第371話 バトル開始

「……私と。勝負。ですか?」


「そう! やる? やるっしょ?」


 ヤメがビシッとオネットさんを指差したその瞬間、ギャラリーが大いに湧き上がった。


 アクシーvsオネットさんの時とは盛り上がり方が全然違うな……まあ全裸で顔隠して暴れ回る男の戦いなんて誰も観たくないか。あのイケメンフェイスを表に出してたら違う需要もあったろうに。


 それにしても、ヤメがオネットさんに宣戦布告するとは。単に目立つ為に戦いを挑んだとは思えない。


 何しろこの二人には浅からぬ因縁がある。オネットさんはかつて、独裁者として圧政を敷いていたヤメの父親を自らの意志で屠った。つまり親の仇だ。


 シキさんが言うには、ヤメの方は全然気にも留めていないって話だけど……果たして本当にそうなんだろうか?


 勝敗が審査結果に直結する訳じゃないとはいえ、ソーサラーのヤメが一対一のバトルをオネットさんに挑むのはあまりに無謀。ヤメにとってアピールしやすい環境とは思えない。何かしらの意図は確実にある。


 そして、オネットさんの方も……


「わかりました。受けて立ちます」


 ヤメを見つめながら受理した彼女の表情から、その内心を窺い知る事は出来ない。別に受ける必要のない戦いを受けた、って事実だけが唯一の判断材料だ。でもそれだけじゃ何もわからない。自分がアクシーにやった事をされた以上、断るのは筋が通らないってだけかもしれないし。


「その代わり、私は戦いで手を抜けるほど器用じゃありません。やるからには全力で。構いませんか?」


「上等。どっちがアインシュレイル城下町ギルドのエースか決めよーぜ」


 オネットさんもヤメも、表情の種類こそ違うけど茶化した様子は一切ない。オネットさんは元々そういうタイプじゃないけど、ヤメの方も好戦的なガンギマリの笑みを浮かべつつ目は笑っていない。


 こりゃ……両者とも本気だ。


「さー面白くなってきましたよー! ギルド最強のオネットさんに、ソーサラーのヤメが挑む異色バトル! サクア、この戦いをどう予想する?」


「私はソーサラーなので、どうしてもヤメ先輩目線になりますが、当然一筋縄ではいかない相手なので攪乱を軸にまずは意識を散らす戦略に打って出ると思います。相手の動きを封じない事には勝ち目はありません」


 ……解説もガチだな。さっきまでのサクアとは完全に別人じゃないか。急に覚醒し過ぎじゃないですかね。


「一応、コンテストの参加者に蘇生魔法を使えるメデオさんがいますから最悪死んじゃってもどうにかなります! でも死体とか見たくないから出来るだけ殺し合いは避けて下さい!」


「……」


「……」


 返事がないんですけど……これ大丈夫? 聞こえてはいるけど返事を忘れるくらい集中してるだけだよね?


「えーっと……それじゃバトル開始!」


「はい!」


「おっけー!」


 おいおいおい! マジで殺し合う気かこいつら! いや流石にそれはないと思うけど怖いって!


 そんな二人の反応もあってか、広場全体に緊張感が生じる。ソーサラーのヤメが本気で攻撃するとなれば、観客も巻き添え食らいかねないからな……まあこの街の住民は猛者ばかりだから幾らでも対処できるだろうけどさ。


 周囲の雰囲気とは対照的に、当の本人達は共にまだ動かない。ヤメは相変わらず広場の中央、オネットさんは審査席の近くにいて、両者の間の距離はざっと見る限り20mくらいある。


 普通に考えれば完全にヤメの距離。ソーサラーなら、これだけの遠距離であれば魔法で一方的に攻撃できる。


 だけどヤメにそんな余裕はない。オネットさんの身体能力なら、この距離をほんの一瞬で縮められる。今までの戦いで幾度となくその姿を見てきた。


 でも、そのオネットさんも仕掛けようとしない。これはかなり珍しい。どんな相手にでも積極的に攻撃していくタイプだけに。


「中々動きがありません! サクア、これどういう状態?」


「お二人とも攻撃的な戦闘スタイルなので、お互いに警戒しているのだと思います。特にヤメ先輩は搦め手が得意ですから、考えなしに突っ込めば幾らスピードがあっても対策される恐れがありますから」


 成程、そういう状況か。ちょっとした心理戦が水面下で行われているのかもしれない。


 けど、このまま長距離の睨み合いをやっていても埒が明かない。持ち時間とかは特に設定してないけど、自分達だけで何十分も費やせば審査で不利になる事くらいは理解しているだろう。サブマスターが時間にルーズじゃ話にならない。


 ……サブマスターのコンテストだっていう認識はちゃんとあるよね?


