ゛……その声は……
「トモさん! またもお久しぶりです!」
ティシエラがルウェリアさんと連れ立って歩いて来た。人混みの中だというのに、ティシエラの不機嫌オーラの所為で一瞬で見分けがついた。
「確かに、会う度に久し振りって感じしますね。体調は大丈夫ですか?」
「はい。今日は特に好調です。上げた右足を下ろしきる前に左足を上げられる気分です。今なら空も飛べる気がする!」
飛べないです。
体調の良さから若干ハイなルウェリアさんとは対照的に、ティシエラのご機嫌はずっと斜めだ。作画崩壊したアニメの土手くらい斜面角度が急だ。
「……ヤメ。そんなにウチのギルドは苦痛だった?」
だからって急に重い質問やめて! メンタル的に転がり落ちそうになるから!
「えーっと。なんかヤメちゃん、一人だけ空気読めてない存在って感じだったから、居心地が悪いっていうか、相性悪かったんだよ。きっと」
「……そう」
そんなヤメの身の置き場のない立場を知っていたのか否か、ティシエラの沈んだ表情から窺い知る事は出来ない。気付けずにいた事への痛恨のようにも見えるし、気付いていながら手を拱いていた不甲斐なさにも見える。
いずれにせよ、ここでギルドの体裁を気にして引き抜きを断念させようとするティシエラじゃないのは、もう知っている。そろそろ付き合いも長くなってきた事だし。
「一度移籍したら、最低1年は所属を変えない事。貴女自身の信頼に関わってくるから。それは大丈夫?」
「んー、新参ギルドだし、その前に潰れちゃうんじゃない?」
「おい勝手に年内で潰すな! つーかそんなギルドに入るお前はどうなの!? 破滅願望滾り過ぎだろ!」
にへーっと笑うヤメは、なんか楽しそうに見える。その顔を見て、ティシエラは何か納得したような、踏ん切りが付いたような表情で俺と向き合った。
「確かに、貴方のギルドの方が彼女には向いているのかもね。ただし、雑に扱ったら殺すわよ」
「そんな過保護っぽい事言うくらいだったら、もっと前からケアしてやれば良かったのに」
「ぐ……」
珍しくティシエラに口で勝った! 両手を突き上げてガッツポーズしたい気分だけど、それは流石に抑えよう。
「事情はわかりませんが、円満解決のようで何よりです。やっぱり職場は、自分に合っている所が一番ですから」
「私は全然スッキリしてないけど……」
ぺかーってオノマトペが後ろに見えるようなルウェリアさんの笑顔に、ティシエラは若干顔をしかめつつも毒気を抜かれていた。
この二人が仲良いの、単に趣味が合うからってだけじゃないのかもしれない。
「あ、そろそろ討論会が始まりそうです。見ましょう」
「コレット大丈夫かー? なんかさっきより顔死んでね?」
イリスによる各立候補者の説明が一通り行われる間も、コレットは終始血の気が引いた顔のまま……いや、ヤメの言うように更に悪化した顔色で、どうも現実逃避を始めたらしく虚無と化していた。
今なら眼球に蝿が止まっても動きそうにない。ヤメ以上に生ける屍と化したコレット。死ぬことにしたコレット、略して『死コレット』と名付けよう。あ、ダメだ。これアウトだわ。松野家の三男みたくなってるじゃん。
「それでは、各立候補者に討論して頂く最初のテーマは……魔王討伐! キャンペーンまでやったのにあんまり捗ってないですよね。もし皆さんがギルドマスターになったら、この本分であり難題にどうチャレンジしていくのか、熱い激論を交わして下さい!」
イリスの煽りによって、冒険者をはじめとした観客の注目が三人に集中する。実際、この討論は選挙活動において極めて重要な意味を持つ事になるだろう。
コレットは魔王討伐についてどう考えているのか、俺も少し興味あるしな。
「それじゃ、まず俺から」
……あれ? メカクレ、初期の頃に戻ってるな。メス化した筈なのに。性転換を一時的に解いてるのか? そんな方法があるのかは知らないけど……これはマズい流れだ。
「えー、ぶっちゃけ今の冒険者ギルドはクソだと思ってます。だってそうでしょ? 魔王討伐には全然行かないし、対策を練ってるのかもしれないけどそういうの全然外からはわからないし、この前は簡単にモンスターの侵入許すし。せめてヒーラーが暴れた時くらい役に立てって話ですよ。なのに何にもしないし。仕事してんの? つーか何してんの? って感じじゃないっすか。大体、この街って冒険の最終到着点でしょ? 次の目標地点は魔王城なんだから。なのに冒険者って……もう冒険しねーじゃんっていうね」
初期の持ち味を取り戻したメカクレのキレッキレな事。まさかここまで痛烈に現体制を批判するとは。まあ、今のギルマスとサブマスはコレット推しだから、最初からそういうスタンスで行くと決めてたんだろう。
でも、次の言葉は予測できなかった。
「冒険者ギルドって、もう要らなくないっすか?」
まさかの――――存在否定。
いや、お前その冒険者ギルドの代表になろうってんだろ?
