第364話 神の存在
温泉街の異世界転移――――これは正直、俺もないとは思ってはいる。
第一、あの温泉街と化している村は元々この世界にあった集落で、それをヒーラーが占拠したに過ぎない。よって温泉街ごと転移した可能性はゼロだ。
でも……
「ならヒーラー達はどうやって、この短期間で温泉施設を建造したんだ?」
俺はあの村がかつてどんな姿だったのかを知らない。ただ、温泉街じゃなかったのは確かで、だったらあの温泉ありきで建てられたとしか思えない施設の数々をどう説明する? とても半年やそこらで建造できる代物じゃない。
「そうね。話を聞く限り、複数の施設があるみたいだから……普通の建築方法では到底不可能よ」
「それを可能にする何かが、この世界にはあるって訳か」
「ええ。ここは貴方や私が元いた世界の常識では考えられない事が沢山あるから」
やっぱり、転生の事を打ち明けて正解だった。幾らお互いにとって暗黙の了解だからといって、この手の話は気軽に出来るものじゃない。転生の件に触れていなかったら、セバチャスンがここから出ていく事もなかっただろうし。
「【ビルドレッカー】ってアイテムがこの世界にはあるの」
「ビルドレッカー……どういうアイテムなんだ?」
「建造された施設のみを特定の位置に転移させる事が可能よ。それも一瞬でね」
マジかよ! そんな大規模な便利アイテムが存在するのか。ちょっと信じられないけど、魔法やスキルで超常的な力を何度も目にしてきた訳だし、超能力的なアイテムの存在を否定する理由はない。
「そんな物があるなら、確かに時間はかからないな。制約とかはないの?」
「私も所持した事ないし、話でしか聞いた事ないけど……一つにつき転移できる施設は一エリア限り。ただし指定範囲内であれば全ての建物や設備を纏めて送れるそうよ。温泉も例外じゃないと思う」
そういう事か。範囲がどの程度かにもよるけど、恐らく複数のビルドレッカーを使って幾つもの温泉施設をあの村に移動させたんだろう。
「その代わり、一つ大事な制約があってね。施設の何処かにビルドレッカーの送信部を埋め込んでおかないとダメなんだって」
「埋め込んで……って事は、建造の段階で入れなきゃダメって事?」
「多分ね。でも『埋め込む』としか聞いてないから、場合によっては完成後にそれが出来るかもしれないけど」
その辺の条件はハッキリしないけど……要するにビルドレッカーを使う場合は、移動前に該当施設の何処かに送信部ってのを設置する必要がある。で、送信部があるって事は当然受信部もある訳で、それを移動先の場所に設置する事でワープが可能になるんだろう。
「でもさ、仮にそのアイテムを使って移動させる事が出来たとしても……変じゃないか? この世界の何処かにヒーラーを骨抜きにするような温泉があって、それをヒーラー達がわざわざ自分達の王国に転移させたって事になるけど」
「骨抜きになるって効能は知らずに、単に温泉を自分達の国に移したかったんじゃない? ビルドレッカーを使って『温泉売ります』って商売を誰かしてたのかもしれないし」
成程。ビルドレッカーがあれば、そんな特殊な商売も可能だ。温泉は老若男女、あらゆる人類に需要がある。いや人間どころか動物やモンスターにさえも。だから商売としては十分成立する。
ただし、それは普通の温泉だった場合だ。
「ヒーラーに回復魔法を捨てさせるようなヤバい温泉を売り物にしてたとなると……別の疑惑が浮上してくるな」
「第三者が関与していて、その連中がヒーラーを狙い撃ちにしたって事?」
「それもあり得るし、ヒーラーに限らず生物全般をダメにする温泉って可能性もある。その場合は無差別テロって事になるな」
そこに温泉があれば、誰だって入りたくはなる。そんな温泉の魔力を利用して人々を、或いはモンスターをおびき寄せ、脳をトロトロにしてまともに活動できなくする。回りくどいやり方だけど、上手くハマればテロと気付かれないまま多数の連中を弱体化、或いは無力化できる。
もしそんな陰謀が裏で蠢いているとしたら――――
「由々しき事態ね。ヒーラーにだけ影響があるのか、それとも生命全般を脅かす成分が含まれているのか……天才鑑定士さんの検査結果次第では大変な事態になりそう」
フレンデリアの言う通りだ。もし後者なら、相当ヤバい連中が関わっていると考えて良い。
