第150話 目って即死するんだ

 選挙の前哨戦とも言える公開討論会は、アインシュレイル城下町の冒険者たちに多大なインパクトを残した。そして同時に、彼らの方向性を二分する決定的な出来事となった。


 一刻も早く魔王討伐に挑みたい連中や、コレットのレベル78という肩書きだけを重視していた面々はメカクレを支持。メカクレを信じられない者、魔王討伐に消極的もしくは慎重な人々、そして隠し事を全て曝け出したコレットに好感を持った奴等は、こぞってコレットへの支持を表明した。


 その後も両陣営は残り少ない日々で、それぞれのスタイルを貫き選挙活動を展開していた。メカクレ達は主に現体制やコレットをディスるヘイトスピーチに腐心し、コレットは現体制の積極的継続をアピールしつつ『街の為に出来る事』を新たに取り入れると街頭で熱く語っていた。


 魔王討伐は冒険者の本懐。でも、冒険者にだって生活があり、仕事は必要だ。対魔王戦略にばかり力を注いでいたら、その間仕事を得られない冒険者が続出するし、仕事を取る事ばかりに注力していたら、本来の役割が疎かになる。


 バランス良くがベストなのは言うまでもないけど、なら50/50が最良かと言えば、そういうものでもない。キリが良い数字をロクに根拠もなく掲げているだけという印象にしかならず、寧ろ最悪の部類だろう。


 正解は必ずある。でも、究極的には結果論だ。『やってみなけりゃわからない』が人間の限界でもある。だから、方針を極端なくらいにわかりやすくしていた方が同調しやすい。両陣営ともそう考えた結果、これ以上なくわかりやすい二択が冒険者に委ねられた訳だ。



「――――では、最終ミーティングを終了します。明日は全員、現地集合でお願いします。ヒーラーの脅威は去りましたが、さる有力な情報筋から不穏な動きをしている連中がいるとの話も聞いています。決して油断しないように。今日は解散!」



 選挙前日の夕方。

 ギルドに集まって貰った全ギルド員に明日の警備体制についての説明と確認をし終え、取り敢えず一息ついた。後は本番を待つのみだ。


 選挙戦は思った以上に注目を集めているらしく、明日の野次馬は当初想定していた以上の数になりそうだ。当然、人が多ければ多いほどトラブルが起こる確率も上がる。警備の増員が出来ない以上、何か一工夫要りそうな情勢だ。


 選挙は冒険者ギルドにて行われ、立候補者達はそれぞれギルド内の別室で待機して貰う予定になっている。勝者と敗者が決定した時、顔を合わせるのはトラブルの元になるし、かといって選挙会場と立候補者の待機場所を別個にすると警備が厄介になる。その折衷案みたいなもんだ。


 ギルマス選挙は通常、五大ギルドの他の4ギルドから立会人を各1名ずつ招集して、不正がない選挙だったという証人になるよう定めているらしい。大半のヒーラーが出て行った今回も例外ではなく、残ったラヴィヴィオ以外のヒーラーを招集したそうだ。そのヒーラーにも監視を1人は付ける必要があるだろう。


 後はギルド員の配置をもう一考――――


「随分頑張ってるじゃないか」


 大きめの紙に簡易的な街マップを描いていた最中、ディノーが近付いて来た。


 彼にとって、今回の選挙は内心複雑だろう。コレット支持を表明したとはいえ、元々はメカクレの先輩で、今も奴を気にかけているくらいだ。どっちが勝っても素直には喜べない立場だろうな。


「選挙前日にする話じゃないんだが……良かったら聞いてくれないか」


「メ……フレンデルの事だな?」


「ああ。討論会の時は俺のイメージのままの奴だったから、少々驚いた。性転換したからといって、地の性格まで変わる訳じゃないんだな」


 ディノーはそう解釈したらしい。俺は何か特殊な方法で一時的に戻ったと思ったんだけど、言われてみればTSした奴って総じて性別変わっても性格はそのままだな。ソースは薄くない方の二次元。


「覚えているか? 以前、奴が性転換した理由を何と言っていたか」


 あー……メカクレの家を訪れた時だったか。ファッキウから性転換の秘法について話を聞いた流れで、全員が理由を話してたな。その時のメカクレは確か――――


「辛かった。痛かった、だったか」


「そうだ。トモは奴が冒険者から股間を執拗に蹴られた件を連想していたみたいだが……」


 いや、他にどう解釈しろと?


「俺の見解は違うんだ。心が痛かったんじゃないかって」


 ……心?


