第363話 転生者

 シレクス家からの支援。


 それは突然思い付いた事じゃない。ずっと前から考えてはいた事だ。


 今までは、何の後ろ盾もないままやって来た。それでも人は集まったし仕事は取れた。それは多分、アインシュレイル城下町ギルドってどういうギルドなのか、俺という人物が何者なのかっていう好奇心に拠るところが大きかったと思う。要はお試し期間だ。


 だけど五大ギルドとの信頼関係を築き、幾つかの仕事を経て知名度も向上させ、交易祭のプロデュースまでした今の俺達は、以前のままではいられない。当然、周りの目も厳しくなるし要求も大きくなる。


 これから先は、街を守るギルドとして独り立ちしていく必要がある。今まで接点がなかった組織や人達とも関わっていくし、場合によっては難癖付けられたりもするだろう。


 一番怖いのは――――引き抜きだ。


 ウチのギルドには数名、なんでこんな新米ギルドにってくらい優秀な人材がいる。彼らが他の勢力に引き抜かれてしまうと、瞬く間に弱体化してしまうだろう。


 勿論、ギルド員を信頼はしている。俺達を裏切る事はないと。でも逆らい難い権力や脅迫などがあった場合、俺の力だけではどうにもならない。


 でもシレクス家が後ろ盾なら……いや、そこまでは望んでいない。シレクス家と協力関係にある、協定を結んでいるという事実があれば、それだけでも抑止力にはなる。当然、ギルド員の安心感にも繋がる。


 フレンデリアは信頼に値する人間だ。シレクス家に支援を受ける事でギルドを私物化される心配もない。だから、こうして迷いなく頭を下げられる。


「……無理よ。友人だからって理由だけで、特定のギルドに肩入れするのは」


「でもコレットがギルマスになったって理由だけで支援してるよね?」


「だってコレットはただの友達じゃないもん」


 正直だな! そこはもうちょい大物オーラ出して言いくるめてくるトコだろ!


 でも、ここまでは想定内だ。すんなりOKを貰えるとは思っていない。交易祭の件で結構深く関わったから、俺達のギルドとしての体力や影響力、今後の成長なんかを冷静に判断できるだけの材料も揃ってるだろうし。


「ここから先は、シレクス家次期当主としての率直な意見を言わせて貰うけど、構わない?」


「勿論」


「ならハッキリ言うけど、アインシュレイル城下町ギルドを支援するデメリットは決して小さくないと私は考えてる」


 デメリット……そっちからか。てっきりメリットが少ないって話をされるかと思った。


「交易祭の依頼もしっかりこなしてくれたし、貴方達のギルドは一応信用してるの。今後成長していく事も期待できるでしょうね。だけど……この短期間でちょっと曰く付きの連中と関わり過ぎてる」


 ……曰く付きか。確かにそうかもしれない。


 怪盗メアロ。ファッキウやルウェリア親衛隊。ラヴィヴィオをはじめとしたヒーラー軍団。精霊界の問題児達。


 明らかにアウトローな面々との接触機会が多過ぎた。街を守るギルドである以上、今後もそういう面々とは積極的に関わっていかざるを得ない。


 もし、俺達アインシュレイル城下町ギルドが、そういった連中と黒い交際を始めたら? 或いは裏で既に始めているとしたら?


 俺達を外側から客観的に見れば、そういう懸念は当然出てくるだろう。


 貴族にとってイメージは大切だ。特に、王城まで占拠したヒーラーと繋がりがあるギルドに支援を行っていたと一般市民に知られたら、貴族としての面目は丸潰れ。国民からの信頼も失う。


 だから、彼女の言っている事は理解できる。それに……まだ何人かいるしな。ヤバいギルド員。誰とは言わんけど。


 でも、これくらいで諦める訳にはいかない。そもそも、すんなりOKを貰えるとも思っていない。


 これは――――賭けだ。


「貴方や貴方のギルドに不信感を持っている訳ではないの。でも私にも立場があるから……」


「それはお互い様だよ」


「……え?」


 俺の言葉が意味不明だったらしく、フレンデリアは眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。


 交渉はここからだ。


「俺も、常に危険な立場にいる。今日はその事を話しに来た」


「本気?」


「ああ。本気だ」



 ――――暫時の沈黙。



「……セバチャスン、席を外して。ここには誰も近付かせないようにお願い」


 先に動いたはフレンデリアだった。


「承知致しました」


 その指示に従い、セバチャスンは深々と一礼して部屋を離れていく。


 流石に察しが良い。俺が何を話そうとしているのか、フレンデリアは瞬時に気が付いたらしい。


 ずっと核心に触れずに来た。それは、話す事で失うものがあるかもしれなかったからだ。露呈する事で全てが消えてしまう可能性を完全否定できなかったからだ。


 でも、今日ここでずっと温めていたこのカードを切る。


 アインシュレイル城下町ギルドは、俺の個性――――そうシキさんは言ってくれた。


 だったら、俺はそこを全力で武装しなくちゃいけない。俺の個性を守れるのは俺だけだ。

 

 例え調整スキルを失うとしても、或いは虚無結界や別の恩恵が失われるとしても、打ち明けるべきは今だ。本物の信頼を得る為にも。


 大丈夫。勝算はある。異世界転生を果たして今日までの間ずっと、慎重過ぎるくらい慎重な姿勢で臨んできた。


 言葉にこそしてこなかったけど、既に俺とフレンデリアの間では共通認識が出来上がっている。お互い"そう"だと確信している。だからきっと、今更言葉にしたくらいで命までは奪われない筈だ。


 時は来た。打ち明ける時が。



「俺は転生者だ。この世界じゃない、別の世界で生きていた経験がある」



 さあ、どうだ! 何かペナルティがあるのならドンと来い!


