第366話 つまんない人間

「どうしたの? 恨みがましい目して」


 シキさんに気後れするような様子は微塵もない。つまり、サブマスターに立候補しなかった事への後ろめたさは一切ないって訳か。


 そりゃ、別に約束とかした訳じゃないよ? それにギルド員とギルドスタッフとでは根本的に業務形態が異なるし、前者の方が好ましいと考えているのなら、立候補しないのは当然の判断だ。


 シキさんは何も悪くない。それはわかってる。わかってはいるんだけど……


「いや、何でもないよ。話って何?」


 身勝手にも一抹の寂しさを感じてしまった。その所為で、上手く言葉が出て来ないし表情にもその事が出てしまいそうになる。


 なんだこれ。自分自身にガッカリだ。こんなの、他人に自分の思惑や理想を押しつける浅ましさ以外の何物でもない。サタナキアの事を非難できるような人間じゃなかったんだ、俺は。


 でも仕方なくない!?


 自分を正当化するようでアレだけどさあ! 仕方なくない!? 今までのシキさんの感じだったら立候補してくれそうだったじゃん! サブマスターとして城下町ギルドを一緒に支えてくれそうな情熱っつーかギルドへの愛情っつーか、そういうの持ってる感じだったじゃん! 期待するなって方が無理だって! 


 ……やめよう。これ以上は見苦しいだけだ。単に俺が直属の上司になるのが嫌だったのかもしれないし、『アインシュレイル城下町ギルドのサブマスター』って立場に魅力を感じなかっただけかもしれない。つまり俺が原因。だったらシキさんを責めるのは完全なお門違いだ。まあ最初から責めてはいないんだけど。


「なんかずっと顔がグチャグチャしてない?」


「元々こういう顔なんで」


「そうでもないと思うけど……ま、いっか」


 辛うじて、今の恥ずかしい内心を悟られずに済んだ。もうこの件に関してウダウダ考えるのはやめよう。虚しくなるだけだ。


「明日の予定なんだけど、午前中がサブマスターの面接の続きで、午後からは営業。これで良いの?」


「え? うん。大丈夫だけど」


 面接は既に時間帯を告知してあるからズラせない。そして営業についても、出来るだけ早くギルド員に仕事を割り当てなきゃいけないから最優先すべき活動。このスケジュールに何か問題があるんだろうか……?


「本当に?」


 困惑する俺を茶化すでもなく、シキさんは真面目な顔でじっと睨んでくる。


 一体何を言いたいのかわからない――――


「隊長、自分で気が付いてないかも知れないけど、もうずーっと休んでないよ。借金がなくなってからも」


 ……あれ? そうだっけ?


 まあ確かに、この世界に来てからゆっくりとした時間を過ごした記憶は余りない。このギルドを創立してからは特に、毎日何かしらの仕事をするか、敵と戦うかのどっちかだった気はする。


 でも、そんなの当たり前だ。


 自分がやりたくて作ったギルドだし、このギルドを一日も早く城下町に溶け込ませる為には、ギルマスの俺がフル稼働するなんて当然の事。休んでいる暇なんてない。


 それに、毎日重労働って訳でもない。デスクワークとフィールドワークが交互に来るようなスケジュールだったから、肉体と精神の疲労はバランス良く積まれている。だからストレスも大してない。破綻するような無茶はしてない筈だ。


「面接終わったら明日くらいゆっくりすれば? 営業なんて一日空けたからって何が変わる訳でもないんだし」


「いや全然大丈夫。温泉の鑑定結果が出る前に一通り声掛けておきたいし。ヤメにも今日嫌味言われちゃったから早く仕事見つけなきゃ」


「……はぁ」


 う、露骨に溜息。目の前でそれされるの結構堪えるんだけどな……


「ヤメには私から言っておくから。とにかく、半日だけでも休んだ方が良いよ」


「その必要ないってば。別に疲れちゃいないし、全然問題な――――」


「問題があるから言ってるの」


 シキさんが――――凄まじいスピードで俺の顔を両手で掴んできた。


「隊長って、あんまり自分の顔見ないでしょ?」


「え? まあ、別に興味もないし……」


「酷いよ。今の隊長の顔」


 ……そうなの?


