第222話 辛い戦い
ディノーの案は決して悪くはなかった。この状況下では最善に近い。でも、エルリアフがあの小さな身体でマッチョ達の陰に隠れたら、魔法での狙撃は殆ど不可能だ。
しかも今のマッチョ達は何をされようともリアクション一つとりやしない。活力を根こそぎ奪われた所為で、重度の鬱状態になってるんだろう。
ここまで導いてくれた立役者だし、さっきまではとても頼もしい存在だったから、こんな事は決して口に出しては言えないけど……正直邪魔で仕方ない。なんて邪魔なんだ……! 筋肉ッ……!
「くそっ、だったら俺が……!」
「わあ、刃物で戦ってくれるのお? 嬉しいなあ。ボクをいっぱい気持ち良くさせておくれよう」
「ぐっ……!」
近距離戦を挑もうにも、ディノーをはじめとしたウチの主力組は総じて剣やナイフが得物。構えた途端にエルリアフが恍惚とした表情を浮かべるもんだから、どうしても攻めあぐねてしまう。仮に斬る事が出来ても、即死じゃない限り大喜びで自分を回復するだろうし……こっちの攻撃が恐怖どころか悦楽しか与えないなんて嫌過ぎる。
あの鬱蒼としたマッチョの中で剣を振り回したところで、一撃で仕留めるのは困難を極める。その前に魔法でやられるのがオチだ。
どうする? このままじゃ為す術が……
「マスターが戦うしかないよ」
不意に、イリスが小声で話しかけてきた。
「魔法は効かない、刃物は喜ばせるだけ。だったら、どっちも使わないマスターの出番じゃない?」
確かに、俺の武器はこの新調したばかりのこん棒。奴に快楽を提供する事なく戦える。
でも、これで殴りかかったところで結果は同じ――――
「……」
こんな時に、失敗した時の事を考えてどうする? やれる事をやるしかないだろ。
「イリス、もう一度確認させてくれ。俺達の敵じゃないんだよな?」
「うん」
「エルリアフの仲間でもないんだな?」
「……うん」
「なら話は早い。共闘しよう」
今のイリスを全面的に信用する訳にはいかない。
でも、それはギルドマスターとしての俺が、だ。
この瞬間だけ、立場は忘れよう。
「良いの? 私の事、本気では信頼できないでしょ?」
「そりゃそうだ。現われるタイミングにしろ、その後のフワフワした言動にしろ、怪しさ満載だもんな」
「……」
「まあぶっちゃけ、賭けだ。もしイリスが嘘をついていて、俺達をハメようとしているんだったら……」
負け。
――――いや違う。
「なんだかんだで、誰かがなんとかしてくれるだろ」
この異世界に来てから俺は終始、他力本願だった。それならいっそ、もう徹底してしまえば良い。それだけ頼りになる連中がここにいる。ギルマス冥利に尽きるってもんだ。
「……マスターは凄いね」
気の所為だろうか。
今のイリスの言葉は、ひどく寂しそうに聞こえた。
「で、私は何をすればいいの?」
「メチャクチャ簡単だ。俺が――――」
パッと思い付いた案を小声で伝える。この短時間で完璧なアイディアなんて出る筈もなく、頭に浮かんだのは正直いろんな意味で不安しかない策。でもやるしかない。
「了解。任せて」
「ああ。頼む」
そのやり取りの間にも、エルリアフはディノー達へ攻撃魔法を放っている。幸いヤメとサクアさんは防御能力が高いから、なんとか防げてはいるが……
「うわーなんだこの魔法! 結界にべっとり張り付いて汚ったねー!」
ヤメの悲鳴から察するに、長くはもたない。短期決戦でいくしかない。
……エルリアフは、他者を回復したいって願望そのものが具現化した存在。育ってきた環境や学習をもって『回復したい』って気持ちに至った訳じゃない。『回復したい』って習性のもとに生まれたんだ。
だから奴が回復を通して『一つになりたい』『他者と繋がりたい』と願っているのは、当然辿り着く境地なのかもしれない。
人間は何の為に生まれてくる? 子孫繁栄? 幸せになる為?