「……」


「……」


 少なくとも――――生きてはいる。今のところ。


 目に見えて何か変化が起こった訳でもない。でもそれは何の保証にもならない。まずは確認をしよう。


「出でよフワワ! 俺のアバターを生成してくれ!」


「ふわわ! わ、わかった〃o〃です!」


 突然喚び出されたにも拘わらず、フワワはすぐにアバターを出力してくれた。


「で、出来ました! 会心の出来〃∇〃です! こんなに上手に作れたの初めて〃∇〃です!」


「知力全振り! オラァッ!!」


「ふわわ!?」


 俺のアバターは、俺の放った右フックによって顔面が陥没し、吹っ飛びながら消え去った。


 今更自覚するまでもなく、俺の腕力は決して強くはない。幾ら全力で殴っても一撃でアバターを消滅させるほどの破壊力なんてある筈もない。


 つまり、あのアバターは生命力と防御力が著しく落ちていた。調整スキルが発動した証だ。


「ありがとうフワワ。お陰で検証……」


 あれ……?


「……ぐすっ」

 

 フワワが泣いてるーーーーーーーーーーッ!?


「ごごごごごめん! 悪気はなかったんだ! どうしても試したい事があって……!」


「だ、大丈夫〃o〃です。すみません、ビックリしただけ〃o〃です。あるじ様のお役に立てたのであれば、私は幸せ◞‸◟です」

 

 全然幸せな顔じゃない!


 マズったなあ……なんでこんな時に限って完璧なアバターが出来ちゃうんだ……今回はどんな失敗作でも全然問題なかったのに。せめて一言褒めてから殴れば……いやそれはそれで『お前の成功作なんてこうだ!』って感じになるだろうから、どっちにしても印象は悪い。


「貴方が何をしたかったのかイマイチわからないけど、他人の部屋で自分の顔を殴らないで貰える? なんかすっごく気味悪かった」


「……すんません」


 全方位に評判を落とす結果になってしまったけど、調整スキルが無事なのは確認できた。


 後は虚無結界か。ペトロを呼び出して『俺を殺す気で殴れ』って命じれば発動するかもしれないけど……無理かな。ペトロ甘いし。殺気込めて俺を殴れないかも。


 っていうか、これ以上の奇行(じゃないけど対外的にはそう見える)は本格的にフレンデリアから不審な目で見られかねない。検証は後回しだ。


「ま、大体の想像は付くけどね。それで、何事もなかったの?」


 ……核心を突く質問だな。やっぱりフレンデリアの方も俺と同じ認識だったんだな。


「まだ全部試した訳じゃないけど、一番危惧していたスキルは失われていない。今のところペナルティらしきものはないみたいだ」


「そっかー。そんな事だろうとは思ってたけど、リスクを考えると中々……ね?」


「だよな」


 お互い、苦笑いを浮かべながら向かい合う。そんな時間が5秒、10秒と続き――――


 今回もフレンデリアが先にそれを消した。



「私も転生者よ」



 俺の独白に呼応する形で、彼女もそう打ち明けてくれた。


「ここではない、違う世界で生まれて……予定外の死を体験して、埋め合わせとしてこの世界のこの身体を宛がわれたの」


「事情はほぼ同じか。ちなみに俺の前世は地球って星……世界の、日本って国で生まれたんだけど、そっちは?」


「私がいたのはルイオンっていう世界。そこのマポルトリアって国だけど……」


「……お互い知見はなさそうだな」


 サクアも明らかにそうだったから予想はしてたけど、フレンデリアも地球出身じゃなかったか。ちょっと残念。


 でも恐らく、そのルイオンって世界もここや地球と類似しているんだろう。転生の条件が確か『極めて親和性の高い世界』だった筈だから。


「私の方も今のところ問題はなさそう。リスクの割に殆どメリットがなかったから、今まで黙ってたけど……こんな事ならもっと早く打ち明けておけば良かった。転生者あるあるで盛り上がれたかもしれないのに」


「言うほどそんなのないと思うんだけど……前世の知識を活かして無双する、くらいじゃねーの?」


「自分の転生に重大な意味があると考えがち、とか」


 ……それは正直なかった。でも言われてみれば『俺がこの世界に転生したのは、俺が魔王を倒す勇者になり得る存在だからに違いない!』的な勘違いをしても不思議じゃないシチュエーションではあるよな。まあ、そういうのは王様に召喚された場合だろうけどさ。