 言われてみれば、この世界に来た当初と比べて自分の顔を鏡で見る機会は極端に減った。というか最近は全く見てない。最初はこの身体を自分の意識に馴染ませる為、極力眺めるようにしていたけど……今はもうその必要もないからな。


「疲労とかストレスって、自覚なくても知らない内に溜まってるものだから。適宜休息を取らないと、或る日突然倒れる事だってあるかも」


「そんな大袈裟な」


「こっちは真面目に話してるんだけど」


 ……俺も別に茶化したつもりはなかったんだけど、本気のトーンで怒られてしまった。


「今は多分、一時よりは過密じゃないから感覚が麻痺してるんじゃない? ここで一旦立ち止まらないと、取り返しの付かない事になりかねないよ」


 そこまで言うほどヨロヨロに見えてるのか、今の俺は。自覚は全くないんだけどな。


 でも毎日のように俺と顔を合わせるシキさんがそう言うんだから、頭ごなしに否定は出来ない。自分でも知らない内にワーカホリックになってしまったんだろうか?


 ……というより、生前の反動が来てるのか。ずっと一人で何の変化もない仕事をしてきたから、大勢に囲まれて毎日色んな事が起こる転生後の環境が楽しくない訳がない。休もうって気にもなれないくらい。


 今だってシキさんの言うように、交易祭の監修や鉱山事件の調査が重なっていた時期と比べれば休息が必要なほどの過密スケジュールじゃない。コレーやサタナキアとの戦闘にしても、派手ではあったけど終わってみれば特にダメージもない訳だし。深刻になるほどの状態とは思えない。


「心配してくれるのは嬉しいけど……」


「嬉しいのなら今すぐ明日の予定を変えて」


 シキさんの手から力が抜けていく。掴むというよりは添えるような感触になった。


「サブマスターもまだ決まってないのに隊長が倒れたら、代わりをやる人いないでしょ?」


「……まあそれは、シキさんも立候補してないし」


 積もっているとしたら、それは多分疲労じゃなくて不満だったんだと思う。言うつもりのなかった言葉がつい出てしまった。


「いやその……勝手な期待で申し訳ないけどさ。けど死ぬまでギルド続ける予定の俺と、その……同じくらいまでこのギルドにいてくれるって言ってたから。てっきり」


 一度堰を切った事で、情けない言葉が次々と漏れ出てしまう。


 俺は多分、自分で思っていた以上に嬉しかったんだ。シキさんがこのギルドを俺と同じくらい大切に思ってくれているのを。本当に嬉しくて、つい舞い上がってしまった。


 だから――――


「もしかして隊長、私がサブマスターに立候補しなかったの怒ってる?」


 ……う。


 そう面と向かって問われると、流石に恥ずかし過ぎる。これはちょっと誤魔化したい。


「全然違うますけど?」


「噛んでるって事は図星だったんだ」


 ぐっ……舌が回る方じゃないとはいえ、よりにもよってこんな時に!


「ふーん。そんなに怒ってるんだ」


「いや、別に怒っては……」


「でも私が立候補してなかったから機嫌悪かったんでしょ?」


「……機嫌悪く見えた?」


「うん。最初からずっと」 


 ……嘘だろ? 態度に出てたのか? いやいや、そんな訳が……


「疲れてカリカリしてるのかと思ったけど……へーぇ」


 俺の頬に置いていた手を、今度は肩に乗せて――――シキさんはニコニコしていた。


「やっぱり可愛いね、隊長」


「このタイミングでそれだけは言われたくなかった!」


「はは」


 なんてこった。ギルマスとしての威厳がないのは自覚してるけど……にしたって、これは良くない。見せちゃいけない所を見せてしまった。


 あーもー恥ずかしいな! これじゃシキさんがサブマスターになってくれなくて拗ねてるみたいじゃん! 流石にそれは本意じゃない!


「だったら私も言うけど」


「な、何……?」


「私がいるのに、なんで今更サブマスターなんて必要としたの?」


 ……へ?


「とか思った訳じゃないけど。それがちょっと引っかかっただけ」


 あ……そっか。そういう事か。


 元々シキさんにはサブマスターと同等の仕事をして貰っていた。有事の際には隊長代理をして欲しいともお願いしていた。


 なのにあらためてサブマスターを募集するって事は、シキさんの働きが不満だったとか、別の人にその役割を頼みたいとか、そういうふうに俺が思ってるって誤解を与えかねない。


「勘違いしないで。私は別に拗ねてる訳じゃないから」


 っていうかこれ、完全に誤解されてますね……うーわやっちまった。


 まずったよなぁ。色々とヤバいよなぁ。どう考えてもなんとかなりそうにない。


 ……正直、面接だの審査だのをしなくても最初から俺がギルマス権限でシキさんを指名するって手もあった。でもそれをやれば依怙贔屓とかシキさんを愛人にしようとしているとか、その手のブーイングが確実に押し寄せて来る。だから公募って選択肢しかなかったんだ。


