第154話 呪いはノロウイルスが原因じゃありません

「ルウェリアさん……お気の毒ですが、貴女は呪われてしまいました。かもしれません」


 一騒動あって以降、ずっと混乱していた頭がスーッと冷えていく。やっぱりルウェリアさんは心の清涼剤だ。その愛らしい姿を見ているだけで落ち着く。


「そ、そうなんでしょうか? でも私、お腹壊すような物は何も食べていない筈なのですが」


「……呪いはノロウイルスが原因じゃありません」


「?」


 うん。まあそんな要領を得ない顔になるよな。狙ってボケた訳じゃないだろうから。この世界にノロウイルスが存在しているかわからんし、よしんば発見されていたとしてもこの名前が付けられるとは思えないし。


 元いた世界の海外ではその昔、ぎっくり腰を魔女の仕業と認識していたらしく、ドイツ語では『魔女の一撃』という意味の言葉を用いていた。まだ医療技術が発展していない世界では、精神症状や突然の体調悪化を悪魔や呪いの所為だと思い込まれていても不思議じゃない。ルウェリアさんのおとぼけ発言の真意はそんなところだろう。


「とにかく、心神喪失状態でこんな所まで歩いてくるなんて普通じゃありません。そしてルウェリアさんがあのベリアルザ武器商会に常駐している事実を踏まえると、これはもう呪いとしか」


「"あの"って何ですか! 私達の武器屋は呪われる事で有名な危険物施設ではありません!」


 まあ、俺も結構長く世話になった武器屋だから、それは知ってるけど……


「これは俺の故郷に代々伝わる寓話なんですが」


「へ?」


「ある所に羊飼いの少年がいました。その少年は極度の構ってちゃんで、周りを振り回す事に快感を覚える困ったちゃんでもありました。日頃から『フェンリルが来たぞ!』と大声で嘘を叫び、大人達はその度にフェンリルを追い出すべく武器を持って外に出てくるんですが、嘘なんで当然徒労に終わります。その狼狽える大人達の様子を見て、羊飼いの少年はゲラゲラ笑っていました。しかしある日、本当にフェンリルが現れ、それを発見した羊飼いの少年は慌てて『マジでフェンリルが出てきた! 誰か助けて!』と叫びますが、大人達はまたあのクソガキが嘘言ってやがると取り合わず、憐れ少年はフェンリルに食べられてしまいました。あと村も滅びました」


「それはお気の毒です」


「同じ事がベリアルザ武器商会にも言えるのではないかと」


「私達のお店の武器は『俺たち呪われてるぞ』なんて言ってません!」


 いやー言ってると思うなあ。声に出してないだけで、あの形状、あのフォルム、あの色艶、あの名称は呪われてますって全力で主張してるでしょ。


「そんな訳で、暗黒武器の中に本当に呪われてるのが混じっていても不思議じゃありません。一度全部の商品を調べるよう、俺から御主人にそれとなく言っておきますね」


「うう……呪われてませんのに……」


 不満そうに拗ねてしまったルウェリアさんは、思わず顔がニヤついてしまいそうになるほど可愛かった。サドっ気ってこういう些細なきっかけから目覚めるんだろうな。マルガリータさんもそうだったんだろう、きっと。


 さて……これからどうするか。


 ルウェリアさんを怖がらせない為に『呪いの所為』と言いくるめてはみたけど、実際には違うだろう。あのウィスって奴が事情を知ってたっぽいからな。


 ルウェリアさんのマナ涸渇状態を危惧して元に戻そうとしていたから、奴が黒幕とは考え難い。寧ろ、事情通なところを踏まえれば黒幕の対抗勢力の方があり得る。聖噴水の異常を聞いて駆けつけて来たくらいだし。


 あのタイミングで姿を消したのは――――



『やはりこの状態でも【虚無結界】は消えないのか。ここまで厄介とはな』



 ……あの謎の声の主を追いかけた、って解釈するのが妥当だろうな。


 虚無結界か。どっかで聞いた単語だよな。結界、結界……あ、夢に出てきたアレか。この身体の元持ち主が魔王と戦ってる時に使ってたやつ。多分だけど。


 問題は、さっきその虚無結界とやらを誰が使っていたか。少なくとも俺ではないし……あの状態のルウェリアさんを指していたのか、それとも俺の見ていないところでウィスが攻撃を受けていて、虚無結界でそれを防いでいたのか。どっちも考えられるだけに特定は困難だ。


