第373話 遠い遠い空へ
ネットもないのに何故か俺がプチ炎上した件は兎も角――――ヤメvsオネットさんのバトルは佳境を迎えていた。
「当たらない! ヤメが次から次に色んな種類の魔法を繰り出していますけど、オネットさん全然当たりません!」
「ヤメ先輩の攻撃は多彩かつ綿密です。それなのに掠りもしない事に、同じソーサラーとして忸怩たる思いです」
イリスとサクア解説員の言うように、ヤメは工夫を凝らして様々な魔法を使っている。単なる攻撃魔法の連発じゃなく、例えば地面に強烈な風を這わせて動きを封じようとしたり、デバフ系や状態異常を駆使してオネットさんの弱体化を狙ったりと、考え得る全ての手を繰り出している。
それでもオネットさんには傷一つ負わせる事が出来ない。余りにも俊敏過ぎる。極端な事を言えば、サイドステップとバックステップを同時にこなす……ってくらいにあり得ない動きをしている。
恐らく、その推進力をもってすればいつでもヤメを倒す事は可能だろう。でもこれは相手を倒す事が目的の戦いじゃない。自分がサブマスターに向いているとアピールする為の戦いだ。
オネットさんはさっき『最高のサブマスターとはギルドのピンチに必ず駆けつける正義の味方』と言っていた。ギルドのピンチを救う……つまり、鉱山事件のガセ情報で下落したギルドの好感度を上げる。その為に、この戦いを観戦している人達を沸かせ大きな満足感を与えようとしている。
それはヤメも同じだ。まあ、ヤメの場合は自分がより可愛く美しくカッコ良く映れば良いんだろうけど。
これは倒し倒される事に全力を注ぐ戦いじゃない。どちらがより観客を盛り上げられるか――――そういうバトルだ。
だからヤメは打ち上げ花火のように派手な攻撃を見せ、オネットさんはそれを鮮やかに躱して防御で魅せる。終盤の街の住民は目が肥えているから、レベルの高い攻防には当然沸き上がる。
「凄い凄い! アインシュレイル城下町ギルドにはこんな凄い人達がいるんです!」
「素晴らしい攻防です。高等技術の応酬で、とてもハイレベルな二人ですね」
イリスとサクアも、二人のそういう狙いを理解した上で実況・解説を行ってくれている。任せて正解だったな。
「成長したわねヤメ。ウチにいた頃はもっと魔法と魔法の繋ぎが雑だったけど、見違えるほどスムーズになったわ」
「オネットさん、私がいた時より遥かにレベルアップしてる……前はここまでの回避能力なんてなかったのに」
ティシエラとコレットも、食い入るように両者の攻防を眺めている。審査の事が頭から消えているような気もするけど……せっかく夢中になってるのに野暮な指摘はしないでおこう。
それにしても見応えのあるバトルだ。常時ヤメが攻めているのに全くワンサイドって感じがしない。回避だけで素人も玄人も唸らせるオネットさんの技術は凄まじいし、何より――――
「あはははははは! すっご! 全然当たらねー!」
「流石に……! これだけ動くと疲れますね……!」
二人とも楽しそうだ。とても恨みや罪悪感を引きずって戦っているようには見えない。
なんとなく、ヤメがこのバトルを望んだ本当の理由がわかった気がした。
ヤメは……許したかったんだな。ずっと。
オネットさんがどういう人間かは、ギルドでの日々で十分理解はしていただろう。そして自分の父親がどれだけイカれていたかも。それは、俺に自らその件を吐露してきた事からも明らかだ。
それでも、親を殺され一家離散の主因となった事実は揺るがない。恨んではいなくても元凶という事実はある。
そんなモヤモヤを、ヤメはずっと晴らしたかったのかもしれない。過去を気にせずオネットさんと普通に話せるようになりたかったんだ。
オネットさんも自分から許してくれとは言えない。苦しめられている市民の為にヤメの父親を成敗したんだから。そこに後悔や後ろめたさがないのは当然だ。
でもずっと心に引っかかっていた。だからヤメに黙って、ヤメの妹さんが入院している病院にお金を入れていたんだろう。せめてもの償いとして。
オネットさんはきっと、この戦いを挑まれた時点でヤメから憎まれていると思った。だから、討たれる覚悟で臨んだ。全力で戦って、その上で――――ヤメに復讐を果たさせる体勢を作った。
あの状況でスタンブレイズを食らって倒れても、誰も不自然だとは思わない。俺やサクアもそう思ったように、例えわざと食らったとしてもヤメをおびき寄せる作戦として立派に成立している。
だから手を抜いた訳じゃない。
でも、倒されても良かった。
きっと、そんな心持ちだったんだろうな。
「ふーっ……」
「おっと、ここでヤメの攻撃が止まりました! 流石にこれだけの魔法を連続で使えば、魔力の残量が気になりますよね!」
「そうですね。常に全力で魔法を撃ちっぱなしでしたから、身体への負担も相当あったと思います」
ヤメが一息入れても、オネットさんは攻勢に出ようとはしない。その場に留まり呼吸を整えている。流石のオネットさんもあれだけ動けば大分消耗はしているだろう。
「オネちーゃん。次が最後で良ーい?」
頃合い――――そう言わんばかりに、ヤメが声を張って問いかけた。実際、この二人だけのコンテストじゃないんだから時間的にもここらが限界だ。
「わかりました。全身、全霊を込めて、受けて立ちましょう」
「っしゃ! んじゃヤメちゃんの最大火力見せてやらー!」
そう叫ぶのと同時に、ヤメが身体を傾けて右腕を真上へと伸ばした。視線はオネットさんに向けたまま、手を開いて掌を天へと掲げている。
「我が魂の叛逆に黎明の刻来たれり。深沈たる記憶の残響に溺れし火光、峻烈なる咆哮となりて我が元へと集え」
詠唱……!?