 でも先にシキさんに話を通すくらいの事はしても良かった。俺の配慮が足りなかったな。


「えっと……ごめんなさい。実はシレクス家から支援を受ける事になってさ。その条件としてサブマスターを決めなきゃいけなくなって」


「……そうなんだ」


 あれ? 意外と普通の反応。てっきり『なんで謝るの? 謝る必要なくない? 私に何か悪い事した訳じゃないんでしょ?』みたいに詰められると思ったのに。


「支援者の手前、公平性は必要だからさ。俺個人の意見で指名する訳にはいかなくて……」


「わかった。そういう事なら、別に」


 どうやら誤解は解けたらしい。良かった……と言えるかどうかは微妙な感じだけど。


「だったらさ、あらためてサブマスターに立候補してみない? まだ募集中だから全然間に合うけど。なんなら明日の面接にねじ込んでも――――」


「やめとく。そういうの好きじゃないから」


 ダメか。特別待遇って訳でもないんだけどな。ねじ込むっつっても単に俺のスケジュールの問題だけだし。


「それに、今更サブマスターに立候補したら隊長の傍に居たくて仕方ないって思われそうだし」


「え?」


 それは……誰に? ヤメとか周囲の人間? それとも……俺?


「……」


「……」


 なんか……変な空気だな。湿度が、湿度が高い。


「サブマスターが決まったら、こうして隊長と話す機会も減るのかな」


「そんなの……どうとでもなると思うけど。仕事の話以外でも、別に……」


「だったら何話す? 仕事以外の事で」


 ……そう言われると、俺とシキさんの共通の話題なんてそんなにはない。故人のお祖父さんの話で盛り上がる訳にもいかないだろうし。


 俺のサポート全般をサブマスターがやる事になったら、二人になる機会なんてほぼなくなる。でもシキさんは二人きり以外の時は未だに素っ気ない。


 って事は……ほぼ疎遠に近い状態になる?


 正直、それは寂しい。こうしてシキさんと会話する時間は、俺にとって確かな楽しみの一つになっている。手放すのは……余りに惜しい。


「なんか共通の趣味とかないかな。趣味ってほどじゃなくても興味のある事とか。っていうかパンの話で良くない? 俺無限に出来るけど」


「あんまり聞きたくないんだけど。隊長、パンの話する時目が血走って口が裂けるから不気味」


 えぇぇ……そんな訳ないと思うんだけどな。いやパンについて語ってる時の自分の顔なんて見た事ないから確証はないけどさ。


「っていうか、そんな無理してまで私と話したいの?」


「うん」


「……」


 あれ、もしかして引かれた? マズったか……?


 同い年とはいえ、それはあくまでも肉体年齢。実年齢では一回り違う。そして当然、育った世界も違う。価値観なんて重なる部分がほぼなくても不思議じゃないくらい、俺とシキさんとでは何もかもが違う。


 それでも、通じ合う所があった気がしていたのは俺の方だけだったのかな……


「仮に……」


 途方に暮れていると、シキさんが頬を掻きながら呟き始めた。


「仮に時間を作れるとしても、私口下手だし知識も教養もないし、話してても面白いとは思えないけど」


「それ俺も全く一緒だからなあ」


「隊長は私とは違うと……思う」


 うっ……やっぱりそう思われてたのか。まあそうだよな。


 でも、不思議と距離を取ろうとか遠ざけようって空気は感じない。俺が鈍感で気付いてないだけかもしれないけど。


「隊長にはもう話したけど、私はずっと他人とは接しないで生きて来たから……楽しい会話なんて出来ないし、楽しませるって発想自体ないから……つまんない人間なんだよ。私」


「なんでそんな事言うの? シキさん全然つまんなくないんだけど」


 少なくとも俺視点では、次の瞬間に何してくるか読めないし意外性の塊だから、つまんない人間とは対極の存在なんだけどな。何度ドキッとさせられたか。


「つまんないよ。飲みに誘われてもまず行かないし、気が向いて行ってもすぐ帰っちゃう。他のギルド員が気を遣って色々話しかけて来ても、素っ気なくしちゃうし」


 何故かシキさんは猛烈な勢いでネガティブモードに突入していた。





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