でも前者だった場合は、ヒーラーを撲滅する為に罠を張った勇敢で狡猾な何者か若しくは組織が存在するって事になる。とはいえ……そんな都合良くヒーラーだけを無力化する温泉なんて、ちょっと都合が良過ぎるよな……
話を纏めると、元ヒーラー王国の集落はビルドレッカーを使用して温泉を転移させ、現在の温泉街となった可能性大。
温泉を転移させた目的は――――
①効能を知らずヒーラー自ら用意した
②効能を知らず第三者が売り込み、ヒーラー達が受け入れた
③ヒーラー特化の効能と知った上で何者かがヒーラーを罠にはめた
④生物全般を骨抜きにする効能と知った上で何者かがヒーラーを罠にはめた
⑤生物全般を骨抜きにする効能と知った上で何者かが偶然ヒーラーを骨抜きにした
主にこの五つが考えられる。そして、泉水検査の結果次第で更に絞り込める。
「結果が出たら私にも教えて。相談に乗ったんだから、知る権利は私にもあるでしょ?」
「そうだな。約束する」
無差別テロだった場合は注意喚起が必要だし、場合によってはシレクス家の影響力をアテにする必要があるかもしれない。いずれにしても、フレンデリアには協力して貰うつもりだし情報提供と共有は当然の義務だ。
「ところで、支援する立場として一つ提言があるんだけど」
「ん? 何?」
「貴方のギルドって、サブマスターはいるの?」
「サブマスターか……そう言えばいないな」
「だったら、早めに決めておいて。貴方が不在の時に代表代理として誰と話せば良いかわからないと、混乱する恐れがあるでしょ?」
確かにそうだ。そして実際、俺がいなくなる可能性はある。つい先日、嫌ってほど体験してきた。
俺としては、代表代理はシキさんが相応しいと思って本人にもそんな話をしたけど……サブマスターとなるとギルド員とは明確に立場が違う。ギルド員はあくまでギルドから仕事を斡旋される立場で、ギルド側との上下関係は存在しない。あくまで仕事仲間だ。でもサブマスターは違う。明確にギルド側の人間、つまり俺に雇われる立場になる。固定給も福利厚生も用意する必要があるだろう。
借金が浮いて俺自身ちょっと浮かれてたけど、金の使い道よりも先にそれを考えておかなきゃいけなかったな。
「わかった。これから候補者を選定して、決まり次第挨拶に連れて来るよ」
「そうしてくれると助かるかな」
フレンデリアはニカッと快活に微笑む。こうして正式に味方になると、思ってた以上に頼りになるな。ティシエラやシキさんとはまた違った有能さだ。
こんな才媛にガチ恋されているコレットって、実は凄い奴なんじゃ……いやレベル的には圧倒的に凄いんだけど、人間的にはそこまで大物感は――――いや寧ろそこが良いのか?
「俺からも一つ質問良いか?」
「良くってよ! 何?」
「コレットの何処に惚れたんだ?」
特にこれといった理由もない、何なら雑談程度の質問。
そんな俺の何気ない一言に対し、フレンデリアは――――
「ふーっ…それが…質問…ふーっ……貴方がそれを質問するのね……ふっ……ふっ……」
急に呼吸が荒くなった!
えっなんで? これ地雷だった? いやそんなのわかんねーって!
「ふーっ……ふーっ……神の存在を……感じるかしら……」
くッ、質問に質問かよ。
「神は……人のようなものか……ふーっ……どのような形か…ふーっ」
「わか…らない。考えたことも…ない」
「神は絶対の力を持つ存在……ふーっ」
コレットが神…とでもいいたいのかよ。
「ふーっ……ふーっ……私にとってコレットは神……抗えない絶対の魅力を持った存在……そう……私は神に恋い焦がれた愚かな人間……そう思って貰っても良くってよ」
いや、どうしてそこまで思えるのかを聞きたいんだけど……
「貴方がコレットにどう思われていようと……私は絶対に負けない……ふふふふ……負けないぞ……」
最終的には独り言のようなトーンで、フレンデリアはブツブツと何か呪詛のような内容を呟いていた。どうやら具体的な理由は聞けそうにない。まあでも、人を好きになるって理屈じゃないって言うしな。俺にはわからないけど。
俺がコレットに……か。フレンデリアにはそう見えているんだろうか。
多分、その見解は正解じゃない。コレットにとって俺は、初めて能動的に作った友達で、だからこそ身内のように頼ってきたり、時に甘えてきたりしていただけだ。
でも最近は、甘えてくる事はなくなった。だから自然と会う回数も減っている。
俺はそれを……寂しいと思っているんだろうか?
