第362話 金

 泉水の検査には暫く時間がかかるらしく、この件については待つ以外に出来る事はない。とはいえ、ボーッとしている暇もない。俺には重要任務がある。


 それは――――浮いた金の使い道を決める事だ!


 149000Gの借金を返済する為に、この5ヶ月強で貯めた金額は合計で158415G。フレンデリアからの報酬は無事満額で支給され、娼館からはボーナスまで頂いた事で想定以上の額になった。ここから交易祭関連の仕事の必要経費と未払いの人件費を抜いても125000G以上のお金が浮いた状態にある。


 ギルドは会社と違って、株主の出資や融資で資金調達を行っている訳じゃない。俺が魔除けの蛇骨剣や粉砕骨折の鉄球で稼いだ金を実質的な資本金として、その予算内で人を集め、仕事を取ってきて利益を得ていた。


 だからギルドの総資産はメチャクチャ単純で、現金と建物と土地しかない。当然、流動資産は現金のみ。ここにある……まだ正確な額は出していないけど、約125000Gがそれに当たる。


 元々は、借金を返した後は宝石を売り払ってギルド員の報酬を捻出する計画だった。転生直後にポケットの中に入っていたこの青い宝石は、恐らくこの身体の以前の持ち主が所持していた品。その男の素姓を知る上でのヒントになると思って売らずに取っておいたけど、今更そこを深掘りする気はない。


 だから売っても良かったんだけど、何の因果か結局手元に残す事になった。


 まあこの宝石はいざって時に眠らせておくとして……問題は、俺の金銭感覚じゃ1200万円以上の金をどう使うのが有効なのか全くピンと来ないところだ。


「それで、余ったお金でどうするか自分だけじゃ決めきれないから、私に相談したいって訳?」


「ああ。お願い出来ないかな」


 ギルド員全員の意見を聞くという選択肢もあったけど、それじゃ収集が付かなくなるのは目に見えている。かと言って特定のギルド員だけとなると贔屓していると思われるし、別のギルドの関係者に相談するのも気が引ける。今どこも忙しいし。


 そこで、やって来ましたシレクス家。金の事は金持ちに聞けってね。


「そうね……」


 いつものように自室に通すよう言ってきたフレンデリアは、いつもと違って露骨に質素な服装だった。これまでは屋敷内でも貴族らしい華やかなドレスを着用していたのに、今日はベーシック系のシンプルな格好。スカートじゃなくパンツスタイルで、色合いも落ち着いたブラウン系だ。


 まあでも、心境の変化があるのは当然か。交易祭でコレットに告白すると意気込んで、結果日和って現状維持を選んでたし、何か思うところがあったんだろう。いちいち指摘はしないけど。


「別に良くってよ! ちょうど気分転換したかったところだし! ここのところ何もやる気起きなくて抜け殻だったし!」


 え、そこ自分から触れてくる? 俺に何か言って欲しいのか? 敢えてネタにして笑いに換える事で気持ちが軽くなるようにしろとか高度な要求してる? それが相談に乗る条件とでも言わんばかりにじっとこっち見てるけど……


 いや無理無理。失恋した友達を勇気付ける親友ポジションじゃないんだから。俺にそんなスキルはないって。


「……本当なら今頃、コレットと恋人同士になって毎週デートしてる予定だったのに。その為に交易祭の翌日から予定ずっと空けてたのに。ギルドマスターのお仕事で忙しいコレットを毎日ディナーに誘って労ってあげたかったのに。コレットって宝石が好きな割に派手な服は着ないから、好みに合わせて地味な私服揃えてたのに……」


 気の利いた事を言わない俺に業を煮やしてブツブツ自分語りを始めてきたぞ! 

 

 これ何が正解なんだ……? ひたすら共感すれば良いのかな。『気持ちわかるわー俺も昔失恋した時そんな感じだったもんなー』とか……いやいやダメだダメだ。失恋とか超弩級NGワードじゃん。言った瞬間に全ての信頼失いそう。


 だとしたら、もうこの路線しか残ってないよな。覚悟を決めろ、俺。


「でも、あのタイミングでコレットに告白したら断られるって思ったから回避したんだろ? 俺にはそれが正解かどうかはわからないけど、自分の判断に自信持って良いんじゃないか?」


「それはそうだけど……」


「祭りの雰囲気に当てられて勢いで告白……みたいなのに自分でも抵抗あったんじゃないのか?」


「う……確かにちょっとあったかも」


「ならいいじゃん。少なくとも間違ってはいなかったんだよ。もっと相応しいタイミングがあるって」


「そ、そうよね! コレットは逃げないんだし、じっくりチャンスを待てば良いのよね! 私、間違ってなかったんだ……良かった……」


 全・肯・定。


 相手を一切否定せず、どう言えばアガるかだけを考えたイエスマンスタイル。やり過ぎは良くないけど、俺とフレンデリアの距離感なら良い具合に刺さると思ったんだよ。大正解だったな。別に嘘も言ってないし。