「でも、驚いたー。まさかこのタイミングで打ち明けてくるとは夢にも思わなかったんだけど。どういう心境の変化?」


「そりゃ勿論、信頼を得る為だよ。転生者同士、なんていうか……仲間意識? みたいなのを持って貰えるんじゃないかって打算」


 今後、ギルドを維持していく為には相応の後ろ盾が必要と結論付けた。そして、今俺の周囲にそれになり得るのはシレクス家しかない。なら当然、フレンデリアの信頼は必須だ。


「信頼なら十分してると思うけど? 一緒にコレットを勝たせた仲じゃない」


「それだけじゃ足りないから、さっき一度は断ろうとしたんだろ?」


「……」


 フレンデリアは返事をしない代わりに、俺から視線を逸らして虚空を遠い目で眺めた。


 なんとなく、彼女が今何を考えているのかはわかる。きっと……過去に思いを巡らせているんだろう。


「……前世で私が生まれた家はね、今とは真逆で貧乏だったの。両親は優しかったけど要領が悪くてね。タチの悪い親戚に目を付けられて、無駄な出費を重ねて……いつも余裕がない家だったな」


「両親を反面教師にしたのか?」


「全否定は出来ないでしょうね。お父さんもお母さんも決して嫌いじゃなかったけど、ああいう夫婦になりたいとは思えなくて。っていうか……男と女って一緒になるべきじゃないって思うのよ。そりゃ役割分担はバランス良く出来るけど、二人同時に行き詰まった時の窮屈さとか気まずさがもう……!」


 ……それに関しては俺がどうこう言える問題じゃないのでスルーしますね。


「だから、今度は失敗したくないの。私の判断ミスで家が壊れるなんて最悪でしょ? 壊れた家庭で送る日々の虚しさ……虚無は計り知れないから」


 どうやらフレンデリアは前世で結構な苦労人だったらしい。こりゃ死因は聞けないな。俺の死因を笑い話にして打ち解けるってプランもあったけど、それも中止にした方が良さそうだ。


「でも、貴方の言う通りかもね。転生者だって貴方に言われた時、正直ちょっとホッとしたって言うか……肩の荷が下りたみたいな心境になったのは事実だもの。確信はあったけどね? でもやっぱり本人の口から聞いて初めて確定な訳だし、これでやっと自分以外にも同じ境遇の人がいるって何の疑いもなく思えるのは、自分で考えていた以上に……うん。ホッとした」


「それはお互い様だな。俺も全く同じだ」


「だけど私は、今後も打ち明ける予定はなかったんだけどね。貴方が先にバラしてくれたから、自分も……って気になれたの」


 フレンデリアは何処かバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔で口元を緩めた。その心境もよくわかる。俺だって、今の今までずっと悩んで自問自答を繰り返してきた末の告白だ。この判断が本当に正しかったのかは、例えペナルティがなかった今でも判断できない。今後に差し障る悪手だったって思う日が来るかも知れない。


 とはいえ、もう賽は投げられた。引き返す事は出来ない。


「わかった。貴方の思惑に乗ってあげる。転生者同士、同盟を結びましょう。アインシュレイル城下町ギルドをシレクス家がバックアップする事を、お父様に進言してみる」


「マジで!? うわーありがとう! スゲー助かる!」


 そこまでしてくれるとは驚きだ。


 貴族からの支援があれば、貴族公認ギルドとして周囲に認知される。当然、今までとは信頼感が違う。少なくとも仕事の依頼に困る事はなくなるだろう。


 これ以上ない収穫。


 でも……真の目的はそこじゃない。


「それじゃ同盟を結んだところで、早速相談なんだけど」


「節操ないのね。構わないけど。何?」


 転生者だからこそ、"この可能性"について話し合う事が出来る。極論を言えば、転生者以外には理解不能な発想だろう。


 だけど、他に説明がつかない。


「先日、城下町を根城にしてたヒーラー達が出ていって、フィールド上に自分達の国を作った。これは聞いてるよな?」


「ええ。いよいよ宣戦布告でもしてきたの?」


「いや。その国に行ってみたら、なんか温泉が出来ててヒーラー全員が温泉の虜になってた。回復魔法なんて不要だって口を揃えて言ってたよ」


「……何それ? 冗談にしては意図が読めないんだけど」


「冗談なんかじゃない。ヒーラーのアイデンティティを破壊する温泉が急に湧き上がったんだ」


 あの辺りに温泉はなかったという。って事は、ヒーラー連中が何か超常的な力で温泉を生み出してもしない限り、突如として温泉が"現れた"事になる。


 ヒーラーが掘り当てたと考えるのが自然だけど、僅か数ヶ月であんな温泉施設まで造れるとは到底思えない。


 なら、真相は常識の外にある。



「人間だけじゃなく、温泉施設まで別の世界から転移するなんて事……あり得ると思うか?」



 どうよこの発想! 『異世界転移・転生するのは人間だけ』という先入観を超えたこの天才的な閃き!


 俺のその革新的かつセンセーショナルな問いを、フレンデリアは――――


「いや、ないでしょ」


 鼻で笑った。


 


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