第370話 ユニコーン的な視点

「あの……もしかして私、仲間外れにされてます? って、されてますよね……やっぱり新米ギルドマスターってこういう洗礼受けるのかあ……あー世知辛ー世知辛ー」


「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど……ちょっとバングッフ! コレットに伝えるのは貴方の役目だったでしょう?」


「いや違ぇよ! 確かコレットに連絡するのはロハネルだったんじゃなかったか!?」


「そんな話は聞いてないな。僕が知る限りではティシエラが連絡を入れる手筈だった」


 ……なんか揉めてんな。この手の確認不足から生じるミスって割と社会人あるあるだけど、まさか五大ギルドのギルマス連中がそんな初歩的なやらかしをするとは。コレットすっかりイジケモード入っちゃってんじゃん。気持ちはわかるけど。


 でも今はコレットに同情してる場合じゃない。


 五大ギルドへの加入……? なんだその話。一回も聞いた事なけりゃ一回も希望した事ないぞ。


「あのさ、何かの間違いなんじゃないの? そもそも五大ギルドはもう席開いてないだろ? まさか六大ギルドにでもするつもりか?」


「先日、ヒーラーギルド【チマメ組】から五大ギルド辞退の申し出があったのよ。ヒーラーの大半が回復魔法を否定してるって話を聞いて、思うところがあったんでしょうね」


 怒涛の弁明でどうにか涙目のコレットに納得して貰ったティシエラが、肩で息をしながら端的に説明してくれた。お疲れ様です。


 成程、ヒーラー温泉の一件が原因か。だったら……わからなくもない判断だ。


 元ラヴィヴィオのヒーラー連中が温泉で腑抜けになった。


 この状況に一番困惑しているのは、間違いなく城下町に残ったヒーラー達だろう。実際、現場に連れて行ったメデオ達はかつての仲間が回復魔法を全否定する姿にショックを受けていた。マイザーやチッチも同じ気持ちになっているのは想像に難くない。


 そんな状態で五大ギルドの一角としてやっていくのは無理があるし、当初予定していた『冥府魔界の霧海を晴らす方法を探るチーム』の編成にマイザーが加わる件も白紙に戻しかねない。連中にとっちゃそれどころじゃないだろうし。


「一応言っておくけどよ、別に圧力かけて辞めさせたとかじゃねぇからな。ってか、流石にショックを受けてたみてーだぜ。特にマイザーはラヴィヴィオのヒーラーがどれだけ回復狂いか嫌ってほど知ってるだろうしな」


 バングッフの返答にロハネルも小刻みに頷く。その現場に居合わせていたって事か。


「自分に置き換えるとゾッとするわね。或る日突然、魔法に何の拘りもなくなってしまう自分になるかもしれないなんて」


 マイザーやチッチにそこまで回復魔法への拘りはないと思うけど、ティシエラの言うように『自分も回復魔法への執着を失ってしまうかも』って恐怖心は拭えないだろう。温泉に浸からない限り大丈夫、って保証はないからな。そもそも温泉が原因かどうかはまだ判明してないんだし。


「ま、現状のヒーラーギルドに五大ギルドとしての価値を見出すのが難しい、ってのもないとは言えないがね。彼らもそれを感じ取っていたからこそ、躊躇なく辞退したんだろう。賢明な判断だよ」


 ロハネルの言うように、チマメ組はウチのギルドよりも小規模だったし、ヒーラーの重要性を加味しても現状維持は難しかっただろう。引き際って意味では、英断だったとはいえ妥当でもあった。


「状況はわかったけど、なんでウチに白羽の矢が立ったんだよ? 他にもっと相応しい所があるんじゃねーの? つーか、そもそも絶対『五大』じゃなきゃダメなの? 四大で良くない?」

 

「別に必ず『五大』でなければならないって決まりはないけど、貴方達のこの半年間の働きぶり、五大ギルド会議への参加頻度と情報の共有、ヒーラーをはじめとした懸念すべき案件への関わり具合を総合的に判断して、少なくとも新加入の有力候補として審査はすべきとの結論に至ったのよ」


 ああ、あくまで複数いる候補の一つって訳か。


「そういう事情で、お前さん達からの審査員のリクエストは渡りに船だった訳さ。黙っていたのは悪かったが、事前に知らせるより当日知って貰った方が審査し易いと思ってな。そっちもサタナキアの件は事前通達がなかったからおあいこだろ?」


