第369話 百合でしか潤せない渇きがある

「はーい! それでは、アインシュレイル城下町ギルドのサブマスターを決定するコンテスト【サブマスターズ】を開催します! 司会進行は私イリスチュアと……」


「あ、はい。サクアの二人でお送りします」


 凛とした声が軽やかに舞い、優雅に踊る。コンテストの幕開けに相応しい澄み切った青空の下、若干遠慮がちの拍手の音が鳴り響いた。


 今回のコンテストはサブマスターの決定だけが目的じゃない。『ウチのギルドは貴族から支援を受ける信頼性の高いギルドです』って事を大々的にアピールする格好の場。よってコンテストは一般住民が自由に観られるよう、中央広場で行う事になった。広場は事前に申請さえしておけば無料で開放してくれる為、経済的にも大変優しい会場だ。


 進行は『魔王に届け』で実績のあるイリスに頼んだんだけど、一人だと心細いとの事で先日ソーサラーギルドに復帰したばかりのサクアも連れて来てくれた為、審査員席も解説席もかなり華やかになった。


 案の定、これだけの面々を揃えた事で注目度は爆上がり。ポスターの告知を見て来た野次馬が次々と他の住民を呼び寄せ、冬だというのに広場は大勢のギャラリーで囲まれる事になった。


 ここまでは目論み通り。どうよ交易祭で培ったこのプロデュース能力! まあ全部他人に頼りっきりだけどね!


「このコンテストはですねー、事前に立候補した人達からサブマスターに相応しい能力を持っているかどうかアピールして貰って、それを審査員の皆様が採点して当落を決定します!」


「アピールというのは」


「そーなんですよサクアさん! そこが一番大事なポイント! ただ特技を披露すれば良いって訳じゃなくて、どんな事がサブマスターの評価に繋がるのかを自分で考えて、その上での自己アピールが必要なんですねー。腕力あります、腕相撲強いです、みたいな事だけじゃダメなんですよ」


「へー奧が深いですね」


 ……イリスは期待通り声を張って流暢に進行してくれているけど、サクアは場慣れしていないのか終始言葉の抑揚がない。プロスポーツ選手のCMみたいだ。真面目な子だからウィットに富んだ軽快な受け答えとか無理だよな……


「ちなみに、ソーサラーギルドにサブマスターはいません! なりたいって子は一杯いるんですけどねー。ティシエラの隣に並びたいっていう」


「イリスさんはなりたいって思った事ありますか?」


「んー、ないかな。別に役職がなくてもサポートは出来るし、変に上下関係を作っちゃうと逆にやり辛くなるかもだし」


 成程、そういう考え方もあるのか。もしかしてシキさんも今のイリスと同じ考えで立候補しなかったのか?


 ……な訳ないか。上下関係とか一切気にしなさそうだもんな。ティシエラや年上のオネットさんとかにも全く物怖じしないし。


「それにサブマスターって立場になったらサポートが義務になっちゃうでしょ? お仕事でしなきゃいけない、みたいな? そうなっちゃうと、なんか違うかなーって」


 確かにそれは言えてる。サブマスターって立場に就く事で否応なしに義務感が発生する訳で、逆に言えば義務感を抱いているのなら立場を得る事への抵抗もない。


 って事は、シキさんは俺に対して義務感を抱いていない……?


「私はティシエラを義務でサポートしたくないから。私の気持ち……手助けしたい、力になりたいって気持ちで。ね?」


「……そうね。私も貴女には義務感なんて背負って欲しくないわ」


 審査員席に向かって身を乗り出すイリスにティシエラが若干照れながら答えた途端、ギャラリーから『あら^~』の大合唱。皆さんお好きですね。斯く言う私も大好物です。百合でしか潤せない渇きがある。


「サクアはサブマスターになりたいって思った事ある?」


「いえ。私ではとても務まりませんから」


「そんな事ないと思うけどなー。あ、それじゃさー、もし今も城下町ギルドにいたら今回のコンテストに立候補してた?」


「へ?」


 急に変な事を問われたからか、サクアが素っ頓狂な声を出してフリーズしてる……これ絶対イリスのアドリブだな。真面目っ子に公衆の面前でアドリブのパスは中々エグい。


「だってサクア、ウチに戻って来てからずっと城下町ギルドは良い所だったって言ってるじゃん。ホントは向こうに残りたかったんじゃないの~? うりうり」


「や、やめて下さい」


 イリスがサクアの鎖骨や脇腹を指で突っついている。なんだここは。百合畑か? 美しい……なんて美しい景色なんだ。オーディエンスのハートに洗浄液をブチまけるがごとき至高のやり取り。心が……洗われる……