「すーっ……」


 そんな俺の懸念を余所に、オネットさんの呼吸が心なしか深くなった。これは仕掛ける際の予備動作か? なら次の瞬間、オネットさんが――――


「!」


 いや違う! 先に仕掛けたのはヤメだ!


 ヤメの周囲に膨大な数のキラキラした塊が舞っている。あれは……氷の礫か? それとも何かの結晶? いずれにしても魔法なのは間違いない。


「そんじゃ……行っくよーーーっ!」


 右手の指をオネットさんに向けた刹那、キラキラが一気に解き放たれた。


「先制はヤメ! あの魔法は【アイシクルノック】だーーー!」


「無数の氷柱つららを敵に飛ばす殺傷力高めの攻撃魔法ですね。気温が低いほど硬度を増すから、この季節にピッタリです」


 イリスの実況とサクア解説員のわかりやすい解説をバックに、ヤメの放った旬のお魔法が容赦なくオネットさんを襲う!


 人間相手に先端の尖った氷を何十……いや何百発も撃つのは明らかにやり過ぎ。普通ならこの時点でストップを掛けても良いくらいだ。


 でも相手は、あのオネットさん。これが致命傷に結びつくかと言うと……


「ていていていていていていていていていていていていていていていていていていていていていてい!!」


 やっぱり当たらねぇ! 全く訳のわからない人間やめてる動きで膨大な数の氷柱を次々と叩き落としている。なんだこの動き……最新の格ゲーでもこんなスピードで動けねーだろ。


「あっはっは! やるねオネちゃん! でもその距離にいる限り反撃は出来ねーぞー!」


「心配は無用! です!」


 うわ! 防ぎながら前進始めやがった!


 曲芸師を嘲笑えるレベルの剣捌きと、最軽量級のボクサーが泣いて逃げ出す足裁き。俺だからこの程度の表現しか出来ないけど、もっと目の肥えた実力者なら……例えばベルドラックだったらオネットさんの凄さをもっと理解できるんだろうな。


「なんか、なんかもうすっごいです! オネットさんカッコ良い! すごい! カッコ良い!」


 なお、実況のイリスは俺より酷かった。語彙が膿んでるよ。


「ふっふっふ……やるねー。でもこれならどーだ!」


 ――――不意に、ヤメのアイシクルノックがピタッと止む。


 でもそれは攻撃の手を緩めたんじゃない。右手を前に伸ばし、手を広げ……それをグッと握ってみせた。恐らく違う魔法のモーションだ。


「あれは……」


「【フローズンバイト】ですね。通常は敵の周囲に冷気を発生させて四方八方から氷の牙で襲う魔法ですが、オネットさんが斬り落としたアイシクルノックの氷片で代用している為、牙の生成時間を大幅に短縮しています」


 マジかよ応用力すげーな! っていうかサクア解説員も凄いぞ! 状況把握能力半端ない! 


 オネットさんはどうやってこの窮地を脱する?


「小賢しい!」


 いや……窮地ですらなかった。


 その場で身体を何回転もさせながら、全方位から襲ってくる氷の牙を全て弾き跳ばしている。斬り落とさなかったのは、氷片を再度別の魔法に利用させない為か。


 まさに難攻不落。こんな仲間がいて頼もしいって気持ちより、なんでこんな人がウチにいるんだっていう空恐ろしさが上回る。


 これじゃヤメが何を仕掛けたところで勝ち目は――――

 

 

「あーーーーーーーっ! オネットさんダウン! まさかのダウーーーーン!」



 ……あれ?


