第149話 男ってほんとバカ
見覚えがある――――それがメカクレの目を見た第一印象だった。
俺には目を見て何かを悟るような力はないけど、それでも一線を越えた目付きや眼球の動きくらいはわかる。別に取り乱している訳じゃない。憎んでいるようでもない。奴の目にそんな特殊性は見当たらない。
ただ……虚しい。何もかもが空虚。
言い換えれば虚無。
前の世界の俺がいつも鏡の向こうに見ていた、世の中の全てにふて腐れていたようなあの目だ。
「ボクは知ってるんすよ。あの恐ろしい霧を消してしまえる方法を」
その言葉に、周囲に集まっていた観客がどよめく。
俄に信じ難い話だし、鵜呑みにするのが早計なのは誰もがわかっているだろう。それでも、魔王討伐最大の障壁になっているあの霧を消せる方法を知っていると言われれば、耳を傾けざるを得ない。
「ただし、その方法はここでは明かせません。ボクがギルドマスターになったら冒険者全員で共有する事を確約します。そして、その方法を知るボクに言わせれば、貴方達では再現不可能なんすよ」
……厄介な事を言い出しやがったな、あいつ。
これは事実上の公約だ。自分がギルドマスターになったら必ず霧を消すって言っているのと同義だからな。
奴が本当に霧を消す方法を知っているかどうかはわからないけど、その真偽は余り関係ない。要は投票権を持つ冒険者達が、それを信じるか否か……信じたいか否かだ。
確証なんて何処にもない。でも、この状況で堂々と『選挙で勝てば霧を消せる方法を開示する』と言ってのけた事実が、聴衆にバイアスを与える。『そんなすぐバレるような嘘をつく筈がない、ならこれは真実に違いない』と。
実際、もしメカクレが当選して、その後にあれは嘘だったと言ったならば、その時点で奴のギルマス人生は終わる。メカクレはレベル60台の猛者だけど、騙された冒険者達全員が相手では多勢に無勢だ。
ただし、実現が難しい適当な方法をでっち上げて『本当なんだけど今は実行に移すのが難しい』と誤魔化す事は出来るだろう。例えば『ここには存在しない幻のアイテムの○○○が必要、それが見つかれば霧を消せる。見つかるまで探索しよう』とでも言えば、一応その場凌ぎくらいは出来る。
でもそんな詐欺行為も、早々に見抜かれてしまうだろう。この街に辿り着いた連中は、単に腕に覚えのある強者ってだけじゃない。総じて思考力も高い……かどうかは兎も角、抜け目のない奴等ばかりだ。
だからこそ、『そんな面々を相手にハッタリかますなんて無謀な真似をする筈がない』というバイアスがかかる。そして信憑性が増す。現実には何の根拠もないのに。
「レベル78と69。アンタらがスゲー冒険者なのは認めますよ。60台まで上げて、そこから更に伸ばすのがどれだけ難しいか、ボク自身よく知ってますからね。アンタ等ならきっと、大抵の事は出来るんでしょうよ。でも霧は消せない。絶対にね」
これまでの討論で、奴はコレットとベルドラックが霧を消す方法を入手していないと把握した。だから、二人が明確に反論できないのもわかっている。その上での口撃だ。
メカクレの野郎が霧を消す方法を知っていようがいまいが、この舌戦は他の二人にとって分が悪い。唯一の反論材料も――――
「なら何故、お前は今日までその方法を黙っていた? 霧を消す方法を知りながら実行に移さなかった?」
「見つけたのがつい最近なんすよ。それなりに準備もいるし、リスクもある。死と隣り合わせっすからね。そんな簡単には無理なんすよ」
こう答える事で逃げられる。
間違いない。この討論の流れをメカクレに指示したのはファッキウだ。如何にもあの野郎が授けそうな奸智だ。
「あー、これはもうダメかもわからんね」
ミもフタもないヤメの意見に、残念ながら同意せざるを得ない。聴衆の目は完全にメカクレへと向けられている。ここからの逆転はちょっと無理っぽいな……
――――その後も、公開討論会は滞りなく進んだ。
冒険者ギルドの長としての心構え、どんな仕事を提供できるようにするか、他の五大ギルドとの付き合いはどう考えているか……など、予め用意されていたテーマを元に、粛々とディスカッションが行われていたけど、正直盛り上がりに欠ける内容だった。
序盤にメカクレがカマした事で、観衆も『爆弾発言が飛び出すんじゃないか』って期待を持ってしまう。そして、そういった発言がないと自然と白けた空気になってしまう。