 それってつまり――――


「昔から心は女性で、それをずっと隠して生きて来たのが辛かったって事?」


「かもしれない。正直、心当たりがある訳でもないんだが……奴がシレクス家から追放されたのは、もしかしたらそんな理由があったのかもって、ふと思ってな」


 それは……あり得ない話とも言えない。シレクス家の当主、若しくは転生前のフレンデリア嬢がメカクレの女性性を『家の恥』と判断した可能性はある。元いた世界ならトランスジェンダーに対する理解は大分広まっていたけど、この世界もそうとは限らないからな。


 もし奴が幼少期から人知れず迫害を受け続けていて、あんな捻くれた性格になってしまったのだとしたら、同情の余地はあるのかもしれない。そして待望の性転換を行ってはみたものの、肉体は男のまま女性性だけが強まってしまったとしたら……余計に切ない。


「だからこそ、今回の選挙は奴に負けて欲しいと思ってる。これ以上、ファッキウ達との繋がりを強くしない為にも。俺には奴が、弱みを突かれ利用されているようにしか見えないんだ」


「お互い利用価値があるから組んでる、ってだけの話じゃないのか?」


「……そう言われると、返す言葉もない」


 ディノーは俺よりずっと人間が出来ている。優しいし、他人の痛みがわかる人間だ。だから背負わなくて良い事まで背負ってしまうんだろう。


 俺は、彼ほど優しくはなれない。今の話が全部本当だとしても、メカクレへの心証を変えるつもりもない。奴の態度や言動に好感を持てない事に変わりはないからな。


 ま、それでも……


「今の話、心には留めておくよ」


 もしコレットに敗れて、奴が泣き崩れるような事があった場合は、他人の目に触れないよう外へ誘導するくらいの事はしよう。メカクレは嫌いでも、ディノーには世話になってるからな。


「ありがとう。その言葉が聞けて安心した」


 お人好しのディノーは、笑顔を浮かべてギルドに背を向け、夕焼けに染まる街中へと溶け込んでいった。


 強くて、優しくて、人当たりも良い。あんな人間になれれば、人生もっと華やぐんだろうな。転生して若い身体を手に入れたからこそ、中身の大切さとそこをサボらず磨く人間の凄さがよくわかる。外見で全てが決まるなんて甘えた事、到底言えないな――――



「随分甘い事言ってんなー」



 不意に――――俺以外誰もいなくなった筈のアインシュレイル城下町ギルドに、人をナメ腐った声が響いた。


 この声は忘れもしない。パンを人質に取った外道。控えめに言って世の中のクズを集約したような絶対悪……!


「怪盗メアロ!」


「へいへーい。我を捕まえたいんだろ~? ホレホレ捕まえてごら~ん」


 ロビーの窓の外からニヤついた顔が上半分だけ覗き、左右に忙しなく動いている。


 ウッゼェェェェェ!! これがウザ絡みってやつか……おのれメスガキ、どうしてくれよう。


 とはいえ、あの縮地スキルを使われたら俺じゃどうにもできない。なんとか隙を見て拘束を……でも拘束具なんて持ってない。何も準備してないのにメタル系とか宝箱だんごに遭遇した気分だ。


「おい、前に我が言った事、覚えてるだろうな? 明日選挙だぞ」


 モヤモヤしてる俺を尻目に、怪盗メアロは勝手に話を進め出した。メスガキらしい身勝手さだな全く。


 腹立たしいけど、忘れた事はない。だからこそ警備は厳重に、油断も隙もなく行うつもりでいるし、そうギルド員にも伝えた。こいつから話を聞いたとは言えないけど。


「ああ。選挙の時になんか黒幕的な連中が動くって話だろ?」


「そーそー。良く覚えてたな、偉いぞ。連中の思い通りにはさせるなよ。あいつらムカつくから」


 ファッキウの後ろ盾になっていて、アイザックにも手を貸している……と思しき連中。本当にそんな奴等が存在しているかどうかはわからない。


 ただ、怪盗メアロがわざわざ俺を混乱させる為に嘘をつくとも思えない。戯れにしたってメリットがなさ過ぎる。


「わざわざ、それを言いに来たのか? お前を捕まえようとしてるギルドに」


「バーカ。貴様等に我を捕まえられる訳ねーだろ? シャルフ如きを逃がすような連中に」 


 やっぱり知り合いだったのかよ! 同じようなスキル使うから、絶対関係者だと思った。


「お前、モンスターが街に紛れ込んでるの知ってたんだな? まさかお前までそうなんじゃないだろな」


「ハッ! あんな下等生物どもと同類と思われるなんて、我も随分見くびられたものだな」


 軽く一笑に付された。この様子だと、どうやら本当に違うみたいだ。


 ここまでバカにされたままだと屈辱的だ。せめて一太刀浴びせたい。


 考えろ。こいつの正体は一体何だ?


