第365話 パワハラ面接官
面接予定者の名前は既に控えているから、次に誰が来るのかはとっくに把握済み。
その二人目は――――
「10年と半年前にモンスターに食われて死んだヤメちゃんだよ! 天国に行く予定だったけど最近ちょっと人生設計やりなおしたんだぁー!」
「……また冷やかしか」
「は? 冷やかしじゃねーし。つーかヤメちゃんほどの逸材がテメー如きの下に付くっつってんのにその態度何? 殺すぞ?」
面接に来て直属の上司になる予定の面接官に殺害予告……
「まあいいや。動機は?」
「えっとぉー、最近ちょっと昔の夢が再燃したっていうかー、舞台女優? みたいな? そういう活動を3日に1回くらいやりたくなっちゃってさぁー」
「……意味がわからな過ぎて吐血ビーム出しそうなんだけど」
「いや意味わかんねー事言ってんのそっちだし。サブマスターって普段仕事ないんでしょ? でも固定給貰えるんだよね? 舞台女優ってあんまりお金貰えないって言うし、そういうのもアリかなーって」
こ、こいつ……肩書きだけで金を稼ごうって魂胆か?
「ま、嘘なんだけど」
「面接でその嘘要るかなあ!? 対策ちゃんとやってきた!?」
「真面目な話、纏まった金が欲しいのはホントなんだけどねー。だってこのギルド、仕事の量が安定しないじゃん。今後ヤバくない?」
あがーっ! 何そのキレキレのカウンター……今のは堪えた……
確かヤメは病床の妹さんを支援してるんだよな。だったら当然、安定した収入が必須。固定給のあるサブマスターを所望する理由としては十分だ。
「……ヤメ。もし真面目にやる気があるんなら……」
「まーホントのホントはテメーとシキちゃんがイチャイチャしないように見張りたいだけなんだけど」
「帰れ!」
二人目も検討にさえ至らず不採用確定。なんかもう既に暗雲立ちこめてるんだけど……
まあでも、幾らなんでも三連続で冷やかしってこたぁないだろ。今度こそはまともな人材の筈だ。
「次の方どうぞ」
確か外部からの応募で、名前は――――
「俺の名はメデオ! 純正のヒーラーにして蘇生魔法を背負いし運命の担い手! 蘇生魔法は良いものだ! この俺に話をさせろ!」
「……は?」
いや全然予定にない奴が入って来たんだけど……え、なんで? つーかなんで?
「どうした! 早く話をさせてくれ! 蘇生魔法の素晴らしさをこの俺に説かせてくれ! でないと死ぬ! 俺の魂は今! 滅亡の危機に瀕している!」
……そういえばアイデンティティクライシスの真っ直中でしたね。ヒーラーの大半が回復魔法否定派になってるから。
正直、まともな面接になる要素は一つもない。時間の無駄以外の未来は見えない。でも正規の手順を踏んで面接に訪れた以上はこっちも良識ある対応をせざるを得ない……
「取り敢えず、サブマスターに応募した動機など聞かせて下さい」
「よくぞ聞いてくれた。同胞が総じて狂ってしまったので、このままでは回復魔法と蘇生魔法が滅びかねぬ。ヒーラーが滅びるのは知った事ではないが、蘇生魔法まで失われた技術になってしまうのは我慢ならん。そこで俺はこのギルドに目を付けた! まずはサブマスターとなって権力を得る! そうすればこのギルド全体を蘇生魔法の虜にするなど造作もない!」
えぇぇ……仮にそんなアホな野望があったとしても、ここで言う? もしかして邪悪な事をしようとしてる自覚ゼロ?
