第153話 固定観念クラッシュ
カニですかマジですか。
いやまあ、犬や猫の精霊がいるんだからカニの精霊がいても不思議じゃないよな。それはわかる。
でもね、多感な時期にファンタジーに触れてきた人間に言わせて貰うとですね、カニは精霊向きじゃねえんですよ。つーか食材なんだよ。食材に精霊ヅラされてもちょっと困るよ。
「直接調べて大丈夫~?」
「ああ。よろしく頼む」
「出来る範囲で頑張るよ~」
そんな俺の固定観念クラッシュなど知る由もない彼らは、トントン拍子で話を進めていた。どういう原理なのか知らないけど、10本足のカニが直進して聖噴水に近付き、中にハサミを突っ込んでいる。なんかもう頭がついていかない……
「あれ~、なんかちょっと不自然~。これ一回マギ全部切ってまた元に戻したっぽいね~」
カニィ! 余計な事言うなよこのダブルピース野郎! 平和ボケした声してからに!
以前よりは多少街に溶け込んできたとはいえ、今の俺じゃまだ確かな信頼を築けたとは言えない。この段階では、まだ聖噴水の異常を調整スキルで戻せた件は伏せておきたいんだけど……
「ウィス。やはり……」
「ああ。懸念していた通り"奴等"が動いているみたいだ」
保身にばかり気を取られていると、向こうは向こうで別件について何か語り出した。聖噴水を無効化しようとした黒幕に心当たりがあるような口振りだな。
実行犯がファッキウだったのは既に判明している。人間には使えないという性転換の秘法を行使する為、モンスターを街に招き入れるべくネシスクェヴィリーテを使い聖噴水を無効化したと自白していたからな。
普通に考えれば、奴が犯人で話は終わりだ。でも怪盗メアロの助言を信じるなら、裏で糸を引いている奴等がいる。
あのヒーラーに化けていた連中か、それとも他の勢力が存在しているのか……
「む。臭う。臭うぞい。何者かが近付いてくるようじゃぞ」
……へ?
いやいや、選挙中で普段よりは人通りが少ないけど、聖噴水自体は街中にある噴水だから、通行人は普通にその辺を歩いてるんだけど……
「儂の鼻を単なる嗅覚だと思わぬ事じゃ。ある程度までなら、他者の感情や目的を臭いで判別可能なのじゃよ。今、おぬしが儂に猜疑心を抱いている事も丸わかりじゃ」
マジかよワンコ……道理でさっきから俺の頭の中を読み切ったような発言してくる訳だ。
「って事は、聖噴水を目的に移動してる奴と通行人の区別がつく訳か」
「左様じゃ。これに用がある人物なんぞ、怪しくない筈がなかろう」
確かに……別に観光名所でもないし、そもそも観光客がいる街でもないからな。実際、こいつらもかなり怪しかったし。
本当に黒幕がいるのなら、俺が聖噴水を元に戻した事で一旦は計画が頓挫しただろうし、再度無効化する機会を窺っていた筈。住民の多くが選挙に関心を寄せている今日は、実行に打って付けの日だ。
マズいぞ。エアホルグはもう倒したけど、シャルフの野郎とまた遭遇したら、俺にはとても対抗できない。
ここは一旦身を隠して、聖噴水を無効化して立ち去った直後に調整スキルで修復した方が良いかもしれない。それなら被害は出ないだろうし、俺にも危険は及ばない。
問題は、それをどうウィス達に伝えるか――――
「来た。一人だ」
ゲェーッ! もう来やがったのかよ! これじゃ隠れようにも隠れられない……!
仕方ない。もう腹を括るしかないか。精霊を使役するウィスの戦闘力に期待しよう。他力本願で情けない限りだけど、突然何らかの力に覚醒して強くなれる訳じゃないからね仕方ないね。現実は大抵、どうでも良い事に関してご都合主義でピンチに限ってシビアだから。
できればシャルフじゃなくて、もっと弱い奴が望ましいけど……
「……」
その願いは、視界に入って来た人物の姿を見た瞬間、叶った。
確かに強くはない。いや、多分俺よりも弱い。
俺はよく知っている。あの人が病弱なのを。
時折店を休んでいる事も。
「どうしたんですか……? こんな所で」
信じ難い。信じたくもない。
でも見間違う訳もない。この異世界に来て最初に世話になった人の事を。
この世界の右も左もわからない俺に、いつも優しく接してくれていた彼女を。
昨日も会ったばかりなんだ。
――――ルウェリアさんとは。
ワンコの嗅覚が本当に目的を読めるのなら、ルウェリアさんは聖噴水に何か用があってここに来た事になる。
一体何故?