ヤメが魔法を使う時に詠唱なんて一度もした事なかったのに……急にどうした?
「失意の回廊。暗澹たる灯火。瓦礫と亀裂の孤城。蝕まれし血脈。明日なき闇夜。不可逆の呪詛を茨の棘に。腐乱未来を追憶の彼方に――――」
もしかしてこれ、自分が歩んで来た足跡……人生を詠唱にしている?
だとしたら、これはヤメなりの過去の清算。心の何処かに燻っていた葛藤や呻吟をここで全て解き放つ気か?
だけどこれは、ティシエラが詠唱を推奨している理由とは正反対。ティシエラはソーサラーが自分を戒める為に詠唱をするようにと常々言っている。でもヤメのそれは、戒めとは真逆……鬱屈した感情の解放だ。
ティシエラ、激昂してるんじゃ……
「……」
感動で打ち震えてんじゃねーよ! 全身プルプルしてんじゃん!
これ、今の詠唱とヤメの過去を全然結びつけてないっぽいな……ティシエラはヤメの過去を知っている筈なのに。あのヤメが詠唱を行使した事への感動、文言が見事にそれっぽかった事への感動が重なってそれどころじゃないってか。洞察力ガタ落ちしてんじゃねーか。
まあいいや。それよりヤメが使おうとしている魔法は――――
「あれは【フィネラルバイン】です。植物の蔓のような魔法で相手を取り囲んで締め付ける、凄く凶悪な魔法です」
「え? でもサクア、あれって人相手に使って良かったんだっけ? 禁止されてなかった?」
「ソーサラーギルドでは禁じていますが、ヤメ先輩はもうソーサラーギルド所属ではないので」
「あっ、そっか。なんとここに来て禁断の魔法を使用! ヤメが大勝負に出たーーーー!」
な、なんか解説席がメッチャ盛り上がってるな。そんなヤバい魔法なのかあれ。
「ティシエラ、なんであの魔法を使用禁止にしたんだ?」
「あくまで人間に対してだけ。モンスター相手にはその限りではないわ」
「いや、尚更わからないんだけど」
人間相手に魔法を使用する時点で、相手は相当な悪人かソーサラー同士の訓練とかだろう。前者なら遠慮は不要だし、後者だったら『仲間内での使用禁止』にすれば良い。何故『人間』って括りなんだ?
「……あの魔法にはちょっとした副作用があるのよ」
「副作用? どんな?」
「軽い興奮作用よ。モンスター相手だったら特に問題はないんだけど」
興奮……要するに好戦的になるって事か? だったら納得だ。やり過ぎて周囲までボロボロにしちゃうとか、手加減すべき相手に手加減できなくなるとか、そういう問題が生じるだろうしな。モンスター相手なら街中って事はまずないから心配不要だ。
でも、ヤメはなんでそんな物騒な魔法を敢えてチョイスしたんだ?
