第151話 噂の尾ひれがカラフル過ぎる
「やっぱりあんな事言わなきゃよかった。よくよく考えたら、自分の恥を曝け出すなんてバカがやる事だよね。私バカなのかな? 自分で賢いなんて思った事ないけど、もしかして救いようのないくらいバカなのかな。バカだから呪いのマスクを被って長いこと山羊になってたのかな。どうなのかな。かな。かな。かなかなかな……」
こ、壊れてる……ネガティブモードな上に緊張し過ぎて脳がヒグラシになってやがる。
こうなった時のコレットは手に負えないんだよな。案の定、フレンデリア嬢もセバチャスン氏もお手上げって感じで頭抱えてる。
まあ、別に良いんだけどさ。山羊コレットだった頃に選挙活動できてなかったとはいえ、元に戻ってからは毎日挨拶回りもしていたみたいだし、今日こんな有様だからって何も焦る事はない。もう殆どの冒険者が誰に入れるか決めているだろう。
「じゃ、俺は仕事があるから。頑張って」
「え!? 愚痴聞いてくれないの!? トモに弱味見せられないんだったら誰に見せたらいいのか全然わかんないんだけど!」
「……ひとつだけ言っておこう。お前は俺に愚痴を聞かせるつもりで話していたが……お前より一足早くギルマスになったから教えてやろう……愚痴を言って心を落ち着かせるってのはそんなに難しい事じゃあないんだ……もっとも『難かしい事』は! いいかい! もっとも『難かしい事』は! 『他人に愚痴らず乗り越える事』さ!」
ドドドドドド――――と何か工事現場のような音が聞こえてくる中、コレットを指差し先輩風を吹かせる。でも全然響いていなさそうな顔だ。
「そんな薄情な事言わないでよー! 私だってこれまで愚痴とか言える仲間も友達もいなかったから我慢してきたんだし、ちょっとくらい良いじゃん!」
……はぁ。
もー俺キレちゃいました。プッツンします。
「良くねーよ全然良くねーよ! いいかよく聞け。相談とか助言を求めるとか、そういうのは良いんだよ。でも延々と愚痴られるのは鬱陶しいし聞いててゲンナリすんだよ! 酒飲みながら同僚や後輩に愚痴ってガス抜きするのって特に問題視とかされないし何だったらちょっと良いシーンっぽく語られる事多いけど、愚痴られる方からしたらたまったモンじゃねーの! ただただ苦痛で嫌な時間でしかないからな! 全否定はしねーよ。上司の愚痴に満点回答して気に入られたい野心家だっているだろうし、その人を支えたいって願望から愚痴聞く事に苦痛を伴わない人もいるだろうさ。だが俺は違う! 俺は愚痴るのも愚痴られるのも大嫌いだ!」
「……先輩の助言とは思えない発言じゃない?」
「然もありなん、ですな」
シレクス家の連中に白い目を向けられたけど気にも留めない。多分コレットは彼らにまだ本性を見せてないんだろう。こいつ、一旦甘えると歯止め効かないとこあるからな。すぐ依存したがるし。
「いいかコレット。お前はこれからギルドの長になるって人間だ。そんな奴が簡単に他人に愚痴るんじゃない。冒険者ギルドは大所帯だ。俺より遥かに苦労するだろうし、上手くいかない事も沢山ある。それを全部いちいち愚痴ってたら埒が明かないし示しもつかないだろ? 虚仮威しでも良いから、代表者としての威厳を見せろ。それに慣れてくる頃には虚勢が本当の強さになる」
「うー……お前って言わないでよ」
食いつくのそこかよ! そりゃありきたりだし金言とか名言とは言わないけど、まあまあ良い事言ったつもりだったのに。
「でも私は、人から『頼られたい』って思わせる事が出来るのもコレットの長所だと思うし、そういうのを隠さないのも魅力なんじゃない?」
わかってるよお嬢様。俺もその魅力とやらに乗せられてるクチだよ。だからこそ言ってるんだ。
「コレット」
いつになく真面目なトーンで、その名を呼ぶ。コレットも普段と違う事に気付いたらしく、冗談半分の半泣き顔をやめ、不安そうな目を向けてきた。
「選挙に出るって決めたのはコレット自身だ。俺も、現ギルマスとサブマスも、フレンデリアさんも、セバチャスンさんも、これからコレットに票を入れようってしてる冒険者も、みんなコレットならって期待してるから支持するし協力もしてきた。ディノーだって、コレットがやってくれた方が良いって思ったから立候補を取り止めてサポートに回ったんだ」
説教は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。自分の人間性を誇示できて、しかも他人に優位性を示せる。これほど優越感に浸れる瞬間はないだろう。
でも今、俺が話しているのは説教じゃない。
「その期待に応えられないかもしれないって不安を、他人の力を借りて解決しようとするな。『不安を隠さない事が魅力』なんて評価に甘えちゃダメだ。自分一人で戦って、自分で乗り越えろ」
――――理想論だ。
俺はできなかった。そうありたい自分になれなかったから、コレットにはそうあって欲しい。理想の押し付けと言えば、それまでの事だ。
「そうじゃないと、最高の結果が出ても自分で勝ち取ったと思えなくなる。心の底から喜べなくなる」
でも俺は、理想から外れた生き方の果てにある虚無を知っている。どうしてそうなったのか、心から笑えなくなったのか……突き詰めればきっと、自分と戦ってこなかったからだ。
コレットには報われて欲しい。そして、無邪気に喜んで欲しい。エゴでも構わん。贔屓にしてる奴の渾身のガッツポーズ、見たいじゃん。
「……私、トモに頼っても全然喜べるけど」
ブツブツと不満を漏らしつつも、コレットの目にさっきまでとは違う輝きが見えた気がして、思わず安堵した。
困惑気味だったフレンデリア嬢と、何故か含み笑いを浮かべているセバチャスン氏に頷いてみせると、二人同時に頷き返してコレットの肩に手を置いていた。
「大丈夫よ。コレットが今日までしてきた事に間違いはない。私が保証するから!」
「我々の脚本以上の事を、貴女はしてきました。後は天命を待ちましょう」
戦友たちの慰めを受けるコレットに背を向け、部屋を出る。もう大丈夫だろう。これを機に成長すると信じよう。
――――さて。ここからが本番だ。
「隊長おっそ。いつまで女の所にしけ込んでんの?」
音も立てずスッとシキさんが現れた。
「先輩風ビュービュー吹かせてただけ。で、今のところ異常はない?」
「ないね。引き続き裏口を監視するけど、それで良い?」
「お願い。表の出入り口と違って、裏口は気配がないの前提の場所だからシキさんにしか頼めない。交代できなくて申し訳ないけど宜しく頼む」
「ま、いいけど」
相変わらず素っ気ないけど、愚痴一つ零さずシキさんは再び消えた。多分、ヤメをいち早く引き抜けた事に感謝してくれてるんだろう。
それじゃ、俺は自分の持ち場に向かいますか。
「それでは、冒険者ギルド・アインシュレイル城下町支部の第18代ギルドマスターを決める選挙を開始します。一人ずつ、投票用紙に支持する候補者の名前を書いて、箱の中に入れて下さい」
ギルド一階のホールでは、ついに選挙が始まっていた。予想していた通り、野次馬の数は当初の想定より多く、建物の周囲をパッと見で数百名の住民が取り囲んでいる。ギルドに面した通りは人でひしめき合い、抜け出すのにも一苦労だ。
それでも、出入り口でディノーとオネットさんが目を光らせているからか、ギルドの中に押し寄せようとか、中の様子を窺おうとかする動きは見られない。抑止力がしっかり働いている。
「あの警備の女、人妻らしいな。中々美人じゃね?」
「変な気を起こしてんじゃねーよ。噂じゃ浮気した旦那のアレを縦に真っ二つにしようとしたらしいぞ」
「マジで……? そういやあのギルド、生首マニアのキチガイもいるって話だしな……おっかねぇ」
……なんか意図しない抑止力も働いているみたいだけど。噂の尾ひれがカラフル過ぎる。グッピーかよ。
何にせよ、今の所は順調だな。外の野次馬も過激そうな奴は見当たらない。みんな純粋に選挙の結果を楽しみにしているように見える。
ギルドから外に出て少し離れた場所には、複数の出店も構えられていた。イベントがあると決まって彼らも店を出すらしく、警備計画の時点でそれは折り込み済みだ。
商業ギルドの許可で店を出している連中だから、乗合馬車や荷馬車と同様、商業ギルドの方から俺たち警備員の指示に従うよう通達は行っている筈。一応確認しておこう。
「ガランジェパンと洞窟パンを二つずつ」
「まいどー」
うむ。出店でもクオリティの高いパン生地に仕上がっていて、手抜き一切なし。どうやら問題ないみたいだ。
出店エリアを抜けると、冒険者ギルドに向かおうとしている通行人を、普段通り買い物しようと外出した住民が邪魔くさそうに避けている。彼らにとっては良い迷惑なんだろう。選挙カーが通る度に鬱陶しく思っていた昔の自分と重なって、ちょっと興奮してきた。
魔王が届けの時も思ったけど、この街はイベントがあるとかなり浮つく。それはどんな街でも同じなんだろうけど、普段は割と人通りは少ない静かな街って印象だから余計際立つのかもしれない。城下町なんだけど、その辺りはちょっと田舎っぽい。
「みなさーん! まだまだ受付中ですよ! 新しい冒険者ギルドのギルドマスターになるのは誰かジャンジャン予想してくださーい!」
ギルドから東側、中央部の方に向かって歩いていると、ソーサラーギルドの向かいにあるエレウテリアの酒場でギルマス選挙の結果を当てるギャンブルが行われていた。
オッズはどうなってるんだろう。ちょっと気になるな。呼び込みしてるお姉さんに聞いてみるか。
「あのー、一番人気は誰ですか?」
「あ、はい! レベル78のコレットさんですね。2.4倍です」
一番人気なのは予想通りだけど、2.4倍か……微妙だな。
「二番人気はフレンデルですよね。オッズはどうなってます?」
「今のところ3.8倍ですね」
やっぱり、そんなに差がないな。あの公開討論会で大分巻き返された感は否めないか。
にしても、これだとベルドラックは凄い倍率になってそうだな。レベル69の冒険者で、威厳もあるし名前も売れているのに、この求心力のなさは逆に狙ってないと無理な気がする。
まあ、敢えて不人気になる理由も思い付かないけど……よくわからない人だ。
「あ、マスター! マスターも見回りだっけ?」
向かいのソーサラーギルドの方に目を向けたら、ちょうど建物の前にいたイリスと目が合った。
派遣とはいえ現在はウチのギルドを手伝ってくれてる彼女には当然、今回の仕事も手伝って貰っている。元同僚のヤメと二人組で警邏をお願いした筈なんだけど……ヤメがいねーな。
「俺は怪しいスポットの見張り。それよりヤメは?」
「あー……なんかちょっとケンカしちゃって。ギルドでクールダウン中」
え、イリスってヤメとも不仲だったの?
「あ、違う違う! 私とじゃなくて、通りすがりのソーサラーの子と。元々ヤメの事良く思ってない子でね……」
不意に再会して、何かイヤミでも言われたのか。でも意外だな。ヤメってもっと大らかというか、悪口程度は気にも留めない性格だと思ってたけど……
「生ける屍とか言ってたけど、ちょうどいい棺桶が見つかって良かったね、みたいな事言われて」
何だそいつ。ウチのギルドが棺桶ってか。中々上手い事言うじゃねーか。
「つーか、俺がティシエラから棺桶もらったのって……」
「うん、ウチでは結構有名。城下町ギルドの事、棺桶ギルドって呼んでる子もいるよ」
うっわマジかよ! 随分性格の悪いソーサラーもいるんだな……まあ、ヤメが結構酷い事言われてたって話は聞いてたし、シキさんがヤメの引き抜きをリクエストするくらいだから驚きは特にないけどさ。
「ティシエラの口の悪さが伝染してんじゃないの?」
「あはは……そんな事はないと思うけど。ティシエラは心を許した相手じゃないと軽口は叩かないから」
そういえば、出会った頃はそんな事言ってたような。もう4ヶ月も前の話だからすっかり忘れてた。
にしても、ヤメが自分じゃなくウチのギルドをディスられてキレたんだとしたら、もっと意外だ。
「あいつ、ウチのギルドに愛情たっぷり持ってたんだな……」
「持ってない持ってない。すっげー風評被害」
ヤメがいつの間にか傍に来ていた。つーかギルド愛を風評被害って言うな。
「やー、あのクソ女には前からムカついててさー。ソーサラーギルドにいた頃は、同僚とケンカしたらティッシとかイリーがうるさいから我慢してたんだけど、もう我慢しなくていいって思ったらなんか張り切っちゃって」
「……殺してないよな?」
「ンな訳ねーだろ。ギルマス、ヤメちゃんをシキちゃんと同類と思ってる?」
いや、シキさんに限らずウチってサクッと人殺ししそうなの何人かいるから……警邏しろっつってんのに今も視界の隅でカサカサ動いてイリスを監視してる自称イリス姉とか。
「つーか仕事中にケンカするな。報酬減らすぞ」
「ごめーん。それじゃ見回り続けまーす」
反省してるような素振りは微塵も見せず、ヤメは一足先に冒険者ギルドのある西の方へトタトタ向かっていった。
……気の所為だろうか。耳が赤く見えたのは。
「ああ見えて、意外と義理堅い子なのだよ。じゃ、私も行くね」
答え合わせをしてくれたイリスがその後を追う。なんかちょっとほっこりしてしまった。
……目的地は近い。そんな温い頭の中じゃダメだな。切り替えよう。
怪盗メアロの話を信じるなら、ファッキウやアイザックの背後にいる組織が今日、何らかの動きを見せる。
奴等の目的は何だ?
そう考えた時、真っ先に思い付いた危険地帯が……ここだ。
「……誰だ?」
選挙によって元々人通りの少ない場所がもっと少なくなり、人気のないその場所――――
聖噴水の傍に、フードを目深に被った何者かがいた。
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