参謀と思しきファッキウの姿は、この周囲には見当たらない。でも、これがメカクレの暴走って事もないだろう。
「そこんとこ、お二人に聞いてみたいっすね。どうなんすか? 全然選挙活動もしないで何処かほっつき歩いているベルドラックさん」
完全に喧嘩腰で、目上の相手であるベルドラックに投げた。討論用に用意した演技プランなんだろうけど……随分大胆な真似するなあ。
これは間違いなく、冒険者達に自分という存在をアピールする為の逆張り戦術だ。マジョリティを全否定して、反感を買いつつ注目を集める炎上商法。当然、本心から冒険者ギルドに存在価値はないと思ってはいないだろう。
まずは火だるまで他の二人に抱きつき、延焼させる。その上で自分だけ先に消火して、1人だけ生き延びる。恐らくそういう展開を狙っている筈だ。
「俺か……そうだな。お前の言う事は一理ある。現在の冒険者ギルドは少々、魔王討伐に消極的過ぎるきらいがあるのは認めざるを得ない」
現役2位、レベル69のベルドラックの言葉は周囲の冒険者たちを一瞬で緊張にいざなった。同じ60台でも、メカクレとはやはり重みが違う。
「だがそれを言うなら、お前は何をしていた? お前もその中の1人だった筈だ。今、魔王城は冥府魔界の霧海……毒素の濃い霧に覆われ、近付く事さえ困難だ。これまで何か対策を講じようとした事はあるのか?」
意外にも、寡黙だと思っていたベルドラックはスラスラと意見を述べ、メカクレに痛烈な一撃をお見舞いした。というか、冥府魔界の霧海って名前、よく覚えてるな……
「正論ね」
心なしか、ティシエラが満足げだ。そんなに自信あるの? あのネーミングに? なんで?
「勿論してきましたよ。何度も現場に足を運びましたし、魔法やアイテムでどうにか対抗できないか試してみました。でも、方法はなかった。冒険者の限界なんですよ。貴方だって突破しきれないから、今ここにいるんでしょ? ボクより強い筈なのに、手も足も出ない。なのにボクだけ悪者扱いってズルくないっすか?」
「……」
あ、黙った。
まあ言った者勝ちって気もする。メカクレが本当に色々試していた証拠なんてない。でもそれを『証拠はないですよね』と指摘するのも狭量。それがわかっているからこそ、ベルドラックも二の句が継げないんだろう。
「ま、良いっすけどね。貴方のスタンドプレーは冒険者ならみんな知ってますし。じゃ、次はコレットさんお願いします」
「へ? あ、は、はい……」
うわ……ダメそうだ。このテーマは鉄板だし、恐らく事前に予想してマニフェスト的なものを用意してるとは思うんだけど、今のメカクレの粗探しモードには対抗できそうにない。
「えっと……冒険者は……その……」
気付けコレット。メカクレの土俵で戦っちゃダメだ。それじゃ長所は発揮できない。
コレットの良さは――――
「コレットさん! がんばってください!!」
……ルウェリアさん?
「あ……すみません。つい」
討論会に運動会のような応援の掛け声。当然目立つ。
そして次の瞬間、どっと笑いが起こった。
「そーだ頑張れ!」
「そんな緊張しなくても、別に取って食われりゃしねーよ!」
「ガツンと言ってやれ! 俺はアンタの味方だ!」
次の瞬間、方々から温かい声援が飛ぶ。
そうだ。コレットには好感度がある。他の二人とは根本的に他者からの心証が違うんだ。
『魔王に届け』での一投、そしてシャルフへの追跡。何より、レベル78という実績の割に、まるで圧力を感じさせない性格。そんなコレットの長所を纏めるなら『人柄』になるだろう。
誰だって嫌な奴を上司にはしたくない。どんな策を弄したところで、最終的にはそこの勝負になる。だからコレットが絶対優位なんだ。
「……あはは」
バツの悪そうな笑みを浮かべ、コレットはルウェリアさんに向かって何かを言った。多分、感謝の言葉だろう。
「コレットさん、今何か言いました。私の場違いの激励に対する呪詛でしょうか」
……発想が暗黒武器に染まりすぎですルウェリアさん。
何にせよ、彼女の作為なき激励によって、コレットの顔色は劇的に良くなった。
「えっと、私は冒険ギルドにはまだまだやれる事がいっぱいあると思ってます。要らないギルドは極論じゃないでしょうか」
「なら、その具体的な中身を教えて欲しいね。一体何ができるのかをさ」
「私が魔王討伐のプランとして掲げるのは、段階的戦略です。第一にあの霧を消失させなければいけません。理想は、霧の消失と同時に全戦力を投入して魔王城への侵入を図ります。必ず隙ができている筈ですから」
微妙に棒読みなのは、ここから事前に用意したセリフだからなんだろう。それでも、カンペ読まないだけマシか。
取り敢えず、これなら大丈夫そうだな。このまま無難な討論会って感じで終われれば、間違いなくコレットが選挙で勝つだろう――――
「その霧、本当に消せるんですかね。アンタらに」
そうタカを括っていた。
メカクレの鋭く吊り上がった目が、前髪の隙間から覗くまでは。
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