 ……確かにロハネルの言う通り、文句を言える立場じゃない。


 とはいえ、だ。


「そもそも、俺は五大ギルド加入なんて別に望んでないんですけど」


「ギルドに箔を付けたいんだろう? だったら五大ギルド加入が一番の箔だと思わないかい? 信頼面では段違いだよ。それは僕達も実際に経験しているから断言できる」


「それはそうでしょうけど、地位と実績が伴わないんじゃ逆に反感買いません?」


「勿論買うさ。そこを上手に乗り切ってこそギルドは成長する。無論、君もだ」


 それくらいの試練は乗り越えろ、ってか。さっきのティシエラの無茶振りもそうだけど、この人達基本スパルタなんだよな……


「現段階ではあくまで審査に留まるから、そこまで深刻に考えなくても結構よ。加入するかどうか悩むのは、私達四人全員に認められてからにしなさい」


「あ、私も審査して良いんだ。へー、面白そ」


 コレット君、舌なめずりはやめましょう。はしたないですよ。


 でもまあ、ティシエラの言う通り今気にしても仕方ないか。俺が幾ら拒んだところで、この人達言う事聞いちゃくれないだろうし。それに、こっちが一方的に審査を頼んだ手前『俺を審査するな!』とも言えない。見事にハメられてしまった。


「はぁ……わかりましたわかりました。その代わり、サブマスターの審査はしっかりお願いしますよ」


「任せとけ。優秀なサブマスターがいるかどうかも、五大ギルドに相応しいかどうかの判断材料だからな」


 バングッフさんがそう返答した直後――――コンテストの準備が整った。


「お待たせしました! それじゃ審査を始めまーす! エントリーNo.1、アクシーさんどうぞー!」


 えぇぇ……トップバッターあいつなの? 初っ端からクライマックス過ぎない?


 いやでも、奴だって倫理観がイカれてるだけで知能が低い訳じゃない。審査を通過する為にまともな格好……いや贅沢は言わない、せめて前張りだけでも――――


「只今、ご紹介に与ったアクシーという者だ」


 ダメだ。声とか喋り方は余所行きだけど完全に全裸のままだった。局部も何一つ覆っちゃいねぇ。


「……」


「……」


 予想はしていたけど、審査員のうち二人は早くも魂が抜けてしまっていた。済まない。本当に済まないと思っている。


「私が思う理想のサブマスターとは、ギルドマスターを滾らせる事。これに尽きる。つまりギルドマスターを心身共に盛り立てる事が重要だ。よってこれから、如何に私がギルドマスターをその気にさせるか見て貰おう」


 やめろ! 全裸でそんな事言われたら意味が違ってくるんだよ! 


「な、なんかザワザワしてますねー。サクア、今のってどういう意味だと思う?」


「よくわかりませんが、アインシュレイル城下町ギルドマスター様を元気にするという意味では」


 サクアさーーーーーーーん! 悪気ないのはわかるけどそれはダメだ! 百合と薔薇を同じ畑に植えないで!


「それじゃマスター、アクシーさんの傍までどうぞ」


「……」


 か、身体が動かない。心が完全に拒絶している。公衆の面前で全裸二刀流ガニ股仮面から何をされるのかと思うと、とても行動に移せない。


「フッ、どうやら緊張しているようだな。ならばこちらから行くとしよう。とうっ!」


 仮面越しに(多分)笑顔を覗かせ、アクシーが宙を舞う。ガニ股ならではのバネで全身を躍動させ、凄まじい跳躍力で俺の方へと跳んでいた。


 逆光でシルエットしか見えないその姿が、やけにスローモーションに見える。


 ……え、何これ。走馬燈的なアレ? 嘘でしょ? 俺今から何されるの? 死ぬの? 社会的に死ぬの?


「お待ちなさいっ!」


「ムゥッ!」


 アクシーが俺に迫り来るその直前――――何者かが奴に斬りかかったらしく、重い金属音が鳴り響くのと同時に奴の身体が弾け飛んだ。

 

 助かったけど、一体誰が……?


「エントリーNo.2! オネットです! 私が思う最高のサブマスターとは! ギルドのピンチに必ず駆けつける正義の味方! やらせはしません!」


 まさかのオネットさん! あれ!? エントリーしてたっけ!? 少なくとも面接には来てなかったよね……?


「おーっと! ここでまさかの乱入! マスターのピンチに駆けつけたのはギルド員の人妻剣士オネットさんです! その実力はギルド内随一とも言われています! 当初はサブマスターになる予定はありませんでしたが、浮気を繰り返す夫の関心を自分に向けさせる為に決断したとの事です!」


「それは! 言わないで! 下さい!」


 ……どうやら突発的な申し込みだったらしい。また昨日浮気されたんだな。気の毒に……


 でも残念ながら、オネットさんがサブマスターになって浮気が止まる事はまずないだろう。逆に余計劣等感を抱いて別の女の所へ行きそう。ダンナとは会った事ないけど、絶対そういうタイプだよな……


「ほう、私をレベル64と知っての宣戦布告かね? 面白い。先程の不意打ちは及第点の威力だった。挑戦権を与えよう」


 全裸二刀流ガニ股仮面の癖に随分と上から目線だな。でもまあ、レベル64っつったら多分全人類で10本の指に入るくらいの猛者。これくらい偉そうでも不思議じゃない実力者なんだろうな。



