第372話 本気で
「んー。トモってそんなに意気地なしかな。私が知ってるトモは結構勇敢ですよ? 私と二人でいる時、メチャクチャ強いモンスターに襲われても全然怯まなかったし……どっちかって言うと無謀なタイプなんじゃないかって思うなー」
「そうね。貴女も見ていたと思うけど、私がシャルフから攻撃された時も私を左手で庇って中指、薬指、あと小指も破損していたものね。自分の身を挺して自分よりも強い人間を庇って大怪我を負うなんて、確かに無謀なところはあると思うわ」
「ですよね。それに、あの怪盗メアロから予告状が届いて私と二人でタッグを組んで捕まえようってなった時も、私より前に出て戦おうとしてたんですよね。幾ら私を危険な目に遭わせないようにって必死だったにしても、ちょっと勇猛が過ぎるって言うか」
「ただ、私と亜空間に閉じ込められていた時は慎重過ぎるくらい慎重に行動していたわ。私と共にサタナキア討伐をした時もそうね。大胆な行動に出る事もあるけど、本質は保守的よ。それは恐らく、一緒にいた私を危機的状況に陥らせない為の配慮だったのだろうけど」
「んーどうかなー……あ! そう言えば私も一緒に現場にいた鉱山での殺人未遂事件! あれもトモが独自に捜査してくれてたみたいだけど、そう言えば慎重に調べてたのかな。わざわざ変な全身鎧を着て、声まで変えて冒険者ギルドに来てたんですよね。私は一発でトモだってわかったけど」
「捜査と言えば、私が探していたソーサラーを一緒に探してくれていたんだけど、その時も随分と丁寧に探していたみたいね。そのお陰で結果的に見つける事が出来たから、彼のそういう姿勢に対して非難するつもりはないわ。あくまでサブマスターに求める事が彼と正反対のものと仮定した上での一意見に過ぎないから」
「だ、だったら私はやっぱりサブマスターには用心深さを求めるべきだと思いますよ? 私のギルドマスター選挙にトモが全面的に協力してくれたんだけど、その時も当事者の私以上に力を入れてくれて、ちょっとやり過ぎってくらいだったし。気持ちが入り過ぎるって言うか、ちょっと寄り添い過ぎるトコがあると思うんですよね」
「ええ。そういう要素も彼の中に潜んでいる事自体は否定しないわ。ヒーラー達が王城を占拠した時にも、私の案を一蹴する全く別の大胆な案を持ってきたのは彼だったから。普通、自分達よりも上の立場にいるギルドのトップが出した案を完全否定するような事は、つい遠慮して中々しようとしないわ。たまたま私が彼と親しかったから出来た事かもしれないけど」
「……」
「……」
……なんだこれ。急にどうしたんだよ。怖いよ。
ついつい『コレットとティシエラが俺の事をどれだけわかってるかで揉めている!』と良い方に解釈しそうになるけど、所々滲み出ている俺への非難めいた感情と婉曲的な侮辱がその浮かれた意見を却下してくる。この人達、もしかして俺にメチャクチャ不満を持っているんじゃ……
「なんかアレだな。『城下町ギルドのあんちゃんメチャクチャ好かれてんな』って素直に冷やかせない何かがあるな」
「冒険者ギルドとソーサラーギルドの微妙な関係性も二人の討論からは伝わってくる。今更だけど、この二人を同じ審査員席に置いたのは間違いだったんじゃないのかい?」
同感だけど、被害者は主に俺だけなんスよね。
こういうのを素直に受け取って、素直に喜べたらどんなに人生楽しいだろう。でも残念ながらもういい大人なんで、発言をいちいち深読みするのはデフォルト機能なんだよね。純粋だった少年時代は、メンタルの問題で自律神経がブッ壊れるとか胃が痛くなるとか一切なかったよな……
「審査員席がやいのやいの言ってますけど、こっちも動きがありました! ヤメが気怠げな表情で倒れているオネットさんを見下ろしています!」
「あの間合いだと、オネットさんほどの使い手なら立ち上がって攻撃の実行に移すまで一瞬です。ヤメ先輩のアドバンテージはないに等しいです」
そ、そうだ。こっちであーだこーだ言ってる場合じゃない。ヤメとオネットさんの戦いを見届けないと。
サクアが言っていたように、あのくらいの距離はオネットさんなら一瞬で消せる。例え倒れていても。演習で何回か見た事あるけど、あの寝転がった体勢から手も使わずパッと立ち上がれるからな……
勿論、その事はヤメも良く知っている。そもそも近付いて来た事自体、自分の有利な状況を敢えて放棄した訳だしな。
ただ……ここからはエンタメを考える余裕はない気がする。ヤメの表情がそれを物語っている。
「……オネちゃんさー」
俺にはあの顔が――――寂しいと感じているように見えた。
「そういうの、いらないから」
怒りでも悲しみでも、失望でも屈辱でもない。
今のヤメが感じている事を俺が代弁できる筈もないけど、やっぱり……寂しそうに見える。
「……そうですか。失礼しました」
そんなヤメの言葉、或いはそれ以上に表情から感じ取る何かがあったのか、オネットさんは淡々と立ち上がった。
これは、どう解釈すれば良いんだ?