多分違う。"何もない"んだ。生まれてくる意味なんて。単なる結果でしかない。だからこそ、人生の輪郭は自分で作る必要があるし、その為のエネルギーを様々な方法でチャージする。
でも奴は明確な輪郭が最初から用意されていた。自分で作ったものがないんだ。自分で掴んだものも、得たものも、生み出したものも、何もない。
だから――――本当は常に不安なんじゃないだろうか。
自分は空っぽだって、心の中では思っているのかも。だから他者を無気力――――それこそ人形のようにする精霊を使役し、回復魔法で自分の色に染めようとする。みんな同じだから、自分も大丈夫だと安心できる。
虚無でも良いんだと安心できる。
誰だってそうだと思えれば。
もしそうなら、奴は。
……俺そのものだ。
「エルリアフ! パーチをまた使えるようになりたいか!? どうなんだ!」
まずは奴を気を引く。意識を俺だけに集中させる。
心に不安を抱えている奴は、どんなにヤバそうに見えてもその実、心は弱い。突然叫ばれたら表面上がどうあれ内心ビビる。
「急に大声出すなよお。当然、使いたいに決まってるじゃないかあ。まさか取引しようって言うのかい?」
「俺達はこの城を取り戻しに来ただけだ。アイザックは見ての通り気絶してるし、他のヒーラーもお前が無力化したのなら、後はお前がここから去ってくれるだけで良い。そうすれば、パーチを封印する理由はなくなる」
「ダメだよお。それだけじゃあ」
自分が優位にいると自覚している間は、決してその立場を降りようとはしない。
「さっきから言ってるだろお? ボクは一つになりたいんだよお。回復してあげて、一緒に幸せな気持ちを分かち合いたいんだあ」
「なら話は早い」
俺が合図を送ると、イリスは意を決したように頷き――――俺に向かって攻撃魔法を放った。
「なっ……! イリス! 君は……!」
ディノーが困惑して狼狽える中、こん棒を持っていた俺の右手が裂け、血が溢れ出る。恐らく風の魔法で生み出した鎌鼬だろう。
そして当然、それは俺の指示だった。
「俺を回復してみろよ。そうしたいんだろ? 見ての通り、もう怪我はしてある。先に攻撃する必要はない」
「……」
そして何より――――疑り深い。
自分から回復すると訴える分は良いが、相手から回復してと懇願した途端、それは罠だと警戒する。手に取るようにわかるよ。回復魔法は使えないけど、俺も同じだから。
「どうした? こっちはわざわざお前の為にお膳立てまでしたんだ。早く回復してみせろよ」
「待てえ! 来るなあ! そこから動くなあ!!」
考えてるな、エルリアフ。その所為で語彙にリソース割けてないぞ。
「誰をどう回復するかどうかはボクが決めるんだあ。勝手に決められちゃ困るよお」
「おいおい。目の前に怪我人がいるのに回復しないのか? ヒーラー失格だな」
「フザけるなよお! 回復して当たり前……じゃない! 回復はとても崇高な行為なんだあ!」
思った通り。
――――蘇生魔法で命を救ったのに、仲間からそれが当たり前みたいな
回復魔法の元祖とも言える存在とはいえ、ヒーラーはヒーラー。なら、回復して当たり前という考えに強い拒否反応を示すだろうと思ってたよ。
「わかった。だったら怪我の具合を見て欲しい。回復に値するかどうか」
奴の意向を無視し、歩み寄る。
エルリアフは寄るなと言わんばかりに攻撃を仕掛けて来るかもしれない。もしそうなったら……俺には回避しようがないな。頭部ならまだしも、腹でも狙われたらアウト。いや、頭でも避けられないだろう。所詮はレベル18、しかも生命力偏向のステータスなんだ。
でも、恐らく奴はまだ攻撃してこない。攻撃にはリスクが伴うからな。マッチョの隙間から顔を出して、俺の位置を確認しなくちゃならない。当然、その瞬間を狙われる恐れがある。
揺さぶりをかけた事で、精神的余裕と集中力を大分削いだ。次は――――これもまた、大きな賭けだ。
「それ以上近付くなら容赦しないよお。幾ら温厚なボクだって、怒る時は怒るんだからなあ。ボクは例え相手が上司でも躊躇しないよお」
「いや、無理だね。絶対に安全な場所からは出て来ない」
「嫌いだなあ……そういう押しの強い決めつけはあ。まるで……ヒーラーじゃないかあ!」
威勢の良いのは言葉だけ。俺が歩を進めようと、まだエルリアフは出て来ない。
変態過ぎるその性質に惑わされていた。でも、ようやく本質が見えて来た。やはり奴は臆病者だ。
俺と似ていて助かった。だからこそ見抜けたし、行動が手に取るようにわかる。
恐らくあと四歩……いや、三歩近付いたところでやっと攻撃してくるだろう。ちょうどその辺りで最初に俺がいた位置から半分、距離を詰める事になるからな。
半分以下になるのが怖い。これも臆病者の性質。ここがボーダーだ。
移動が遅いコロポックルを仕向けてくる事はない。そして臆病者は、一旦守勢に回ると途端に視野が狭まる。それは攻勢に転じても変わらない。
これらを総合すると――――
「ヒーラーと同じなら、キミなんかもう回復してあげないよお!」
顔は出さずにマッチョの隙間から魔法で攻撃! それしかない!