まあ、よく考えたら王城を占拠するような連中だもんな。根本的に侵害行為に対する罪悪感がない特殊な脳をお持ちの方々なのかもしれない。
「昨日の事のように覚えているぞ。お前がこの俺から蘇生魔法について薫陶を受けた日の事を。あの時のお前は純粋だった。純粋ゆえに美しい目をしていた。しかしどうだ、今はまるで死んだ人間のような目をしているじゃないか。お前に足りないのは都合良く仕事を押しつけられるサブマスターなどではない! 蘇生魔法だ! その死んだ目を蘇生魔法によって生き返らせてやる!」
「いや……」
「そう言えばまだ蘇生魔法の真髄について語っていなかったな。良いだろう、本来ならば俺がこのギルドを掌握してから話すべき事であるが、特別に先行講座を開こうではないか。高論卓説ありがたく受け取るが良い。以前『蘇生魔法は命を救うのではなく命を奪う』と説明したが、蘇生魔法とは謂わば強制再構築の魔法と言う事が出来る。回復魔法のように元々備わっている自然治癒能力を促進する訳ではない。死亡が確定した魂、すなわち死亡済のマギに対してそれを多次元的に破壊する事で無効とし、その上で復元を行う。だがマギの復元には多大なエネルギーが必要で、そのエネルギーを回復魔法と同じ要領で……」
「次の人どうぞ」
もうこいつは意味不明な音を発するオブジェとして扱おう。どうせ言っても出て行かないし。
それにしても。まさか三分の三でロクでもない人間が来るとは……このギルド呪われてる?
いやでも、よく考えたらギルド員の面接の時も大体三連続でダメな奴等だった気がする。って事は、次こそはまともな人材に違いない。
このメデオは飛び入り参加だから、今度来るのは最初から予定していた候補者だ。外部の人間で、名前はプルフラス。聞いた事がないから恐らく面識もないだろう。
きっと常識人に違いない――――
「あっあっ、あの……プルフラスです」
人ですらなかった!
つーか、明らかに見た事ある精霊なんですけど。しかもつい最近俺を殺そうとしてた根暗精霊なんですけど。
「いやサタナキアじゃん。なんで一瞬でバレるのに偽名使った?」
「ちっ違います。わっ私はプルフラスです。サタナキアじゃないしいサタニキアでもないです」
闇堕ちする前の名前まで明言してるのに否定する意味……
「では先に断っておきますけど、面接の際に偽名を使った場合は偽証の罪で罰金を支払って貰う規定になっていますので。額は1億Gです」
「さっサタナキアです」
……降参早っ。浅慮が過ぎる。なんだこの精霊。
「せっ先日はその……すみませんでした。あっあの頃の私は精霊界と縁を切って魔王軍に入ったのにそこでも馴染めなくて……だっだから、モンスターっぽくならなきゃって無理してて……」
「いや自分で魔王軍とは相性良いって言ってたろ」
「じっ自分にそう言い聞かせないと……頭がおかしくなりそうで……」
うーん。苦しい言い訳な気もするけど、もしかしたら本音かもしれない。
例えば、ある家庭で親が子供を塾に通わせたとする。その子供に『どうだった?』と親が聞いた場合、それに対して『全然フツー』とか『楽しかった』みたいな返事を子供が返したとして、それが本音とは限らない。まあまあの確率で強がりだったり現実逃避だったりする。
どうしてそんな嘘をつくのかっていうと、親に心配かけたくないっていうのが一番かもしれないけど、上手くいっていない自分を誤魔化す……って理由も、もしかしたらあったのかもしれない。
今のサタナキアの話は、そういう事だ。
「こっコレーと比べられるのも……嫌だったし……」
そう言えばコイツ、コレーの兄貴だったな。っていうか男だったな。うっかり気を抜くと女だって錯覚しそうになる。そういうの良くないよ、外見で性別を決め付けるなよっていう社会通念は確かに正論だけど、刷り込まれた意識ってのはそう変えられるものじゃない。
「まあ、済んだ事はもう良いよ。タントラム、だっけ。アレで闇オーラ的なのは全部発散して、今は素なんだよな?」
「あっはい。だっだから、トモ君に危害を加える事は二度としません」
トモ……君? 何その呼び方。どういう事?
「トモ君の事をずっと見ていたのは……ほっ本当で……さっ最初は結界の事を調べる為だけだったんだけど……せっ精霊に凄く優しいし……いっ良い人間なのかなあって……」
「その良い人間を殺そうとしてたよね?」
「あっあの時は闇堕ちしてたから……こっこの世界の全てを憎んでたっていうか……はっ反省してます……」
……まあ、こっちも殺意芽生えたりしたから、おあいこっちゃおあいこだけどさ。わざわざ殺し合いした相手の部下になる面接を受けに来るってどんな心境なんだ……?