コレットの受け答えは、緊張で青ざめていた序盤と比べれば尻上がりに良くなっていったし、問題発言は一切なかった。でも、どうしてもインパクトが残せない。無難な応答に終始している印象を受けた。
その戦略自体は妥当だ。この討論会が始まる前まではコレットが圧倒的優位だったんだから。敢えて奇を衒う必要はなく、横綱相撲でOK。仮に俺が選挙戦に協力していたとしても、全く同じ戦略だっただろう。
この討論会で後れを取ったからといって、一気に戦況が不利になる訳じゃない。メカクレの好感度の低さを考えれば、奴の話を真に受ける冒険者はそう多くないだろう。
でも、霧の件で八方塞がりの状況にあって、今の閉塞感から冒険者ギルドを脱却させたいと願う人達は、メカクレに賭けようとするかもしれない。
過激な発言で注目を集めたところで、冒険者が一番欲しがっていた希望を提供する……嫌なやり方だけど、間違いなく効果覿面だ。
「えー、それでは最後に、集まってくれた皆さんにそれぞれ一言二言メッセージがあったら言っちゃって下さい。まずフレンデルさんからどうぞ」
司会のイリスに促され、メカクレは椅子から立ち――――頭を下げた。
「ボクは思った事をそのまま言うから、それで傷付けたり不快な思いをさせた人は一杯いると思います。すみませんでした。でもそれはもう変えられないんですよ。冒険者ギルドが今のまんまなら要らねぇって思ってるのも本当だし、最初に言った霧を消す方法を知ってるってのも嘘じゃないっす。ま、わかってくれる人だけわかってくれれば良いんだけど、それが多い方が嬉しいっす」
今までの歯に衣着せぬ発言をしてきた自分を、信憑性を持たせる為の最後の1ピースにしてきた。最後まで完璧だ。
それに対し……
「ありがとうございましたー。次はベルドラックさん……」
「いや、特にない」
なんてぶっきらぼうな。マジで何しに来たの、この人。フレンデルの引き立て役になる為だけに駆けつけて来たようなものじゃん。
そんなベルドラックに対する冒険者達の視線は、終始冷ややかだ。
魔王に届けの時もそうだった。フラっと現れて参加して、真面目に取り組んではいるんだろうけど何処か熱量を感じさせず、またフラッといなくなる。決して悪人じゃないんだろうけど……なんとなく周囲をイラッとさせるというか、神経を逆撫でするというか、下手な悪党より嫌われてしまうタイプなのかもしれない。
「あー……わっかりました。では最後にコレットさん、ビシッと締めちゃって下さい! よろしくお願いします!」
コレットに対しては微妙に塩対応なイリスだけど、流石に公ではそんな態度は一切見せず、寧ろ話しやすいよう明るくバトンを渡していた。
恐らく、最後の挨拶も事前に準備していただろう。これまでの傾向からして、無難に纏める筈だ。
「えっと……お伝えしたい事があります」
だから、その意を決したような表情を見た時、嫌な予感――――というより『これはやらかすぞ』って確信があった。
「私は、つい最近まで満足に選挙活動が出来ていませんでした。呪いのマスクを装備してしまって、外せずにいたからです」
霧の件以来のざわめき。街中でバフォメットマスクの剣士を目撃していた人達はピンと来た事だろう。
コレットの述懐は、更に続く。
「それと……私はレベル78ですけど、これは努力とか鍛錬で築き上げたものじゃありません。最初に測定した時点で、どういう訳か78だったんです」
――――次々と吐露されていくコレットの秘密の数々。
一瞬、これは事前に用意していた戦略の一種かもと思った。コレットの抱える秘密が既にメカクレ陣営にバレているとわかっていて、だったら自分の口で発表してしまおうという、後ろ向きな決断だったんじゃないかと邪推した。
でも違う。コレットの顔を見ればわかる。
そうか。腹を括ったんだな。
隠し事を全てなくして、ありのままの自分を見せなければ、思った事をそのまま口走るメカクレに『信憑性』という一点では対抗できないと考えたのか。
「私が冒険者を志したのは、周囲の偉い方々にそうなるよう期待されていると思ったからです。その中には父も含まれています。私は、父や他人の顔色を窺って冒険者になったんです」
多分それは、何の意味もない告白だ。