 でも――――相手が悪かった。



「刮目せよ御婦人! 剣技とはこういう事を言うのオホォン」


 ……予想はしていたけど、絵に描いたような瞬殺劇でした。


 即堕ち2コマ並のテンポで倒されたアクシーは、全裸で広場の地面をゴロゴロゴロゴロ転がり、途中幾度も急所を打ち付け、最後うつ伏せになり絨毯のように横たわって失禁したまま気を失った。


 まあ、ディノーより格上のオネットさん相手にあれだけ油断してたらこうなるよな。相手の実力を正確に推し量れなかった時点で負けは確定していた。当然、サブマスターとしても不合格だ。


 にしてもオネットさん強過ぎない? また一段回パワーアップしたような……正直どうやってアクシーを倒したのか全然見えなかった。奴の二刀流が二本同時に折れたのはなんとなくわかったから、恐らく剣で一閃してその剣圧で吹っ飛ばしたんだろうけど……これもう人外じゃね? レベル79のコレットですら対抗できるかどうか……


「なあコレット、オネットさんはどうやって……」

「ごめん見てなかったからわかんない全然見てなかった」


 食い気味に質問を遮ってきやがった。アクシーの全裸なんて全然見てませんアピールか? いや子供じゃないんだから『こいつ男の裸に興味津々だー!』とか煽ってからかったりしないよ? 向こうが見せびらかしてるんだから見ていいんだよ別に。見るだけなら特に害もないんだから。


 とはいえ……コレットやティシエラが局部をガン見している姿を目の当たりにしたら、ちょっとショックを受けるかもしれない。ダメだな……素人DTの悪いトコが出てるよ。女性に対してユニコーン的な視点を持ち過ぎだ。


 でも気になる自分を止める事も出来ない。ティシエラはどんな様子で――――


「……」


 あ、まだフリーズしたままだ。


 ……客観的に見て今の自分が気持ち悪いのは重々承知してる。でも敢えて言おう。ありがとう。そういうティシエラでいてくれて本当にありがとう。コレットもそういう反応でありがとう。恥じらい捨てちゃ、ダメ。絶対。


「な、なんと一瞬! あっという間の決着でした! オネットさん強ーーーい! 凄かったねサクア!」


「……あ、はい。凄かったです」


 実況のプロとして一瞬たりとも目を離さなかったイリスと、明らかに戦いを観ていなかったサクアの温度差が凄い事になってる。にしてもアクシー、アンタ最高の噛ませ犬だよ。ガニ股も全裸もやられた姿との相性が良過ぎるし、大惨敗感がメチャクチャ出ててなんか清々しい。


 奴は後で改めてギルド員としてスカウトするとして、今は取り敢えず御退場願おう。


「それじゃ、オネットさんのアピールタイムもこれで終了ですね! 次は……」


「エントリーNo.3のヤメちゃんだよ! そんでもって! ちょーーーっと待ったーーーーっ!」


 一汗すら掻かず立ち去ろうとしていたオネットさんを呼び止める、ヤメの凛とした声。


 奴は広場の中央にいた。


 ……ピンクを基調としたゴシックロリータっぽい服装で。


「!?」


 その格好にいち早く反応を示したのはサクア。無理もない。あれは……まるで魔法少女だ。 


「ヤメちゃんが思うサブマスターってこういう事さ! ギルドの誰よりも可愛くて強くて美しい! そしてギマより絶対に目立つ! サブマスターが支援担当なんてもー古い! 今はサブこそが輝く時代じゃい!」


 ……よくわからんけど、要するに『サブマスター=支援担当』みたいな固定観念に対する挑戦って事?


 だとしたら、それ自体は悪くない発想だ。俺よりも優秀だと証明してくれれば、本来ギルドマスターがすべき業務をサブマスターにお願いして、俺が支援に回っても良い。そこに対するプライドは全くない。


 けど……


「目立ちたいのはわかったけど、どうしてその格好を選んだの?」


 気絶したアクシーがギルド員によって連れ出された事で、意識が戻ったティシエラがようやく審査員らしい言葉を発した。俺もそこは気になる。そして俺以上にサクアの関心度合いが凄い。身を乗り出して話を聞こうとしている。


「えー? 普通に可愛くない? 劇団の衣装で一番可愛いの借りただけなんだけど。ソーサラーギルドのユニフォームにしても別に良いよ?」


「……遠慮しておくわ。イリス、続けて頂戴」


 ゴシックロリータ愛好家のティシエラにとっては、もっと深い答えを期待していたのかもしれない。でも半年後くらいにユニフォームはしれっと採用してそう。あとサクアの頷きが凄い。『可愛くない?』の所で秒速10回くらい頷いてたな……


「わっかりましたー! それで、ヤメはその格好がアピールポイントって訳じゃないよね? 何するのかな?」


「可愛さの次は強さを見せなきゃね。っつー訳でオネちゃん、いざ尋常に勝負!」



 そのヤメの宣戦布告は――――因縁の対決の幕開けだった。





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