「そっその時のお詫びも兼ねて……トモ君のお役に立ちたいって……」
「気持ちはありがたいけど、流石になあ。っていうか本当に大丈夫? サブマスターになったら交渉とか接客とか営業とかして貰――――」
早っ!言い終わる前にもう消えやがった! 別の次元にでも逃げたのか……?
まあそりゃ、どう考えても営業なんて向いてないタイプだからムリィ~ってなる気持ちはわかるけどさ……バックレるスピードが規格外過ぎてもう怒る気にもなれねーや。
好意的に解釈すれば、奴なりに人間界でやり直そうって気になって、恥を忍んで接点のある俺の所へ来たんだろう。コレーが何処にいるのか知らないけど、コレーの世話になるつもりもないんだろうし。
何であれ、これで四分の四アウト。なんかメチャクチャ厳しいパワハラ面接官みたいになってしまっている。俺が悪いんじゃないのに。
幸いにも立候補者はまだまだいる。大丈夫。まともな人材はこれから沢山――――
「俺さあ、思ったんだよなあ。やっぱ地位って大事だって。地位が人間作るって言うよなあ? やっぱり四天王とかギルドマスターみたいな地位にいる奴から一目置かれる為には、こっちも相応の地位が必要なんだよう」
「このギルドは生温いッ! モンスターだろうと人間だろうと、仇なす者は即斬首ッ! それ以外になかろうがッ! 我が輩がサブマスターになった暁には打ち首を許可するッ! ギルドの前に戦果として敵の生首を並べれば箔も付くッ!」
「参ったよ。ちょっと多めの人数に愛を囁いただけなのに、退院してみたら冒険者ギルドに居場所がなくなっちゃっててさ。世知辛いっていうか、モテる男に厳しい時代だなってしみじみ感じるよ。そういう訳だから、天下りってやつ? 動機はそんな感じ。いいっしょ?」
「お星様は言いました。イリスは最早、人に非ず。"奇跡の女神"なのだと。わたくしはそれ聞いてトクンと胸を高鳴らせました。そう。奇跡の女神。あの子を定義付けるとしたら、これ以上に相応しい言葉はありません。振り向けば女神。存在自体が奇跡。そういうイリスなのです。わたくしはあの子がいずれそうなる事がわかっていました。ですが奇跡の女神ともなると、それはもう神話の世界を彩る存在。私があの子を見守り続ける為には、神話を駆け巡らなければならないのです。あの子の全てを奇跡とするならば、わたくしもまた平時において常に奇跡でなければなりません。奇跡の状態を自然に保持しなければならないのです。そこでわたくしは考えました。わたくしほどの眼福に富んだ崇高なる人間がこの出来たてギルドのサブいマスターになんてなれば、それは余りにも不釣り合いな事で、こんなシケたギルドにわたくしがサブマスターとして君臨する事そのものが奇跡であり、日々是奇跡なのではないかと思うのです。あの子と私が紡ぐ絆ノ奇跡。もうおわかりですね。貴方に拒否権はありません。そして一刻も早くソーサラーギルドとの会合を開きましょう。輝かしい未来の為に」
……結局、今日はまともな候補者が誰一人として来なかった。
嘘だろ? 10人以上の立候補者がいて一人も? しかも半数以上はウチのギルド員なのに? つまりウチのギルドが終わってるって事じゃね?
なんでマキシムさんとかディノーとか、まともな人間はサブマスターに興味がないんだ……もっと地位や名誉に固執してくれよ。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れ出る。でもそれは、まともな人材が集まらなかったからじゃない。
正直、俺は心の中でほぼ決めていた。誰をサブマスターにするか。
きっと、その人は立候補してくれる。だって今までもほぼその役割をこなしてくれていたから。その上、正式に役職に就けば手厚い保証もする訳だから、今まで通りで何のデメリットもなくプラスだけが得られる。
手を挙げない理由はない。
そう思っていた。
なのに、なんで――――
「隊長。明日の予定で話あるんだけど」
時は宵の口。
面接を終えて一人カウンター席で黄昏れていた俺に、シキさんが普段と何一つ変わらない顔で近付いて来た。
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