「フィネラルバインは標的を捉える事においては最も信頼性の高い魔法よ。あの剣士に当てられる魔法はそれくらいしかないと判断したんでしょう」
「成程な。ティシエラも使えるの?」
「愚問ね。貴方がイリスにセクハラした場合の拷問用に想定していたくらいよ」
……そう言えば、あの過保護契約書の最後に拷問って項目あったな。一気にヤバい魔法ってイメージが膨らんできた。
「副作用があってもモンスターへの使用を禁止していないのは、それだけ有効で強力な魔法だから。ただ……ここであれを使うのは危険極まりないわね」
確かに。これだけのギャラリーがいる中での興奮状態は危険極まりない。ヤメほどのソーサラーが見境なく魔法を撃てば、幾ら終盤の街の住民と言っても全員が綺麗に防げる保証はないし、建物の損壊も懸念される。
それに、魔法自体が通用せず興奮状態になったヤメが半狂乱でオネットさんに立ち向かっていったら、必要以上に惨い返り討ちに遭う可能性も否定できない。
ここまでは、彼女達の邪魔をしたくないって俺の意向を優先させてきた。でも、それは理性を保っている同士の戦いである事が大前提。そこが崩れるのなら見守りモードは解除せざるを得ない。
「シキさん。コレット。もしヤメが暴走しそうだったら止めに入って」
「了解」
「うん。私はオネットさんを止めるね。止められる自信は……ちょっとないけど」
ヤメなら例え興奮していても、シキさんの言う事は素直に聞き入れる。これには確固たる自信がある。あいつはそういう奴だ。後はコレットにレベル79の意地を見せて貰おう。
これで打てる手は打った。後はなるようになれ、だ。
「魔力がヤメの掌に集まっていきます! さあ、どのタイミングで発動させるのか! いよいよクライマックスです! 皆さん、二人に熱い声援をお願いします!」
「がんばれヤメー! 行っけーーーー! やっつけろーーー!」
「躱せ! 躱すんだオネットさん! アンタは最強のままでいてくれ!」
「ヤメちゃーーん! ファイトーーー! がんばってーーー!」
「オネット様ああああ! 夫と離婚して私と結婚してえええええ!」
……なんかこの一日であの二人、めっちゃファンが増えたな。
ヤメは魔法少女風の格好もあって、子供のハートをガッチリ掴んだらしい。最初の声援は男性陣が大半だったけど、今やキッズ層一色だ。
一方、オネットさんには男女問わずその強さと凛然とした姿に憧れる人達が続出。声援の質もかなりネットリしている。色々と対照的な二人になった。
今まではオネットさんとディノーがウチのツートップって感じだったけど、これは……ヤメがその地位に上り詰めたと見てよさそうだ。ディノー君、今回は特に何もやらかしてないけど第一集団から脱落です。
「我が宿命を葬れ。【フィネラルバイン】」
詠唱の最後はヤメらしくなく、クールな声で発せられた。
同時に、ヤメの右腕に蔓……というより白色のリボンのような魔法の光が螺旋状に巻き付いていく。回転が速過ぎて訳がわからなくなっているけど、なんとなく光が密集……凝縮されているのはわかる。
その回転が突然ピタリと止まり――――ヤメの腕から夥しい数の『蔓』が発生し、オネットさん目掛けて伸びていった!
蔓って表現は相応しくないかもしれない。正確には『細い線状の光』だろう。でも見た印象はまんま蔓だった。
オネットさんがバックステップで距離を取ろうとするも、それを上回る速度で蔓の群れが伸びていく。あの蔓に捕まったら最後、一気に巻き付かれて身動きが取れなくなりそうだ。
回避は困難。そう判断したらしく、オネットさんが剣を構えた。
あの数の蔓をまとめて斬り刻むつもりか? それともさっきヤメにそうしたように、剣圧で吹き飛ばそうとしているのか?
「はああああああああああああ!!!」
恐らくは後者。蔓の群れは見るからに一本一本は弱そうだし、まとめて吹っ飛ばせそうではある。
でも――――
「!」
剣を一閃したオネットさんが目を見開く。剣圧を浴びた蔓の群れは、一旦風を受けたかのようにブワッと膨らんで散らばりそうになったけど、再び突進を始めた。
まるで、ヤメの執念を体現しているかのように。
これはもう回避は出来ない。かといって、剣で斬ろうにも蔓が多過ぎる。オネットさんの足先から頭まで全身の部位に巻き付きそうな数だ。
ふと思う。
まさかヤメは、この魔法をオネットさんに使えるようになる為に、ソーサラーギルドを離れてウチに来たのか?
……いや。それこそ愚問だ。
ヤメはそんな理由だけで寄る辺を変える奴じゃない。
いよいよオネットさんを追い詰めているっていうのに、嬉しそうな顔なんて一切していない。これが答えだ。
「横薙ぎではダメでしたか」
そして、いよいよ決着がつく。
「だったら! これで!! どうですか!!!」
目前に迫り来る蔓の群れに対し、オネットさんはコークスクリュブローのように回転を加えた突きを放った。
その突きは縦じゃなく横に伸びる竜巻を生み、フィネラルバインを全て呑み込んでいく。異常な光景だけど、もうオネットさんがやる事にいちいち驚く気にもなれない。
竜巻は、そのまま直線上にいるヤメの方へと伸び――――
「……!!」
彼女の目の前で急にホップし、そのまま遥か上空へと昇っていった。
訳がわからないんですけど……どうしてそんな軌道になるんだ? でもオネットさんのやる事だから、きっと偶然じゃないんだろうな。
「ぶはーっ! 参った! ヤメちゃんの負けー!」
一気に緊張の解けたヤメは、そのまま後ろへコロンと倒れ込む。
負けたというのにその顔はやけに清々しい。
まるで、さっきの竜巻がヤメのモヤモヤを全部、遠い遠い空へと運んでいったかのようだった。
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