 とはいえ、サクアにまでこのサービストークを求めるのは酷か。


「私は……ソーサラーギルドの一員ですから。いずれ戻る事は決まっていましたし、立候補なんて出来ません」


 案の定のマジレス。でもサクアはそれで良いよ。イリスに合わせて小粋な冗談とか言ってるサクアはピンと来ないし。


「でも、城下町ギルドも皆さんはとても優しくて親切でした。外部の人間なのに疎外感は全くなくて、最後まで居心地は凄く良かったです」


「そうなんだ。噂には聞いてたけどアットホームな職場なんだね」


 今度はイリスが棒読みになってるような……もしかしてウチのギルドの宣伝の為にあらかじめ原稿を用意してたのかな。その気持ちは嬉しいけど、若干のヤラセ感が出てませんかね。


「はい。出来れば……もっと貢献したかったです」


 そんな俺の懸念を、サクアの微かに震えた声が吹き飛ばしてくれた。少なくともサクアの方は本心で語ってくれている。それが伝わってくるのが嬉しい。


 所属ギルドは違っていても、彼女は大切な仲間だ。いつかフレンデリアにも紹介しよう。


「でも私の立場がどうあれ、サブマスターは希望しなかったと思います。私よりもギルドマスターを支えるのに相応しい方がいましたから」



 ……ん?



「え? そ、それってどういう意味なのかな?」


「そのままの意味です。城下町ギルドには常日頃からギルドマスターを献身的に支えている方がいて、その方が一番サブマスターに近いのかなと」


 ちょっちょっちょっちょっサクアさん!? その言い方ちょっとマズくない!? これからサブマスターを決めるコンテストを始めましょうって時に言う事かなあ!?


 多分シキさんの事言ってんだよな……実際、秘書みたいな事して貰ってたのをサクアもずっと目撃していた訳だし。


 俺的にもサブマスターになって貰いたかった人No.1だから、発言自体には異論はない。でもこの話題を深掘りするのは良くない。立候補者には『なんだよデキレースだったのかよ』って印象を持たれかねないし、観客には『それ絶対愛人じゃん!』と思われるに決まってる。当然、シキさんもブチ切れですよ。俺にはハイリスクしかない!


 なんとか止めさせないと。この距離だとジェスチャーでイリスに伝えるしかない。指でペケ作って、クルクル回して巻きの合図を……お、こっち見た。伝わったか?


「そんな人が城下町ギルドにいたなんてビックリー! 誰? ねえ誰? 実名で教えて!」


 イリスァーーーーーーーーーーーーーーッ!!! テメコラ敢えて面白くなる方に転がしやがったな!? あいつやっぱり信用できねぇ!


「それは出来ません。先方にご迷惑を掛けるかもしれませんので」


「ありゃ。相変わらず堅いなー」


 いいぞサクア。まあ名前伏せるんなら最初からこの話題を出すなって話だけどさ。暴露系のイニシャルトークってマジ無意味だと思いませんか?


「んー、でも私が城下町ギルドに居た頃にはそんな人いなかった気がするけど。マスターって軽そうに見えて意外とお堅いトコあるし」


「私が加入している間は女性とばかり話をされていたので、そういうイメージは特にありません」


 さっサクアさん!? 貴女が言うと信憑性半端ないんでやめてくれません!? 俺のパブリックイメージが実像とかけ離れすぎて幽体離脱しそうなんだけど!


「へー。トモって自分のギルドではそうなんだ。もしかして私物化とかしてるのかな。それってどうなのかな」


 う……久々にコレットのドロッとした目を見た。耐性薄れてると怖いんだよこの目……


「あんま責めてやるなよ。若い男が権力持ったら下半身が張り切っちゃうのはもう仕方ないんだって。なあロハネル」


「僕を君達と一緒にしないでくれ給えよ。そんな下劣な行為に手を染めた事は一度もないね」


 勝手に人をエロ魔人に仕立て上げるな! 言っちゃなんだが下ネタすら苦手なんだよこっちは!


 くっそ……人選失敗だったか? なんでサブマスターコンテストで俺が株下げなきゃいけないんだよ。しかも実像と正反対の評価で。


 ずっと前から懸念していた男の話相手の少なさがついに悪い方向に出ちゃったか……この流れで女性を起用するとガチで悪評が立ちそうで嫌だな。


 でもなあ。こんな事でバイアスが掛かるようじゃコンテストやる意味がない。世間からどう思われようと、ここはちゃんとジャッジすべきだ。


 その前に、この変な流れを断ち切らないと。ここはビシッと――――


「悪巫山戯はその辺にしておきなさい。イリス、貴女も羽目を外し過ぎないで」


「はーい。ティシエラに怒られちゃったから閑談はここまでにしておきましょっか」


 ……ビシッとティシエラに纏められてしまった。


 まあ、立場がないと言える立場でもないし、別に良いけどさ。


「それじゃ、審査員の紹介から始めますねー。まず一番左から、冒険者ギルドのギルドマスター、コレットさんです」


「あ、はい! えっと……サブマスターはとても大事な役割だって聞いてます。私達冒険者ギルドも今は不在で、だから今回のコンテストは参考にさせて貰おうと思って来ました」