わからない。今の俺にはギルドがあって、周りに色んな人間がいて、苦楽を共にした仲間がいて――――コレットと出会ったばかりの頃とは環境が変わり過ぎている。
コレットだってそうだ。あいつもきっと、冒険者ギルドにかけがえのない存在を……
「あっ」
「な、何?」
「コレットの匂いがする。もうすぐコレットが来るみたい」
……えぇぇ。何言い出すのこの貴族令嬢。未来視じゃなくて未来嗅? そんなんある? もしかしてフレンデリアの転生特典? いや何にしても怖いよ怖いってマジ怖い。
「今日はここまでね。お父様から許可が出たら支援の具体的な内容を話すから、もう帰って」
さっきまで同志って感じだったのに、コレットが来るとわかった途端邪魔者扱いかい! 扱い酷くない?
「でも、こっちとしてはもう少し話を詰めておきたかったんだけど……」
「そう言えば先日コレットに横恋慕したクソビッチ冒険者が突然押しかけて来て迷惑したんだけど、あれって誰の差し金――――」
帰れと言われたので帰った。
……で。
『求むサブマスター! アインシュレイル城下町ギルドを共に盛り上げてくれる同志を募集します。我こそはと思う方がいましたら、ギルドの受付まで御一報下さい。後日面接をして――――』
翌日、取り敢えずギルド内と街中の目立つ場所に手描きのポスター全10枚を貼ってみた。しかも全種類違うレイアウトとキャッチコピーを用意するという熱の入れよう。我ながらどれも良い出来だ。
サブマスターの条件要項は特にない。ギルド員が兼任してくれても良いし、外部から名乗り出た人を雇用しても良い。重要なのは『真面目である事』これに尽きる。
借金返済まで全力で大型案件に取り組んできたけど、それが全部終わった今は仕事らしい仕事はない。ヒーラー温泉の衝撃で営業どころじゃなかったからな……
そういう状況だから、現状ではサブマスター特有の専門業務も特にない。基本的に俺の不在時に代表者代理として来客やお得意様相手に話をしてくれれば良いから、簡単な対応の仕方さえ覚えてくれれば当面の役割は果たせる。勿論、最終的には俺に変わって営業全般を任せられるくらいになれればベストだけど……まだ駆け出しのギルドにそんな生意気な真似は出来ない。代表者である俺が交渉の席に着くのが礼儀ってもんだ。
何にしても、要職だからスカウトって訳にはいかない。応募者を募り、一定数現れるのを待って面接で決める。基本的にはギルド員募集の時と一緒だ。
最近はギルド員を募ってもいなかったから、面接も久々だな。だから実はちょっと楽しみだったりもする。
一体どんな人材が集まってくれるのか――――
「募集の張り紙、見させて貰った。誰がギルドマスターに相応しいかを小僧、お前に教えに来てやったぞ」
……本日最初の候補者は、先日70歳を迎えたウチの最年長ギルド員だった。
「ダゴンダンドさん……」
「皆まで言うな。拙者も半信半疑でこのギルドに入ったものだが、うむ。ようやっとる。ようやっとるよお前。しかしやはり新米ギルドだけあって格というものに欠けるのは否めん。そこで拙者がこの機会に新たなトップとなってだな!」
「募集してるのはギルマスじゃなくてサブマスターなんですよ! ボケたんならボケたって言って下さい! ちゃんとした施設に紹介状書きますから!」
「ボケとらんわい! 全て理解した上で言っとる! 拙者がギルドマスターになってお前がサブマスターになれば万事解決ではないか! 年齢的にそれが最良だと思わんのか! もっと拙者を敬え! 70年必死に生きて来た頑張り屋さんの拙者に地位を与えるのだ!」
70歳にもなって出世欲が衰えないとか……政治家じゃないんだから。
「何にしても、サブマスター募集っつってんのにギスマスになりたいって言ってくるような人は採用できません。お引き取りを」
「嫌だ! 拙者もっと孫に偉いって思われたい! 昔は色々あったが、今は新進気鋭のギルドのトップに君臨しているのだよ、と自慢したい! 自慢をしたいのだ……! 孫に自慢を……!」
したいのだ……じゃないんだよ。出世欲だけじゃなくて自己顕示欲もかい。どんだけ欲望まみれのジジイなんだ。
「……わかりました。では他の候補者と比較検討したのち、ご自宅に採用通知書もしくは不採用通知書をお送りします」
「それはやめて貰おう。孫に見られたら困るではないか」
自信ないのかよ。だったら何だったんだよこのやり取り。
……そんなこんなで一人目は終了。今の無駄な時間はさっさと忘れて二人目を呼ぶとしよう。
二人目も酷い事になりそうだけど……
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