「うん、気分良くなったから何でも相談に乗る! 借金返さなくて良くなったから、稼いだお金が丸々残ってその使い道に困ってるって話だったっけ?」


「そうそう。どうすべきかなって迷っててさ」


「難しく考える必要ないんじゃない? 貴方がこれからギルドをどう運営していきたいのかをまず考えて、それに見合った使い方をすれば良いだけだと思うけど」


「いやでも、ギルドのみんなに助けられて集めたお金だし、ある程度はギルドのみんなに還元しないと……」


「そういうのもひっくるめて、まずは自分がやりたい事を書き出してみれば? 貴方の願望を叩き台にして、そこから纏めていった方が簡単でしょ?」


 ……成程、そういうやり方もあるのか。


 確かに一応、浮いた金で何するかアレコレ考えてはみた。自分だけで稼いだ金じゃないから何処か罪悪感みたいなのもあったけど……叩き台なら問題ない。


「わかった。書いてみる」


「ではこちらのペンと紙をお使い下さい」


「ありがとうございます」


 音も気配もなくスッと現れたセバチャスンが筆記用具を差し出してきた。相変わらず神出鬼没だけど、流石にもう慣れたな。


 己の願望の文字化……かあ。なんか大学に入って一人暮らし始めた最初の頃に家計簿付けてた時の事を思い出すな。結局途中で止めちゃったけど、ちょっとワクワクしたもんな。自分で纏まった金の使い道を考えるの。


 当然、あの時とは事情が全然違う。今回はこれからの……未来のアインシュレイル城下町ギルドをどうしていくか、どうしたいかを考えた上での使い道の考案だ。


「……取り敢えず、こんなトコかな」

 

「どれどれ」


 一通り書き上げたところで、フレンデリアに見せる。なんだろう……なんか妙に緊張する。運営のセンスを問われるからかな。


「会議室と仮眠室の増築、寝具の調達、外壁塗装、看板の新調……この辺りはギルドのリフォームって事?」


「ああ。職場って言えるほどギルドで仕事する訳じゃないけど、一応拠点であり窓口だからさ。出来ればもうちょっと機能的で小綺麗にしたい」


 これまでは借金返済が目的だったから大口の仕事をメインに取っていたけど、今後は一般市民からの依頼も積極的に受けていきたい。その為には、幅広い世代が気軽に依頼しに来られるギルドにしておく必要がある。元々が武器屋だったウチのギルドは少々無骨というか、親しみやすさは正直あんまりない。そこをちょっと改良したい。


「残りはギルド員へのボーナスと、今後の運営費と予備費に回すのね。運営費ってそんなにかかるもの?」


「人件費以外はそうでもないけど、営業の接待や移動に馬車を使う場合とかはそれなりに」


 実際、ギルドのランニングコストってそこまで高額じゃない。家賃も水道光熱費も福利厚生もないに等しいし、保険もないからな。教会税ってのが厄介で個人だけじゃなく団体も別口で払わなきゃならないけど、他はせいぜい建物の維持費や雑費程度。消耗品すら殆どないから驚くほど金はかからない。


 今のところ、賄賂を使って仕事を取るような真似はする予定なし。理想論だけではやっていけないなんて百も承知だけど、一旦そういう事に手を染めると歯止めが利かなくなる。


 無理に大きくはしなくて良い。ただ、俺を含むギルド全員が胸を張ってこの街で生きて行ければ良い。そういうギルドにしたい。


「……そうね。全部は多分無理だと思うけど、外壁塗装は優先的にやっておいた方が良いんじゃない? 建物の腐敗防止にもなるし、景観も大きく変わるしね。目立つ建物にしておけば、自然と住民が話題にしてくれそうでしょ?」


「だよな。優先順位で言えば一番でも良いくらいだと俺も思う」


 この半年間の活動で、アインシュレイル城下町ギルドはある程度の信頼を得た自負がある。でもトラブル続きだったし、一時は鉱山での殺人未遂事件の濡れ衣を着せられたりして、ちょっとイメージダウンした事もあった。建物を綺麗にしたからといって内情は変わらないけど、イメージは多少変えられる。これが何気に重要だ。


 後は、前にシキさんとも話したけど……仮眠できる環境を整えたい。まあ、この街に住む連中は総じて金に困ってないからケチってギルドに泊まるって奴はいないだろうけど、俺が不在の時には最低一人は常駐して貰う必要があるし、幾らなんでも棺桶で寝ろとは言えない。休憩室や救護室も兼ねて、具合が悪くなった人を休ませるのにも使えるだろうし。