暗黒武器が好きなルウェリアさんにとっては、聖属性っぽいこの噴水は寧ろ趣味に合わないだろ?
「……」
俺の問いに、ルウェリアさんは答えない。虚ろな瞳で、俺やウィスじゃなく聖噴水の方を見つめている。まるで、そこに引き寄せられているかのように。
「迂闊に近付くな」
ウィスは俺の動揺に気付いているのか、自制を促してきた。
「想像はつくと思うが、今の彼女は普通の状態じゃない。"いつもの彼女"だと思うな」
……いつもの?
まるで、いつものルウェリアさんを知っているような口振りだ。こいつも何者なんだ……?
ああもう、訳わかんな過ぎて頭グチャグチャになってきた。
「契約を履行したから、戻るね~」
場の空気をガン無視した間延びする声で、カニが姿を消した。大型バージョンアップで地面側に曲がってた足の向きを修正するくらい場違いな奴だった。
「ルウェリアさん。俺がわかりますか?」
「……」
ダメだ。全く応答しない。自我があるような状態には見えない。
一体何が起こってるんだ……?
「マギの臭いが全くせぬぞ。マギが完全に涸渇しておる」
「マズいな。思った以上に状態が悪化してる。このままだと心神喪失状態になりかねない」
マギが涸渇……? こいつら、何か事情を知ってるのか?
「どういう状態かわかってるのなら教えてくれ! あの人は俺の知り合いなんだ!」
自分でも驚くほど悲痛な声が出る。テンパッてるのを自覚せざるを得ない。
ルウェリアさんが黒幕とは思えないし、疑いたくもない。でも今の彼女が普通じゃないのは確かだ。どうしても嫌な方に考えが向かってしまう。
「体内のマギは様々な理由で増減するものじゃが、生きてさえおれば最低限の量は残っているのが常じゃ。しかしこの娘さんは、殆どスッカラカンになっておる」
「これが長く続けば、意識が戻らなくなる事もあり得る。極めて危険な状態だ」
なっ……一体何でルウェリアさんがそんな事になってんだよ! 昨日はあんなに元気だったじゃんか!
マギが殆ど失われている状態って、それじゃまるで以前の聖噴水と同じ――――
……まさか、ファッキウの仕業なのか?
いや落ち着け。奴はルウェリアさんを崇拝していたんだ、幾らなんでもそんな真似はしないだろう。それに今日は選挙で冒険者ギルドに待機中の筈。犯人は奴じゃない。
もう一つ、マギに作用するマギヴィートって魔法があるけど、あれは外部からのマギを受け付けなくするだけで、マギそのものを消したりはできない。マイザーも関係なさそうだ。
だったら誰が……
ダメだ、冷静に考えを纏められる気がしない。頭が飽和状態だ。
兎にも角にも、まずルウェリアさんの危機的状況をどうにかしないと。他の事は後回しで良い。
「えっと……クー・シーさん。今の彼女を回復できそうな精霊とかいたりしない?」
「ふむ。負傷や体力の回復であれば、マギを活性化させれば可能なんじゃが、マギそのものをとなると……デメテルでなければ無理じゃろうな」
「上位精霊だな。精霊折衝では時間がかかり過ぎるし分が悪い。精霊魔法を使おう」
なんとかしてくれるのか……? だったら正直助かる。俺には彼女をどうすれば救えるのか見当もつかない。
「トモ、悪いが俺を暫く守って貰えるか? 精霊魔法を使うと一定時間無防備になる。今の彼女が襲ってくるとは思わないが、万が一って事もあるからな」
「わかった」
正直、期待されるほどの護衛力は俺如きにはないだろう。でも、この身体が盾代わりにすれば一撃くらいはどうにかなる。出来れば子供か女性を守って散りたい人生だったけど、そんな事言ってる場合でもないからな。
「……」
ウィスとルウェリアさんの間に入り、彼女の様子を窺う。相変わらず何をするでもなく、ボーッと聖噴水を眺めたままだ。
姿や格好は同じでも、普段の快活なルウェリアさんとはまるで違う。表情が欠落していて、見ているこっちが不安になってくるくらい別人だ。誰かが化けている方が自然なくらいに。
でも、きっと眼前の女性はルウェリアさん本人だ。同じ職場で働いていたから、なんとなく空気感で察する事が出来る。別人だったら、もっと違和感や異物感があるだろう。
「――――出でよ【デメテル】!」
気付けば、さっきまでいたワンコが消えていた。精霊折衝で呼び出す精霊と精霊魔法とでは共存できないのか、精霊魔法自体が一体しか召喚できない縛りなのか。
いずれにせよ、デメテルと呼ばれる精霊は無事現れた。小麦色の肌と黄金の髪を持つ美人の女性だ。ってか、ようやく人の姿をした精霊に出会えた。
「契約に従い助力致します。何なりと仰って下さい」
「あの女性のマギを標準値まで戻せるか?」
「容易い事です」
まるでフィギュアスケートの演舞のように、優雅な所作でデメテルが右手を掲げる。明らかにさっきまでのワンコやカニより格上って感じだ。
これなら……!