「させない!」
エルリアフの放った汚泥のような光線と、イリスの放った眩い光の魔法が、目の前で衝突し――――相殺された。
あらかじめ攻撃する場所さえ特定できていれば迎撃は可能。
……かどうかは本当に賭けだった。サンキューイリス! 死は怖くなくても痛いのは普通に怖いからな……背筋キンキンに冷えてますよ。
次はいよいよ攻撃だ。この隙を突いて一気に叩く!
「くそお! だけどキミのこん棒じゃ、どうしたってボクには――――」
「出でよカーバンクル! "右手の流血"を宝石に換えろ!」
生憎、俺の右手にはとっくにこん棒は握られていない。視野が狭まっている上に刃物じゃないから注視してなかったんだろう。
さあ。最後の賭けだ。
「いけえええええええええええええええええ!!
全力で投じた赤い宝石は、マッチョ達の間隙を縫ってエルリアフを――――
などという事は一切なく、最前列のマッチョの股間を直撃した。
「あ゛ッ!!!!」
ストライク! っしゃ狙い通り!
「ひいっ!? きゅ、急に大声出すなあ!」
そんじゃ次!
「ギャッ!!!!」
「うわあ! もうやめ……」
次次次ィィィ!
「ぬ゛ッ!!!」
「お゛ッ!!!」
「ひょん!!!」
「ひんっ……」
幾ら活力を失った状態でも、股間に投石を食らえば悶絶するのが男ってもの。そして、どれだけ身体を鍛えあげてもソコだけはどうしようもない。
最前列のマッチョ達を次から次に狙撃していった事で、彼らの痛々しい悲鳴が続々とあがり――――
「やめろお……その悲鳴はもうやめてくれえ! うわああああああ!!」
マッチョの群れの中にいたエルリアフが、耳を塞ぎながら出て来た。
「今だ! 引っ捕らえろ!」
「不肖私にお任せあれ!」
何が起きているのかよくわからずに呆然としている女性陣、顔が青ざめている男性陣がボーッと立ち尽くしている中、人妻屠り師のオネットさんだけは即座に俺の呼び声に応え、半狂乱のエルリアフを捕まえ羽交い締めにした。
ミッション……完了。辛い戦いだった。
「何が起こったんだ? いや、彼らに酷い仕打ちをしたのはわかるが……」
前方のマッチョ陣が股間を押さえ、半泣き状態で震えているのを、ディノーたち男性陣は冷や汗交じりに眺めている。当然だ。あの痛みは想像するだけで吐き気がする。他人事であっても他人事じゃない。
「あのマッチョ達の中にいられたんじゃ、どんな攻撃も届かないからな。唯一ダメージを与えられるとすれば……耳かな、と思って。彼らには申し訳ないけど」
勿論、エルリアフが普通の敵だったら大して有効でもなかっただろう。でも奴は『一つになりたい』が口癖ってくらい、他人への共感性が高い。そういう奴は、他人の痛みを自分の事のように錯覚してしまう。地獄の苦しみさえも。
「あとは……エルリアフが男か女かわからなかったけど、多分男なんじゃないかなと。それならあの悶絶の嵐には耐えられないと思って」
「よくそんなエゲつない策を思い付くな……」
いや、自分でもそう思うけど、この場合他に方法がなかったから仕方ないんですよ。犠牲になったマッチョには、後で菓子折代わりのパン詰め合わせセットを持ってお詫びに行こう。
「それにしてもオネットさん、理解が早かったね。おかげで助かったけど」
元々はアイザックを縛る為に用意していたロープでエルリアフを縛り上げ、オネットさんはニコニコしながら戻って来た。
「夫が不貞を働いた際に、ちょっとした戒めとして公開処刑をした事がありまして。その時、周囲の男性達がまるで自分の事のように怯えていた光景を思い出しました」
「……本当に夫婦円満なんですか?」
オネットさんからの返答はない。ただ悠然と微笑むのみ。深くは聞くまい。
まあ色々あったけど、取り敢えずこれで城は――――
「……え?」
何だ? 急に足下が不安定に……
違う! ない! 床を踏む感覚がない! それにこの浮遊感……落下しているのか!?
まさか、玉座の間の床が何の前触れもなく崩れた……!? そんなバカな事が……
「死霊魔法が効かなくても、これならオマエを試せる」
今一瞬目が合ったのは――――シャルフ――――まさか奴が下の階層から天井に張り付いて――――床を――――
「見せてみなよ。オマエのマギの源を」
そんな声が耳を掠めた瞬間、瞬く間に俺の身体は下に落ちて行った。
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