「剣を離して急に崩れ堕ちました! どうしたんでしょうか!?」


 ま、マジでどうしたんだ? フローズンバイトは完璧に防いでたのに。何が……


「ヤメ先輩の追撃です。フローズンバイトの対処中に【スタンブレイズ】を放っていました」


「え、嘘……全然わかんなかった」


「今までの魔法は、発する前に叫んだり大袈裟にモーションを付けたりしていましたから。でも今は……」


 ノーモーション、そして何の予告もなく撃った……って訳か。


 さっきまでの軽い感じのノリは、今の魔法を当てる為の布石だったの? 何そのヤメらしくない駆け引き。いや……女優志望ならではの演技なのか。


「スタンブレイズは一直線に敵へ向かう高速の魔法。威力は弱いですが麻痺効果がありますから、まともに食らえば一定時間動けません。不意打ちには最適です」


 魔法のチョイスもガチ過ぎる。一対一なら麻痺効果は即死効果と大差ない。本気で勝ちに拘った戦術だ。


「……」


 さっきまでの脳天気な雰囲気から一変、ヤメは真顔で倒れたオネットさんへと近付いて行く。魔法少女のようなメルヘンな服装とのギャップがエグい。


「か、可憐だ……歩み行く姿が美しい……」

「ああ。なんかよくわかんねーけど神々しさすら感じる……」


 ギャラリーの中には、今のヤメをそう評する男もいた。これがヤメの言っていた『美しい』という評価に繋がるんだろう。全て目論み通りか。あいつスゲーな……


「さあヤメ、オネットさんの傍まで近付きました! これで戦いは決着かー!?」


「いえ。まだです」


 冷静なサクアの声に呼応するように、ヤメは安易に踏み込まないし魔法も使わない。若干の距離を置き、倒れているオネットさんをじっと眺めている。


 正直、俺も懐疑的だ。そして――――


「罠、だね」


「ええ。恐らく剣でスタンブレイズを受けたんじゃないかしら。その場合も剣を通して身体に効果が伝染するけど……」


 その剣を倒れる前に手放していた。どうやらコレットとティシエラも同意見らしい。


 流石のオネットさんも、正攻法で距離を詰めるのは簡単じゃないと悟った。だから瞬時にスタンブレイズの効果を逆手にとって、ヤメの方から近付けさせる策を講じた……って考えると確かに辻褄は合う。ヤメが警戒するのも無理はない。


 でもオネットさんって、そういう作戦を瞬時に思い付くタイプかな……? 今までの戦いを観る限り、割と脳筋……は失礼か。でもそれに近い戦闘スタイルだったような。


「おい見ろよ。あのソーサラー、トドメを刺すのを躊躇してるぜ」

「きっと倒す事に罪悪感があるんだな。なんて心が美しいんだ……」


 そしてヤメは何故かギャラリーから過大評価を受けていた。人間、一度好感を持つとなんでも良い方に解釈してくれる。だからバイアスは怖いんだよ。詐欺による搾取の大半はこの心理を利用してるからな。


「……」


 まだヤメは仕掛けない。これだったら、遠くから魔法でトドメを刺せば良いのに……とつい思っちゃうけど、それやると多分ギャラリーの心証があんまり良くないんだよな。安全圏からずっと攻撃して倒すのって、ハメ技と同じくらい姑息に映るし。トドメの瞬間くらいは接近しようって思うのも無理はない。


 この戦いは、勝てば良いって訳じゃない。サブマスターに相応しいと審査員に思わせる事が重要。だから勝ち方には拘る必要がある。


「今、サブマスターを置いてるギルドはウチと職人ギルドくらいか」


 専門外のバトル展開でずっと押し黙っていたバングッフさんが急に語り出した。


「他のギルドでどうなのかは知らねーが、ウチのサブマスターが大事にしてるのは『ギルドマスターの逆張り』だ。要するに、俺とは全然違う人間になるってのが理想らしいぜ。俺に足りないものを補うにはそれが一番手っ取り早いんだと」


「中々の極論じゃあないか。けどウチもそれに近い理由で選んだ気がするね。イエスマンは必要ない。場合によっては僕に食ってかかるくらいの気骨がある奴の方が、側近としては有能なんだよ。得てしてね」


 ロハネルの見解も正当だ。組織のNo.2がイエスマンだと成長はない……ってよく言うしな。逆に言えば、そういう奴等を右腕にしているからこそ二人は五大ギルドの長にまでなれたんだろう。


「って事は、俺との違いを見せれば二人の評価は自然と高くなる訳か」


「ま、そうだな。例えば今の状況、最大限に慎重を期すんなら遠くから魔法でズドンだ。けどまあ、興行でそいつは味気ねぇ。だから近付いて緊迫感を生むのは構わねぇさ。問題はここからだ」


「倒れている剣士に全力の魔法を浴びせる。或いは敢えて牽制を入れて死んだフリかどうか確認する。大胆か、それとも慎重か……ここが評価の分かれ目だろうね」


 バングッフとロハネルの審査基準は明確だ。ティシエラも異論を挟まないって事は同じ事を思っていたんだろう。コレットは……


「そうなんだ。勉強になるー」


 ……何も考えてなさそうだな。逆に癒やされる。


「女性陣のお二人さんはどう思う?」


 ロハネルに話を振られ、ティシエラとコレットは顔を見合わせ暫し沈黙した。


 もし俺を大胆な性格だと思っているのなら、サブマスターは慎重であるべきという判断に傾く。俺を慎重だと認識しているのなら逆だ。


 二人が俺をどんな人間だと思っているのかで答えが決まる。つまり、ヤメを審査しつつも俺の性格診断をしているようなもんだ。


 な、なんか緊張して来たな。


「それは勿論……」


 ティシエラとコレットはお互い視線を外し、同時に俺の方を見て――――答える。


「トモは恐いもの知らずなトコあるから、サブマスターは用心深いくらいで良いと思います」


「ギルドマスターが弱気で意気地なしだから、サブマスターは剛胆であるべきね」



 ……真っ二つに意見が割れた。





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