「……」
あれ?
「どうしたデメテル。マギは戻せたのか?」
「少し黙って下さる!?」
えぇぇ……? 急に何? めっちゃキレてんじゃん。上位精霊なのに癇癪持ちかよ……
「何なんですかあの子ッ……! わたくしの【五光豊穣】を拒絶? ちょっと可愛い顔で胸が豊潤だからって調子に乗って……! ああ、そういう事ですの。自分より美しい女性の施しを受けるのは屈辱なのですね。わかります。わたくしにもそんな時期はありました」
あったの……? っていうかこの精霊、性格ヤバくね?
「ですがその考えは間違っています。他者の恵みを糧にしてこそ一流の美女。どんな美しい花でも雨水を吸収しなければ萎れるだけ。貴女には立派な素質があります。さあ、わたくしの五光豊穣を受けなさい!」
なんかよくわからない説得をしつつ、再度回復を試みる――――が、何も起こらない。
「……」
うわ……唇がプルプルしてる。今にもチッチみたく豹変しそうだ。
「残念ですが、わたくしの力は彼女に及びません。なんらかの力が働いて完全防御されているようです」
おおっ、耐えた。上位精霊のプライドが垣間見える。やっぱヒーラーとは違うな。
って感心してる場合じゃない! 今のデメテルって精霊は切り札的存在っぽかったのに、それすらダメとは……
「……」
ルウェリアさんの見た目はさっきと変わらない。顔色は良くないし、目も虚ろなままだ。今にも事切れてしまいそうなくらい。
何をどうすれば彼女のマギを回復できる? マギを急速に増幅させる方法なんて思い付かない。
どうやったら元の彼女に――――
……ん? 元の?
あーーーーーーーーーっ! そうだよ! あの時の聖噴水と同じなら、俺の調整スキルで元に戻せるじゃん!
アホか俺、なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだよ! テンパると人間ダメだな!
早速、調整スキルを――――
「やはりこの状態でも【虚無結界】は消えないのか。ここまで厄介とはな」
「……?」
突然聞こえた、ウィスとは明らかに違う第三者の声に、思わず振り向く。
でもそこには誰もいない。頭に直接響くような声でもなかった。一体何だ……?
「ウィス、今のは……」
幻聴を疑い、彼にも聞こえていないか確認しようと再度振り向く。
すると――――ウィスが忽然と姿を消していた。
「……」
思わず絶句。マジで声も出ない。何このホラー現象、何が起こってるの?
……あーっもーっ! 訳わからない事多過ぎて鼻血出そう! とにかく、今はルウェリアさんファースト!
「ルウェリアさん! 無許可でボディタッチするけど許して!」
聞こえていないだろうけど、一応懺悔しながら彼女に近付いて肩に触れる。
「一日前の状態に戻れ」
そして祈るような心境で調整スキルを発動。
頼む、これがダメならもう本当に打つ手がない。効いてくれ……!
「……ふぇ?」
――――ここまでの緊張感を一瞬で吹き飛ばす、ヘロヘロな声。
ああ……ルウェリアさんだ。間違いなくルウェリアさんの声だ。
「はれ? トモさん? どうして……え、ここどこ! 私知らない間に夢遊病スキル身に付けましたか!?」
夢遊病はスキルじゃない。身に付けたのならあなた病気ですよ。
……そんなツッコミを入れる余裕もなく、ルウェリアさんの肩に置いた手をそっと離し、そのまま超弩級の溜息をついた。
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