第367話 負い目

 ……シキさんがなんか急に後ろ向きな事を言い出した。


「愛想良くないのは今更気にしても仕方ないけど、私がその場にいる事で周りの空気まで悪くしちゃってる気がして……私、このギルドにいても良いのかな」


 しかも止まらない! 発言する度に猫背になっていく!


 なんか意外……そんな事思ってたんだ。マイペースで周囲の事なんて一切我関せずってオーラ出しまくってるのに。


「勿論いて良いに決まってるけどさ。シキさんってそういうの気にするタイプだったの?」


「全然。そもそも団体行動自体と無縁だったから」


 気にする機会もなかった訳か。って事は、気にする機会を得た今だからこそ生じた悩み、とも言えるな。


 俺の場合は小中高で嫌でも団体行動する機会があった。そこで別に好きでも嫌いでもない奴や、何の興味もない話題に対して、取り敢えず話を合わせる事を学んだ。


 あの頃の俺は、ある意味では優等生だった。とにかく無難に日々をこなしていた気がする。コミュニケーション能力が高いと思った事はないけど、低くもなかった筈だ。


 それでも環境が変わって大学生になってからは、自分から友達を作ろうとか、頼りになる先輩に取り入ろうとか、そういう気概は全く持てなかったなあ。14年もの虚無の間に、自分を変えたいという意志を持った事も殆どなかった。


 今の俺が、シキさんの悩みを解決できる――――なんて烏滸がましい事は思わない。でもこれは良い口実になるかもしれない。


「だったら、俺で鍛えりゃ良いんじゃない?」


「……どういう事?」


「今後もギルド員としてやっていくんだから、最低限の協調性は必要でしょ? ヤメと接してるだけじゃそういうのは身に付かないだろうし、俺との会話でスキルを磨くってのはどうかな」


 結局のところ、中身なんてどうでも良かった。


 こういう時間を失くしたくない。ただそれだけの動機で発した提案。下心だと思われるかもしれない。でも、それでも良い。


 シキさんの返答は――――


「良いけど……別に」


 ソッポを向きながらだけど、割と即答に近いスピードだった。


「でも、疲労困憊で目シパシパさせてる隊長と話する気はないよ。自分でそう提案してきたからには、ちゃんと休んで体調を整えてからにして」


「了解しました」


 そして最後まで、俺の健康を気遣ってくれた。 


 それは勿論、凄く嬉しかったけど――――実はちょっとだけ不安もあった。


 原因はシキさんの俺に対する接し方だ。


 ギルドを設立してからそれなりの時間が経過したし、ギルド員の性格は一通り把握しているつもりだ。その中でも秘書的な業務をお願いしているシキさんとは会話も多い分、人間性についても理解度は高い……と思う。多分。


 その観点で言うと、俺に接する時のシキさんは、本来の性格から少し逸脱しているような気がする。


 勿論、脳天気に『俺の事が好きだから特別扱いしてくれてるんだ!』と解釈したい気持ちはある。メチャクチャある。何歳になってもモテたいって気持ちが消える事はないと思うし、俺自身シキさんに対しては何というか、特別な絆のようなものを感じている。


 だからこそ、わかる。


 今のシキさんが俺に対して抱いているのは好意なんかじゃなくて――――負い目だと。


 それは軽口の内容から感じ取ったものじゃない。例えばさっきの『協調性を身に付ける為に今後も俺と話そう』って申し出に対しても、色々考えずほぼ即答だった。割と強引な理由付けだと自分でも思ってたのに。


 シキさんはもしかしたら俺が思っている以上に、ラルラリラの鏡の件に対して強い恩義を感じてくれているのかもしれない。だから俺のシキさんに対するお願いは、彼女にとって恩を返す為に多少無理してでも引け受けなきゃいけない事になってしまっているんじゃないだろうか。


 もしそうだとしたら、ちょっと良くない兆候だ。少なくとも健全な関係性とは言えない。俺自身、義務感で接して欲しくはないんだけど……


「?」


 そんな俺の複雑な心境なんて知る由もないシキさんは、不思議そうにこっちを眺めている。


 前なら睨むような視線を向けて来ただろうから、その点も変化の一つだ。でもこの変化も、好感度アップによるものなのか、恩人に対して無礼を働けない義務感によるものなのか……


 あーもう全然わかんない! 女心とか知らんし! こんな事になるなら前世でもうちょっと学習しとけば良かった! どーせ無理だっただろうけどさ!


「それじゃ、用事は済んだから帰るね」


「あ、うん」


 結局、何も聞けないままシキさんの背中を見送るしかなかった。


 うーん……なんか妙な疑心暗鬼に囚われてしまったな。


 ヤメ辺りに相談すれば正しい答えが得られるかもしれないけど、その前に魔法で吹っ飛ばされる可能性の方が遥かに高い。冗談抜きに身が持たないよな。


 かといって、こんな事を相談できる相手なんていない。思い付く相手と言えばイリスくらいだけど、シキさんの個人情報に抵触する話題だからそう簡単に外部の人間に明かす訳にもいかないし。


 これ、どうすりゃいいのかな……





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