「おーっとオネットさんが立ち上がった! これはやっぱりフェイクだったって事でしょうか?」
「恐らく。ヤメ先輩をおびき寄せて叩く作戦だったのが、ヤメ先輩に看破されて仕方なく立ち上がったのかと」
「だとしたら、搦め手に打って出たオネットさんと、冷静に見破ったヤメの間で明暗が分かれた格好かー!」
……いや、違う。
普通に考えれば、イリス達が言った解釈の通りだろう。観客の殆どがそういうふうに見えた筈。
だけど……二人の事情を知っている俺には、そうは映らない。
ギルド内でこの二人が親しそうに話をしている所は、殆ど見た事がない。ヤメはシキさんにべったりだし、オネットさんは仕事が終わればすぐ家に帰る。そもそもソーサラーと剣士では話す事も余りなさそうだから、それ自体は別に不自然でも何でもない。
でもやっぱり、どうしても結びつけてしまう。
ヤメがオネットさんを『親の仇』と認識していて、オネットさんがヤメを『屠った悪徳領主の娘』と知っているのなら……そりゃ会話はし辛いだろう。
オネットさんは面接で、ヤメは俺のスカウトで加入したから、二人が同じギルドにいるのは偶然の産物でしかない。だからこそ、余計にその気まずさを想像してしまう。
ヤメはあんな性格だから全く気にしていない。オネットさんも領主を屠った事に後悔はなさそうだったし気後れしている訳じゃなさそうだ。
――――なんてのは、俺やシキさんの勝手な解釈。当人同士がどう思っているのかなんて、周囲の人間がわかる筈がないんだ。
もしかしたら、ヤメは父親を殺された事に対して憎しみを抱いていたのかもしれない。自分や妹の生活が一変した事を恨み、この機会にオネットさんへの復讐を企てていたのかもしれない。だからサブマスターになる事を希望したのかもしれない。
オネットさんはずっとヤメに罪悪感を抱いていて、彼女に謝りたかったのかもしれない。でもそれが出来ず、ヤメの方からアクションを起こす事を望んでいたのかもしれない。だから面接には来ていなかったのに、ヤメの立候補を知って急遽コンテストに参加したのかもしれない。
彼女は……ヤメに倒される事を望んでいるんじゃないか?
もしそうなら、わざと倒れた事の意味合いが全く違ってくる。戦略的なフェイクじゃなく、ヤメが復讐を果たせるようお膳立てしたって事に――――
「隊長」
不意に、シキさんの声が耳元で聞こえた。いつの間にか傍に来ていたらしい。
「許可を頂戴」
「……何の?」
「ヤメが殺気を放ったら、私があいつを止める」
どうやらシキさんも俺と同じ見解らしい。珍しく焦っているようにも見える。
「私はヤメに、そんな事して欲しくない」
それは同意見だ。
でも――――
「……許可は出せない」
「隊長!」
「コンテストの最中だから、とかじゃないよ。二人の問題に俺達がしゃしゃり出ても邪魔なだけだ」
「でも……!」
「責任は俺が取る。だから、ここで見ていよう」
「責任って何?」
食い下がろうとするシキさんの気持ちはよくわかる。ここでヤメが復讐を果たせば、公衆の面前での殺人になる。留置所行きは免れない。ウチのギルドどころか城下町で働く事も出来なくなるだろう。
シキさんにとってヤメは特別な存在だ。想いの種類は違うから両想いじゃないけど、ヤメがいなかったら今のシキさんはない。止めようとするのは当然だ。
それでも、首を縦には振れない。
「もしヤメが城下町で生きられなくなったら、妹さんの治療費は俺が全額負担する」
「……」
「それが一番気がかりだろうから」
今の俺の言葉が、最悪の事態にはならないっていう根拠だ。
ヤメは普段あんなだけど、多分俺よりも、ギルドの誰よりも物事を俯瞰で見る事が出来る奴だ。もしあいつが短絡的な人間だったら、ソーサラーギルドで異端視してきた連中に復讐していただろう。
でもそれをすれば、自分だけじゃなく妹さんまで窮地に追いやられる。自分だけの人生じゃないんだ、あいつが背負っているのは。
「大丈夫。ここでオネットさんを手にかけるような奴じゃないよ。ヤメは」
「……」
シキさんが反論しなかったのは、基本的には俺と同意見だからだろう。ちゃんと考えがあった上でオネットさんと対峙している。