 性格が悪い。パンをパンとも思わない非道。すぐ人の嫌がる事をする。手癖も悪い。街中から嫌われている。押しが強い。メスガキ。


 ここから導き出される結論は――――


「だったら、ヒーラーなんじゃないか?」


 探偵にでもなった気分でビシッと指差し、反応を待つ。回復魔法を使った所なんて見た事ないけど、これだけ破綻した存在ならヒーラーであっても何ら不思議じゃない。ヒーラーの始祖を名乗る幼女もいた事だし。


 さあ、どうだ……!?



「それはない」



 あっ……目が死んだ。スゲェな、目って即死するんだ。


「え、何? そんなだった? 我ヒーラーだった方が良かった?」


「いや、そうじゃなくて……そうじゃないって。いや……ほら……色々あるやん?」


 怪盗メアロでもヒーラーと同類扱いは嫌なんだな。ヒーラーどんだけだよ。


「我もう帰る。酒買って帰る。何だよ。何だよ」


 どんよりとふて腐れた様子のまま、怪盗メアロは窓からスッといなくなった。メスガキの怪盗が酒に逃げるのか。シュールだな。


 結局、シャルフとの関係とか黒幕の正体とか、重要な事は何も聞けなかった。マジ何しに来たんだってくらい無駄な時間だったな……っていうか俺自身、あいつを捕まえたいって気持ちが薄れてきた気がする。こういうのを世間では馴れ合いと言うんだろう。メスガキとの馴れ合い……卑猥を通り越して変態っぽいな。今度会った時はもうちょっと大人の威厳を見せた方が良いのかも知れない。


 その為にも、まずは謝った方が良いかな。奴には辛酸を嘗めさせられてきたけど、さっきのはちょっと言い過ぎだったかもしれない。反省して終わりじゃなく、その心を態度で示すのが誠意。ディノーのようにはなれなくても、自分なりに色々考えて年齢に見合った行動をするよう心掛けよう。ま、無理なんですけどね。自分、不器用ですから。




 と、そんな締まらない一日が終わり――――選挙当日。


「今日はアインシュレイル城下町ギルドにとっても決戦の日です! それぞれ持ち場でしっかり役割をこなしましょう! 不審者・即・職質の精神で怪しい奴は片っ端から声掛けする事! 俺達の手で選挙を成功させてやるぞ!」


「おーーーーっ!」


 敢えてテンション高めに声出しを行った結果、ヤメだけ同じテンションで反応してくれた。引き抜いて正解だったな。こういう時にはホント助かる。


「よーし、テメェら気合い入れっぞ!」


「腕が! 鳴ります! 狼藉者はバッシュバッシュやっちゃいますよ!」


 ポラギ、ベンザブ、パブロの三人組を初めとした腕力自慢のメンツは、冒険者ギルドを囲むように配置。正面の扉には予定通りディノーとオネットさんに任せ、裏口はシキさんに目を光らせて貰う。


 ウチのギルドの留守番はユマとユマ母に任せ、今回はタキタ君や自称イリス姉にも働いて貰う事にした。主に馬車の交通整備や警邏が役目だ。


 タキタ君は見た目だけなら完全に子供だし、自称イリス姉は逃げたニシキヘビ並にニョロニョロ動けるから、どっちも警邏向き。ロリコンのグラコロはウロウロさせると幼女探しに何処か行っちゃいそうだから、交通整備の仕事を振っておいた。荷馬車や乗合馬車には商業ギルドから交通規制の通達が行っている筈だけど、辻馬車は人通りの多いこの機会に荒稼ぎしようと集まってくるらしいからな。何気に大事な仕事だ。


 そして俺は――――


「よ。随分緊張してるな」


 本番を控え、強張った顔で目を見開いたまま唇をプルプル震わせているコレットの元を訪れた。


 コレット陣営はギルドの二階、懺悔室という存在意義がよくわからない部屋で待機している。フレンデリア嬢の両親は来訪を辞退したらしく、コレットとフレンデリア嬢、そして執事のセバチャスンの三名だけしかいない。まあ、ゾロゾロいても気を遣うだけで困るしな。


「大丈夫。緊張はしてるけど、後悔はしてないよ」


 おっ、頼もしい言葉。選挙を通してコレットも成長――――


「私やったもん。精一杯やったもん。色々考え事してたら眠れなくて睡眠時間たっぷり削ったし、水も飲まないで喉が嗄れるくらいスピーチ頑張ったし、心労で胃がバカになって三日くらいロクに食べてないし、なのに連日口内炎が増えるし、マスクしてても何ともなかった顔に最近吹き出物できたし、『落ちました』『終わりましたね』って幻聴聞こえるし、今も緊張で目から涙じゃない液が流れてきたけど大丈夫。だって精一杯やったから。は。は。は。は」



 ……そうでもなかった。


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