 会議室は出来れば複数欲しい。今後は何チームかに分かれて複数の依頼をこなしていく事になるからな。毎回全員参加のミーティングだと却って効率が悪くなる。


 とはいえ……


「この中だと、会議室は後回しにした方が良さそう。単純に費用が嵩むし、代用が利かない訳でもないでしょ?」


「そっか。格安で増築してくれる職人がいればと思ったんだけど」


「この街にそんな大工や石工はいないでしょうね。みんな優れた技術を持っているから」


 終盤の街の悪い所――――物価が高い。


 武器や防具は当然として、宿の料金や外食、それ以外の物も総じて高い。当然パンも高い。パンはその価値を考えれば高くても仕方ないとはいえ……高い。


 職人も腕が良い人間しかいないから建設費の相場も当然高い。そして何より、職人は押し並べてプライドが高く気難しい……とまでは言わないけど、その傾向が強い。『安く造ってくれ』なんて頼もうものなら間違いなくナメるなとキレられる。最悪、職人ギルドとの関係が悪化しかねない。だからこの件はロハネルにも聞けなかった。


「私なら外壁塗装と仮眠室を優先して、看板は手作りにするかな。街に馴染みたいんでしょ? なら手作り感のある看板にして庶民派を気取るのが良いんじゃない?」


「なんか作為的過ぎるような……あざとくならないかな」


「あざといくらいが丁度良いの! 特に貴方のギルドの場合、街の名前をそのまま使ってるんだし」


 ……そう言われるとぐうの音も出ない。確かに名称の時点で最高にあざといよな。今更高尚ぶっても仕方ないか。


「わかった。そのアイディア採用させて貰うよ」


「良くってよ。ギルド員への労いはボーナス支給?」


「一応そのつもりだけど、それとは別に何か結束を強める事が出来ないかなって思ってて。借金返済お疲れ様の打ち上げパーティー開く予定だったんだけど、借金自体がなくなったからガツンとハジけられなくてさ……」


 ギルドってのはあくまでビジネスの関係で成り立っているものだから、ギルド員同士が仲良くする必要はない。仕事に応じてちゃんと連携を取れればそれで良い。


 ……なんてのは一般論で、人と人とが集まる以上はどうしても何かしらの摩擦は生じる。それをなくすのは難しいけど、お互い同じギルドで仕事を請け負っている同士っていう仲間意識というか……共有するポジティブな何かがあれば、問題が生じた時も最小限の摩擦で食い止められると思うんだよな。


「みんなで気持ち良く『お疲れ様ー!』って騒ぎたかったけど、そういう感じじゃなくなったって訳ね。だったら慰安旅行でもすれば?」


「旅行か……それは考えてなかったな」


 確かにそれなら『お疲れ様』感の減少を『非日常感』や『特別感』で補える。カタルシスってほどじゃないにしろ、頑張って来て良かったな、これからもこのギルドで皆とやっていこう、って気持ちになれるかもしれない。


 とはいえ、この終盤の街付近に旅行できるような観光地があるんだろうか? 後で調べてみるか。


「重ね重ねありがとう。全部参考になった」


「どういたしまして」


 フレンデリアは穏やかに微笑む。コレットへの告白失敗の件は完璧に払拭できたっぽいな。良かった良かった。彼女には万全の精神状態でいて貰わないと困る。


 じゃなきゃ、話し辛いからな。


 これから話す事は。


「それで、今日はこの話をする為だけに来た訳じゃないんでしょう?」


 ……っと。


「どうしてそう思う?」


「そもそも、私に相談するような内容じゃないし。ギルドの内情をわざわざ打ち明けたのも、何かしら意図があっての事でしょう?」


「……敵わないな、全く」


 コレットへの対応とか普段の陽気な口調の所為で忘れがちだけど、この人やたら鋭いんだよな。何より有能だ。魔王に届けの成功も選挙でのコレットの勝利も、彼女の企画力や判断力あっての事だ。


 そんなフレンデリアだから、話しておきたい事がある。


「シレクス家は冒険者ギルドを支援してるんだよな?」


「ええ。コレットがギルドマスターになってからはね」


 冒険者ギルドは魔王討伐という人類共通の目標に最も隣接した組織だ。だから支援を受ける事自体は何ら珍しくない。とはいえ癒着となると話は別。シレクス家がどういうスタンスで支援しているのかは……なんとなく想像はつくけど、ここで言及するつもりはない。



「どういう形でも良い。俺達にも支援をお願いしたい」



 深々と頭を下げて、そう懇願した。




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