 コレットを皮切りに、審査員として招いた面々が聴衆へと挨拶をしている。でも俺は、それを聞くより別の事を考えていた。


 冒険者ギルドのサブマスター、マルガリータについてだ。


 彼女にはサタナキアを匿っていた嫌疑が掛けられている。元ギルマスのダンディンドンさん、若しくは彼女。或いは……共犯。いずれにしても、それを調べるのは最早簡単だ。何しろ当事者のサタナキアがここに来てるんだから。


 面接時に聞いておけば良かったんだけど、あの時は奴が現れた事に動転して、そこまで気が回らなかった。だからもう一度会う機会がどうしても必要だった。採用すれば嫌でも会う事になるけど、事情聴取の為にサブマスターにするって訳にもいかないからな。コンテストを開いてもう一度来させるのは、我ながら妙案だった。


「ソーサラーギルド代表、ティシエラです」


 っと。もうティシエラまで回ってきたのか。次は俺の挨拶だ。一旦考え事はやめよう。


「集まった皆さんの中には、どうして私達が審査員を務めているのか不思議に思っている人達も大勢いるでしょうね。答えは至って単純よ。アインシュレイル城下町ギルドのサブマスターの決定は、私達五大ギルドにとっても重要な意味を持っているから」


 あれ? ティシエラさん? なんで急に話をデカくし始めたの?


「詳しい説明は、ギルドマスターの彼がしてくれると思うわ。話を聞いてあげて」


「……へ?」


 なんだそりゃ! 急に無茶振りしてきやがった! なんなのこの新種の嫌がらせ! こんなバトンの渡し方ある!?


「はーい、それじゃ最後にアインシュレイル城下町ギルドのギルドマスター、トモさんにお話を伺います。今のティシエラの説明を受けて、どんな事を言ってくれるのか楽しみですねー」


 イリスもグル……だと……?


 なんで俺を窮地に追い詰める必要があんの? ドSムーブが流行ってんの? それとも強引に手伝わせた事を怒ってる?


 ……まあ、でも必要な説明ではあるか。実際、まだ弱小ギルドのウチの為にこのメンツが集まっているのを疑問に思うのは当然だしな。一般市民は俺が何度も五大ギルド会議に出席してる事なんて知らないんだし。


 元々ギルドに箔を付ける為に来て貰ったんだ。なら、この挨拶でそれに相応しいだけの格を示すのは俺の責務でもある。多分、ティシエラもそういう意図があって敢えて無茶振りしてきたんだろう。


 だとしたら、そこに込められているのは悪意や悪戯心じゃなく、期待。


 期待には応える。そうする事でしか更なる信頼は得られない。


「……本日はお集まり頂きありがとうございます。アインシュレイル城下町ギルドのギルドマスター、トモと言います。近所の方々は御存知だと思いますが、この街の便利屋みたいな事をやっています」

 

 こういう時に長々と話しても仕方がない。可能な限り短く、そして端的に印象に残る事を言う。それが肝要だ。


「アインシュレイル城下町ギルドは設立してまだ一年に満たないギルドですが、街のピンチに際し果敢に対処を試みる五大ギルドに何度か協力させて貰いました。その縁で、今回こういった場を設けさせて頂きました」


 俺が立案した事は、ここでは伏せておく。五大ギルドの顔を立て、あくまで彼らが俺達のギルドに一目置いているという印象を持たせる。それが一番、ギルドの格を上げる事に繋がる筈だ。


 そしてもう一つ――――


「また、この度シレクス家から支援して頂く事も正式に決まりまして、活動範囲が更に広がる事になりました。その為、サブマスターを新たに決めるこの機会に皆さんへと御挨拶する場を設けさせて頂いた次第です。今後アインシュレイル城下町ギルドは街の警備をはじめ、より住民の皆さんと密接に関わる仕事を増やして行く予定です。どうかギルド員共々、今日新たに決定するサブマスターとも末永くお付合い頂きたく存じます」


 深々と一礼。疎らではあるけど一応拍手は聞こえて来た。及第点の挨拶は出来たらしい。


「ふーっ……」


「お疲れ様。上出来よ」


 無茶振りした張本人が、口の端を吊り上げて煽ってきた。


「五大ギルドに加入したら、こんな事は日常茶飯事よ。出来るだけ早い内に慣れておきなさい」


「はあ……」


 ……ん? 今なんつった?


「言ってなかったかしら? これはただのサブマスターのコンテストじゃないの。貴方達アインシュレイル城下町ギルドを五大ギルドに加えるべきかどうかを決める審査でもあるのよ」


 その余りに突拍子もないティシエラの発言に対し、バングッフさんとロハネルはニヤケ面を浮かべていた。


 そして、コレットは――――



「えっ……そんな話、聞いてない」



 俺と全く同じリアクションだった。






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