そう信じるしかない。
「さっきから何の話をしているの?」
俺とシキさん以外の面々は、当然何の事を話しているのかわからず怪訝そうにしている。ヤメとオネットさんの過去なんて俺とシキさんしか知らないからな。
「今回の審査には関係ない身内の話。気にしなくて良いよ」
「そう」
ティシエラは敢えて深追いして来ない。だからコレットも、他のギルマス達も追及しては来なかった。
こういう時、ティシエラの気遣いには本当に助けられる。いつも――――
「……?」
いや……いつもって言うほど気遣われる機会はなかっただろう。何言ってんだ俺? 思っただけで言ってはいないけど。
「んー、どうしたんでしょうか。オネットさんが立ち上がったはいいものの、二人とも動こうとしません。サクア、これどういう膠着状態?」
「わかりません。戦略的なものではないと思います」
ヤメとオネットさんは、剣が届く距離で黙ったまま見つめ合っている。睨み合っている……と言うほど鋭い目つきじゃない。けど、戦いを終えようって意志も感じない。
恐らくお互いに葛藤があるんだろう。それは伝わってくる。特にオネットさんは……どうしていいのかわからないようにも見える。
「ヤメさん」
そのオネットさんが口を開いた。
「私は、自分が今までしてきた事に、後悔は何一つありません。その代わり、自分がどのような目に遭っても、受け入れる覚悟です。ですから……」
「だから、辛い方にばっか行こうとしてる? 色々我慢してんの?」
「それは……」
「病院に毎月お金預けてるんだってね」
「!」
え、そうなの? 全然知らなかった……って知りようもないけどさ。
「私の稼ぎが滞った時にいつでも補填できるように、って感じ? そんなんだから、稼ぎが少ないってダンナに思われてるんじゃね?」
「……」
「そーゆーの黙ってされるのってさ、なんかイヤなんだよね。心遣いありがとーわーうれしーってならないっつーかさー。で、さっきのアレっしょ? ちょっとガチでムカついたよね」
「…………わかりました。では」
オネットさんが――――構える。
「お戻り下さい」
次の瞬間。
ヤメの身体が凄まじい勢いで後方へ吹き飛んだ。
「うぉぉ……っ!」
だけど、剣撃を食らった訳じゃない。つーか食らってたら今頃真っ二つだ。仮に得物が木刀でも逆刃刀でも食らった箇所が潰れて即死だろう。
恐らく剣圧で生じた衝撃波だけでヤメを吹き飛ばした。それも……さっきまでヤメが魔法をぶっ放していた間合いになる距離まで。
紛れもなく神業。こんな事できるの、世界で多分あの人だけなんじゃないかな。
「あたた……ったく、なんちゅー奴だよ。もー」
「お望み通り、一からやり直しましょう。私、本気でサブマスターになりたいので」
「おっしゃ! そーこなくっちゃ! バチバチで行こーぜ!」
ヤメがニカッと笑い、オネットさんは特に表情を変えない。でも二人の間に確かな密約が交わされた。
本気で戦おうと。
それはつまり、シキさんの懸念が外れたって事だ。
「あ、あのー……ちょっと二人の話が抽象的過ぎて解説が出来ないんですけど。マスター、解説できる?」
「二人ともいい歳して意味深な会話のラリーが好きなんだよ。させてあげてくれ」
「全然! 違い! ます!」
「テメーコラブッ殺すぞクソギマ!」
結局、ヤメは殺気を放ったけどそれはオネットさんに対してじゃなく俺にだった。めでたしめでたし。
「はぁ……」
そんな結末に、シキさんが呆れ気味に溜息を落とす。
「ね、言ったでしょ? 大丈夫だって」
「隊長って割とヤメの事信頼してるよね。私よりしてるんじゃない?」
そんな返答に困る質問されてもな……
「なあ。今の彼女の発言ってさ、自分が絶対的に信頼されてるって思ってるの前提だったよな。どう思う? ロハネル」
「僕に振られてもね。噂通りの女たらしが自分の女にヤキモチ妬かれてるって事じゃあないのかい?」
「……」
「……」
明らかに誤報だというのに、何故か最終的にティシエラとコレットから白い目で見られた。
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