 やっぱり、消えたウィスって奴を探した方が良さそうだな。旅人らしいから、知っている人がこの街にいるかどうかは怪しいけど、選挙が終わったら聞き込みでもして――――


「そうです! 選挙です!」


 うわビックリした! 急に頭の中とシンクロした発言するのやめて心臓に悪い……


「私、昨日からコレットさんの選挙が気になって気になって夜も眠れないくらいでした。だから今日はとっても寝不足だったんです。きっとその所為で寝落ちして、選挙の結果を聞きたい気持ちだけが先走って無意識の内にここまで来たんじゃないでしょうか!?」


「それはそれで違う種類の呪いのような」


「呪い違います! 思いです!」


 思いだったらそれはそれで重いような……


「コレットさんはギルドマスターになれるでしょうか?」


「んー……このまま何事もなければ、大丈夫だとは思います」


 ただ、肝心なところで改悪の更新を始めるWindows10みたいな奴だからなあ……そこは正直心配だ。


 心配といえば……


「店まで送りますから、一旦帰りましょう。御主人も心配しているでしょうし」


「あ、はい。ではお願いします」


 ルウェリアさん自身、自分に何が起こったのかわかっていないから不安なんだろう。遠慮なくこっちの提案を受け入れてくれた。





 その後――――


「ルヴェェリィィヒャァァァァ!!  ビュゲェェヴィィィアォォォォォォゥゥゥ!! ギャボオオォォォーーーーーーッ!!」


 滞りなくベリアルザ武器商会に着き、突然娘がいなくなった事に絶望していた御主人へとルウェリアさんを届けたところ、涎と鼻水を垂れ流しながら感謝された。


 それから暫く楽しく雑談していたけど、武器が呪われてるかもって話をしたら物凄くキレられた。ものの数分で全力の喜怒哀楽を全て見せつけられた所為で、ものすんごい胸焼けだ。


 ルウェリアさんの体調は問題なさそうだったけど、大事を取って今日は休ませる事になった。せめていち早く選挙結果を知りたいと涙目で訴えてくるんで、今日中に俺が知らせに来ると約束し、納得して貰った。


 そして、御主人にルウェリアさんが一時心神喪失状態だったのを伝えると――――


「……その件については、後日また話をさせてくれねえか」


 と、ドスの利いた小声で懇願されたんで、この場ではそれ以上の話はせず武器屋を後にした。どうやら御主人も何かしら事情を知ってるみたいだし、こっちで深追いはせず、御主人の切り出すタイミングで話を聞いた方が良いだろう。


 俺には俺の仕事がある。そっちに集中だ。


 幸い、ウィスとルウェリアさんの一件以降、聖噴水の周囲に怪しい人間が現れる事はなく、午前中は大過なく乗り切った。


 選挙が終わるのは夕方前と予想されている。冒険者の数は半隠居状態の人を含めて確か600人くらいだったけど、恐らく全員は来ないだろうから、時間制限を設けている。午後の鐘が鳴るまで――――元いた世界の感覚だと15時くらいの時間帯までだ。そこから開票して、何もトラブルがなければ夕方前には結果が出る。


「あ、ギルマスがこんな所でサボってら」


「サボってねーよ。見張りだ見張り」


 聖噴水の傍でちょうど一息ついていた頃合い、警邏任務のヤメとイリスが通行人に混じってやって来た。


「何かトラブルは起こってなかった?」


 彼女達には警邏だけじゃなく、各地の状況把握も兼任して貰っている。もし何処かで問題が発生し、その場にいる面々だけでは対処が難しいようなら、他の区域にいるギルド員に助っ人を要請する必要がある。そんな時、街中を絶えず移動し続けるフットワークの軽いパトロール部隊が伝達係を担ってくれれば円滑に事が運べる。


「今の所は何もないかな。誰が勝つかで言い争って、軽く揉めるくらいはあったみたいだけど」


「そんな熱心なファンがコレットにいたのか」


「んー……ま、いるんじゃない?」


 ……やっぱりコレットの事となると妙に含みがあるというか、スッキリしないですねイリスさん。もうこの機会に聞いちゃおうかな。地雷臭しかしないけど。


「イリーってコレットちゃんに棘ない? なんかあった? それともあーゆータイプ苦手?」


 地雷処理戦車ヤメここに誕生……! その聞き方はどうかと思うけれどもグッジョブだ!


 さあイリス、どう答える?


「あの子は、とっても良い子だと思うよ」


 とても本心で言っているとは思えないトーン! 逆に怖い!