コレットへの他の冒険者の心証は決して悪くないし、黙っていれば『レベル78まで上げた努力家』『街からモンスターの脅威を遠ざけた冒険者』『選挙活動よりもヒーラーの対処を優先していた正義感溢れる女性』ってイメージのままだった筈。悪い印象なんて微塵もない。逆に言えば、真相を話したところでマイナスにはなってもプラスにはならない。
「今まで私はずっと、自分を繕ってきました。親に恥をかかせないよう生きて来ました。問題が起こった時、お金で解決しようとした事もありました。私はきっと、冒険者ギルドのギルドマスターなんて器じゃないと思います」
マイナスにしかならない、誰も得をしない述懐は続く。罪の告白なら神様の前でやればいい。公衆の面前でやったところで、自己満足さえ得られないだろう。
「それでも私は、ギルドマスターになりたい。世界を守りたいからじゃないです。期待してくれる人に、目を伏せない自分でいたいからです。凄く、個人的な理由です」
言わなくて良い事だけを全力で言っている。ギルマスになる目的が私事なんて、有権者が鼻白むだけの発言だ。例え思っていても絶対言うべきじゃない。
「だから、冒険者ギルドと冒険者にもそうであって欲しいです。街のみんなに期待されて、期待されることを誇りに思って、みんなで頑張れればいいなって、そう思ってます」
そして最後は精神論で締め括る。
理詰めだったメカクレとは真逆で、何もかもが思い付きの、危うさしかない挨拶になった。
「あの子は本当に、どうしようもないわね」
心底呆れたような声で、ティシエラが呟く。全く同感だ。
「今から五大ギルド会議の対策を考えておかないと……丹念に作った流れを今みたいに全部ひっくり返されたら溜まったものじゃないわ」
……ん?
「何よその顔は。周囲の反応を見れば一目瞭然でしょう?」
俺とティシエラの認識に齟齬があるとわかり、同時に自分と周囲の認識にも齟齬があると理解するのに、時間は全くかからなかった。
「わかったぜコレットちゃん! 一緒に頑張ろうや!」
「心配すんな! 俺達がしっかりサポートしてやっからな!」
「色々教えてくれてありがとう! ありがとーーーーーう!!」
えぇぇ……何なんですかこの空気。アイドルグループのライブ会場でソロ活動でも発表したみたいなノリなんですけど。
「どうしようもないのよ。ああいう、まっすぐに人を惹き付けられる子は。私達みたいな可愛げのない人間の手には負えない存在よ」
それは知ってる。俺も間違いなくティシエラの言う『可愛げのない人間』の方だから。
あいつの飾ろうとしても飾りきれない不器用さと不安定さ、そして情の深さと生真面目さは、レベル78という強さ以上の魅力だと俺は思ってる。でも、だからといって今のお気持ち表明がこんな大勢の冒険者達に刺さるなんて、予想しようもない。
「結局、男は頼られるかもしれないって思える可愛い女が好きなのよ。しかも、得てしてそういう女に限って、意図せず本質を捉えたりするもの」
「本質?」
「魔王討伐に乗り気な冒険者ばかりじゃないって事よ」
何気に業の深いティシエラの呟きに、なんと答えていいかわからず、暫し立ち尽くす。
コレットの最後の挨拶に、打算は一切含まれていなかっただろう。ただ危機感は抱いた。このままじゃメカクレの説得力に勝てないと。だから、捨て身になる覚悟で自分もありのままを曝け出す事にした。自分を信じて貰う為に。
その短絡……もとい、純粋な思いが、野郎共の琴線に触れた。そして図らずも、魔王討伐に消極的な面々の支持を得る事にも成功した。メカクレの支持層と見事に差別化が図られた訳だ。
ダメだ。訳わからん。なんでこんな流れになるのか。俺には全く理解できない世界だ。
「ご立派です! コレットさんご立派でした! 私感動しました!」
きっと、楽しそうに声援を送っているルウェリアさんも、コレットと同じ場所にいる人なんだろう。
俺がどう足掻いても、どれだけ切望しても、決して踏み入れる事の出来ない領域に。
ティシエラの言葉を借りよう。
本当に、どうしようもない。お手上げだ。
「あーははは。男ってほんとバカばっか」
ヤメの言葉が今日イチで俺の心に刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます