第五部02:精選と政戦の章
第368話 脳のご無体
シキさんとの間に微妙な距離を感じた翌日。
別に応募者多数って程でもなかったけど、昨日どうしても都合が付かない立候補者もいる事を配慮し、サブマスター面接は日を跨ぐ事になった。
「とにかく拳には自信あるっス! 我が厳磨拳に掛かればどんなモンスターも悪人もイチコロっス! とにかく迷ったら殴れ! 相手が何か言いくるめようとしてきたら殴れ! なんか賢そうな事を言ってきたら殴れ! 言論でマウント取ってきたら殴れ! それで生きて来たっス俺!」
「この我――――【緑邪ノ眼】をサブマスターに招けば、間違いなくここは城下町で最も緑豊かなギルドになるだろう。緑は良い……目に優しい。全部緑で良い。床も天井も壁も、ギルド員の髪も唇も。我は食べる物も全て緑で統一してある。獣肉は緑色になるまで放置するのが基本だ」
……なんだろうな、この中途半端な変人どもというか、いまいち凡夫の域を超えられない微妙さは。
当然まともな人材を求めている訳だけど、正直こんな連中に来て貰うくらいなら突き抜けた変態の方がまだマシだ。煮え切らないレベルの痛さって聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだよな。これも共感性羞恥の一種なのか?
今日訪れた立候補者は外部の人間ばかり。幾ら人材豊富な街とは言え、それなりに優秀な奴等は既に何かしらの要職に就いているからか、どうにも小者ばかりが集まってきたみたいだ。
かといって、内部――――ギルド員の立候補者も総じてロクなもんじゃないから決め手に欠ける。正直、現状ではヤメが一番マシまである。
「はぁ……」
残りはあと一人か。今日はほぼ外部からの応募者で、最後の一人もそう。名前は……アクシーか。
ん? アクシー?
なんかどっかで聞いた事あるような……
「……」
「……」
全裸二刀流ガニ股仮面が面接会場に現れた!
「何があった!!」
「まあそう叫ぶなって。近所迷惑になる」
なんで全裸二刀流ガニ股仮面が面接官の俺より冷静なんだよ! おかしいだろ!
「私としても苦渋の決断だったんだ。ディノーとヨリを戻したいのに、あの日逃げてしまったが為に彼との距離は離れる一方。このままでは私の野望は敵わず終い……だったら私の安いプライドなどかなぐり捨てて、ディノーと関われる仕事に就くしかないと一大決心したんだ」
「そんな動機で審査に通ると思ってるのか……?」
「そう殺気立つな。街中で暴れたのは反省している。あの日は私なりに必死だったんだ。ディノーに自分の存在を思い出させようと」
何か良い感じに回想してるけど、全裸二刀流ガニ股仮面が人前で暴れてる時点でそれはもう絶対悪なんだよ。
「つーか反省してるならなんで全裸なんだ……」
「行動は恥じているがこの格好まで恥じる理由はない。私は自分のスタイルに誇りを持っている」
持つな。
いや、確かに突き抜けた変態の方がマシとは思ったけどさ。こういう逆張り系のフラグって回収されたところで誰の得にもならないんだよね……
「これは提案なんだが、一度私への偏見や先入観を捨ててカタログスペックだけに注目してくれないか? 私がサブマスターとなれば、確実にギルドは恩恵を得られると約束しよう」
正直門前払いにしてやりたかったけど……なんかそういう雰囲気じゃなくなってしまった。上手く言いくるめられた感が半端ないけど仕方ない。履歴書に目を通すか。
……くっそ、確かにスペックは相当ハイレベルだ。レベルは64。ディノーより一つ上か。ステータスもバランスが良く、全ての値が高水準。なんでこんなオール5タイプが見た目こんなんになるんだよ。しかもイケメンの無駄遣い感が尋常じゃないし。
それに、どうやら交友関係も相当広い。履歴書に書かれてあるだけでも、各武器屋や防具屋、職人ギルド、商業ギルド、鑑定ギルド、役所……かなりの範囲で網羅してやがる。
総じて有能。反吐が出る。
「どうだ? 勿論、単に能力の高さだけが売りじゃない。私はどちらかというと支援タイプでね。ディノーと組んでいた時も後方支援の方が得意だった。視野の広さとフォローアップに関しては、私の右に出る者はいないと断言しよう」
目を閉じて聞く分には相当頼れる冒険者って感じなのに、目を開いた途端に前衛的なギャグとしか思えない。それが全二ガstyleで言う台詞か? 俺を嘗めてるのか人生嘗めてるのかハッキリしてくんないかな。
どうしよう。こんなの絶対ギルドに入れたくない。ましてサブマスターとして俺のサポートをさせようものなら、脳のご無体を疑われる。暴れん脳将軍とか呼ばれそうだ。
でもギルマスとして、これほどの実力者が入りたがってるのにスルーって訳にもいかない。しかもディノーの元相棒。どう考えても巨大戦力なんだ。俺の好みだけで弾いていい人材じゃない。
先日、ソーサラーギルドから派遣されていたサクアがギルドを去った。この街の治安を守るギルドとして活動していく事が決まった矢先の戦力ダウンは、周囲に心許ないって印象を与えかねない。そういう意味でもドンピシャな補強にはなり得る。
グラコロが実はサタナキアの変化だったと判明して変態枠も一つ空いた事だし、新たに一人加わったところで現状維持。変態って要素も今なら大して痛手じゃない。
とはいえ……この見た目は余りにも体裁が悪過ぎる。こんなのが要職に就いたギルドとか誰が信用するんだ? 出来ればサブマスターじゃなく、一ギルド員として加入して欲しい。
「もし、こちらがサブマスター就任の条件としてその格好をやめるよう命じたらどうします?」
「それは困るな。このスタイルは私が長年かけて生み出した唯一無二のバトルフェーズ。違う姿になれば戦力としては大幅にダウンすると宣言しておこう」
「いやそれは……」
「私はこのスタイルに矜恃を持っている。最高の自分と巡り逢えたという自負もある。もし、どうしてもこの姿がダメだと言うのなら、それは私自身を全否定するものと受け取るしかない」
……まあ、拘りがあるのは想像できたよ。面接にその格好で来た時点で。
つまり、全二ガstyleをやめさせたら無理して引き入れる意味がなくなる訳か。それでもある程度は戦力として計算できるかもしれないけど……本人のモチベーションは完全に死にそうだよなあ。
この男の扱いをどうすべきか。これは多分、俺のギルマスとしての資質が問われている。
借金返済前だったら、どんな手を使ってでも引き入れただろう。レベル60台が二人いれば取れる仕事の質は格段に上がるからな。
でも今は、戦力補強こそ必須だけど人を選べる余裕はある。流石に借金返済までの期間を共に戦ってきたイリス姉やシデッスをリストラするのは抵抗あるけど、新戦力には『真っ当さ』を求めたいし、信頼面を考えてもそうするべきだ。
……よし。結論は出た。
「わかりました。ではこうしましょう」
「折衷案を出すつもりか? 生憎、私は一切譲る気は……」
「貴方は自分の能力に相当な自信を持っている。ならサブマスターの地位も実力で手に入れる……ってのはどうですか?」
その俺の提案に対し、全裸二刀流ガニ股仮面は股を更に急角度にして前のめりな思考を示してきた。
「詳しく話を聞こうじゃないか」
「簡単な事です。現時点でサブマスターに立候補している面々で勝負して、勝ち残った者がサブマスターに就任する。ただし勝敗は純粋な戦闘じゃなく、サブマスターに相応しい能力を持っているかどうかの審査で決める。如何ですか?」
……正直言って、あまり良い方法じゃないのは自覚している。要は自分の価値基準で決めるのが難しいから、第三者の目という最もわかりやすい判断材料を得たいっていう俺の事情が少なからず見え隠れしてる訳だし。
でも、これはちょっとチャンスでもある。その勝負……サブマスターコンテストを一般公開すれば、アインシュレイル城下町ギルドの知名度を上げるきっかけを作れるかもしれない。魔王に届けの時も感じたけど、この街の住民って娯楽に超飢えてるからな。この手の催しは好物の筈だ。
それに、出来ればもう一度面会した奴もいる。そいつに再び来て貰う口実にもなる。
「貴方がサブマスターとして最も相応しいという結果が出れば、その格好のままの就任をこちらからお願いします。ただし別の人物にサブマスターの座を明け渡した場合は、一ギルド員としての入団を要請します。ディノーともう一度コンビを組みたいのなら、それでも十分でしょう?」
百歩譲って、サブマスターって立場じゃなければこの格好もギリ許容範囲だ。いや本当は絶対許容できないけど、ディノーに説得して貰うとか何かしら手はある。貴重な人材を見逃すくらいなら、その前にやれる事をやるべきだ。
「……確かに。サブマスターの地位があればディノーは断れないだろうが、同じギルドの仲間というだけでも口説き落とす機会は幾らでも作れる。悪くない条件だ」
「なら、決まりですね」
――――なんてドヤ顔で言ったはいいものの、サブマスターに相応しい能力を持っているかどうかの審査を俺に出来る筈もなく……
「それでこのメンツを集めたってのかよ」
「五大ギルドのギルドマスターを審査員扱いとはね。全く信じられないな」
「で、でも今までトモには五大ギルド会議で何回も協力して貰ってるし、これくらい良いと思いますよ? ティシエラさんもそう思うよね?」
「……」
「沈黙はやめてー! 私を一人にしないで!」
翌日。
ヒーラーギルドを除く五大ギルドの内の四つを訪れ、各ギルマスにお越し頂くよう交渉した結果、全員快く引き受けてくれた。貸し作っておいて良かった。
「この手のイベントは審査員が有名じゃないと人が集まらないんですよ。皆さんの知名度に頼るようで恐縮なんですけど、こっちだって散々出なくていい会議に出席させられたんだからブツクサ言わねーで協力しろよ」
「いや怖ぇって! 前半と後半で口調別人じゃねーか! 情緒どうなってんの!?」
「とはいえ奴の言う事には一応の正当性が認められる。ここは素直に力を貸してやろうじゃあないか」
バングッフさんとロハネルは納得してくれたらしい。後の二人は友人だから大丈夫だろう。
「私は正直不本意よ。サブマスターの決定なんて身内でやるべき事でしょう? わざわざ私達を巻き込む理由はさっき説明して貰ったけど、到底納得できる内容ではないわね」
そう言いながらも律儀に指定した時間の30分前に来てくれたツンデレなティシエラさんです。
「なら理由を一つ追加。先日冒険者ギルドで大暴れしたサタナキアがサブマスターに立候補してんのよ」
「……何ですって?」
流石に目の色が変わったか。他の三人もギョッとした顔でこっちに視線を向けて来た。
俺だって内輪の事だけでこのメンツを呼ぶほど愚かじゃない。サタナキアだけじゃなくアクシーもそうだけど、この街で問題行動を起こした奴等をこのまま放置する事は出来ないし、連中の扱いを俺の独断で決める訳にもいかない。かといって俺に五大ギルド会議を開く権限はないし、相談する相手を特定するのも癒着みたいで気が引ける。なら主要なメンツを全員集めるのが一番効率が良い。
ギルマスって別に暇じゃないけど、スケジュールの調整は意外と難しくない。元いた世界と比べれば、ここは時間に対しては相当ルーズだしな。
「だったら最初からそう言えよ」
「当日まで言えない事情があったんですよ」
どういう仕組みかは知らないけど、サタナキアは姿を現す事なく俺にストーカー行為をしていた事がある。だから昨日の段階でこいつらにサタナキアの事を話したら、それを本人が聞いていて逃亡する恐れもあった。
今のサタナキアは、タントラムで闇堕ち要素を全部吹き飛ばしているから基本的に無害。でもそれを彼らに説明したところで『そんな保証は何処にもない!』と反論されるだけだ。なら当日の今日まで黙っていた方が何かと都合が良かった。
別にサタナキアにサブマスターになって欲しい訳じゃない。けど、奴なりに思うところがあって手を挙げたんだ。チャンスは平等に提供しないとな。
「事情はわかったわ。貴方の判断が最良とは思わないけど、一応納得できる範疇ではあるから協力はするわよ」
「ありがとう、ティシエラ」
どうやら一番の難関を乗り越えられたらしい。
コレットは――――
「私も! 全然……する。協力。サタナキアの件は冒険者ギルドにとって他人事じゃないから、協力なんて偉そうだけど」
「ンな事ぁない。サンキューコレット」
「お礼もまだだったしね。こっちこそありがとう。ギルドを助けてくれて」
握手を求めて来たコレットに、素直に応じる。
なんか感慨深いな。今までも友達でギルマス同士ではあったんだけど、最新の関係性を更新した……みたいな感触がある。これは良い握手だ。
「……」
「……」
何故離さない……?
いやこっちから離そうと思えば離せる訳だけど、なんだろうな。先に向こうが求めて来たからか、こっちから緩めると『別に握手までしたくはなかったんだけど』って思ってると誤解されるかも……なんて考え過ぎか。いやでも……
「……いつまで握ってるの?」
「あ、だ、だよね」
結局、ティシエラの普段より若干低い声に諭されコレットの方から手を離した。シチュエーション的に、冗談でティシエラに『妬いてんの?』とか言ってみたいけど……言ったら誇張抜きで殺されそうだからやめておこう。ギルマスたるものリスク管理は必須だ。
「サタナキアか……確か闇堕ちして魔王軍の幹部になってた元精霊だよな。マジで害はないのか?」
「保証までは出来ないけど、悪さする力は残ってない筈です。今は精霊だった頃に戻ってるんで」
「まあレアケースだけど、似たような前例もあるからなあ。目を前髪で隠して陰のある佇まいで女性人気の高かった暗黒騎士が光堕ちしてフツメンの戦士になった途端にモテなくなった、とかね」
その例えおかしくない? ロハネルって冗談言ってるのか本気なのか時々わかんなんだよな……職人って真面目なイメージだから余計に。
「そういう訳だから、取り敢えずサタナキアと……あと街中で暴れてた全裸二刀流ガニ股仮面の審査は特に力入れて貰えると助かります。サブマスターに相応しいかって観点もだけど、そもそも住民として受け入れられるかどうかって意味でも」
「ちょっと待って。途中訳のわからない単語が出て来たんだけど?」
「全裸って……何?」
あ、女性陣が引いてる。そういや全二ガの方は話してなかった。
んーーーー……
「それじゃ、これからコンテストの進行で打ち合わせしなきゃいけないから一旦離れまーす」
「あっ、待ちなさいトモ!」
説明が面倒なんで逃げた。
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