「でも、ちょっと距離感が難しいっていうか、私もどう接して良いのか悩んでるところあって……マスターはどう思う?」


 へ……?


 いやいやいや、そんな話の振られ方ある!? こんなのもう貰い事故だろ! どう答えりゃいいんだよ!


「あっれぇー? ギルマスってば何動揺してんの? もしかしてもしかして『そっか、俺と親しくしてるコレットに複雑な想いを抱いてるんだな。そんな乙女心を気付いて欲しくて話を振ってきたんだな』とか思っちゃってる系? うわヤっバ! 自意識のモンスターだー!」

 

「ちっ違ぇーよ! そんな訳ねーだろ!」


 でも正直ほんのちょっぴり頭を掠めたのは否定できない! だってイリスには二人きりで打ち上げしようとか言われてるしさあ、勘違いするなって方が無理じゃないでしょうか!?


「あはは、そういうんじゃないよー」


 あ、そういうんじゃないんですか……そうですか……


 イリスもあれだな、大概小悪魔だよな。もし生前にこんな女性と相席居酒屋で知り合ってたら貯金全部搾り取られてたな。そして恨む事すらできないくらい翻弄されていただろう。それはそれで体験してみたい気もする。人はそうやってドMになる。


 ……生前の貯金や労災、ちゃんと親元に行ったんだろうか。一応形見みたいなもんだからな。


 命の値段って訳じゃないんだろうけど、自分の死に金が支払われるのって今更ながらスゲー微妙な気分。生きてる時は何とも思わなかったけど。


「第一、マスターはティシエラと――――」





 イリスが何かを言いかけたその時。





 爆発にも似た轟音と共に、異変は起こった。





「……!?」


 一瞬、底が抜けたかのように足下が覚束なくなる。平衡感覚が消えて、浮いているような、かと思えば下から突き上げられたような感覚に弄ばれる。


 これは……地震だ!


 それも縦揺れの地震。体感的には震度4か5弱くらいの揺れだ。


「なななななななななににににににににに!?」


「ぃや……っ!」


 ヤメは大口を開けたまま、電撃でも浴びたかのように身体を強張らせ、イリスは逆に口を閉じ両目を瞑って恐怖に耐えている。この反応から察するに、全く地震慣れしていない感じだ。


 斯く言う俺は地震大国日本出身。それでもこの規模の揺れは一生にそう何度もはない。息が詰まって心臓が締め付けられるような状態になってしまう。


 とはいえ中規模程度の地震ならどうにか耐性があったおかげで、揺れの収まりに比例して心も落ち着いてきた。


「結構大きな揺れだったな。二人とも大丈夫?」


「いやーもう全然大丈夫じゃねーって! マジ死んだって思った!」


「……」


 ヤメは言動の割に冷静な方だ。それに対し、地面にへたり込んだイリスは返事すら出来ないくらい恐れ戦いている。


 暫く微弱な揺れが続いていたけど、今ようやく完全に収まった。一分くらい揺れてたな。


「イリス、立てる?」


「う、うん。大丈夫……」


 本来なら、手を取って引っ張ってあげたいところだけど、接触NGのイリスにそれは出来ない。顔面蒼白な彼女を黙って見ているしかないのは心苦しい。


「ヤメ、この街って地震はあんまりないの?」


「んー、ヤメちゃんがここに来てからは殆どなかったと思う。つーかあってもこんなヤベー揺れじゃないし。チョロッと漏れるくらい?」


 ……何が?


「すぅ……ふぅー……すぅ……ふぅー……」


 ヤメにジト目を向けていると、イリスが座ったまま深呼吸を始めた。相当怖かったんだな。


 恐らくこの街は滅多に地震が起きない地域なんだろう。まあ地震多発地帯に首都とか王城を構える方がおかしいから当たり前なんだけど。


「……うん。もう平気。マスター、心配かけてごめんね」


 何度目かの深呼吸で、イリスはようやく立ち上がる力を取り戻した。でもまだ脚は震えているし、顔色も良くない。今の彼女に警邏を任せるのは酷だ。というか、無理させたらティシエラに殺される。


「ヤメ、悪いけどソーサラーギルドにイリスを連れて行って――――」


 休ませて欲しい、と言おうとした刹那。



 再び地面が揺れた。



「うぉっ……!」


 一瞬、余震って言葉が脳裏を過ぎった。でも違うと瞬時にわかった。


 交通規制で馬車が進入禁止になっている筈の道路を、何頭もの馬が横切っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る